334 / 592
第八章:ほんの僅かの前進
第九十七話:……まあ、姫様の命だけは、任せておけ
しおりを挟む
オリヴィアが奔走した狛の村の事件もひと段落した頃、グレーズの騎士団もまた重要な戦力がなくなったことによる戦力の低下を補填する様に、いつもよりも更に厳しい訓練に明け暮れていた。
「ふう……。今日はここまでにしようか」
騎士団長ディエゴのその一言で、騎士団員達は膝から崩れ落ちる様に倒れ伏す。
訓練する者、現場に出る者、それぞれがそれぞれ己の限界を超えようとするが如く、自身を虐め抜いていた。
それもそのはず。彼らは皆、狛の村の事件の処理に奔走しながらも日々の鍛錬を一切怠らないオリヴィアを見ている。
戦場に娘を送り出さなければならない不安を紛らわすように、誰よりも自分を追い込んでいる国王を見ている。
そしてまた、いつもと全く変わらず誰よりも厳しい鍛錬を、息の一つも乱さずに成し遂げる騎士団長を見ていた。
「しかし、本当に手も足も出ないな」
かつては最強を争った親友との差に、今では明確にディエゴに次いで強くなった国王ピーテルは尻を地面に投げ出しながら呟く。
身体能力では明らかに自分の方が上。それでも、達人なればこそ分かる隔絶した差に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「今の俺は、間違いなく過去最強だな」
そんな国王の気を知ってか知らずか、ディエゴもその様に答える。最近は、公務中以外はかつての様に親友らしく振舞っている。
王とディエゴが親友であることを知らない者は、この国には存在しないと言っても良いだろう。そんなやりとりに、騎士達も違和感を覚えない。
むしろ差こそあれ、かつては最強であった二人が再び並んで鍛錬に励む姿を理想として各々の目に焼き付けている。
「ははは、10年以上のブランクは、埋めがたい差を生むか」
齢45を過ぎて、今尚ピークを更新し続けているディエゴに呆れた様に笑う王。
現在の王妃を助け、王となることが決まってから早25年程。その間にあった鍛錬の空白期間。
その分の差と考えれば、それも納得いくというもの。
互いに全力で努力し続けていたのであれば妬みもしたかもしれないが、そうでないなら仕方が無い。
むしろ、かつて並んでいた親友が今なお最強を維持し続けていることに喜びすら感じる。
そんな王を見て、ディエゴも微笑を浮かべる。
「姫様にだけは敵わんが、それ以外なら誰にも負けるつもりはない。レインもサニィ君もいないしな……」
実際に戦えばどうかは分からない。ライラには勝てるかもしれないが、ナディアは危うい。
サンダルの実力は今だ分からないが、あの速度は殆ど目で追うことができなかった。
オリヴィアを除いた上位四名は、それほどに拮抗している。
それを知っている王は、一人孤高の最強を貫いている自分の娘を当然気にかけている。
「……お前から見て、オリヴィアはどうだ?」
「まだ粗さは残るが、流石レインの直弟子だ。持ち前の身体能力を上手く活かしている。俺も技術だけならまだまだ負けんが、しかしそれ以外は難しいな。例えば――」
技術だけで言えば、まだまだディエゴの方が上。
ディエゴは身体能力で圧倒的に上回る相手にすら、その技術で手玉に取るように圧倒してきた。
もちろん、レインやサニィと言った余りの規格外を除き。そしてディエゴにとって現在のオリヴィアは、そんな二人に近い。
技術で圧倒しようにも、圧倒的な身体能力に次ぐ、弛まぬ努力に裏打ちされた技術も持っている。
かつて自身が教えていた頃は、身体能力は抜群に高く技術の吸収も早いが、戦闘センスは無いと思っていた。
それを、良い師匠を持ったのだろう。その身体能力を最大限に生かす方法を覚え、そのセンスの低さを補っている。そしてそれは補うだけに飽き足らず、分かっていても防げない力強い攻撃すら可能にしていて、手に負えない。自分にももう少しだけ身体能力があれば別だったかもしれないが、その差を仕方ないと思うほどに、研ぎ澄まされている。
そんなことを伝える。
「なるほどな。それにしても、お前を見てると安心するぞ」
唐突なピーテルの言葉。
「何がだ?」
「お前ならば、必ずピンチからオリヴィアを救えるだろう」
単純に娘を思う父の表情で、王は言う。
「姫様の方が強いと言ったばかりなんだがな……」
呆れたような顔をする騎士団長に、王は告げた。
真剣な顔で、文字通り、親友に頼るように。
「俺は行けないんだ。オリヴィアのことを、頼む」
「……ああ、グレーズ騎士団長としては、姫を守るのは当然だ」
それに騎士団長は、騎士団長として答えた。
親友の頼みを、王からの勅命として。
「あいつは、無理をしがちだ。肉体だけは馬鹿みたいに健康だが、心はそうじゃない。狛の村では崩れなかったが、もしものこともある。この先も、誰が死ぬとも限らんしな」
「魔王討伐軍の掲げるスローガンは、『一人の死者も出さずに魔王討伐を』、だ。それを今更変えるつもりはない」
「……そうか、そうだな」
頼れる騎士団長の言葉を聞いて、王は思う。
「この国に、お前が居て良かった」
一流としてはそれほど高くない身体能力しか持たないにも関わらず最強を維持し続けるディエゴは、鋼の様な意志を持っている。
マルスを除きまだ若い英雄候補達の中にあって、老練なその騎士団長は、結局王にとって誰よりも信頼できる親友だ。
「……まあ、姫様の命だけは、任せておけ」
騎士団長はその言葉通りに、最強の王女を救うことになる。
「ふう……。今日はここまでにしようか」
騎士団長ディエゴのその一言で、騎士団員達は膝から崩れ落ちる様に倒れ伏す。
訓練する者、現場に出る者、それぞれがそれぞれ己の限界を超えようとするが如く、自身を虐め抜いていた。
それもそのはず。彼らは皆、狛の村の事件の処理に奔走しながらも日々の鍛錬を一切怠らないオリヴィアを見ている。
戦場に娘を送り出さなければならない不安を紛らわすように、誰よりも自分を追い込んでいる国王を見ている。
そしてまた、いつもと全く変わらず誰よりも厳しい鍛錬を、息の一つも乱さずに成し遂げる騎士団長を見ていた。
「しかし、本当に手も足も出ないな」
かつては最強を争った親友との差に、今では明確にディエゴに次いで強くなった国王ピーテルは尻を地面に投げ出しながら呟く。
身体能力では明らかに自分の方が上。それでも、達人なればこそ分かる隔絶した差に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「今の俺は、間違いなく過去最強だな」
そんな国王の気を知ってか知らずか、ディエゴもその様に答える。最近は、公務中以外はかつての様に親友らしく振舞っている。
王とディエゴが親友であることを知らない者は、この国には存在しないと言っても良いだろう。そんなやりとりに、騎士達も違和感を覚えない。
むしろ差こそあれ、かつては最強であった二人が再び並んで鍛錬に励む姿を理想として各々の目に焼き付けている。
「ははは、10年以上のブランクは、埋めがたい差を生むか」
齢45を過ぎて、今尚ピークを更新し続けているディエゴに呆れた様に笑う王。
現在の王妃を助け、王となることが決まってから早25年程。その間にあった鍛錬の空白期間。
その分の差と考えれば、それも納得いくというもの。
互いに全力で努力し続けていたのであれば妬みもしたかもしれないが、そうでないなら仕方が無い。
むしろ、かつて並んでいた親友が今なお最強を維持し続けていることに喜びすら感じる。
そんな王を見て、ディエゴも微笑を浮かべる。
「姫様にだけは敵わんが、それ以外なら誰にも負けるつもりはない。レインもサニィ君もいないしな……」
実際に戦えばどうかは分からない。ライラには勝てるかもしれないが、ナディアは危うい。
サンダルの実力は今だ分からないが、あの速度は殆ど目で追うことができなかった。
オリヴィアを除いた上位四名は、それほどに拮抗している。
それを知っている王は、一人孤高の最強を貫いている自分の娘を当然気にかけている。
「……お前から見て、オリヴィアはどうだ?」
「まだ粗さは残るが、流石レインの直弟子だ。持ち前の身体能力を上手く活かしている。俺も技術だけならまだまだ負けんが、しかしそれ以外は難しいな。例えば――」
技術だけで言えば、まだまだディエゴの方が上。
ディエゴは身体能力で圧倒的に上回る相手にすら、その技術で手玉に取るように圧倒してきた。
もちろん、レインやサニィと言った余りの規格外を除き。そしてディエゴにとって現在のオリヴィアは、そんな二人に近い。
技術で圧倒しようにも、圧倒的な身体能力に次ぐ、弛まぬ努力に裏打ちされた技術も持っている。
かつて自身が教えていた頃は、身体能力は抜群に高く技術の吸収も早いが、戦闘センスは無いと思っていた。
それを、良い師匠を持ったのだろう。その身体能力を最大限に生かす方法を覚え、そのセンスの低さを補っている。そしてそれは補うだけに飽き足らず、分かっていても防げない力強い攻撃すら可能にしていて、手に負えない。自分にももう少しだけ身体能力があれば別だったかもしれないが、その差を仕方ないと思うほどに、研ぎ澄まされている。
そんなことを伝える。
「なるほどな。それにしても、お前を見てると安心するぞ」
唐突なピーテルの言葉。
「何がだ?」
「お前ならば、必ずピンチからオリヴィアを救えるだろう」
単純に娘を思う父の表情で、王は言う。
「姫様の方が強いと言ったばかりなんだがな……」
呆れたような顔をする騎士団長に、王は告げた。
真剣な顔で、文字通り、親友に頼るように。
「俺は行けないんだ。オリヴィアのことを、頼む」
「……ああ、グレーズ騎士団長としては、姫を守るのは当然だ」
それに騎士団長は、騎士団長として答えた。
親友の頼みを、王からの勅命として。
「あいつは、無理をしがちだ。肉体だけは馬鹿みたいに健康だが、心はそうじゃない。狛の村では崩れなかったが、もしものこともある。この先も、誰が死ぬとも限らんしな」
「魔王討伐軍の掲げるスローガンは、『一人の死者も出さずに魔王討伐を』、だ。それを今更変えるつもりはない」
「……そうか、そうだな」
頼れる騎士団長の言葉を聞いて、王は思う。
「この国に、お前が居て良かった」
一流としてはそれほど高くない身体能力しか持たないにも関わらず最強を維持し続けるディエゴは、鋼の様な意志を持っている。
マルスを除きまだ若い英雄候補達の中にあって、老練なその騎士団長は、結局王にとって誰よりも信頼できる親友だ。
「……まあ、姫様の命だけは、任せておけ」
騎士団長はその言葉通りに、最強の王女を救うことになる。
0
お気に入りに追加
401
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる