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4.ロージーとデリックの恋

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冷たい銀色の真っ直ぐな髪に、淡い橙色の瞳。
薔薇に囲まれた庭園で、その子はぐすぐすと泣いていた。

「どうしたの?」

デリックが問いかけるも、少女は口をきゅっと結んだ後、可憐な容姿とは異なる毅然とした態度で答えた。

「しらないひととはお話いたしません」

心細い筈なのに、キッと眉を吊り上げる少女に思わず笑みが漏れた。

「ごめん。自己紹介が先だったね。僕はデリック。この王国の第二王子だよ」
「王子殿下……しつれいいたしました」

慌てたように涙がまだ溜まっている大きな目を見開いて、少女はスカートをつまんでお辞儀をした。

「ロージー・スティーダともうします」

下を向いたとたんに、雫の様に涙が零れるのを見て、デリックはまるで薔薇と朝露みたいだな、と思った。
それが出会いであり、デリックの初恋だった。

ロージーを案内した先には金髪の少女が居て、心配そうだったその顔がロージーを見てぱっと輝いた。
兄の婚約者のオリゼーだ。
オリゼーを目にしたロージーも駆け出して、その腰にきゅっと抱きつく。

「まあ……心配しましてよ、ロージー」
「ごめんなさい、おねえさま。あのね、兎がおりましたの。おねえさまにもお見せしたくて、追いかけたら……」

心細さまで思い出してしまったのか、ぐす、とロージーが鼻をすすった。

「迷ってしまったのね?でも、貴方を一人にしたわたくしも悪かったわ。さあ、一緒にお父様達に怒られましょう。デリック殿下、ロージーを見つけてくださって感謝致します」
「感謝致します」

オリゼーのお辞儀を手本にするように、ロージーも礼を言いながらお辞儀をする。
まるで姉妹のように仲の良い二人に、自然と笑みが零れた。

「良かった。では失礼するよ」

ロージーと親しいオリゼーに相談して、両親にも確認して、オルブライト公爵から打診して貰って、漸く婚約が叶ったのは、8年前だ。
それからずっと、大事に愛を育んできた。
王子妃教育も、オリゼーが何かと面倒を見てくれるから、全然辛くないと笑顔を見せてくれていた。
でも、それがこんな風に破壊されるなんて。
しかも自分の実の兄の手によってだ。

兄のレンダーが意気揚々と引き揚げていくのを見守って、スティーダ侯爵が深く息を吐いて、デリックを誘った。

「殿下、こちらに」

そこはスティーダ侯爵個人の執務室だ。
普段は文官たちと先程の場所で作業しているが、話し合う必要がある場合はこの部屋を使う。

「婚約の解消は……」
「仕方ないでしょう。貴方があの盆暗王子を止められなかったのですから。残念ながら止められない時点で貴方に娘をお任せする選択肢は消えました。ですが、娘と貴方の交流を私は今まで見守ってきました。娘の心を第一にしたい。だからこそ、あの子は帝国の親類、妻の縁者に託します。帝国の養女ともなれば、この国の王命には従う必要はありませんからね。ここまで言えば、貴方なら分かるでしょう」
「はい。スティーダ侯爵、お気遣い痛み入る」

身分を捨てずに、あの兄に仕える?
あの兄が廃嫡された後で、ロージー以外の女性を娶って王になる?
そんな事は望まない。
そんな相手はいらない。

腹心の護衛の一人を先触れとして遣わして、馬車ではなく馬でスティーダ侯爵家を訪れた。
最低限のひっそりとした出迎えを受けて、ロージーの部屋へと向かう。
扉は開けたままで、二人で向かい合った。

「何か、ございましたのね?」

繊細な顔に緊張を浮かべて、ロージーが問いかける。
デリックは静かに頷いた。

「兄の事は聞いているな?」
「ええ。学園での騒ぎは直接目に致しました。その余波は計り知れないと思っておりましたけれど、わたくしにオリゼーお姉様の代わりをしろ、というお話が出たのですね?あの糞王子」
「そうだ。その糞王子の手を逃れる為に、君は明日帝国へと行く。私もすぐ準備して、その後を追う」

時々はしたない言葉遣いをするが、デリックはそれを咎める気はなかった。
そして、ロージーを諦めるつもりも。
デリックの決断に、ロージーは困ったように眉を下げた。

「国とお立場を捨てるのですか?」
「君がいなければ何もかも意味が無い。それに、私は有能ではあっても天才ではない。一人でこの国を支えられる程の人間ではないのは分かっている。それは異母弟に譲るよ。彼がもし助力してほしいと願えば、力になる心算ではいるが……だが」

言葉を切って涙を滲ませるデリックに、ロージーは優しくその頬を撫でた。

「その時はわたくしも、貴方と共に参りましょう。養女の書類は如何様にも出来ますわ、父上なら。それに、わたくしと貴方がすぐに婚姻すれば良いのではなくて?卒業しなくても、婚姻は可能ですもの」

「ありがとう、ロージー。その辺りは侯爵とも相談して決めよう。私は帰ったら友人に手紙を出すよ。帝国での立場も考慮しないとならないからね」

ロージーの覚悟に、気持ちが落ち着いたのか、デリックは笑顔で席を立った。
年齢よりも精悍に見えるデリックを見上げて、その明るい金の髪にロージーが白く華奢な手を伸ばして指を絡める。

「お慕いしております、デリック様」
「私も、君を愛している、ロージー」

一度だけ強く抱擁をして、デリックは颯爽と部屋から出て行った。
その後ろ姿を見送って、ロージーは机へと向かう。

「あの糞王子……本当に最悪、最低ですわね。お姉様を蔑ろにした挙句に、私を側妃にしようだなんて許されないわ」

怒りを胸に、ペンを取り、手紙を書き始める。
親しい友人と、姉の様に慕ってきたオリゼーに、これから向かう帝国の縁者に。

次の朝早く、ロージーは荷物を纏めて母と共に帝国へと旅立った。
帝国への道程は長いので、早馬で出した手紙は到着よりも大分先に届くだろう。
更に友人とオリゼーへの手紙は、明日届けるように念の為使用人に言いつけてある。
あとは、帝国へ向かう途中で、デリックと合流するだけだ。
護衛達に守られながら、ロージーとスティーダ侯爵夫人を乗せた馬車は帝国へと向かう。

デリックは渾身の一撃をレンダーに打ち込んだあと、執務用の部屋にあった書類を全て王太子の執務室へ運ばせて、自分の執務室の部屋を空にした。
あの兄を甘やかした母には挨拶する気もなく、昨日準備した荷物を抱えて、護衛達と共に隠し通路から王城の外へと向かう。
幼い頃から仕えてくれた信頼できる侍女に手紙を託して、人払いも任せてあった。
3日もあれば、無事に帝国への関所は抜けられるだろう。
昨日準備した、帝国への留学の書類は人数分揃っている。
安全な街道ではあるが、一刻も早くロージーに追いつくべく、デリックは旅路を急いだ。
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