358 / 592
第九章:最後の魔王
第百二十一話:あはは、英雄ジョークだ
しおりを挟む
その地形は正に、人間にとって圧倒的に有利なものだった。
直径約10km程の森の中にぽっかりと開いた200m四方程の空間。森自体が綺麗な平地の上にある為に足場も非常に良い。
周囲の森は歩き易く、しかし太く真っ直ぐと伸びた木々は隠れてください、罠を張ってくださいと言わんばかり。そして黒い渦は人間達の準備を待つかの様にゆっくりゆっくりと時間をかけて形を成そうとしている様。
「まるで、世界の意思からの挑戦状ですわ」
オリヴィアがそう呟くと、皆が一様にそれに頷いてみせる。
誰しもが、それを逆に不気味に感じている。
「最後の魔王によっぽどの自信があるのか、もしくは必死な我々に魔王が倒されることすら楽しみなのか」
遅れてきたディエゴも、考えても仕方のないことをついつい考えてしまう程度に、そこは誂え向きのフィールドだ。
「人間居住区とはまるで離れたここに魔王が出現する意味……。エレナはどう見る?」
ルークも気になるのだろう。勇者の面々とは違い考えることが直接力に変わる可能性のある魔法使いは、先ほどからそんな会話を続けている。
「人間を滅ぼすって話がそもそも冗談だったりとか」
「ははは、最悪の冗談だね。でも、人間では考えも付かないことを考えていてもおかしくはない」
何度も何度も人間を窮地に追い詰めた魔王。
しかしオリヴィアの集めた情報の一つ、『強き魔王』は失敗作という狛の村の書物の一文。
それまでをも合わせれば、確かにそんな冗談めいた考えを持っていても不思議ではない。
「レインを殺すと言っておきながら呪いに罹った不死のレインに魔王をぶつけたり、魔王よりも遥かに強いレインに魔王をぶつける。それすらも本当に理解のしようがないな」
と、サンダル。
彼らは世界の意思とやらが、レインを呪いではなくサニィに殺させる為にそれらの一連の行動を取ったことなど、当然ながら何一つ知らない。
最も、それを知った所で今回の魔王誕生を阻止することなど出来はしないのだが……。
「ナディア君が欠けるのならば、僕も前線に立たせてもらうよ、皆。足でまといにはならないと約束する」
「ああ、アタシ達は力不足。二人で力を合わせて一人分の役割をしよう」
マルスとクーリアのそんな提案を、止める者は居ない。
ナディアを欠くということは、それほどに大きな損失だ。
アリエルもまた、それに素直に頷いた。イリスも姉を心配そうな顔で見るが、やはりウアカリだ。戦士として戦場に立つ覚悟のある姉を止めることは、ウアカリの首長としても出来はしない。
「お姉ちゃん、今回ばかりは私も覚悟を決めるよ。でも、死なないでね」
「ああ、だがアタシもウアカリだ。もしもの時はしっかりと讃えてくれよ」
「……うん」
そんな姉妹に対して、マルスに声をかけたのはエリーだった。
「マルスさん、なるべく死なない様にね」
不死身の男に対して、そんな風に軽く声をかける。
例え体がバラバラになろうと蘇るその男も、痛みは感じるらしい。
しかしエリーはあえて軽く声をかける。
過去の英雄は、今までに何度も何度も死に続けているにも関わらず、一切心が折れていない。
その心の強さは最早師匠やディエゴというレベルですらなく、ある種の化物の様ですらある。
皆は痛みを感じるということからマルスを戦わせることを避けるが、エリーだけは、本質的にマルスが戦いたがっていることを知っている。
「ああ、ありがとう。君達に負けない活躍をしてみせよう。……ま、主に囮としてかな」
「あはは、英雄ジョークだ」
「ははは、お気に召したなら良かった。僕のことは気にせず全力を振るってくれたまえよ、新しい英雄さん」
「うん、もちろん」
そんな気楽な英雄候補達とは別に軍の他の面々達は当然緊張している。
「お前達も、少しは肩の力を抜いて良いぞ。魔王は妾とライラが見張っている。もしもの時に最大限の力を出せる準備だけをして、無駄な疲労を貯めるなよ! ……ライラもね」
「私は大丈夫です。この時の為にアリエルちゃんと一緒に走ってきたんですから。それを言うならアリエルちゃんこそですよ」
「妾も大丈夫なの!」
魔王復活までには、まだ少々日数がある予定だ。
それの見張りだけは欠かせないものの、常に気を張っていて本番までに疲労を貯めてしまっては仕方が無い。
そんな少々の言い合いもありながら、適度な緊張感と適度な脱力を持って魔王の復活に備えた。
周囲の森には罠を張り、森の周囲200km圏内にある町村の住民を全てウアカリに移動させる。移動先がウアカリなことに少々の不安はあるものの、十分な土地と家が余っている国と言えばそこだ。
そうして面々が程よく準備を完了した頃だった。
その女は現れた。
直径約10km程の森の中にぽっかりと開いた200m四方程の空間。森自体が綺麗な平地の上にある為に足場も非常に良い。
周囲の森は歩き易く、しかし太く真っ直ぐと伸びた木々は隠れてください、罠を張ってくださいと言わんばかり。そして黒い渦は人間達の準備を待つかの様にゆっくりゆっくりと時間をかけて形を成そうとしている様。
「まるで、世界の意思からの挑戦状ですわ」
オリヴィアがそう呟くと、皆が一様にそれに頷いてみせる。
誰しもが、それを逆に不気味に感じている。
「最後の魔王によっぽどの自信があるのか、もしくは必死な我々に魔王が倒されることすら楽しみなのか」
遅れてきたディエゴも、考えても仕方のないことをついつい考えてしまう程度に、そこは誂え向きのフィールドだ。
「人間居住区とはまるで離れたここに魔王が出現する意味……。エレナはどう見る?」
ルークも気になるのだろう。勇者の面々とは違い考えることが直接力に変わる可能性のある魔法使いは、先ほどからそんな会話を続けている。
「人間を滅ぼすって話がそもそも冗談だったりとか」
「ははは、最悪の冗談だね。でも、人間では考えも付かないことを考えていてもおかしくはない」
何度も何度も人間を窮地に追い詰めた魔王。
しかしオリヴィアの集めた情報の一つ、『強き魔王』は失敗作という狛の村の書物の一文。
それまでをも合わせれば、確かにそんな冗談めいた考えを持っていても不思議ではない。
「レインを殺すと言っておきながら呪いに罹った不死のレインに魔王をぶつけたり、魔王よりも遥かに強いレインに魔王をぶつける。それすらも本当に理解のしようがないな」
と、サンダル。
彼らは世界の意思とやらが、レインを呪いではなくサニィに殺させる為にそれらの一連の行動を取ったことなど、当然ながら何一つ知らない。
最も、それを知った所で今回の魔王誕生を阻止することなど出来はしないのだが……。
「ナディア君が欠けるのならば、僕も前線に立たせてもらうよ、皆。足でまといにはならないと約束する」
「ああ、アタシ達は力不足。二人で力を合わせて一人分の役割をしよう」
マルスとクーリアのそんな提案を、止める者は居ない。
ナディアを欠くということは、それほどに大きな損失だ。
アリエルもまた、それに素直に頷いた。イリスも姉を心配そうな顔で見るが、やはりウアカリだ。戦士として戦場に立つ覚悟のある姉を止めることは、ウアカリの首長としても出来はしない。
「お姉ちゃん、今回ばかりは私も覚悟を決めるよ。でも、死なないでね」
「ああ、だがアタシもウアカリだ。もしもの時はしっかりと讃えてくれよ」
「……うん」
そんな姉妹に対して、マルスに声をかけたのはエリーだった。
「マルスさん、なるべく死なない様にね」
不死身の男に対して、そんな風に軽く声をかける。
例え体がバラバラになろうと蘇るその男も、痛みは感じるらしい。
しかしエリーはあえて軽く声をかける。
過去の英雄は、今までに何度も何度も死に続けているにも関わらず、一切心が折れていない。
その心の強さは最早師匠やディエゴというレベルですらなく、ある種の化物の様ですらある。
皆は痛みを感じるということからマルスを戦わせることを避けるが、エリーだけは、本質的にマルスが戦いたがっていることを知っている。
「ああ、ありがとう。君達に負けない活躍をしてみせよう。……ま、主に囮としてかな」
「あはは、英雄ジョークだ」
「ははは、お気に召したなら良かった。僕のことは気にせず全力を振るってくれたまえよ、新しい英雄さん」
「うん、もちろん」
そんな気楽な英雄候補達とは別に軍の他の面々達は当然緊張している。
「お前達も、少しは肩の力を抜いて良いぞ。魔王は妾とライラが見張っている。もしもの時に最大限の力を出せる準備だけをして、無駄な疲労を貯めるなよ! ……ライラもね」
「私は大丈夫です。この時の為にアリエルちゃんと一緒に走ってきたんですから。それを言うならアリエルちゃんこそですよ」
「妾も大丈夫なの!」
魔王復活までには、まだ少々日数がある予定だ。
それの見張りだけは欠かせないものの、常に気を張っていて本番までに疲労を貯めてしまっては仕方が無い。
そんな少々の言い合いもありながら、適度な緊張感と適度な脱力を持って魔王の復活に備えた。
周囲の森には罠を張り、森の周囲200km圏内にある町村の住民を全てウアカリに移動させる。移動先がウアカリなことに少々の不安はあるものの、十分な土地と家が余っている国と言えばそこだ。
そうして面々が程よく準備を完了した頃だった。
その女は現れた。
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる