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第十章:鬼の娘
第百三十二話:……私であれば、それらを実戦で使うのは怖いです
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騎士達や王、ディエゴの遺体はその場に居た斥候達に全て任せたエリーは一人の斥候を連れてそのままアルカナウィンドの王城へと戻っていた。
「救えなかったからと言って一々悲しんでいたら次の魔王戦に支障が出る」
そう残る斥候達には伝えての帰還。
戦場での心の乱れでの判断ミスは致命的だ。流石にそれを咎めるような者は居なかったが、誰しもがエリーは心に深い傷を負っているだろうと想像しているのを感じ取った。
ところが、実のところエリーはそれほど悲しんではいなかった。
エリーの世界は狭い。
それは、心が読めることこそが原因だ。
物心ついた頃から、エリーは他者の心を読んでいた。
最初に気づいたことは、母の愛と村人達の侮蔑の感情。幼いエリーにとっては、母親のみが世界の全てだった。
それが変わったのは、村が盗賊団に襲われた時。
一組の男女に救われたことが、エリーの世界を広げるきっかけだった。
自分の世界を守る為に立ち上がったエリーを、男は見事だと褒め称えた。それはまるで敬意すら感じている様な、嘘偽り無く純粋な心で。
女の方は、純粋に驚いていた。今すぐ逃げ出したいと思う状況で母親を守る為にドラゴンの前に立ちふさがったエリーを見て、家族を思い出しながら驚いていた。
エリーは直ぐにその男女を信頼し、男の弟子となった。
世界にはいつしか、二人の住人が増えていた。
それからしばらくして、漣の女将、大将、ブロンセンの人々がエリーの世界の住人となる。
そして、その世界にずかずかと踏み込んできたのがオリヴィアだ。
最初は隠しもしない心が気持ち悪かったけれど、いつの間にか居なくてはならなくなっていた存在。まんまとやられたような、諦めただけの様な、複雑な気持ちだけれど、悪い人ではない。
しばらくは、そんな印象だった。
修行を重ねるうち、エリーは師匠達が連れてきた【仲間】の一人、アリエル・エリーゼと出会う。
母を亡くし酷く辛い思いをしていた彼女を、母だけが世界だった過去のあるエリーは放っておくことが出来なかった。無理やりにちょっかいをかける内にアリエルも少しずつ元気になっていくのを感じて、初めて対等な友人が出来た気がしていた。
それが、今のエリーの世界のほぼ全て。
いつしか大切なものとなっていた【仲間】も含めれば、エリーの世界は今でもそこで完結していると言って過言ではない。
――ディエゴさんは師匠のライバル、覚悟を決めてた。マルスさんは不屈だ。ナディアさんは……悲しいけれど、まだ生きてる。………………そして師匠も、穏やかだ。
そう考えれば、エリーは驚く程にあっさりと現状を受け入れることが出来た。
人々の殆どはエリーの力を知れば畏怖と嫌悪を覚える。師匠とお姉ちゃんが居なくなった時、家出をした経験からはっきりと実感していたこと。そしてそれは、オリヴィアに連れられてブロンセンの外に出た後もそれほど変わりない。いつしか、エリーにとってはそれがトラウマとなっていた。
王やアーツはそんなトラウマが出来てから出会った人物だ。
いくらオリヴィアの家族だとはいえ、今でも完全な信頼を置けていないのが現状。
どれだけアーツが可愛いとは言っても、まだ9歳。この先どの様に考えが変わるかなど、心を読めるエリーにも予想が付かない。いや、心が読めるからこそ、年齢と共に世界を知って変わっていく心が怖いのかもしれない。
だからエリーは王達の死を目前にしても、それほどショックを受けていなかった。
ディエゴが死んでしまったのは悲しいけれど、相手が師匠ならば納得だ。
むしろ、そんなことよりも父親を失ったオリヴィアの心配の方が先立っている。
これでオリ姉が再起不能になってしまったらどうしよう。私では力不足ではないのか。そんなことを考えてしまっている。
それがエリーという少女だった。
――。
――でも、まずは師匠を倒す方法を考えないと。いくら穏やかと言っても、師匠は人殺しなんかしたくないはず。レイニーって人のこと、本当は殺したくなかったって私は分かってる。王様だって、ディエゴさんだって、師匠は自分が殺したことを知ったら絶対……。師匠の為にも、オリ姉の為にも、私が止めてあげないと……。
そんなことを考えながら歩くエリーを、隣に歩く斥候は心配している。
通常、他者に心は伝わらない。
腕を組んで斜め下を見ながら歩くエリーが、落ち込んでいるのを必死に隠しているのだと考えた斥候は、「あの、もしも私に出来ることがあればなんでも言ってください」と気を遣う。
エリーはそれを見て、ふと気になった一つのことを尋ねてみることにした。
「ねえ、私の宝剣っておもちゃみたいかな? たまちゃんだけじゃなくて、前にサンダルさんも似たようなこと思ってたんだよね」
師匠を倒す方法は、思い浮かびはしない。
むしろ戦力が減ったことで、魔王側は戦力が増大したことで、更なる苦戦を強いられることが目に見えている。
そんな中で少しだけ気になった言葉が、それだった。
おもちゃの様な宝剣。
「え、えーと。私はその、特殊な宝剣達だとは思いますがおもちゃとは……」
心を読めない斥候はエリーの真意を読めず、気を遣う。
そこに少しばかりイラっとしてしまうが、なんとか抑えつつ。
「隠さなくて良いよ。私の宝剣達が変わってることなんて分かってるからさ。で、どう?」
「え、えーと、……私であれば、それらを実戦で使うのは怖いです。現状ではデメリットのある宝剣よりも、扱い易いシンプルなものの方が好まれますから……」
「そっか。そうだよね。師匠の剣は壊れないだけ。オリ姉のは軽くて鋭いだけ。ディエゴさんのは良く切れて丈夫なだけ。私より強い人の武器はみんなシンプル。でも、これは師匠から、…………あ」
エリーは何かに気づいた様にぽんと手を打つ。
落ち込んでいる様に見えていた斥候はその余りの軽さに驚いて、「あの、どうしました? エリー様?」などとおろおろし始めるが、最早エリーにその言葉は届いて居なかった。
「救えなかったからと言って一々悲しんでいたら次の魔王戦に支障が出る」
そう残る斥候達には伝えての帰還。
戦場での心の乱れでの判断ミスは致命的だ。流石にそれを咎めるような者は居なかったが、誰しもがエリーは心に深い傷を負っているだろうと想像しているのを感じ取った。
ところが、実のところエリーはそれほど悲しんではいなかった。
エリーの世界は狭い。
それは、心が読めることこそが原因だ。
物心ついた頃から、エリーは他者の心を読んでいた。
最初に気づいたことは、母の愛と村人達の侮蔑の感情。幼いエリーにとっては、母親のみが世界の全てだった。
それが変わったのは、村が盗賊団に襲われた時。
一組の男女に救われたことが、エリーの世界を広げるきっかけだった。
自分の世界を守る為に立ち上がったエリーを、男は見事だと褒め称えた。それはまるで敬意すら感じている様な、嘘偽り無く純粋な心で。
女の方は、純粋に驚いていた。今すぐ逃げ出したいと思う状況で母親を守る為にドラゴンの前に立ちふさがったエリーを見て、家族を思い出しながら驚いていた。
エリーは直ぐにその男女を信頼し、男の弟子となった。
世界にはいつしか、二人の住人が増えていた。
それからしばらくして、漣の女将、大将、ブロンセンの人々がエリーの世界の住人となる。
そして、その世界にずかずかと踏み込んできたのがオリヴィアだ。
最初は隠しもしない心が気持ち悪かったけれど、いつの間にか居なくてはならなくなっていた存在。まんまとやられたような、諦めただけの様な、複雑な気持ちだけれど、悪い人ではない。
しばらくは、そんな印象だった。
修行を重ねるうち、エリーは師匠達が連れてきた【仲間】の一人、アリエル・エリーゼと出会う。
母を亡くし酷く辛い思いをしていた彼女を、母だけが世界だった過去のあるエリーは放っておくことが出来なかった。無理やりにちょっかいをかける内にアリエルも少しずつ元気になっていくのを感じて、初めて対等な友人が出来た気がしていた。
それが、今のエリーの世界のほぼ全て。
いつしか大切なものとなっていた【仲間】も含めれば、エリーの世界は今でもそこで完結していると言って過言ではない。
――ディエゴさんは師匠のライバル、覚悟を決めてた。マルスさんは不屈だ。ナディアさんは……悲しいけれど、まだ生きてる。………………そして師匠も、穏やかだ。
そう考えれば、エリーは驚く程にあっさりと現状を受け入れることが出来た。
人々の殆どはエリーの力を知れば畏怖と嫌悪を覚える。師匠とお姉ちゃんが居なくなった時、家出をした経験からはっきりと実感していたこと。そしてそれは、オリヴィアに連れられてブロンセンの外に出た後もそれほど変わりない。いつしか、エリーにとってはそれがトラウマとなっていた。
王やアーツはそんなトラウマが出来てから出会った人物だ。
いくらオリヴィアの家族だとはいえ、今でも完全な信頼を置けていないのが現状。
どれだけアーツが可愛いとは言っても、まだ9歳。この先どの様に考えが変わるかなど、心を読めるエリーにも予想が付かない。いや、心が読めるからこそ、年齢と共に世界を知って変わっていく心が怖いのかもしれない。
だからエリーは王達の死を目前にしても、それほどショックを受けていなかった。
ディエゴが死んでしまったのは悲しいけれど、相手が師匠ならば納得だ。
むしろ、そんなことよりも父親を失ったオリヴィアの心配の方が先立っている。
これでオリ姉が再起不能になってしまったらどうしよう。私では力不足ではないのか。そんなことを考えてしまっている。
それがエリーという少女だった。
――。
――でも、まずは師匠を倒す方法を考えないと。いくら穏やかと言っても、師匠は人殺しなんかしたくないはず。レイニーって人のこと、本当は殺したくなかったって私は分かってる。王様だって、ディエゴさんだって、師匠は自分が殺したことを知ったら絶対……。師匠の為にも、オリ姉の為にも、私が止めてあげないと……。
そんなことを考えながら歩くエリーを、隣に歩く斥候は心配している。
通常、他者に心は伝わらない。
腕を組んで斜め下を見ながら歩くエリーが、落ち込んでいるのを必死に隠しているのだと考えた斥候は、「あの、もしも私に出来ることがあればなんでも言ってください」と気を遣う。
エリーはそれを見て、ふと気になった一つのことを尋ねてみることにした。
「ねえ、私の宝剣っておもちゃみたいかな? たまちゃんだけじゃなくて、前にサンダルさんも似たようなこと思ってたんだよね」
師匠を倒す方法は、思い浮かびはしない。
むしろ戦力が減ったことで、魔王側は戦力が増大したことで、更なる苦戦を強いられることが目に見えている。
そんな中で少しだけ気になった言葉が、それだった。
おもちゃの様な宝剣。
「え、えーと。私はその、特殊な宝剣達だとは思いますがおもちゃとは……」
心を読めない斥候はエリーの真意を読めず、気を遣う。
そこに少しばかりイラっとしてしまうが、なんとか抑えつつ。
「隠さなくて良いよ。私の宝剣達が変わってることなんて分かってるからさ。で、どう?」
「え、えーと、……私であれば、それらを実戦で使うのは怖いです。現状ではデメリットのある宝剣よりも、扱い易いシンプルなものの方が好まれますから……」
「そっか。そうだよね。師匠の剣は壊れないだけ。オリ姉のは軽くて鋭いだけ。ディエゴさんのは良く切れて丈夫なだけ。私より強い人の武器はみんなシンプル。でも、これは師匠から、…………あ」
エリーは何かに気づいた様にぽんと手を打つ。
落ち込んでいる様に見えていた斥候はその余りの軽さに驚いて、「あの、どうしました? エリー様?」などとおろおろし始めるが、最早エリーにその言葉は届いて居なかった。
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