雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三章:王妃と幼馴染

第四十四話:優れた人種

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 魔法使いと呼ばれる人間は、魔物と勇者を分けるよりも更に異なった人々だ。

 魔素そのものが細胞へと変化した魔物と、細胞にマナを練りこんだ勇者。
 存在そのものはまるで別物ながら、その二つはそれなりに似通っている。
 どちらも互いに殺し合う定めを背負った勇者と魔物に対して、魔法使いは魔物に対しての殺意をあまり抱くことはない。
 当然、大切な人を殺されただとか、魔物は敵だという教育を受ければ脳に魔物は敵だと刻まれる。

 しかし本質的な部分では、本能的な部分では、魔法使いは勇者の様に魔物と戦う運命を背負っているわけではない。
 その理由は実はとてもシンプルで、見方によっては魔法使いは勇者よりも優れた人間だから、と言える。
 魔法使いとは言わば、世界に満ちるマナを克服した人間である。
 マナそのものを世界を覆う病原菌と捉えてみれば、その見方はよりはっきりとしてくることになる。
 勇者とはマナという病気に細胞単位で侵され、魔物と命懸けの戦いを強制された存在だとすれば、一般人はマナという病気に罹らなかった者達。
 となれば、人間としての魔法使いはつまり、マナの支配に成功した者達だ。
 体の何処かにマナタンクと呼ばれる非物理器官を持つことでマナを貯め、それを支配して超常現象を引き起こす。

 魔物と敵対する為に超常現象を引き起こさせるよう強制されるのが勇者、となれば、自分の意思で引き起こす現象を選択出来る魔法使いは人間いう種としては勇者よりも優れていると言えるだろう。
 更には、霊峰と呼ばれる山に立ち入れる人間は、一人の勇者と一人の例外を除けば、魔法使いだけだ。
 一人の勇者と一人の例外が、誰かとは言えないが……。

 尤も、この考え方は英雄ルークが至った発想でしかなく、世界には決して公表されない。
 現在ですら魔法使いは実は勇者よりも優れているという風潮が出来上がりつつある現状、そんなことを公表してしまえば勘違いはより加速する可能性が高い。

 魔法使いはあくまでから見れば、勇者よりも優れている人間だと言えるに過ぎない。
 戦闘での役割は、あくまで勇者と組み合わせた後衛であるべきだ。

 そう考えるのが英雄ルークだった。
 世界で最強の魔法使いにして、単独でドラゴンとも渡り合えると言われる聖女の後継者。
 ルークがドラゴンと単独で渡り合った実績は無いにも関わらず、今ではそう呼ばれている。
 過去の世界大会で八大会連続の二位を維持し続けているルークは、一位のストームハート、三位のサンダルという単独竜殺しの英雄に挟まれた位置にいるのだから、ルークも同じく出来るはずだ、なんというのが何も知らない者達の見解だ。

 現実にはルークが八連続で二位に居られる理由は簡単で、一回目大会に出場した四人の英雄がなるべく後半に当たる様にトーナメント表が書かれた結果、サンダルが準決勝でストームハートに負けてしまったからに過ぎない。
 シード枠は一位と二位は最も遠く、三位と四位は中心の二枠のどちらかをクジで決めるらしいのだが、それが毎回毎回サンダルがストームハート側に当たるという、どうしようもない不運さを発揮しての万年三位。
 その為、ルークは毎回準決勝で英雄イリスと凄まじい試合をして決勝に進めているからこその八年連続二位。

 ルーク自身、たまにはストームハートと準決勝で当たってみれば現実が見えるのに、と思いはするものの、毎回準決勝、決勝とエンターテインメント性だけを考えるなら派手に盛り上がっているので文句も言えない。

 そんなことで、ルークにとっては不当に魔法使いが持ち上げられている感覚を常日頃から抱いていた。
 まあ、勇者達の中ルーク自身が単独で二位にまで行ける実力を持ってしまっているのだから、何も知らない他人からしたら勇者と魔法使いに差が無く見えても仕方はないということが、微妙にどうしようもない部分で……。

 今回もそんな英雄は、娘に魔法使いの単独行動の為の修行を付けていた。

「サラ、魔法使いが一人で戦うには死に瀕しても尚冷静で居られる精神力が必要だ。魔法を解除しなさい」
「……はい…………うっ」

 霊峰マナスルの中腹辺りで、その二人が修行している。
 ここ霊峰には高濃度のマナが満ちており、魔法使いが魔法を使い続けなければ周囲に満ちたマナに体を蝕まれてしまう。
 最初は酔いの様な症状から次第に体調を崩し、最終的には死んでしまうこの地で、かつてルークは死の一歩手前まで行ってしまった経験がある。
 当時は聖女に助けられ、そこから教えを乞うようになったルークは現在、娘を似た様な環境に置こうと厳しい表情をしている。
 マナの消費が周囲の濃度に追いつかなくなれば次第に体調を崩す為、魔法のイメージすらも崩れてしまうのがこの山の特徴だ。
 山は山頂に向かうほどマナの濃度が増す為、一度酔い始めたらすぐに下山をしなければ危険だ。

 今では『聖女の魔法書』の影響で山頂まで登れる者も増えている。
 それは当然サラも同じで、息をする様に魔法を行使して山頂まで登ることが出来る。

 そんな中、今回の修行は敢えて酔うこと。

 敢えて危険な領域まで足を踏み入れることで、咄嗟の時にも焦らず魔法を行使出来る準備をする。
 一歩間違えれば、そのまま死んでしまう領域の修行だ。
 焦りはイメージを崩し、イメージの崩れは魔法の弱化、ひいては発動の停止に至る。

 死の淵に立った状態でいつもと同じ魔法を使えるか否か、それが一般人と同等の肉体しか持たない魔法使いの単独戦闘には最重要なことである。

 それがルークの考えの根底にして、ルークが最強である理由の一つ。そして、未だにエレナに負けてしまうことがある理由だった。
 実戦経験豊富とは言え、英雄の娘であるサラが死の淵に立つことは今まで一度として無かった。
 それは当然サラが勝てない相手には親が対処してきたからだ。
 そして、そんな親に守られるという状況にサラは絶対の安心感と、同時に自分が特別な人間であるという考えが、少なからず存在していた。

 100倍コースでは、まずその絶対を壊す所から始められる。

 サラは父ルークに魔法の行使を一切禁じられたまま、マナに蝕まれ意識を闇の中に落としていった。
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