335 / 592
第八章:ほんの僅かの前進
第九十八話:それが気分によって違うのよ
しおりを挟む
その日エリーは、愛用する八つの宝剣の手入れをしていた。
普段から全てを腰や背に装着し、必要に応じてその場に投げ出したり、拾ったり、様々な戦い方をする為の異なる八つの宝剣。その戦い方からついつい雑に扱ってしまいがちなそれらを、城の中庭に並べていたわっていた。
「ふんふーん。最近は結構使う子が偏ってきちゃってるから、余裕がある時には気を付けないとなー」
鼻歌交じりにそんなことを呟きながら磨いていると、背後から声がかかる。
漏れ聞こえてくる心の声で気づいてはいたが、武器の手入れに集中していた為に振り返ることなどはしなかった。
その声の主は、おずおずと言う。
「エリーさん、忙しい?」
その日の勉強、稽古等を終えた王子アーツだ。
エリーが街で選んできた木剣を持っている。
最近は毎日時間を作ってはエリーの所にやってくるが、今日は特に早くそれを終わらせてきたらしい。
予定時間よりも一時間早くやってきた。
気づいているだろうに振り返らなかったことには理由があるのだと理解していた。
だから、エリーは素直に答える。
王としての勉強は順調に進んでいるみたいだが、剣士としてはまだまだだ。
「忙しいといえば忙しいかな。愛剣達の手入れは剣士の義務。手が空いたなら見ていくと良いわね」
そう言って、今手入れをしている最中の長剣レインを見せる。
鈍い青色に輝くその光沢は、まるで血を求めている様にアーツには見えた。
エリーの宝剣を、改めてまじまじと見つめるアーツは、とても興味深げにしている。
「アーツには私の愛剣達のこと、話してなかったわね」
「あ、はい。聞いて良いの?」
「もちろん。でも、この効果を知ってる人相手にこそ、私は真価を発揮する。聞くってことは私に勝てなくなるってことだけど」
エリーの奇想天外な戦いは、その力を知っていることを逆に利用することすら得意としている。何が起こるか分からないからこそ警戒する相手と違い、知っているからこそその様に使うのだと警戒する。それに対して出せる手は、エリーにとっては逆に増すことになる。
何が起こるのか分からなければどんなことが起こっても対応出来る様に構える。ということはつまり、心の読めるエリーにとってもどの手が最善なのか読みづらい。
それに対してエリーは敢えてその力を見せてその次を警戒させる。そうなれば、心を読んで次の手を変えることが容易になる。エリーの持つ力ならでは、且つ戦闘センスの塊であるエリーにしか出来ない戦法だ。
そしてそれが、全ての英雄候補がいつ抜かれるか分からないと警戒する理由。オリヴィアが、一番弟子だと認めざるを得ない理由。
「ははは、僕は勇者じゃないから勝つのは難しいけど。でも、知りたい。エリーさんの宝剣」
本気で負ける気はないというエリーの表情に少しだけ引きながらも、直ぐに気を取り直してアーツは言う。
アーツにとって、エリーは憧れだ。
物心ついて、初めて彼女を見た際に受けた衝撃は、今でもまだ脳裏に焼きついている。
尊敬する姉と一緒に王城にやって来た時、ヤマアラシの様に武器に包まれていたその姿を覚えている。
訓練場では騎士達をなぎ倒し、最強の姉と目にも止まらぬ戦いを繰り広げていた小さい彼女を覚えている。そして、ディエゴに負けてとても悔しそうにしていた彼女を、とても美しいと思っていた。
だから、エリーの話すことならなんでも知りたい。そう、思っている。
「よし、それなら話してあげよう。私の宝剣を知って、立派な王となるが良いよ」
本気の心の声を聞いて、エリーは気分良く話し始める。
勝つのが不可能だと言わなかった点も、エリーにとっては好印象だった。
現実的には不可能である師匠に追いつくということが、エリーにとってもまた、目標だから。
「まずね、この青い剣は【長剣レイン】 師匠の名前を冠した、不思議な長剣。50cmから150cmの長さを自由に切り替えられて、物を通過させられるの」
「通過? 団長みたいな?」
「そう。ディエゴさんみたいに便利なものじゃないけどね。相手の盾だけ通過するとかは出来なくて、どういうことかは知らないけど、盾を通過させたら体も通過しちゃう。こんな風に」
「うわっ!」
言うなりアーツに向かって剣を振るうエリー。その勢いはゆっくりだったので、反応して木剣で防ごうとするが、貫通してしまう。
そしてそのままアーツに当たるかという所で、その感覚は消失した。
体に何の違和感もなく、その剣はアーツを通過していく。
「こういうこと」
「……ああ、怖かった……」
「あはは、実践が一番分かり易いかと思って」
「先に言ってよ……」
「じゃあもう一回行くよ」
「うえあっ!」
再び木剣を構えて目を瞑る。
それを見て、エリーは笑いながら言った。
「冗談冗談。ちょうど手入れも終わったし。次はこれ。【戦棍ボブ】。私の宝剣は師匠と七英雄の名前になってるの」
「ボブ……。隣の国の、心優しい悲劇の英雄?」
「そう、流石勉強してるだけあるね。そのボブ。これは能力を使うと、振る程に力が増して、重さも増してくの。回数を間違えるとしばらく持ち上げることも出来なくなっちゃうけどね」
「何回まで行けるの?」
「それが気分によって違うのよ」
「ええ、そんなのを使えるの?」
「私の力は?」
「ああ、なるほどー」
エリーの語る武器の話を、アーツはとても楽しげに聞く。
オリヴィアの持つ宝剣【ささみ3号】は羽の軽さ。ディエゴの宝剣【天霧】は純粋な、高い耐久力と切れ味。グレーズ王ピーテルの宝剣【ことりぺんぎん】は70cmと1mの二種類の大きさを切り替えられる、そんなシンプルな宝剣。
それに対してエリーの武器は全て、彼女の戦い方の様に不思議な力を持つものばかりだ。
普段から全てを腰や背に装着し、必要に応じてその場に投げ出したり、拾ったり、様々な戦い方をする為の異なる八つの宝剣。その戦い方からついつい雑に扱ってしまいがちなそれらを、城の中庭に並べていたわっていた。
「ふんふーん。最近は結構使う子が偏ってきちゃってるから、余裕がある時には気を付けないとなー」
鼻歌交じりにそんなことを呟きながら磨いていると、背後から声がかかる。
漏れ聞こえてくる心の声で気づいてはいたが、武器の手入れに集中していた為に振り返ることなどはしなかった。
その声の主は、おずおずと言う。
「エリーさん、忙しい?」
その日の勉強、稽古等を終えた王子アーツだ。
エリーが街で選んできた木剣を持っている。
最近は毎日時間を作ってはエリーの所にやってくるが、今日は特に早くそれを終わらせてきたらしい。
予定時間よりも一時間早くやってきた。
気づいているだろうに振り返らなかったことには理由があるのだと理解していた。
だから、エリーは素直に答える。
王としての勉強は順調に進んでいるみたいだが、剣士としてはまだまだだ。
「忙しいといえば忙しいかな。愛剣達の手入れは剣士の義務。手が空いたなら見ていくと良いわね」
そう言って、今手入れをしている最中の長剣レインを見せる。
鈍い青色に輝くその光沢は、まるで血を求めている様にアーツには見えた。
エリーの宝剣を、改めてまじまじと見つめるアーツは、とても興味深げにしている。
「アーツには私の愛剣達のこと、話してなかったわね」
「あ、はい。聞いて良いの?」
「もちろん。でも、この効果を知ってる人相手にこそ、私は真価を発揮する。聞くってことは私に勝てなくなるってことだけど」
エリーの奇想天外な戦いは、その力を知っていることを逆に利用することすら得意としている。何が起こるか分からないからこそ警戒する相手と違い、知っているからこそその様に使うのだと警戒する。それに対して出せる手は、エリーにとっては逆に増すことになる。
何が起こるのか分からなければどんなことが起こっても対応出来る様に構える。ということはつまり、心の読めるエリーにとってもどの手が最善なのか読みづらい。
それに対してエリーは敢えてその力を見せてその次を警戒させる。そうなれば、心を読んで次の手を変えることが容易になる。エリーの持つ力ならでは、且つ戦闘センスの塊であるエリーにしか出来ない戦法だ。
そしてそれが、全ての英雄候補がいつ抜かれるか分からないと警戒する理由。オリヴィアが、一番弟子だと認めざるを得ない理由。
「ははは、僕は勇者じゃないから勝つのは難しいけど。でも、知りたい。エリーさんの宝剣」
本気で負ける気はないというエリーの表情に少しだけ引きながらも、直ぐに気を取り直してアーツは言う。
アーツにとって、エリーは憧れだ。
物心ついて、初めて彼女を見た際に受けた衝撃は、今でもまだ脳裏に焼きついている。
尊敬する姉と一緒に王城にやって来た時、ヤマアラシの様に武器に包まれていたその姿を覚えている。
訓練場では騎士達をなぎ倒し、最強の姉と目にも止まらぬ戦いを繰り広げていた小さい彼女を覚えている。そして、ディエゴに負けてとても悔しそうにしていた彼女を、とても美しいと思っていた。
だから、エリーの話すことならなんでも知りたい。そう、思っている。
「よし、それなら話してあげよう。私の宝剣を知って、立派な王となるが良いよ」
本気の心の声を聞いて、エリーは気分良く話し始める。
勝つのが不可能だと言わなかった点も、エリーにとっては好印象だった。
現実的には不可能である師匠に追いつくということが、エリーにとってもまた、目標だから。
「まずね、この青い剣は【長剣レイン】 師匠の名前を冠した、不思議な長剣。50cmから150cmの長さを自由に切り替えられて、物を通過させられるの」
「通過? 団長みたいな?」
「そう。ディエゴさんみたいに便利なものじゃないけどね。相手の盾だけ通過するとかは出来なくて、どういうことかは知らないけど、盾を通過させたら体も通過しちゃう。こんな風に」
「うわっ!」
言うなりアーツに向かって剣を振るうエリー。その勢いはゆっくりだったので、反応して木剣で防ごうとするが、貫通してしまう。
そしてそのままアーツに当たるかという所で、その感覚は消失した。
体に何の違和感もなく、その剣はアーツを通過していく。
「こういうこと」
「……ああ、怖かった……」
「あはは、実践が一番分かり易いかと思って」
「先に言ってよ……」
「じゃあもう一回行くよ」
「うえあっ!」
再び木剣を構えて目を瞑る。
それを見て、エリーは笑いながら言った。
「冗談冗談。ちょうど手入れも終わったし。次はこれ。【戦棍ボブ】。私の宝剣は師匠と七英雄の名前になってるの」
「ボブ……。隣の国の、心優しい悲劇の英雄?」
「そう、流石勉強してるだけあるね。そのボブ。これは能力を使うと、振る程に力が増して、重さも増してくの。回数を間違えるとしばらく持ち上げることも出来なくなっちゃうけどね」
「何回まで行けるの?」
「それが気分によって違うのよ」
「ええ、そんなのを使えるの?」
「私の力は?」
「ああ、なるほどー」
エリーの語る武器の話を、アーツはとても楽しげに聞く。
オリヴィアの持つ宝剣【ささみ3号】は羽の軽さ。ディエゴの宝剣【天霧】は純粋な、高い耐久力と切れ味。グレーズ王ピーテルの宝剣【ことりぺんぎん】は70cmと1mの二種類の大きさを切り替えられる、そんなシンプルな宝剣。
それに対してエリーの武器は全て、彼女の戦い方の様に不思議な力を持つものばかりだ。
0
お気に入りに追加
401
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる