雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第十五話:色がないということは

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「お世話になりました」
「おかみさん、ありがとう!」
「良いんだよ。また来な。次は家族連れでね」

 そんなやりとりを最後にして、クラウスとマナは手紙を出した後、女将に教わった女性服店へと赴いた。
「あんたが行くならここしかない」と言われた店はかつて聖女サニィがワンピースを買ったと言われている店で、水色の女性服が今も尚売れ筋の様で多く飾られている。
 聖女モデルも現役の様だ。
 なるほど、確かに英雄が好きならば押さえておくべき店だとクラウスは遠慮なくその店へと足を踏み入れる。
 王都の比較的高級な女性服店にもいつも母と一緒に入っていたクラウスは既にその少し独特な甘みを感じる雰囲気には慣れていた。いつも、母の服を選ぶのは最終的にクラウスの役目となっていたからだ。

「すみません」

 そのまま奥の店員へと声をかける。
 パッと見では女性服は売っているものの、子供用の服を売っている様子は無かった。
 それでも女将がここを紹介したということは、店内に無くとも特注で作れるということなのだろう。
 少しすると、店の奥から「はーい」と若い女性の声が聞こえ、また少しするとクラウスとそれ程歳の離れていない少女が顔を出した。

「ささみ亭の女将さんからここを紹介されて」
「あー、マルタさんから。あっ!」
「ふぇっ」

 少女は突然マナを指刺し叫び声を上げる。それに驚いたマナが怯えクラウスへと抱きつくが、少女はすぐにクラウスへと視線を戻して憤った様な声で言う。

「お客さん、こんな可愛い子にこの服装はなんですか!」
「え、えーと……」

 突然のことに何が何やらと混乱するクラウスと、クラウスにしがみついて店員から顔を背けるマナ。
 少しして、店員ははっと何かに気づいたかの様にビクッと反応すると、頭をわしゃわしゃと掻きながら頭を下げた。

「ご、ごめんなさい。どうにも私、良い素材を食いつぶしてるのを見ると我を忘れちゃって……」

 マナが良い素材だと言うのは流石にクラウスも理解しているので、服に情熱を燃やすのならそれも分からなくはないと宥めると、店員はようやく笑顔を見せた。
 色が抜け落ちた少女は、言ってみれば服装次第で何色にでも染まる原石だ。
 そんなことを伝えてみれば、「おおおお! 同志よ!!!」と謎にテンションを上げる始末。
 結局、リボンに合わせたオリジナルの服を「怯えさせたお詫びに趣み、……格安で作らせて下さい」と言い始めたので、その情熱に任せて頼むことにした。

「測らずともサイズが分かる。それが私の勇者力です」

 と胸を張って言っていたので、任せて構わないだろう。
 店を出ると、クラウスにしがみついて顔を隠していたマナはようやく顔を上げる。

「くらうす、おわった?」
「ああ、終わったよ。素敵な服を作ってくれるって」
「あのひと、こわい」
 その様子がどう見ても普通に幼い子どもで、なんだか微笑ましい。
「ははは、大丈夫さ。僕が付いてる」
 マナの反応を振り返ると、積極的に触れ合おうとしてくる大人を怖がる傾向にある様に感じる。最初のクラウスのコンタクト然り、先程の店員然り。
 それとは逆に、どっしりと構えているタイプには懐き易い傾向だ。目線の高さを合わせて手を広げ、おいでと呼んだクラウスや、ささみ亭の女将にはそれほど警戒心を抱かなかった。
 しかしそうなると、一つの問題が生じてくる。

(母さんやエリー叔母さんは怖がられるだろうなぁ……)

 好きなものは好き好きと隠すことが出来ない母オリーブが、マナに出会ったらどうなるか。クラウスが今までの人生を思い返して想像するのは、非常に簡単なことだった。
 英雄達の中で言えばマナに懐かれるのはルーク夫妻とマルス夫妻、そしてイリス辺り。
 エリーはクラウスにとってもそこそこ怖い存在で、マナは間違いなく怖がるだろうと予想出来る。
 あとは尊大ながら優しげなアリエルにはきっとすぐに懐くんだろうな、と予想しつつ、服が出来上がるまでサウザンソーサリスの街を観光することに決めたのだった。

 一方、港町ブロンセンの宿『漣』には、一通の手紙が届いていた。
 聖女サニィによって世界中どこでもとは言わないまでも、転移の魔法によって比較的簡単に行き来出来るようになってから、郵便物の配達はスムーズに行われるようになっていた。
 特にグレーズのサウザンソーサリスは魔法都市とも呼ばれる魔法使いの街。世界に七冊しかない聖女が直々に複製した『魔法書の原本』と呼ばれる本がある街だ。
 ここで出した手紙はその日の内に世界中の殆どの地域で配達可能となっている。

 と言うことで、早速最愛の息子からの手紙を受け取った母親が、手紙を受け取って自室で満面の笑みを浮かべていた。

「オリ姉気持ち悪いんだけど……」
 部屋の扉をノックも無しに開けた相手が入るなりそんなことを言う。
「エリーさんだって子どもが出来れば分かりますわ。あっ……子どもどころか相手も居ませんでしたわね……」
「ちょっと調子に乗りすぎじゃないかなぁ……」

 かつての姉妹弟子は、そんな風にかつてを思わせるように、時折言い合いをする。
 そろそろクラウスが出て一ヶ月、オリーブが干からびていないかと心配して様子を見に来た所、手紙を受け取ってにやにやとだらしない笑みを浮かべていた姉がいれば、普通は気持ち悪いと思うものだろう。
 そして急に部屋に入ってきて気持ち悪いと言われれば、嫌味の一つでも言いたくなるもの。
 二人はもう、血は繋がらなくとも、本当に姉妹の様だった。

「アリエル様はどうなさいましたの?」
「宿の手伝いをしてるよ。アリエルちゃんもこっちで息抜きしないと大変だからね」
「そうですわね。では、わたくしはこれから愛する息子の手紙を読むので出て行ってくださいな」
「私も読むから」
「えー」

 結局強く追い出すこともせず、我慢できないとオリーブは封を開ける。
 中には二枚の紙が入っていた。
 一枚は紛れもなく最愛の息子、クラウスの文字、もう一枚はみみずが這ったような、謎の暗号。

 一先ず最初は息子の手紙に目を通す。

 ――。

――母さんとエリー叔母さんへ

 僕は元気でやっています。
 二人の指導のおかげで今のところは怪我の一つもありません。もちろん病気も無く、健康です。
 母さんの心配していることは何一つ無いと言っても良いでしょう。
 ジャングルには聖女様が好きだったという動物がたくさんいましたが、皆僕を見ると逃げて行ってしまったので、上手く行っていない所と言えばその位でしょうか。

 ところで、お二人に一つ報告があります。
 一人の少女を拾いました。
 右の額に短く、しかし鋭利な灰色の角が生えた五歳にも満たないだろう少女です。
 名前は「マナ」と言うようで、ジャングルのジャガーノートの巣で一人、ママを呼んで泣いて居たので保護しました。
 現状は角意外不審点は何もなく、ただの可愛らしい少女。
 問題があるようには思えませんが、何か注意すべきことがあれば三日程サウザンソーサリスに滞在していますので、連絡下さい。
 その後は目に付く村には彼女の親探しも兼ねて、片っ端から寄っていこうと考えています。

 ――。

「角の生えた少女、マナ……」

 手紙の文頭に”大好きな母さんへ”と書いていなかったことに少々の落ち込みを見せていたオリーブは置いておいて手紙を読みすすめたエリーは、最後まで呼んで顎に手を当ててそう呟く。

「何か心当たりありますの?」

 少しして追いついたオリーブがそう尋ねると、エリーは真剣な顔をして言う。

「多分、片割れね」
「片割れ……。となると、わたくしたちは見守るしかないんですわね」
「もしもそうならもう旅をさせる意味すら無いんだけど、どうする?」
「でも、レイン様とお姉さまの様に世界を旅するのもクラウスの夢ですし……」

 二人には、マナに対する心当たりがある。
 今までの研究でその可能性を掴んだ存在。もしかしたら、マナはそれなのかもしれない。
 この世界が偶然で回っていない以上、クラウスに旅をさせる目的は、それを見つけることだった。
 とは言え、今はただの少女の体をなしている以上、ただの異形の少女だという可能性は捨てきれず、クラウスの報告の続きを待つ他ない。
 そんな会話を続けることしばらく、話のまとまった二人は、今までどおりにクラウスに旅を続けさせることを決めると、もう一枚の暗号へと手を伸ばした。
 よくよく見ると、それは文字らしいことに気づく。

「えーとなになに、えーと、……しうらすのままて……? しうらす? しうらすってなんですの?」

 そこに書いてある文字を読もうと上に下にと紙を回転させ、なんとか読めそうな位置に持ってきて読んだ結果がそれだった。

「オリ姉何ボケてるのさ……。私に見せなさいよもう。えーと、しうらすのままて……」
「同じですわ……」
「あれー?」

 エリーが呆れながらオリーブから紙を奪い取り、同じく何度が回して読んでみるも、同じ結果。
 すると、そこにエリーの母であるアリスがやって来て、紙をくるくると回す二人を見て首を傾げる。

「何してるの二人とも?」
「アリスさん、クラウスが女の子を保護したみたいなんですけれど、その女の子からの手紙らしきものが読めなくて……」
「あら、ちょっと貸してみて」

 アリスがオリーブから手紙を受け取ると、同じくくるくるとそれを回して、ふんふんと頷いたあと、微笑む。

「あははは、これは可愛らしいわね。読むよ?」
「はい」「うん」
 なんて書いてあるのか分からない二人は、素直に頷いた。

「くらうすのままへ、くらうすをうんでくれてありがとう、まな。そう書いてあるんだよ」

 二人が「良い子だね」と微笑むのは、ほぼ同時だったという。
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