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魔道具工房の姉弟

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「それで今日はどんな用だい?」
奥から声が掛かったので、そちらに視線を移すと、同じく褐色の肌に金髪緑目の、やんちゃそうな青年がツンツンした頭にゴーグルを頭に乗せているところだった。

二人は姉弟だろうか?と見比べていると、美女はニッコーと笑った。

「紹介が遅れたわね、あたしはクリスタ。こっちは弟のレノ」

クリスタがバンバンとレノの背中を叩いて紹介する。

「痛ぇっての」

ブツブツ文句を言うが、特に逃げる様子もない。
クリスタも割と筋肉の乗った腕をしているが、レノは更に筋骨隆々としている。
かといってガッチリしているわけではなく、機能的で痩せ型のマッチョだ。

「作っていただきたいものがありますの」
「へえ、どんなどんな?」

一つはペン。
今は羽ペンとインクという二種類を使って文字を書いているのだが、
一体化した万年筆が欲しいと思っていたので、それを依頼する。

「ふむふむ。これは簡単にできそうだねえ。しかも売れそうな品だわあ」
「筒の部分にインクを補充して、ペン先の筆圧でインクの出力を調整して頂ければ良いかと思いますわ」
「……こりゃすげえな。俺も欲しいと思うぜ。しかも魔法石はごく微量で済むから安価に流通できそうだ」
「ぶちまけちゃうと、これだけで一財産築けるよ、お嬢様」

「クリスタさんもレノさんも、とても良い方なのですね」

「ええっ?」
「はあっ?」

突然のマリアローゼの言葉に二人は困惑して聞き返した。

「いえ、わたくしみたいな世間知らずに隠し通して、商品を売る事もできるでしょう?」
「いやあうーん…お嬢様は見た目だけじゃなくて可愛いねえ。
あたし達は十分賃金を貰って、自由に開発にも時間を貰えて、かなり厚待遇だと思ってるよ。
それに例えば財産を築いたところでさ、あたし達のやりたい事は今と変わんないからねえ。
公爵様の庇護がある方が、何かと楽なのさ」

「あとなぁ。あの公爵様に隠し事が出来ると思わねぇし、そんな事したら消される…」
「あっ、こらあ、そんな事言うとランバートが来るよお」
「こえぇ」

思わぬ所で、全く違う視点から父の評価を聞けたのが、何だかマリアローゼには嬉しい誤算だった。
しかもランバートまでネタにされる始末である。

「あともう一つございますの。これは自衛の為の道具なのですが」

現代風に言えば、ホイッスルである。

「笛?」
「そうですわ。音を増幅したものであれば、かなり遠くまで聞こえると思います。
出来れば、使い手にはあまり音の直撃がない方が宜しいのですけれど」

自衛できる位に強くなるには、最低でも10歳前後。
だとすれば、効率的なのは「自分の危機を知らせる」事ではないかと思う。
腕利きの騎士であれば、音の方向や距離から居場所を把握出来るだろう。

「ほう。従魔師が使う使役用の笛みたいなもんかな」
「従魔師…」

それは魔法関連の書籍でも、あまり出てこない稀有な存在だ。
まさか公爵邸の工房で、そんな人々の道具について聞けるとは思わなくてマリアローゼはぽかんとした。

「ああ、魔物使いとも言われてる奴だ。この屋敷にも一人いるが、笛の修理や調整が必要な時はここにくる。
普段は農場の隅の小屋に引っ込んでて、あまり表には出てこないが」

「そっか、お嬢様は夜に外なんて出歩かないもんねえ。
この屋敷の警備は騎士もやってるけど、夜は特に万全の警備をするのに、魔犬を使ってるんだよ。
その魔犬を使役してるのが、魔物使いのウルラートゥスさね」

「知りませんでしたわ。教えてくださってありがとうございます」

夜、魔犬、魔物使い。
全く知らない屋敷の防御システムだ。
マリアローゼにとって、というより普通の貴族にとっては考えもつかないような柔軟な発想である。
父が信頼に足る人物と判断して、更に何か起こったとしても対処出来ると踏んでいるからこその従魔師の起用なのだろう。
確かに夜の闇の中では、人間より従魔の方が遥かに広範囲を効率的に守る事が可能だ。
慧眼であるだけでなく、度胸もあれば斬新、マリアローゼは改めて父は偉大なのだと感心した。
ちなみに、原作小説でもそんな話は出てきていない。

「さて、この二つは3日もあれば出来る。笛の方は調整も必要だし、お屋敷で使う訳にいかないから、郊外で試験も調整も必要だから5日、ってとこか。
で、ペンの方だが、これは公爵家御用達の商会に卸すか、自分で商会を立ち上げて売るか。
旦那に相談した方がいいと思うぜ」

「分かりました。重ね重ねありがとうございます」

マリアローゼは愛らしく、スカートを摘んでちょこんとお辞儀をした。

「あと、もし商人に伝手が欲しかったらまた頼ってねえ。一応心当たりもあるから」

クリスタが懐こい笑みを浮かべて、ヒラヒラと掌を振る。

「ではよろしくおねがいします。また参りますね」

商会、いずれは、と考えてはいたが…。
とマリアローゼは工房を後にすると沈思する。
往々にして転生ストーリーの中では、商会を立ち上げる話も出てくるが、
そうそう簡単にもいかないだろう。
魔道具の開発をしたとして、開発する職人の他に量産できる施設とそこで働く職人、原材料の入手方法、そしてそれに関わる運搬と人件費
販路の開拓や、店舗の購入、商人同士のネットワークはギルド以外にも必要だ。
何より優秀な商人の確保。
各国に展開するにも国内だけでも、法律家や書類を作成する書記官も必要となってくる。
一人で抱えるには大きすぎる問題なのである。
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