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第九章:最後の魔王
第百二十五話:誰も手を出すなよ!
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――騎士団長ディエゴが戦死し、ナディアは戦闘不能。現在も戦うマルスの加勢に加わった七名の勇者と三名の魔法使いはいずれもあえなく死亡。
そんな報告が入ってきたのは、魔王が誕生し、英雄候補が撤退してから六日目の夜のことだった。
「今すぐ向かわないと……」
誰かがそう呟いたのを制したのは、報告に来た斥候。
アリエルの力が時間稼ぎを示したのは、恐らくこれが理由だろう。
「報告には、続きがあります。魔王はその場を、動きません」
生まれ落ちて即英雄候補達に襲いかかってきた魔王が、一先ずの戦闘が終わりを迎えれば動かなくなる。
その理由に疑問を感じて、アリエルは尋ねる。
「ナディアが理由か?」
まず最初に出てきた疑問、何度も死に続けているマルスを含め、報告に上がったのはナディア以外の死亡だ。あの殺意の塊の様な状態のレインを前に、負けて生き残るという選択肢は有り得ない。そう確信できるほどに、魔王は無機質な殺意を向けてきていた。
そんな中でナディアが残るとすればそれは恐らく一つの理由から。
「はい、恐らくそれもあるかと。魔王はナディアを戦闘不能状態に陥らせた後、彼女を大切そうに守っています」
つまり魔王となったレインは、ナディアをサニィと勘違いしている。サンダルが悔しそうに頷いているのがその証拠だろう。
加勢に入った内の二人はナディアの救出を計画していたと言うことから、彼女を釣り餌にしているとも考えられるが、見守っていた斥候が大切そうにと言う以上、現場の意見を信じるしかない。
「そうか。そうだな……他には?」
動かない理由には、ナディアも関係していると推測できる。ナディアもだ。
斥候の意見を聞く限りでは、それが理由の様には思えない。
ナディアだけが理由であるなら、彼女を抱えたまま人間を襲えば良いだけの話。魔王ならば、充分にそれが出来る。現に、最初に襲いかかってきた際の魔王は、それこそ世界を滅ぼすその意思を体現していた。
それが動かないということは、それなりの理由があるはずだ。
すると、斥候は思いがけないことを言う。
「はい。聖女の杖を持った人物が現れました」
「は……?」
その場にいた、殆どの者の声が一致する。
聖女の杖は、所在の分からない遺品の一つだ。聖女と鬼神の二人が何処で最後を迎えたのかは誰にも分かっておらず、『魔法書』にもヒントになるようなことは記されていない。
つまり、それを持っているのは……。
「まさか……」
「いえ、申し上げにくいのですが……、恐らく魔物であると予想されます。特徴が、聞き及んでいた妖狐たまきに瓜二つでして」
それがサニィである可能性を即座に否定されてがっかりとはするものの、一瞬の間の後それどころではない状況だと気づく。
「妖狐たまきが魔王と合流しただと……?」
アリエルの力には放っておいて問題なしと出ていた筈のたまきが、魔王と合流した。
その絶望の光景を思い浮かべたアリエルに、斥候は慌てて情報を口にしていく。
「すみません、我々も少々混乱しておりまして……。直ぐに私が目にした光景の全てをお話します」
――。
「ぐっ、弱くなったなレイン! 俺を仕留めるまでにここまで時間がかかるとは」
戦いを始めて六日目、その日は生憎、土砂降りだった。ナディアは既に意識を失い、マルスは何度も何度も死に続け、それでもディエゴは一人魔王と対峙していた。
最強の騎士団長は、必死に剣を振るう。
世界中に勇者がいる中で、その身体能力は中の上と言った程度。それでも長年ひたすらに振るい続けてきた剣は、世界の誰よりも優れた剣となっていた。
技術の頂点。
誰しもがディエゴの剣をそう認め、エリーすらも尊敬の念を抱く勇者。
それが、この騎士団長ディエゴだった。
そんなディエゴが魔王に与えた傷は、かすり傷一つ。
――。
戦いを始めて三日目、ナディアが魔王から強烈な一撃を受けた隙に与えた、左手の甲へのかすり傷。しかしその瞬間から、ナディアは目を覚まさない。
ただ、それ以来魔王となったレインは、倒れたナディアを庇う様に戦い始めていた。
きっとその行動に気づいたのは長年ライバルをやってきたディエゴだけだっただろう。
「誰も手を出すなよ!」
ナディアを奪い取ろうとするのは危険だと判断したディエゴは、動き出そうとした斥候にそう叫んだ。
その意図が正確に伝わったのかどうかは、分からない。
それでも、ディエゴにそれ以上の言葉を発する余裕など、一切有りはしなかった。
――。
戦闘も六日目になると、分かってくることは多い。
まず最初に、レインはナディアをサニィだと勘違いしている。
そして、生前よりも遥かに弱くなっている。魔王と言う強さは確かにあるだろう。勝てる見込みは完全にゼロ。しかしながら、本気を出されれば一瞬でやられてしまうのだろうが、かつての様に本気でなくとも一瞬でやられてしまう程のものではない。
そう。何よりも、魔王レインは本気ではない。
理由こそ分からないものの、魔王となったこの男は、本気ではない。
かつての意識が残っている様には見えない。戦いを楽しんでいる様にも、見えない。
それでも何処か、この魔王はいつか倒されることを望んでいる様な、そんな風に見えてくる。
戦いの方法は完全にかつてのレインと同様。
全ての攻撃を回避し、相手の隙を見逃さないというスタイル。しかしそれが、ディエゴはどうにも上手く行っていないと感じていた。もちろん、与えられたダメージはたった一つのかすり傷だけなのだが……。
ただ、ディエゴは理解している。
どれだけ本気では無いように見えても、どれだけ倒されることを望んでいる様に見えても、その殺意だけは、どうしようもなく本物だ。
その日の夜、体力が限界へと向かっていく中、ディエゴは最後の力を振り絞って叫んだ。
「伝えろ!! こいつはもう勇者ではない!」
そうして首が飛ばされるのと同時、幾人かの勇者と魔法使いが、マルスと共に飛び出していた。
ディエゴの最期の言葉がもう少し違っていたのなら、世界は混乱の渦には巻き込まれなかったのかもしれない。
そんな報告が入ってきたのは、魔王が誕生し、英雄候補が撤退してから六日目の夜のことだった。
「今すぐ向かわないと……」
誰かがそう呟いたのを制したのは、報告に来た斥候。
アリエルの力が時間稼ぎを示したのは、恐らくこれが理由だろう。
「報告には、続きがあります。魔王はその場を、動きません」
生まれ落ちて即英雄候補達に襲いかかってきた魔王が、一先ずの戦闘が終わりを迎えれば動かなくなる。
その理由に疑問を感じて、アリエルは尋ねる。
「ナディアが理由か?」
まず最初に出てきた疑問、何度も死に続けているマルスを含め、報告に上がったのはナディア以外の死亡だ。あの殺意の塊の様な状態のレインを前に、負けて生き残るという選択肢は有り得ない。そう確信できるほどに、魔王は無機質な殺意を向けてきていた。
そんな中でナディアが残るとすればそれは恐らく一つの理由から。
「はい、恐らくそれもあるかと。魔王はナディアを戦闘不能状態に陥らせた後、彼女を大切そうに守っています」
つまり魔王となったレインは、ナディアをサニィと勘違いしている。サンダルが悔しそうに頷いているのがその証拠だろう。
加勢に入った内の二人はナディアの救出を計画していたと言うことから、彼女を釣り餌にしているとも考えられるが、見守っていた斥候が大切そうにと言う以上、現場の意見を信じるしかない。
「そうか。そうだな……他には?」
動かない理由には、ナディアも関係していると推測できる。ナディアもだ。
斥候の意見を聞く限りでは、それが理由の様には思えない。
ナディアだけが理由であるなら、彼女を抱えたまま人間を襲えば良いだけの話。魔王ならば、充分にそれが出来る。現に、最初に襲いかかってきた際の魔王は、それこそ世界を滅ぼすその意思を体現していた。
それが動かないということは、それなりの理由があるはずだ。
すると、斥候は思いがけないことを言う。
「はい。聖女の杖を持った人物が現れました」
「は……?」
その場にいた、殆どの者の声が一致する。
聖女の杖は、所在の分からない遺品の一つだ。聖女と鬼神の二人が何処で最後を迎えたのかは誰にも分かっておらず、『魔法書』にもヒントになるようなことは記されていない。
つまり、それを持っているのは……。
「まさか……」
「いえ、申し上げにくいのですが……、恐らく魔物であると予想されます。特徴が、聞き及んでいた妖狐たまきに瓜二つでして」
それがサニィである可能性を即座に否定されてがっかりとはするものの、一瞬の間の後それどころではない状況だと気づく。
「妖狐たまきが魔王と合流しただと……?」
アリエルの力には放っておいて問題なしと出ていた筈のたまきが、魔王と合流した。
その絶望の光景を思い浮かべたアリエルに、斥候は慌てて情報を口にしていく。
「すみません、我々も少々混乱しておりまして……。直ぐに私が目にした光景の全てをお話します」
――。
「ぐっ、弱くなったなレイン! 俺を仕留めるまでにここまで時間がかかるとは」
戦いを始めて六日目、その日は生憎、土砂降りだった。ナディアは既に意識を失い、マルスは何度も何度も死に続け、それでもディエゴは一人魔王と対峙していた。
最強の騎士団長は、必死に剣を振るう。
世界中に勇者がいる中で、その身体能力は中の上と言った程度。それでも長年ひたすらに振るい続けてきた剣は、世界の誰よりも優れた剣となっていた。
技術の頂点。
誰しもがディエゴの剣をそう認め、エリーすらも尊敬の念を抱く勇者。
それが、この騎士団長ディエゴだった。
そんなディエゴが魔王に与えた傷は、かすり傷一つ。
――。
戦いを始めて三日目、ナディアが魔王から強烈な一撃を受けた隙に与えた、左手の甲へのかすり傷。しかしその瞬間から、ナディアは目を覚まさない。
ただ、それ以来魔王となったレインは、倒れたナディアを庇う様に戦い始めていた。
きっとその行動に気づいたのは長年ライバルをやってきたディエゴだけだっただろう。
「誰も手を出すなよ!」
ナディアを奪い取ろうとするのは危険だと判断したディエゴは、動き出そうとした斥候にそう叫んだ。
その意図が正確に伝わったのかどうかは、分からない。
それでも、ディエゴにそれ以上の言葉を発する余裕など、一切有りはしなかった。
――。
戦闘も六日目になると、分かってくることは多い。
まず最初に、レインはナディアをサニィだと勘違いしている。
そして、生前よりも遥かに弱くなっている。魔王と言う強さは確かにあるだろう。勝てる見込みは完全にゼロ。しかしながら、本気を出されれば一瞬でやられてしまうのだろうが、かつての様に本気でなくとも一瞬でやられてしまう程のものではない。
そう。何よりも、魔王レインは本気ではない。
理由こそ分からないものの、魔王となったこの男は、本気ではない。
かつての意識が残っている様には見えない。戦いを楽しんでいる様にも、見えない。
それでも何処か、この魔王はいつか倒されることを望んでいる様な、そんな風に見えてくる。
戦いの方法は完全にかつてのレインと同様。
全ての攻撃を回避し、相手の隙を見逃さないというスタイル。しかしそれが、ディエゴはどうにも上手く行っていないと感じていた。もちろん、与えられたダメージはたった一つのかすり傷だけなのだが……。
ただ、ディエゴは理解している。
どれだけ本気では無いように見えても、どれだけ倒されることを望んでいる様に見えても、その殺意だけは、どうしようもなく本物だ。
その日の夜、体力が限界へと向かっていく中、ディエゴは最後の力を振り絞って叫んだ。
「伝えろ!! こいつはもう勇者ではない!」
そうして首が飛ばされるのと同時、幾人かの勇者と魔法使いが、マルスと共に飛び出していた。
ディエゴの最期の言葉がもう少し違っていたのなら、世界は混乱の渦には巻き込まれなかったのかもしれない。
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