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2-番との距離
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三年が経ち、十歳に手が届く頃。
エリンギルも妹の度重なる言葉に、少しずつその態度を変えていっていた。
お茶会を欠席したり、挨拶を無視したり。
酷い態度を取られるたびに、エデュラは陰で涙を拭った。
エリーナとエリードがそれを見てくすくすと楽しそうに嗤っていた事もある。
「早く婚約破棄されてしまえばいいのに」
「婚約破棄されたら僕が貰ってあげようか」
「あら嫌よ。妹にするのもごめんだわ」
他人を甚振ることが心底愉しいという笑みを浮かべた双子は美しい容姿を備えていながら醜悪だ。
でも、エデュラは逆らえる立場にない。
下手に反目して、王子と引き離されるのも嫌だったし、家族に迷惑がかかるのも嫌だった。
その場は淑女の礼を執って、逃げ出す事しか出来なかったのだ。
背中に、いかにも愉し気な笑い声を浴びながら。
でも。
何より辛かったのは、エリンギルに冷たい眼差しを向けられることだ。
エデュラは会いに来た父に全てを話して泣きじゃくる事しか出来なかった。
話し終えた後で、何かを訴えたら父や母の立場がないと気づいて、何もしなくていい事も付け加える。
酷い目に遭わされたとしても、エリンギルから離れるという選択肢はエデュラの中になかったのだ。
親にとって迷惑かもしれない、などとは考えも及ばずに。
それでも父の侯爵は動いた。
外交をする為に、海を越えた帝国へと往復二週間の船旅、十日の滞在にエデュラを伴って行きたいと国王陛下に願い出たのだ。
表向きは将来の外交の為の勉強、という事で急遽王子妃教育を引き受けていたガードナー夫人も随伴して、船上で帝国の作法や舞踏を教わりながら帝国へ向かう事にになったのである。
帝国では十日ほど過ごす間に、各地の視察を行い戻るという。
建前はそうだが、侯爵が虐げられている娘を連れ去りたいのだという事は、国王と王妃にも十分伝わっていた。
穏やかな侯爵の、それは反抗心ではなく、自衛だ。
国王も王妃も王子の不遜な態度には思うところがあったのだろう。
侯爵の申し出に快諾して、両親や兄妹と共にエデュラは船上の人となった。
そして、国から離れるにつれて、エデュラの心はキシキシと痛んだ。
このどうしようもない痛みは、番との距離だ。
きっと、エリンギルは平気なのだろう、と思いながらエデュラは涙を零し続けた。
傍に居ても辛いのに、離れたらもっと辛い。
まるで、これでは呪いのようだ。
だが、その頃。
エリンギルにも異変が現れていたのだと言う。
国王や王妃、城に勤める人々が最後までエデュラを番と疑わなかった理由がそれだ。
だんだんと不機嫌になるエリンギルが、だんだんと暴力的になっていき。
宥めようと開いたお茶会でも、同年代の子供達と喧嘩になってしまったのだ。
他の婚約者候補だった令嬢達にも見向きもせず。
一週間も過ぎた頃、イライラしていたエリンギルの前で、エリーナが大声でエデュラを嘲った。
「あの地味な婚約者がいなくなって清々したでしょう?お兄様」
「五月蠅い」
それは多分、エリンギルにとっては振り払うだけのつもりだった筈の行為だ。
だが、その手に直撃したエリーナは簡単に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
歯が折れ、血が滴り、呆然とするエリーナの代わりに双子の弟のエリードが泣き叫んだのを聞きつけ、漸く人が押し寄せる。
現状を見た国王と王妃が下したのは、エリンギルの謹慎。
部屋を出る事が許されなくなったエリンギルは鬱屈な日々を余儀なくされた。
そしてその部屋に訪れる使用人は、甘んじて王子による暴力を受けねばならなかったのだ。
エリンギルも妹の度重なる言葉に、少しずつその態度を変えていっていた。
お茶会を欠席したり、挨拶を無視したり。
酷い態度を取られるたびに、エデュラは陰で涙を拭った。
エリーナとエリードがそれを見てくすくすと楽しそうに嗤っていた事もある。
「早く婚約破棄されてしまえばいいのに」
「婚約破棄されたら僕が貰ってあげようか」
「あら嫌よ。妹にするのもごめんだわ」
他人を甚振ることが心底愉しいという笑みを浮かべた双子は美しい容姿を備えていながら醜悪だ。
でも、エデュラは逆らえる立場にない。
下手に反目して、王子と引き離されるのも嫌だったし、家族に迷惑がかかるのも嫌だった。
その場は淑女の礼を執って、逃げ出す事しか出来なかったのだ。
背中に、いかにも愉し気な笑い声を浴びながら。
でも。
何より辛かったのは、エリンギルに冷たい眼差しを向けられることだ。
エデュラは会いに来た父に全てを話して泣きじゃくる事しか出来なかった。
話し終えた後で、何かを訴えたら父や母の立場がないと気づいて、何もしなくていい事も付け加える。
酷い目に遭わされたとしても、エリンギルから離れるという選択肢はエデュラの中になかったのだ。
親にとって迷惑かもしれない、などとは考えも及ばずに。
それでも父の侯爵は動いた。
外交をする為に、海を越えた帝国へと往復二週間の船旅、十日の滞在にエデュラを伴って行きたいと国王陛下に願い出たのだ。
表向きは将来の外交の為の勉強、という事で急遽王子妃教育を引き受けていたガードナー夫人も随伴して、船上で帝国の作法や舞踏を教わりながら帝国へ向かう事にになったのである。
帝国では十日ほど過ごす間に、各地の視察を行い戻るという。
建前はそうだが、侯爵が虐げられている娘を連れ去りたいのだという事は、国王と王妃にも十分伝わっていた。
穏やかな侯爵の、それは反抗心ではなく、自衛だ。
国王も王妃も王子の不遜な態度には思うところがあったのだろう。
侯爵の申し出に快諾して、両親や兄妹と共にエデュラは船上の人となった。
そして、国から離れるにつれて、エデュラの心はキシキシと痛んだ。
このどうしようもない痛みは、番との距離だ。
きっと、エリンギルは平気なのだろう、と思いながらエデュラは涙を零し続けた。
傍に居ても辛いのに、離れたらもっと辛い。
まるで、これでは呪いのようだ。
だが、その頃。
エリンギルにも異変が現れていたのだと言う。
国王や王妃、城に勤める人々が最後までエデュラを番と疑わなかった理由がそれだ。
だんだんと不機嫌になるエリンギルが、だんだんと暴力的になっていき。
宥めようと開いたお茶会でも、同年代の子供達と喧嘩になってしまったのだ。
他の婚約者候補だった令嬢達にも見向きもせず。
一週間も過ぎた頃、イライラしていたエリンギルの前で、エリーナが大声でエデュラを嘲った。
「あの地味な婚約者がいなくなって清々したでしょう?お兄様」
「五月蠅い」
それは多分、エリンギルにとっては振り払うだけのつもりだった筈の行為だ。
だが、その手に直撃したエリーナは簡単に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
歯が折れ、血が滴り、呆然とするエリーナの代わりに双子の弟のエリードが泣き叫んだのを聞きつけ、漸く人が押し寄せる。
現状を見た国王と王妃が下したのは、エリンギルの謹慎。
部屋を出る事が許されなくなったエリンギルは鬱屈な日々を余儀なくされた。
そしてその部屋に訪れる使用人は、甘んじて王子による暴力を受けねばならなかったのだ。
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