上 下
311 / 358

甘い物をくれるなら

しおりを挟む
暫くすると街中で行軍の速度が落ちたかと思うと、堅牢な建物に挟まれた門の中に騎士達が進んでいく。
建物には行軍してきた騎士達とは別に、何人もの人間が武器を片手に直立不動の姿勢を保っていた。

「ああ、彼らは町の治安維持をする騎士隊でね。この屋敷の周囲は彼らの宿舎だ」

門を入ると木々と前庭の奥に、三階建てだが、こじんまりした屋敷が見えてくる。
そして、ジェレイドの言った様に、庭の奥にも横にも木々の向こうに武骨な石造りの建物が見える。

「街を護る騎士様達も沢山いらっしゃるので、ここは守りが万全なのですね」
「そうだよ。火事で類焼しないように石造りにしてるしね」

まるで肉の盾だよと言われているようで、マリアローゼはジト目を向ける。

「違う違う、この屋敷だけじゃなくて、彼らの安全も加味してだからね!?」
「それならよろしいですけれど」

先に屋敷に着いた馬車からは、わらわらと兄達が出てきて、マリアローゼの姿を確認してから屋敷の中へ入っていく。
シルヴァインだけは、そのまま入口に腕組みして留まっていた。
少し見詰めあった後で、ジェレイドがマリアローゼをシルヴァインへと預けた。

「僕は騎士達と会議があるから、後は頼んだぞ、ツチラト」
「は。行ってらっしゃいませ、旦那様」

返事をしたのは、家令と思しき人物で、褐色の肌に黒髪の美青年だった。
青年、というか年齢不詳で、父や叔父と同年代かもしれない。
鋭い目をしているが、ジェレイドを見送った後、マリアローゼをみてにっこりと微笑んだ。

「お嬢様がいらっしゃる日を一同心待ちにしておりました。ただ今部屋にご案内を致します」

ツチラトの言葉に合わせて、居並んだ使用人達が丁寧に頭を下げた。

「こちらこそ、お世話になります。これから、宜しくお願い致しますね」
「勿体無いお言葉でございます」

会釈をしたツチラトの横に立っている女性が、一歩進み出た。

「どうぞ、こちらへ」

白い肌に黒髪を束ねて後頭部で団子にしている髪形の女性で、こちらも鋭く切れ長で鮮やかな赤い瞳をしている。
歩き方もキビキビとしていて、シルヴァインはマリアローゼを抱っこしたままその後に続いた。
入ってすぐ左側に上に上る階段があり、壁に沿うように右に折れ曲がっている。
上りきって廊下を歩いて、一つ目の左側の部屋に案内された。

広く快適そうな部屋は、平原の城と似た作りになっていて、正面が応接間、左側に寝室、右側に護衛用の部屋が
続いている。
そこには、既にカンナとユリアも待機していた。

「わたくしはメイナと申します。何か御用が御座いましたら何時でもお呼び下さいませ」
「ええ、メイナ、案内をありがとう」

ぺこり、と頭を下げてお辞儀をしてから、メイナは部屋を後にした。
ノクスとルーナが早速部屋をマリアローゼ仕様に整えている。

「よし、じゃあ俺は出かけてくるから、ローゼはちゃんと休むんだよ。明日は海の屋敷だからね」
「お兄様は何処へ参られますの?」

床に降ろされながら、シルヴァインに問いかけると、兄はにっこりと微笑んだ。

「商会の建設地と、孤児院の視察と、冒険者ギルドに顔を出してくるよ」
「わ、わたくしも行きたいですわ!」

ふんす!と力強く言ってみるものの、シルヴァインは苦笑しつつふるふると首を横に振った。

「まずは俺とキースが行ってくるし、君は体力的にもそろそろ休む時間だろう。安心して任せておいで。
嫌でもその内何度も行く事になるんだから…まあ、嫌なら行かなくてもいいけどね」

「嫌になったり致しませんけれど…分かりました。お任せいたします…」

しゅん、となりつつスカートを摘んでお辞儀をしたマリアローゼに、シルヴァインは顔を寄せた。
そして、頬に口付ける。

「んなっ、な、な、何をなさいますの!」

突然の、不意打ち行為に、マリアローゼは赤面してぱたぱたと小さな手で振り払った。
ハハハ、と笑いながら身体を起こしたシルヴァインは、指でマリアローゼのおでこを突く。

「元気付けただけさ。お土産も買ってくるから良い子にしてるんだよ」
「もう!わたくしは淑女ですのよ!……でも……甘い物を下さったら、水に流して差し上げます……」

家族の間ではそこまで恥ずかしい行為ではないのかも?と思いなおして、マリアローゼはもじもじと譲歩案を告げた。
シルヴァインはそれを聞いて嬉しそうに、頷く。

「甘いものは捧げるけど、忘れなくて良いからね」

にっこりと微笑む野生的な魅力に溢れたキラキラオーラに押されて、マリアローゼは目を逸らした。

イケメンオーラが眩しすぎるんですけど…

「は、早く行ってらっしゃいませ」

吐息のような笑い声を残して、シルヴァインは颯爽と出て行き、背後でどさりと何かが倒れるような音を聞いてマリアローゼが振り返ると、ユリアが倒れていた。

「と、尊い……」

お兄様のオーラにさすがのユリアさんも参ったのかしら?と心配そうに見詰めてから頷く。

「マリアローゼ様が今日も尊いぃぃ!!」

違った。

ユリアはいつもと同じだったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】婚約者を寝取られた公爵令嬢は今更謝っても遅い、と背を向ける

高瀬船
恋愛
公爵令嬢、エレフィナ・ハフディアーノは目の前で自分の婚約者であり、この国の第二王子であるコンラット・フォン・イビルシスと、伯爵令嬢であるラビナ・ビビットが熱く口付け合っているその場面を見てしまった。 幼少時に婚約を結んだこの国の第二王子と公爵令嬢のエレフィナは昔から反りが合わない。 愛も情もないその関係に辟易としていたが、国のために彼に嫁ごう、国のため彼を支えて行こうと思っていたが、学園に入ってから3年目。 ラビナ・ビビットに全てを奪われる。 ※初回から婚約者が他の令嬢と体の関係を持っています、ご注意下さい。 コメントにてご指摘ありがとうございます!あらすじの「婚約」が「婚姻」になっておりました…!編集し直させて頂いております。 誤字脱字報告もありがとうございます!

処理中です...