雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第十一話:二人の冒険の始まり

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 少女の額の右側に生えた2cm程の一本角は灰色で、その先端は鋭く尖っている。
 人間が生んだのなら母の胎内はぼろぼろになってしまうのではという程度には鋭利に。成長と共にそれが鋭利になっていったのならばまだ分かる。しかし生まれた時からそれ程であるのなら母は産むと同時に命を落としていた可能性が高い。
 しかし、少女はママという言葉を呟いていた。
 となれば、マナが人間であるのなら母はまだ生きているということになるし、人間でないのならばそんな言葉を呟いた意味すら不明ということになる。

 そんな謎の少女マナは現在、クラウスの肩に完全に頭を預け、幸せそうに眠っている。

「初対面の僕を相手にして無防備な……。何者なんだろう、今のところは魔物の可能性が高いような気はするけど……、23万5000っと」

 涙と鼻水で汚れた右肩から左肩に抱き変え、子供らしく高い体温を感じながら右手で素振りを続ける。
 出会ってすぐには怯えていたはずの少女が既に安心しきっている様子にどこか奇妙な感覚を覚えつつ、クラウスは起こさない様気を付けながら考える。
 まず、周囲にマナの家族がいる痕跡は存在しなかった。それどころか、彼女が居た場所はジャガーノートの巣で、それが通った獣道を除けば人の痕跡そのものが存在しない。
 もちろん、周囲に血痕の様なものも無く、ジャガーノートが人間を捕食してマナを育てて居た様な様子すらも見当たらなかった。
 ジャガーノートは肉食性の魔物ながら、食べるのは人間のみ。動物を襲うことはない。そして別に何も食べずとも生きていけるのが魔物の特徴でもある。
 つまり、なんの痕跡も無いと言うことは少なくともマナがこの巣にやって来たのは、ジャガーノートを見ていないと言う証言も合わせれば、クラウスがジャガーノートの出会った辺りから巣を見つけるまでの間ということになる。
 更にはマナの健康状態。
 ジャングルで一人でそこに居たにも関わらず、マナは麻布の服一枚で健康そのものといった様子だ。
 高い体温に少女らしく程よい肉付き、そして体重も、詳しく分からないものの適正範囲に見える。

 それがまた、マナの魔物説を裏付ける材料の様にも思えて、不可解さを覚える。

「まあ、魔物なら街に行けば誰かしらが反応するだろうな。レイニーの件もあるし、エリーの様な力を持った勇者が居ないとも限らない。5005」

 温室育ちの自分では魔物に対する殺意を殆ど感じられないとクラウスは考えて、ひたすらに素振りをしながら北を目指すのだった。
 ジャングルの中、結局保護した直後に襲撃してきた個体を除いては襲い来るジャガーノートは他に一頭もおらず、タムリンと呼ばれるゴブリンよりも弱い様な低級の魔物がたまに出てくるだけで、あとは動物のみ。
 ジャングルでの生活方法は幸いなことに魔法書に書かれている。
 食べられる植物は挿絵付きで、後は可愛い動物だったり食べられる動物等、色々。
 なんとなく、少女のことが気になったクラウスは魔法書のその部分を頼りにそのままゆっくりと進むことにした。ジャガーノートが他に居ないともまだ限らないからと、他の人々の安全の為も含めて。

 ……。

「……ん、んぅぅ」

 移動を始めて三時間ほどで、マナは眠そうに目をこすりながら起き始める。
 ぼやけた視界でクラウスを見ながら、怖がる様子もなく首元を片手で掴んで体を支えている。

「おはようマナ」
「……おはよ、くらうす?」
「そう、クラウス。よく眠れたかい?」
「うん、なにしてるの?」

 なんとなく気になる少女マナは、クラウスに掴まったまま右手の方を見る。
 少女の灰色の瞳はクラウスが振るう剣を興味有り気に眺めながら、剣の動きに合わせて上下に動いていた。

「素振りだよ。僕の師匠がね、結構厳しいんだ」
「すぶり?」
「うん、剣の形を確認する修行、かな」
「……よくわかんないけど、かたてでいいの?」
「これからはマナを抱えたままの戦いになるだろうからね」
「まな、じゃま?」
「いいや、どんな条件でも勝つのが僕達の剣だ」

 クラウスの剣に興味を示す少女は、しばらくクラウスを質問攻めにする。

「ぼくたちのけん?」
「そう、僕の師匠が言うには最強の剣なんだってさ」
「……ん?」とマナが小首を傾げれば、「ちょっと難しかったかな」とクラウスも分かりやすく説明しようと努力する。
「僕は負けちゃいけないんだって」
「そっか。くらうすはいちばんつよいんだ……」
「僕はまだまだかな」
「そーなの?」

 純粋な瞳に、クラウスは苦笑いを隠せない。
 まだまだどれだけ頑張ったところでエリー叔母さんに勝てる気がしないし、それは母以外の英雄も同じだ。そこには明確な差がある様に感じる。
 英雄達やエリー叔母さんがクラウスが一人で大丈夫と言い切っていた理由はまだ分からないけれど、はははと苦笑いをしながら腰に剣を戻し、マナの頭を撫で付ける。

「まあ、それでも君を守る位の力はあるつもりだよ」
「ん、んんぅ、きみじゃなくてまなぁ」

 マナはいやいやと首を振りながら、自分の名前を主張した。
 子どもの相手は思ったより難しいな、などと思いながらも、クラウスはやはりこの少女が何処か自分にとって大切にしなければならないものの様な感覚になる。
 それすらも何か魔物の策略だとすれば、回避する方法は最早無いなと複雑なことを考えたところで、マナのお腹がきゅるーと鳴くのだった。

「さて、お腹が空いたみたいだし何か取って作ろうか、マナ」
「うんっ」

 お腹が空く。それだけでマナが魔物である可能性は随分と減るのだから、クラウスは少し気持ちを楽にさせて。これが、英雄レインがエリーの師になった時の感覚だとしたら悪くはない。そんなことを思いながら、野草を採取しに行くのだった。
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