雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
455 / 592
第三章:王妃と幼馴染

第五十六話:魔法使いエリック

しおりを挟む
「へえ、クラウス君にはそう見えるんだ」

 クラウスの抱いた違和感に対して、エレナはそう答えた。

 通常は鞘は鎧に完全に固定されることはあり得ない。
 鞘を完全に固定してしまえば、剣を抜く方法は一つしかなくなってしまう。
 鎧に固定され鞘に対して真っ直ぐしか抜けない剣は、つまり抜く角度が完全に決まっており、鞘を払うことも出来ないので、腕の長さ分しか抜くことが出来ない。
 そして見る限りでは、剣の長さは両方とも腕の長さに対してギリギリ、もしくは届かない程に長いロングソードだ。
 それでも抜ける能力を持った宝剣だというのであればそれは奇襲には使えるかもしれないが、もしも使えばストームハートの名声的に考えて、直ぐに情報広まり対処されてしまうだろう。

 そしてそうでないのであれば、抜く際の柄を押さえてしまえば簡単に無力化出来てしまう。
 それは、勇者相手にならストームハートがより優れた身体能力を発揮すれば押さえられるよりも先に抜くことが出来るだろう。
 しかし魔法使いであれば、魔法で押さえてしまえる可能性がある。
 それではルークが、魔法使いでは絶対に勝てないという理由と矛盾してしまう。

 そしてそもそも、鞘を鎧に完全に固定するメリットが全く無い。

「意味もなく剣を、それも二本を装備する意味が分かりません。
 ということは、ストームハートはこれまで剣も抜かずに勝ってきたのではなく、剣を使えない前提で勝ってきたのでは?」
「おおー、入場しただけでそこまで見抜くとは流石だね。やるね、鬼姫の愛息子」

 クラウスが答えてみれば、エレナはパチパチといい加減に手を叩きながらそんな風に言う。
 どうやら素直に褒めているらしいが、マイペースなエレナのこと、あまりそんな気はしない。

「とは言え、理由は全く分かりませんが」

 使えない剣を何故持ち歩くのか、謎は逆に深くなる。

「それは、実際にアルカナウィンドに行けば直ぐにわかるかな。私としては全部言っちゃっても構わないんだけど、考えるのってクラウス君も好きでしょ?」 

 言外に、自分は考えるのは専門外だけど、などと言いつつエレナは問う。
 エレナが適当に疑問をぶつけ、それを元にルークが思考するのがこの夫婦の会話パターンで、魔法の修行方法の一部。
 とは言え、クラウスは魔法使いではない。
 最終的には考えたことが何も上手くいかず、単純に体の反応が勝負を決めることも多い。

「ルークさん程の鋭さはありませんけどね……。それにエレナさんに好きに話してもらうと、アルカナウィンドに行く意味もなくなっちゃいましたってなりそうでちょっと怖いです」

 霊峰からの意趣返しとばかりにそんな事を言ってみても、エレナの微笑みは一切変化しない。

「大丈夫大丈夫。そうなったらサラが何の為に頑張ったのってなっちゃうもの。あれでも愛娘なんだから」
「昔サラは、ママは私よりパパの方が大切なんだって言ってましたけどね……」 

 そのあまりの余裕に、なんとかして一杯食わせたいと思いながら言ってみても、やはりエレナの調子は変わらない。

「ほら、それは事実と言えば事実だし?」
「母親として言って良いんですかそれ……」

 思わず突っ込んでしまうが、エレナに一杯食わせたいと思った時点で既に決着は付いていたことを、クラウスは知らない。

「私はサラが誘拐されれば誘拐した連中を皆殺しにする位サラが大切。でも、ルー君が死んだら私も死ぬものね」

「…………試合、始まりますね」

 重過ぎる愛も考えものだ。
 エレナはおよそ母親がかけるべき愛情位は、確かにサラに対して注いでいる。間違いなく、それは言い切れる。
 ただ、ルークに対しての盲信的な愛情はやはり悪夢と言うべきか、よくルークは平気なものだと妙な部分で尊敬の念を抱いてしまう。
 どうかサラはその様にはなりませんように、といつの間にやら脳内ではサラを迎えることに決まってしまっていることにすら気付かずに、クラウスはその思考を外に追いやって試合に集中することにしたのだった。

 そしてエレナの発言は当然、サラが関係無い話だった筈なのに、サラへの同情を誘う様に誘導していたことを、クラウスは知らない。

 ――。

「魔王信仰の反逆者め」

 男は、静かに呟いた。
 政治的なことは禁止ながら、個人間の感情は闘いで決着を付ける。
 男は、今年20歳になった貴族のエリックは、それなりに冷静だった。
 本当は、声を大にして言いたいこと。
 グレーズの貴族として生まれたエリックは、魔王は絶対悪で聖女は邪悪な魔王に騙されて殺されてしまったのだと教わりながら育ってきた。
 本当ならなんの犠牲も払うことなく、聖女様なら呪いを解くことが出来たのに、魔王の甘言に唆されて命を落としてしまった。
 そんな、荒唐無稽な作り話を、聖女信仰の強かったエリックの両親は真剣に説いていた。

 エリックは世界で最強の勇者が、そんな邪悪な魔王を擁護している国の人間なのだということが許せなかった。
 たまたま類稀なる想像力を持つ魔法使いとして生を受けたエリックが、両親の言葉を鵜呑みにする、ある意味純粋馬鹿な人物だったことは何かの皮肉なのだろうか。
 ともかく、そんなエリックは打倒ストームハートの為訓練を続け、いつしかグレーズ軍の魔法使いの中で、若くして個人戦トップの才能を開花させていた。

 それに気付いたのは、ジョンとの模擬戦で、特に苦労もせずに勝利を収めてからだ。

 世界トップクラスと呼ばれる魔法使いであるジョン・ジャムに勝つということは、すなわち英雄ルークに並ぶということ。
 どこをどう勘違いしたらそうなるのだろうか、エリックはジョンに簡単に勝利したことで、本気でそんなことを信じ込んでしまった。

 魔法使いは、勇者よりも優れている。

 最近のそんな妙な風潮もまた、エリックの勘違いを加速させた。
 エリックは、驕っていた。心の中は冷静に、しかし確実に。

「いやー、そういうことかー」

 ふと、そんな間抜けた声がエリックの耳に入ってくる。
 仮面の向こうで素顔は全く見えないが、その視線はエリックを向いていないことが確実だ。
 仮面はその顔を、国王陛下の座る観客席の方に向けていた。

「貴様、何処を向いてる……」
「あ、ごめんごめん。ちょっと確認してた」
「確認だと?」
「もう済んだから大丈夫。良い試合にしようね」

 エリックの額に青筋が浮かぶ。
 ストームハートの口調はまるでエリックを敵とすら認識していない、友人に対するものの様だったからだ。
 まるで待ち合わせにほんの少し遅れて、ごめーんと謝っているだけの様な。
 もちろん貴族のエリックはその様な待ち合わせは体験したことが無かったが、それは貴族出身のエリックにとって、随分な侮辱と感じた。

 しかしエリックは、冷静だった。
 それもこの女の勝利の為の布石なのだ。
 相手を怒らせて、冷静な思考能力を奪う。
 パニックに陥ればただの人である魔法使いには、随分と有効で、姑息な手段。

 だからこそ、エリックは激昂したい気持ちを抑え、ふぅと肺の中の息を全て吐き出し、深呼吸をする。

 そして務めて冷静に考えたのは、勝利のイメージだった。

 殆どの魔法使いにとっては、決着前にそれをイメージしてしまうことが即負けに繋がってしまうことを、経験の浅いエリックはまだ知らない。

「出来ればその激情が、人には向かない世界であれば良かったのにね」

 ストームハートのそんな呟きは試合開始の掛け声に掻き消され、エリックには届かなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...