雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第八章:ほんの僅かの前進

第百七話:二重の意味で戦う。食う。寝る。

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「ついでだから、お母さんが修行したって店でふぐ料理でも食べて行こう」

 そんなエリーの一言が発端で、二人は極西の島国に向かっていた。
 前日までナディアやサンダルと共にいた場所は南の大陸東部。その距離はグレーズからアルカナウィンドに行くのと同等に近い程に離れている。

 何がついでなのかと思ったものの、その店はかつてレイン達二人も気に入っていた店。オリヴィアもその誘惑に負けて行くことに決めたのだった。
 現在では聖女の開発した転移魔法がある為移動は簡単だったが、どうしてもそれで移動すると感動が薄れてしまう。
 その為、二人はまずはウアカリまで転移し、その後西の港町に転移、その後は船でそこまで渡るという方法を取ることにした。

 二人の居場所は常にアルカナウィンドの本部で把握されている為、何か脅威があればすぐに知らせが飛んでくる。
 全くあそこの宰相ロベルトが集めた人員は優秀過ぎると、嬉しいため息を吐きながら、オリヴィアも内心ではかなり気分を盛り上げていたことをエリーも知っている。

 そんな二人が、初めてウアカリに入った。

 褐色の肌に黒髪、皆が皆スタイルが良く、大柄な美人。
 彼女達を以前入口で一度見たことはあったものの、実際にその国に入ってみると、これまた驚かされる。
 190cmもあるクーリアが、特別大きいわけではないのだ。
 低い者でも160cm後半、特に高い者では2mを軽く超えている。

「ふおお、子どもの時には巨人かと思ったけど、今見ても巨人なんだね……」
「ならエリーさんは小人ですわね、ふふ」

 150cmに満たないエリーがそう感動しているのを見て、オリヴィアは思わず笑う。
 背中に背負ったゴツゴツした武器達とミスマッチの彼女がウアカリに入ると、まるで戦士達の小間使いが武器を背負わされている様で面白い。
 そんな様子に笑っていられるのも、エリーに声をかけるウアカリ達が原因だ。

「あら、大変。そんなにおっきな武器を背負って。重いでしょう。私に任せなさい」

 そんな風に、小さなエリーの武器を体ごと持ち上げようとするのだ。

「いや、私多分お姉さんより強いから……」

 そう言っても、小さな子どもに任せる様なことは出来ないと食い下がってくる。
 結局最終的には、謎の腕相撲大会が始まる始末だ。
 そんな光景がなんだか面白くて、オリヴィアは久しぶりに思いっきり笑う。
 狛の村の事件以来落ち込んでいたオリヴィアか、久しぶりに心から生きていることを、楽しんでいた。

 そんな心を読んだエリーはまた彼女を楽しませる為に一肌脱いでいることは分かっていても、感謝よりも面白さが来る程に、それはオリヴィアを癒していた。

 ――。

「ということで、エリーさんったら大きなお姉さん方に姉貴姉貴、なんて言われてましたのよ、ふふ。どう見てもお子様なのに、ふふふふ」

 クーリアイリス姉妹の家に着くと、オリヴィアは家にいたクーリア、イリス、マルスの三人に腕相撲大会のことを話し始める。

 腕相撲大会を圧倒的な力で優勝したエリーは、周囲のウアカリ達から尊敬の眼差しで見られていた。
 そこまで来てようやく、最近発表された勇者のランキングをウアカリ達は思い出したらしい。
 途端にエリーの評価は、『おっきな武器を背負った小さな子ども』から、『大戦士エリー』へと変化する。
 そんな彼女が鬼神レインの一番弟子だというのは、最早世界的に周知の事実だ。あっという間に取り囲まれ、エリーは質問責めにあっていた。

「私は師匠といつも寝てたわ! って言った時の彼女達の表情ったら、ふふふふふ」

 能力の影響から、ウアカリの女性は全員、かつてこの地を訪れたレインに心を、いや、体を奪われる願望を持っていたと言っても良い。
 そんな彼女達にとって、聖女サニィは正に天敵だった。どれだけ策を尽くしても夜這いが成立する目など見えず、ナディアやクーリアすら一瞬で無力化する聖女サニィ。
 彼女を差し置いてレインと何度も寝たのだと言われれば、それは驚愕を通り越して畏怖すら覚える。
 次第にエリーさんでは飽き足らず、みんなして姉貴などと呼び始めたのだ。

 そんな光景が、オリヴィアにはツボだった。

「ははは、ウアカリは馬鹿の集まりだからな。二重の意味で戦う。食う。寝る。それだけの国さ。それが強い者は尊敬を集める。シンプルで面白いだろう?」

 そう、豪快に笑うクーリアにオリヴィアも、「ふふふ、そうですわね」と笑う。

「全く、オリ姉が下ネタ好きの仕方ない人で良かったよ。ね、イリス姉」
「あはは。ウアカリのノリは私も付いていくの難しいから、あんなに笑えるのは素直に凄いよ」

 そんな二人の姉を見て、互いに苦笑いを交わし合うエリーとイリス。
 現首長とは言え、イリスはこの国に完全に馴染めているわけではない。皆が狂乱する程のものに興味が無いわけではないが、恥ずかしさの方が遥かに勝ってしまう為に、付いていくことが出来ない。

「まあ、イリス君はそれで良いと思うよ。この国は好きだろう?」

 そんな言葉が聞こえてくる。

「あれ、マルスさん居たんだ」

 その心が余りに静かだった為に、エリーは気付いていなかったらしい。
 そんな失礼な物言いにも、マルスは笑って答える。

「ははは、長生きしてると気配を消すのも上手くなるのかな?」
「不意打ち仕掛けられてたらヤバかったレベルだよ」

 齢170程のこの青年は、かつて魔王を打ち倒した時の英雄。
 史上最弱にして、不老不死の英雄。
 既に鍛錬は限界を迎えて、レインの指導を受けてすら強くなる目の見えなかった英雄。
 何度も死に続けて勝ち取った勝利の先に、こんな小さい英雄候補達が笑っていられるのなら、何も言うことはない。
 そう思って、普段は静かにしているのがこの男だった。
 そんな英雄は、やはり笑う。

「ははは、僕も気づかないうちに少し強くなったのかもしれないな。長生きはしてみるものだ」

 すると、エリーは笑いながらも、少し真面目な声で言う。

「あはは、でも、マルスさんは無理しないでよ」

 そう、この最弱の英雄の役割は、かつて魔王を倒した時に既に終わっているはず。
 今は本人直々の希望で魔王討伐軍に参加しているが、戦わせるつもりは毛頭ない。
 デーモンを単独でなんとか撃破出来る程度の強さ。魔王を相手にかつて死に続けて勝利を掴んだこの男は、既に休んでいて良いはずだ。

「……レイン君と同じことを、弟子の君から言われると、また感慨深いものだね」

 かつて、マルスは同じことをレインから言われた。そして、ウアカリの英雄であるヴィクトリアからも、110年も前に同じことを言われている。

 この娘もまた、英雄なのだろうと、マルスは思う。

「分かった。僕が出るのはいざという時だけだ。期待してるよ、小さな英雄候補君」
「私に任せなさい!」

 マルスの言葉に、エリーはその小さな胸をドンと叩いて答えるのだった。

 ……。

「あの、マルスさん、私この国好きなんですけど……」

 質問だけされて放っておかれたイリスがおどおどとこんなことを言ったのを皮切りに、ようやく話は少しだけ真面目な方向へと移行していく。
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