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25ー理不尽を目にした者達
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「私も、風に当たってくる」
苛々したようなエリンギルに、リリアーデは手を伸ばすが、以前みたいに目を合わせもしなかった。
以前といっても、たかだか数時間前だ。
それを見た国王が、厳しい顔で側近に、見張れという言葉をかけていたので、無茶な事はしないだろう、とリリアーデは椅子に座り直す。
今は追い縋ったところで、エリンギルを止めることは出来ないと確信していた。
エリンギルは足早に、兵舎へと向かっていく。
途中、騎士の集団がいて、足を止めるとエリンギルは命じた。
「付いて参れ」
「何用でございますか」
一番身分の高そうな騎士が問いかける。
苛々したように、エリンギルは地面に足を叩きつけた。
「私の番を取り戻しに行く!エデュラは私の番だ!」
「それならば同道は致し兼ねます」
王子の命令だというのに、騎士は冷たくそう断った。
逆に、呆然としたようにエリンギルはその騎士を見つめる。
「今更、捕まえて部屋にでも閉じ込めるおつもりですか?散々泣かせておきながら」
「……なっ、それは、私は気づかなかったから……!」
「気づかなかったから泣かせても良いと?」
まさか、そんな風に詰られると思わず、エリンギルはカッとして怒鳴りつけた。
「お前らに、何が分かる!」
怒声にぴくりともせず、騎士は静かに言った。
「雨が降っていました」
「……は?」
「急な夕立で、殿下が練習時間に雨が降り出したのです。そこに、エデュラ嬢が手拭いを持って…走ってはいけないからと、速足で歩いてきました。殿下は、どうされたか覚えていますか?」
そんな事があっただろうか?
エリンギルは何も言う事が出来なかった。
何をしたかも覚えていない。
「要らぬ、とその手拭いを叩き落したのです。泥にまみれたそれを、幼いエデュラ様は拾い上げて泣いておられました。そのまま捨て置けばいい物を、廊下を汚さぬように泥水を絞って、洗濯女達のいる水場まで運ばれたのです」
何も覚えていない。
欠片ほども。
だが、騎士達の目は責める様に、冷たい視線を注いでくる。
「自分は、焼き菓子を落とされていたのを見ました。廊下に散らばってしまった菓子を、エデュラ様は泣きながら拾い集めておいででした。調理人達に教わり、手ずから貴方の為に焼いた菓子です。捨てるのなら食べると、他の騎士達と言えば、エデュラ様は食べるのなら、と多めに作ったという焼き菓子を持ってきて下さいました。落ちた菓子は小さく砕いて鳥や動物に与えると」
そうだ、彼女は優しい女性だった。
エリンギルは思い出す。
自分への理不尽は泣いて耐える癖に、他人への理不尽は決して許さない。
頑固で苛烈な一面も持ち合わせているのに、自分の為には戦おうとしない控えめな女性だった。
何故それを、つまらないと切り捨ててしまったのだろう。
「城に仕える者は十年、見て参ったのですよ。貴方の理不尽を。もし、妹や娘が同じ目に遭わされていたら、死んでも殿下には渡しません」
言葉は発しない者達も、同意を表すように皆頷く。
それは、通りかかった使用人達も同じで。
番だと知らなかったのも、今知ったから狂おしく求めているのもエリンギルの事情でしかない。
彼女はもう別の幸せを見つけているのに、理性ではそう分かっていても。
苛々したようなエリンギルに、リリアーデは手を伸ばすが、以前みたいに目を合わせもしなかった。
以前といっても、たかだか数時間前だ。
それを見た国王が、厳しい顔で側近に、見張れという言葉をかけていたので、無茶な事はしないだろう、とリリアーデは椅子に座り直す。
今は追い縋ったところで、エリンギルを止めることは出来ないと確信していた。
エリンギルは足早に、兵舎へと向かっていく。
途中、騎士の集団がいて、足を止めるとエリンギルは命じた。
「付いて参れ」
「何用でございますか」
一番身分の高そうな騎士が問いかける。
苛々したように、エリンギルは地面に足を叩きつけた。
「私の番を取り戻しに行く!エデュラは私の番だ!」
「それならば同道は致し兼ねます」
王子の命令だというのに、騎士は冷たくそう断った。
逆に、呆然としたようにエリンギルはその騎士を見つめる。
「今更、捕まえて部屋にでも閉じ込めるおつもりですか?散々泣かせておきながら」
「……なっ、それは、私は気づかなかったから……!」
「気づかなかったから泣かせても良いと?」
まさか、そんな風に詰られると思わず、エリンギルはカッとして怒鳴りつけた。
「お前らに、何が分かる!」
怒声にぴくりともせず、騎士は静かに言った。
「雨が降っていました」
「……は?」
「急な夕立で、殿下が練習時間に雨が降り出したのです。そこに、エデュラ嬢が手拭いを持って…走ってはいけないからと、速足で歩いてきました。殿下は、どうされたか覚えていますか?」
そんな事があっただろうか?
エリンギルは何も言う事が出来なかった。
何をしたかも覚えていない。
「要らぬ、とその手拭いを叩き落したのです。泥にまみれたそれを、幼いエデュラ様は拾い上げて泣いておられました。そのまま捨て置けばいい物を、廊下を汚さぬように泥水を絞って、洗濯女達のいる水場まで運ばれたのです」
何も覚えていない。
欠片ほども。
だが、騎士達の目は責める様に、冷たい視線を注いでくる。
「自分は、焼き菓子を落とされていたのを見ました。廊下に散らばってしまった菓子を、エデュラ様は泣きながら拾い集めておいででした。調理人達に教わり、手ずから貴方の為に焼いた菓子です。捨てるのなら食べると、他の騎士達と言えば、エデュラ様は食べるのなら、と多めに作ったという焼き菓子を持ってきて下さいました。落ちた菓子は小さく砕いて鳥や動物に与えると」
そうだ、彼女は優しい女性だった。
エリンギルは思い出す。
自分への理不尽は泣いて耐える癖に、他人への理不尽は決して許さない。
頑固で苛烈な一面も持ち合わせているのに、自分の為には戦おうとしない控えめな女性だった。
何故それを、つまらないと切り捨ててしまったのだろう。
「城に仕える者は十年、見て参ったのですよ。貴方の理不尽を。もし、妹や娘が同じ目に遭わされていたら、死んでも殿下には渡しません」
言葉は発しない者達も、同意を表すように皆頷く。
それは、通りかかった使用人達も同じで。
番だと知らなかったのも、今知ったから狂おしく求めているのもエリンギルの事情でしかない。
彼女はもう別の幸せを見つけているのに、理性ではそう分かっていても。
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