雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第八章:ほんの僅かの前進

第九十八話:それが気分によって違うのよ

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 その日エリーは、愛用する八つの宝剣の手入れをしていた。
 普段から全てを腰や背に装着し、必要に応じてその場に投げ出したり、拾ったり、様々な戦い方をする為の異なる八つの宝剣。その戦い方からついつい雑に扱ってしまいがちなそれらを、城の中庭に並べていたわっていた。

「ふんふーん。最近は結構使う子が偏ってきちゃってるから、余裕がある時には気を付けないとなー」

 鼻歌交じりにそんなことを呟きながら磨いていると、背後から声がかかる。
 漏れ聞こえてくる心の声で気づいてはいたが、武器の手入れに集中していた為に振り返ることなどはしなかった。
 その声の主は、おずおずと言う。

「エリーさん、忙しい?」

 その日の勉強、稽古等を終えた王子アーツだ。
 エリーが街で選んできた木剣を持っている。
 最近は毎日時間を作ってはエリーの所にやってくるが、今日は特に早くそれを終わらせてきたらしい。
 予定時間よりも一時間早くやってきた。
 気づいているだろうに振り返らなかったことには理由があるのだと理解していた。
 だから、エリーは素直に答える。
 王としての勉強は順調に進んでいるみたいだが、剣士としてはまだまだだ。

「忙しいといえば忙しいかな。愛剣達の手入れは剣士の義務。手が空いたなら見ていくと良いわね」

 そう言って、今手入れをしている最中の長剣レインを見せる。
 鈍い青色に輝くその光沢は、まるで血を求めている様にアーツには見えた。
 エリーの宝剣を、改めてまじまじと見つめるアーツは、とても興味深げにしている。

「アーツには私の愛剣達のこと、話してなかったわね」
「あ、はい。聞いて良いの?」
「もちろん。でも、この効果を知ってる人相手にこそ、私は真価を発揮する。聞くってことは私に勝てなくなるってことだけど」

 エリーの奇想天外な戦いは、その力を知っていることを逆に利用することすら得意としている。何が起こるか分からないからこそ警戒する相手と違い、知っているからこそその様に使うのだと警戒する。それに対して出せる手は、エリーにとっては逆に増すことになる。
 何が起こるのか分からなければどんなことが起こっても対応出来る様に構える。ということはつまり、心の読めるエリーにとってもどの手が最善なのか読みづらい。
 それに対してエリーは敢えてその力を見せてその次を警戒させる。そうなれば、心を読んで次の手を変えることが容易になる。エリーの持つ力ならでは、且つ戦闘センスの塊であるエリーにしか出来ない戦法だ。
 そしてそれが、全ての英雄候補がいつ抜かれるか分からないと警戒する理由。オリヴィアが、一番弟子だと認めざるを得ない理由。

「ははは、僕は勇者じゃないから勝つのは難しいけど。でも、知りたい。エリーさんの宝剣」

 本気で負ける気はないというエリーの表情に少しだけ引きながらも、直ぐに気を取り直してアーツは言う。
 アーツにとって、エリーは憧れだ。
 物心ついて、初めて彼女を見た際に受けた衝撃は、今でもまだ脳裏に焼きついている。
 尊敬する姉と一緒に王城にやって来た時、ヤマアラシの様に武器に包まれていたその姿を覚えている。
 訓練場では騎士達をなぎ倒し、最強の姉と目にも止まらぬ戦いを繰り広げていた小さい彼女を覚えている。そして、ディエゴに負けてとても悔しそうにしていた彼女を、とても美しいと思っていた。
 だから、エリーの話すことならなんでも知りたい。そう、思っている。

「よし、それなら話してあげよう。私の宝剣を知って、立派な王となるが良いよ」

 本気の心の声を聞いて、エリーは気分良く話し始める。
 勝つのが不可能だと言わなかった点も、エリーにとっては好印象だった。
 現実的には不可能である師匠に追いつくということが、エリーにとってもまた、目標だから。

「まずね、この青い剣は【長剣レイン】 師匠の名前を冠した、不思議な長剣。50cmから150cmの長さを自由に切り替えられて、物を通過させられるの」
「通過? 団長みたいな?」
「そう。ディエゴさんみたいに便利なものじゃないけどね。相手の盾だけ通過するとかは出来なくて、どういうことかは知らないけど、盾を通過させたら体も通過しちゃう。こんな風に」
「うわっ!」

 言うなりアーツに向かって剣を振るうエリー。その勢いはゆっくりだったので、反応して木剣で防ごうとするが、貫通してしまう。
 そしてそのままアーツに当たるかという所で、その感覚は消失した。
 体に何の違和感もなく、その剣はアーツを通過していく。

「こういうこと」
「……ああ、怖かった……」
「あはは、実践が一番分かり易いかと思って」
「先に言ってよ……」
「じゃあもう一回行くよ」
「うえあっ!」

 再び木剣を構えて目を瞑る。
 それを見て、エリーは笑いながら言った。

「冗談冗談。ちょうど手入れも終わったし。次はこれ。【戦棍ボブ】。私の宝剣は師匠と七英雄の名前になってるの」
「ボブ……。隣の国の、心優しい悲劇の英雄?」
「そう、流石勉強してるだけあるね。そのボブ。これは能力を使うと、振る程に力が増して、重さも増してくの。回数を間違えるとしばらく持ち上げることも出来なくなっちゃうけどね」
「何回まで行けるの?」
「それが気分によって違うのよ」
「ええ、そんなのを使えるの?」
「私の力は?」
「ああ、なるほどー」

 エリーの語る武器の話を、アーツはとても楽しげに聞く。

 オリヴィアの持つ宝剣【ささみ3号】は羽の軽さ。ディエゴの宝剣【天霧】は純粋な、高い耐久力と切れ味。グレーズ王ピーテルの宝剣【ことりぺんぎん】は70cmと1mの二種類の大きさを切り替えられる、そんなシンプルな宝剣。
 それに対してエリーの武器は全て、彼女の戦い方の様に不思議な力を持つものばかりだ。
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