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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女
第五話:三代目の旅立ち
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次の日の朝、クラウスの旅立ちには昨日遊びに来た全員が見送りに来ていた。
食堂に向かうと、いつも朝は弱いエリー叔母さんもサラも、今日ばかりはと目をこすりながら起きて来ていた。
「おはよ、クラウス。クラウスってさ、武器は持ってる?」
開口一番、エリーはそんなことを言い始めた。
言われてみれば、クラウスは自分の武器を持っていない。いつもの戦闘訓練はブロンセンの兵舎から一本借りていたし、王都へと向かう道中も同じく借りたものを使っていた。
それと言うのも、母オリーブが積極的に戦いたがっていた、という理由がある。子どもの頃は一般人にはあり得ない程のその強さが本当に格好良くて無邪気に応援していたし、成長してからもその美しささえ感じる程に洗練された戦い方が大いに参考になった上に、クラウスの出番は殆ど無かったというのが大きい。
クラウスの強さがオリーブをようやく抜いた頃、戦闘は代わると言っても、「危なくなったら頼りにしてるわ」と言って聞かなかった母親を見て、ちょうどその頃母が英雄オリヴィアだと知ったこともあって、きっと戦い続けなければいけない理由があるのだと納得した。
そんな理由もあって、クラウスは自分の武器を持ってはいなかった。
「そう言えば持ってないや」
頭を掻きながら言って見せれば、エリーは待ってましたと言わんばかりの笑顔で一本の剣を取り出して見せる。
「そんなことだろうと思って、このエリー叔母様がクラウスに一本剣を用意してあげたよ。欲しい?」
是非、と言おうとした所で、母が不満気な顔で口を挟む。
「もう、クラウスには私がこのレイピアをあげようと思ってたのに!」
と、取り出したのは真っ白なレイピア。
母オリーブが常に肌身離さず持ち続けた宝剣だった。魅力的な名前が付いているとのことだったが、その詳細はクラウスが何度尋ねても「ひみつ」と誤魔化されてしまっていた刺突剣。
もちろん、オリヴィアだと知ったことで、その剣の名前も今は知っている。
「流石に『ささみ3号』は受け取れないよ母さん」
それは聖女が名付け、英雄レインの弟子として修行する前からずっと一緒だった王家の宝剣だ。
母の最も大切なものを子どもに託すという考えは分かる。それだけなら、素直に受け取っていたかもしれない。
でも、それを受け取れないのには、明確な理由があった。
「あら、何が不満なの、クラウス?」
「母さんそれが無くても戦うでしょ?」
「それは当然じゃない」
「じゃあ、ダメだ。受け取れない」
一般人の母が魔物を蹂躙出来る理由は、単にその剣があるからだ。
かつての呼び名を『秤のレイピア』
清い心を持つ者が使えば羽と同等の重さとなり、魔物に対して高い殺傷能力を有するそれが、一般人の彼女よりも遥かに高い身体能力を持つ魔物を倒せる理由の一つ。
それを失えば重い武器を持つしかなくなる。それが例え僅か500gだったとしても、羽の様なレイピアとは比べるまでもなく重い。
だから、母が戦う以上はそれを受け取る訳にはいかなかった。
「母さんは僕が心配かもしれないけど、僕だって母さんが心配だ。今は僕の方が強い。だから、それは母さんが使って」
そんな風に言えば、母は少しだけ不満そうに、少しだけ満足そうに押し黙る。親に長生きして欲しいのは当然のことだと、父を早くに亡くしたオリーブは知っている。
「……ということで叔母さん、どうしたらその剣はくれるの?」
クラウスは視線を変える。
エリーはいつだって、少しだけ意地悪だ。
いつだって目標を成し遂げるまではしごき倒してくるし、言うこともやることも少しだけ困ることをしてくる。
だから今回も、そう思って聞いてみた。
「あはは、良い子なクラウスにはタダであげちゃう。条件は、無事に旅を終えること」
こんな風に、やっぱり少しだけ。クラウスは18歳。成人だ。それをまだまだ子ども扱いしてくるこの叔母さんはやっぱり少し意地悪で、とても優しい。
「了解。それは、叔母さんだけじゃなくてここにいるみんなに約束する」
そう伝えて、エリーから剣を受け取る。
ずっしりと重いロングソード。鞘から抜いてみると、紅い刀身に銀色のダマスカス文様。
「どう? 月光を参考にして作った宝剣『旭丸』なんだけど」
「旭丸……名前はともかく、ありがとうございます。叔母さん」
「名前はともかくかー。安心した様ながっかりな様な、そんな気分だなぁ」
何故か不満気な様な、そうでも無い様な微妙な表情でエリーはぼやく。
すると、母は言う。
「あら、良い名前じゃない」
そんな母の一言に、「お、クラウスはお父さん似だね!」と何故か少し嬉しそうな顔をして、エリーはバシバシとクラウスの肩を叩いてきた。
「能力はひたすらに壊れにくい。斬れ味は結構良い。それだけ。重量は3kgあるからかなり重いけど、クラウスなら使えるはず」
月光の力を聞いて憧れを抱いていたクラウスにとっては、その力はとても魅力的だった。
絶対に壊れず斬れ味はそれ程でもないと言う月光は、最強の英雄レインが持ってこその最強の剣。周りに同等以上の強さの人物がたくさんいるクラウスにとってそれは過ぎたもので、ただの憧れだった。
しかしそれの汎用版の様な『旭丸』は、確かに理想的なものなのかもしれない。
そんな風に思って。
「ありがとう叔母さん!」
満面の笑みで、そう答えるのだった。
それを、ルーク夫妻とアリエルは微笑ましそうに、サラは目をつぶって聞いていた。
……いや、サラだけは、多分寝ていた。
――。
「ちゃんとご飯は食べるのよ? 周囲もちゃんと警戒して、魔物毎に正しい対策を取るのよ? 自分の力を過信しちゃダメよ? なるべく町で睡眠を取るのよ? レイン様のことで何かあったとしても、少しだけ、慎むのよ?」
いざ外に出ると、母がそんな風に心配してくる。ちょっとだけ心配し過ぎかとも思ったけれど、これが母の愛情なのだと思えば悪くない。
こんな良い母を残して旅の途中倒れるなんてことは、とてもじゃないが出来そうもない。
そう思って、言う。
「うん、有り難いアドバイス、ちゃんと守るよ」
「ほんとよ? 外は危険がいっぱいだから、ほんとに気をつけるのよ?」
「うん、大丈夫。僕はあの英雄オリヴィアの息子なんだから。……それより母さんも、僕に心配かけさせる様な無理はしないでよ?」
「え、ええ、もちろんよ。お母さんも気をつけるわ。だから、ね、」
「うん。必ずまたこの漣でね」
忙しなく動く母を見て、誰しもが苦笑いをしている。
英雄だった頃の母がどんな人物だったのかは知らないけれど、ここまで子煩悩になるとは思っていなかったのだろう。
そして、そんな母も名残惜しいけれど、旅立ちの挨拶をする。
「それじゃ、行ってきます」
すると、それまでは静かにしていたサラが不意に一歩前に踏み出して、叫んだ。
「ねえクラウス、待ってなさいよ!」
たった一言、それだけを。
そうしてクラウスは、なんだか後ろ髪を引かれる思いに浸りながらも、かつての大国、本物の英雄が居ると言うアルカナウィンドに向けて旅立った。
少し離れてから一度だけ背中を振り返ると、ブロンセンの多くの市民がいつのまにか集まって、手を振ってくれていた。
――。
「はあ、大丈夫かしら」
「あはは、大丈夫だよオリ姉。なんたってクラウスはあの三人の子どもなんだから」
「その三人のうちの一人が心配だらけなんですわ……」
「そんなことは無い。今の世界最強の私が保証する。三人共が私が知ってる私よりも強い人。そしてクラウスはその三人の子で、私の弟子。そして、三代目。だから、もしかしたら師匠よりも強くなって帰ってくるかもよ?」
「ははは、そうなったら面白いね。僕達もうかうかしてられないな。サラ、どうする?」
「……100倍厳しくして」
「ふふふ、ありがとう皆さん」
「それにしてもエリー、妾ふと気付いたんだけど、クラウスの周辺の家族構成複雑過ぎじゃない?」
「ん? 私は師匠の娘だから、正確には叔母さんじゃなくてお姉ちゃんの方が良いかもね」
「あら、アリスもオリーブもアリエルちゃんも私の娘で、エリーとクラウスは私の孫よ?」
「エリーに女将さん、そう言うことじゃ無いんだが……」
見送った者達も、そうしてほんの少しの寂しさを紛らわせて行く。
食堂に向かうと、いつも朝は弱いエリー叔母さんもサラも、今日ばかりはと目をこすりながら起きて来ていた。
「おはよ、クラウス。クラウスってさ、武器は持ってる?」
開口一番、エリーはそんなことを言い始めた。
言われてみれば、クラウスは自分の武器を持っていない。いつもの戦闘訓練はブロンセンの兵舎から一本借りていたし、王都へと向かう道中も同じく借りたものを使っていた。
それと言うのも、母オリーブが積極的に戦いたがっていた、という理由がある。子どもの頃は一般人にはあり得ない程のその強さが本当に格好良くて無邪気に応援していたし、成長してからもその美しささえ感じる程に洗練された戦い方が大いに参考になった上に、クラウスの出番は殆ど無かったというのが大きい。
クラウスの強さがオリーブをようやく抜いた頃、戦闘は代わると言っても、「危なくなったら頼りにしてるわ」と言って聞かなかった母親を見て、ちょうどその頃母が英雄オリヴィアだと知ったこともあって、きっと戦い続けなければいけない理由があるのだと納得した。
そんな理由もあって、クラウスは自分の武器を持ってはいなかった。
「そう言えば持ってないや」
頭を掻きながら言って見せれば、エリーは待ってましたと言わんばかりの笑顔で一本の剣を取り出して見せる。
「そんなことだろうと思って、このエリー叔母様がクラウスに一本剣を用意してあげたよ。欲しい?」
是非、と言おうとした所で、母が不満気な顔で口を挟む。
「もう、クラウスには私がこのレイピアをあげようと思ってたのに!」
と、取り出したのは真っ白なレイピア。
母オリーブが常に肌身離さず持ち続けた宝剣だった。魅力的な名前が付いているとのことだったが、その詳細はクラウスが何度尋ねても「ひみつ」と誤魔化されてしまっていた刺突剣。
もちろん、オリヴィアだと知ったことで、その剣の名前も今は知っている。
「流石に『ささみ3号』は受け取れないよ母さん」
それは聖女が名付け、英雄レインの弟子として修行する前からずっと一緒だった王家の宝剣だ。
母の最も大切なものを子どもに託すという考えは分かる。それだけなら、素直に受け取っていたかもしれない。
でも、それを受け取れないのには、明確な理由があった。
「あら、何が不満なの、クラウス?」
「母さんそれが無くても戦うでしょ?」
「それは当然じゃない」
「じゃあ、ダメだ。受け取れない」
一般人の母が魔物を蹂躙出来る理由は、単にその剣があるからだ。
かつての呼び名を『秤のレイピア』
清い心を持つ者が使えば羽と同等の重さとなり、魔物に対して高い殺傷能力を有するそれが、一般人の彼女よりも遥かに高い身体能力を持つ魔物を倒せる理由の一つ。
それを失えば重い武器を持つしかなくなる。それが例え僅か500gだったとしても、羽の様なレイピアとは比べるまでもなく重い。
だから、母が戦う以上はそれを受け取る訳にはいかなかった。
「母さんは僕が心配かもしれないけど、僕だって母さんが心配だ。今は僕の方が強い。だから、それは母さんが使って」
そんな風に言えば、母は少しだけ不満そうに、少しだけ満足そうに押し黙る。親に長生きして欲しいのは当然のことだと、父を早くに亡くしたオリーブは知っている。
「……ということで叔母さん、どうしたらその剣はくれるの?」
クラウスは視線を変える。
エリーはいつだって、少しだけ意地悪だ。
いつだって目標を成し遂げるまではしごき倒してくるし、言うこともやることも少しだけ困ることをしてくる。
だから今回も、そう思って聞いてみた。
「あはは、良い子なクラウスにはタダであげちゃう。条件は、無事に旅を終えること」
こんな風に、やっぱり少しだけ。クラウスは18歳。成人だ。それをまだまだ子ども扱いしてくるこの叔母さんはやっぱり少し意地悪で、とても優しい。
「了解。それは、叔母さんだけじゃなくてここにいるみんなに約束する」
そう伝えて、エリーから剣を受け取る。
ずっしりと重いロングソード。鞘から抜いてみると、紅い刀身に銀色のダマスカス文様。
「どう? 月光を参考にして作った宝剣『旭丸』なんだけど」
「旭丸……名前はともかく、ありがとうございます。叔母さん」
「名前はともかくかー。安心した様ながっかりな様な、そんな気分だなぁ」
何故か不満気な様な、そうでも無い様な微妙な表情でエリーはぼやく。
すると、母は言う。
「あら、良い名前じゃない」
そんな母の一言に、「お、クラウスはお父さん似だね!」と何故か少し嬉しそうな顔をして、エリーはバシバシとクラウスの肩を叩いてきた。
「能力はひたすらに壊れにくい。斬れ味は結構良い。それだけ。重量は3kgあるからかなり重いけど、クラウスなら使えるはず」
月光の力を聞いて憧れを抱いていたクラウスにとっては、その力はとても魅力的だった。
絶対に壊れず斬れ味はそれ程でもないと言う月光は、最強の英雄レインが持ってこその最強の剣。周りに同等以上の強さの人物がたくさんいるクラウスにとってそれは過ぎたもので、ただの憧れだった。
しかしそれの汎用版の様な『旭丸』は、確かに理想的なものなのかもしれない。
そんな風に思って。
「ありがとう叔母さん!」
満面の笑みで、そう答えるのだった。
それを、ルーク夫妻とアリエルは微笑ましそうに、サラは目をつぶって聞いていた。
……いや、サラだけは、多分寝ていた。
――。
「ちゃんとご飯は食べるのよ? 周囲もちゃんと警戒して、魔物毎に正しい対策を取るのよ? 自分の力を過信しちゃダメよ? なるべく町で睡眠を取るのよ? レイン様のことで何かあったとしても、少しだけ、慎むのよ?」
いざ外に出ると、母がそんな風に心配してくる。ちょっとだけ心配し過ぎかとも思ったけれど、これが母の愛情なのだと思えば悪くない。
こんな良い母を残して旅の途中倒れるなんてことは、とてもじゃないが出来そうもない。
そう思って、言う。
「うん、有り難いアドバイス、ちゃんと守るよ」
「ほんとよ? 外は危険がいっぱいだから、ほんとに気をつけるのよ?」
「うん、大丈夫。僕はあの英雄オリヴィアの息子なんだから。……それより母さんも、僕に心配かけさせる様な無理はしないでよ?」
「え、ええ、もちろんよ。お母さんも気をつけるわ。だから、ね、」
「うん。必ずまたこの漣でね」
忙しなく動く母を見て、誰しもが苦笑いをしている。
英雄だった頃の母がどんな人物だったのかは知らないけれど、ここまで子煩悩になるとは思っていなかったのだろう。
そして、そんな母も名残惜しいけれど、旅立ちの挨拶をする。
「それじゃ、行ってきます」
すると、それまでは静かにしていたサラが不意に一歩前に踏み出して、叫んだ。
「ねえクラウス、待ってなさいよ!」
たった一言、それだけを。
そうしてクラウスは、なんだか後ろ髪を引かれる思いに浸りながらも、かつての大国、本物の英雄が居ると言うアルカナウィンドに向けて旅立った。
少し離れてから一度だけ背中を振り返ると、ブロンセンの多くの市民がいつのまにか集まって、手を振ってくれていた。
――。
「はあ、大丈夫かしら」
「あはは、大丈夫だよオリ姉。なんたってクラウスはあの三人の子どもなんだから」
「その三人のうちの一人が心配だらけなんですわ……」
「そんなことは無い。今の世界最強の私が保証する。三人共が私が知ってる私よりも強い人。そしてクラウスはその三人の子で、私の弟子。そして、三代目。だから、もしかしたら師匠よりも強くなって帰ってくるかもよ?」
「ははは、そうなったら面白いね。僕達もうかうかしてられないな。サラ、どうする?」
「……100倍厳しくして」
「ふふふ、ありがとう皆さん」
「それにしてもエリー、妾ふと気付いたんだけど、クラウスの周辺の家族構成複雑過ぎじゃない?」
「ん? 私は師匠の娘だから、正確には叔母さんじゃなくてお姉ちゃんの方が良いかもね」
「あら、アリスもオリーブもアリエルちゃんも私の娘で、エリーとクラウスは私の孫よ?」
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