雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
362 / 592
第九章:最後の魔王

第百二十五話:誰も手を出すなよ!

しおりを挟む
――騎士団長ディエゴが戦死し、ナディアは戦闘不能。現在も戦うマルスの加勢に加わった七名の勇者と三名の魔法使いはいずれもあえなく死亡。

 そんな報告が入ってきたのは、魔王が誕生し、英雄候補が撤退してから六日目の夜のことだった。

「今すぐ向かわないと……」

 誰かがそう呟いたのを制したのは、報告に来た斥候。
 アリエルの力が時間稼ぎを示したのは、恐らくこれが理由だろう。

「報告には、続きがあります。魔王はその場を、動きません」

 生まれ落ちて即英雄候補達に襲いかかってきた魔王が、一先ずの戦闘が終わりを迎えれば動かなくなる。
 その理由に疑問を感じて、アリエルは尋ねる。

「ナディアが理由か?」

 まず最初に出てきた疑問、何度も死に続けているマルスを含め、報告に上がったのはナディア以外の死亡だ。あの殺意の塊の様な状態のレインを前に、負けて生き残るという選択肢は有り得ない。そう確信できるほどに、魔王は無機質な殺意を向けてきていた。
 そんな中でナディアが残るとすればそれは恐らく一つの理由から。

「はい、恐らくそれもあるかと。魔王はナディアを戦闘不能状態に陥らせた後、彼女を大切そうに守っています」

 つまり魔王となったレインは、ナディアをサニィと勘違いしている。サンダルが悔しそうに頷いているのがその証拠だろう。
 加勢に入った内の二人はナディアの救出を計画していたと言うことから、彼女を釣り餌にしているとも考えられるが、見守っていた斥候が大切そうにと言う以上、現場の意見を信じるしかない。

「そうか。そうだな……他には?」

 動かない理由には、ナディアも関係していると推測できる。ナディアだ。
 斥候の意見を聞く限りでは、それが理由の様には思えない。
 ナディアだけが理由であるなら、彼女を抱えたまま人間を襲えば良いだけの話。魔王ならば、充分にそれが出来る。現に、最初に襲いかかってきた際の魔王は、それこそ世界を滅ぼすその意思を体現していた。
 それが動かないということは、それなりの理由があるはずだ。
 すると、斥候は思いがけないことを言う。

「はい。聖女の杖を持った人物が現れました」
「は……?」

 その場にいた、殆どの者の声が一致する。
 聖女の杖は、所在の分からない遺品の一つだ。聖女と鬼神の二人が何処で最後を迎えたのかは誰にも分かっておらず、『魔法書』にもヒントになるようなことは記されていない。
 つまり、それを持っているのは……。

「まさか……」
「いえ、申し上げにくいのですが……、恐らく魔物であると予想されます。特徴が、聞き及んでいた妖狐たまきに瓜二つでして」

 それがサニィである可能性を即座に否定されてがっかりとはするものの、一瞬の間の後それどころではない状況だと気づく。

「妖狐たまきが魔王と合流しただと……?」

 アリエルの力には放っておいて問題なしと出ていた筈のたまきが、魔王と合流した。
 その絶望の光景を思い浮かべたアリエルに、斥候は慌てて情報を口にしていく。

「すみません、我々も少々混乱しておりまして……。直ぐに私が目にした光景の全てをお話します」

 ――。

「ぐっ、弱くなったなレイン! 俺を仕留めるまでにここまで時間がかかるとは」

 戦いを始めて六日目、その日は生憎、土砂降りだった。ナディアは既に意識を失い、マルスは何度も何度も死に続け、それでもディエゴは一人魔王と対峙していた。
 最強の騎士団長は、必死に剣を振るう。
 世界中に勇者がいる中で、その身体能力は中の上と言った程度。それでも長年ひたすらに振るい続けてきた剣は、世界の誰よりも優れた剣となっていた。
 技術の頂点。
 誰しもがディエゴの剣をそう認め、エリーすらも尊敬の念を抱く勇者。
 それが、この騎士団長ディエゴだった。
 そんなディエゴが魔王に与えた傷は、かすり傷一つ。

 ――。

 戦いを始めて三日目、ナディアが魔王から強烈な一撃を受けた隙に与えた、左手の甲へのかすり傷。しかしその瞬間から、ナディアは目を覚まさない。
 ただ、それ以来魔王となったレインは、倒れたナディアを庇う様に戦い始めていた。
 きっとその行動に気づいたのは長年ライバルをやってきたディエゴだけだっただろう。

「誰も手を出すなよ!」

 ナディアを奪い取ろうとするのは危険だと判断したディエゴは、動き出そうとした斥候にそう叫んだ。
 その意図が正確に伝わったのかどうかは、分からない。
 それでも、ディエゴにそれ以上の言葉を発する余裕など、一切有りはしなかった。

 ――。

 戦闘も六日目になると、分かってくることは多い。
 まず最初に、レインはナディアをサニィだと勘違いしている。
 そして、生前よりも遥かに弱くなっている。魔王と言う強さは確かにあるだろう。勝てる見込みは完全にゼロ。しかしながら、本気を出されれば一瞬でやられてしまうのだろうが、かつての様に本気でなくとも一瞬でやられてしまう程のものではない。
 そう。何よりも、魔王レインは本気ではない。
 理由こそ分からないものの、魔王となったこの男は、本気ではない。
 かつての意識が残っている様には見えない。戦いを楽しんでいる様にも、見えない。
 それでも何処か、この魔王はいつか倒されることを望んでいる様な、そんな風に見えてくる。
 戦いの方法は完全にかつてのレインと同様。
 全ての攻撃を回避し、相手の隙を見逃さないというスタイル。しかしそれが、ディエゴはどうにも上手く行っていないと感じていた。もちろん、与えられたダメージはたった一つのかすり傷だけなのだが……。

 ただ、ディエゴは理解している。
 どれだけ本気では無いように見えても、どれだけ倒されることを望んでいる様に見えても、その殺意だけは、どうしようもなく本物だ。

 その日の夜、体力が限界へと向かっていく中、ディエゴは最後の力を振り絞って叫んだ。

「伝えろ!! こいつはもう勇者ではない!」

 そうして首が飛ばされるのと同時、幾人かの勇者と魔法使いが、マルスと共に飛び出していた。
 ディエゴの最期の言葉がもう少し違っていたのなら、世界は混乱の渦には巻き込まれなかったのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...