雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
371 / 592
第十章:鬼の娘

第百三十四話:例えどんなことがあっても

しおりを挟む
「ねえルー君」
「なんだいエレナ?」

 修行を続けるライラとエリーを見ながら、魔法使いのカップルは話を始める。
 ルークは最近夜、星空を眺めて居た時にある魔法を思いついたらしい。
 レインを参考に作ってみた『次元の狭間切り』は、イメージする為の時間も長くかかり、視界が遮られれば届かなくなるのが最大の欠点。それを克服した同等以上の力を持つ魔法。
 それも既に実験済み。着実に地力は伸びて来ている。

「ぶっちゃけ、私達が魔人様に勝てる確率ってどの位?」

 いつもの様にエレナは気になることを素直に尋ねる。
 実際に魔王になってしまっても魔人様と呼び続ける辺り、エレナは本当に図太い。
 とは言えそれを指摘する者はいない。魔王になったからと言って気を使って呼び方を変えればオリヴィアも更に落ち込んでしまう。きっと、そんなことが本能で分かっているのだろう。

「んー、たまきの強さにもよるんだよなぁ」

 たまきの現在の強さは、少なくとも魔王を止められる程。
 とは言え以前先生であるサニィから聞いた際にはデーモンロードクラスでレインに攻撃を躊躇させる程の魅了をしていたと言う。当時のレインよりは弱い魔王を魅了出来た所で現在の強さがどのくらいなのかは想像は出来ない。

「先生くらいだとしたら?」
「本気の先生だとしたら0%だね」

 魔王だけを想定しても被害ゼロは相当に厳しいことだと考えていた。アリエルの掲げる死者ゼロに共感はしていたものの、現実的には厳しい。それをはっきりと分かっていたルークは冷静だった。
 たまきが聖女サニィのレベルにあるのであれば、ディエゴ、ナディア、オリヴィアを欠いた今勝つことは不可能だ。

「ふーん。じゃあオリヴィアさん位だとしたら?」
「13%かな」

 いくらオリヴィアが最強だとは言え、二人掛りで挑んで勝てないレベルではない。
 そうなれば、たまきに二人を割くとして、残りで魔王を討伐出来る可能性はそのくらい。
 少なくとも、今の魔王討伐隊の面々は過去のどの勇者達よりも強い。

「じゃあ、ルー君が総合的に思ってる勝率は?」
「5%」

 本当に正直なところで言えばそのくらいだ。
 魔王はそれほど強大で、ディエゴとナディアを欠くという事はそれだけの損失。
 更にたまきの出現。

「5%かー。上々だね」

 しかし、エレナはあっけらかんと納得する。
 まるで絶望等した様子もなく、むしろ良い感じと笑顔を見せる。

「5%を上々と考えるエレナは本当に凄いよ」

 苦笑いを隠さずルークは言う。
 エレナはそもそも、確率を当てにしないことが多々あるのだ。
 その結果が戦闘のムラにも繋がっているものの、結果的にそれが絶望的な結果になったことはただの一度もない。何よりも心を乱さないエレナは、なんだかんだで勝利を手に入れてきている。
 なんだかその根拠の無さそうな自信が心強いと感じている辺り、ルークも相当にエレナに毒されているのかもしれない。
 しかし、今回ばかりはエレナにも根拠はある様だ。

「先生はぶっちゃけ勝率0%のドラゴンと相打ちになったって聞いてる。魔人様は何度死んでもおかしくない戦い方をし続けて無敗。そんな二人が選んでくれた私達が5%を掴めないのだとしたら、二人には見る目が無いってことになっちゃうから」

 更に言えば二人は、運命的な出会いを果たしている。同じ日に呪いに罹り、同じ日が誕生日で、同じ日に命を落とした。そんな最強の二人。そんな二人が選んだ救世主が、救世主で無いわけがない。

「なるほど。エレナらしい考え方だね」

 確率なんてものはそもそもまやかしで、結末は決められている。
 エレナが言いたい事はそういうことだ。
 アリエルの能力が指し示す道も、常に変化はしているものの終わりが訪れるとは全く出てはいない。
 流石に図太いエレナらしい発想。

「私は先生も魔人様も信じてる。あの二人のおかげで、一体どれだけみんなが強くなったことか分からない。魔人様はきっと、自分が魔王になることも知ってた様な気がするな」
「それは確かにね。あの人のことだから、本当は何処までも知ってたのかもしれないね」

 あのなんでも見抜く様な力がこうなることを暗に予測していたのなら、自分達が彼らに出会ったことそのものがあの鬼神の想定通り。
 そんなことを言われても信じられる程度には、あの人は規格外だった。

「うんうん。魔人様はきっと、大切な人に殺されたかったんだと思うよ」
「それはまた、エレナらしい考え方だね」

 ルークはそれを否定しない。

「殺されるなら好きな人の手で。私はそうだからね」
「僕はエレナには幸せだったと言って寿命を迎えてもらえるよう努力するよ」

 家族に放られたも同然に研究所に預けられたエレナは、少々性格が歪んでいる。
 病んでいると言う程ではない。余りに図太い為にそこまではいかず、しかし自分の価値は他の人よりも低め。少しの破滅願望。
 ルークが側にいることである程度相殺されていながらも、時々漏れるそんな暗黒面。
 しかしそれがまたエレナの才能の一端で、ルークにとってのエレナの魅力の一つ。

「今のまま行けば大丈夫。私は本当に幸せだよ。だから」
「ん?」
「みんなを程々に幸せにするには、英雄候補の皆で魔王魔人様を倒すしかないんだよ。オリヴィアさんも辛いと思うけど、きっと本当は分かってる」

 決して乱れない【悪夢のエレナ】は、相変わらず頼もしく言いながら。

「…………そうだね」
「だから、本当は5%じゃなくてもっと高いんじゃない?」

 そんな、ルークの心でも読んだかの様に確率を指摘する。

「いや、僕の想定では5%だけど……」
「オリヴィアさんが復帰しないことが前提だよね、それ」
「…………うん。ははは、全くエレナには敵わないな」

 オリヴィアは今のままでは戦えない。
 毎日の修行も出来ていない。
 修行を怠ったオリヴィアは、本人の言では弱くなる。
 それが、もう10日も修行をしていない。
 彼女がどの程度弱くなったのかは想像出来ないが、そもそも動くことすら難しいのだ。
 だから、ルークの5%はオリヴィアを抜いた予想。

「私にはルー君の考えてることは全然分からないけど、考えそうなことはなんとなく分かるから」
「ははは、そっか。エレナの考えが全然分からない僕はまだまだかもしれないね」

 【悪夢のエレナ】と【天才ルーク】
 このカップルはきっといつまで経っても互いのことを完全に分かり合うことはない。
 それでも、二人は互いを尊重しながら今日も笑い合う。

「ふふ、そうだね。ルー君はまだまだ成長の余地があるのかもね。それに」
「それに?」
「魔人様は例えどんなことがあってもエリーちゃんとオリヴィアさんだけは殺さないよ」
「うん、それはそうかもしれないね」

 ディエゴやグレーズ王が殺されても、サニィだと勘違いされたナディアだけは死んでいない。
 それは少々難しい問題ではあるけれど、感情さえ抜いてしまえば、世界にとっては確実に『良い話』だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...