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第八章:ほんの僅かの前進
第九十一話:思わず、納得しちゃった
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クーリアとマルスが死の山の警備を終え、ウアカリへと帰還すると、裏庭でイリスが盾と木の棒を持って何やらやっていた。
足元には何種類もの剣や盾が転がっている。
それが気になったクーリアは、思わず声をかける。
イリスの目的はいつも分かりやすく、今回の様に不思議に思うこと自体が少ない。その為、非常に興味をそそられた。
「お、何やってるんだ、イリス?」
「おかえりお姉ちゃん。ちょっとスタイルを変更するから、鍛錬。オリヴィアさんもエリーちゃんも流石だね」
「何やら面白そうだな、付き合おう」
イリスが面白そうなことをやり始めた背景には、例の二人が関わっていると言う。
初めて出会った時から、既に百戦錬磨でウアカリ最強だったクーリアよりも強かったオリヴィアと、今やクーリアどころかそれよりも強くなったイリスすら軽々と抜いてしまったエリー。
聞けば、エリーはたった一度、それも二人ともが偶然を認める戦いだったものの、オリヴィアを破ったらしい。
この4年間、ただの一度として敗北を知らなかったオリヴィアに、本来なら偶然の余地が存在しないと言ってもいい程の達人であるオリヴィアに、僅か14歳の少女が勝つ。
それはいくら才能があった所で、本来あり得ないこと。
イリスはそんな二人と、そして魔物となってしまったリシンに、狛の村の事件で強く影響を受けたと言う。
一通りの鍛錬を終えるとお茶を淹れ、リビングでその時のことを話し始める。
マルスはいつも通り、静かに聞き入る体勢で。
「オリヴィアさんは、ただ出来ることをすると言ってた。私はあの時、本来出来ることすら出来てはなかった」
「リシンか。確かに強かったが、お前を殺せる程か」
「うん。オリヴィアさんが居なければやられてた。実力自体はきっと、魔物となったあの時でも私の方が上だった。それでも負ける理由は、きっと覚悟の差。リシンさんの覚悟は、凄まじかった」
「オリヴィアが強い理由もまた、覚悟というわけか」
「思わず、納得しちゃった。ああ、この人は本当に最強の凡人なんだ、って。そんな訳はないのに。誰にでも出来ること、なんて言っても、それを突き詰めすぎた人間が、凡人であるはずなんかあるわけがないのに。……それはもちろん、ディエゴさんも同じ」
「……目の前に明確な才能が居れば、そう思うのも無理からぬこと、か」
「そう。レインさんに比べれば、確かにみんながそう勘違いしてもおかしくない。でも、エリーちゃんは違う。彼女は戦いの天才。リシンさんの時は攻撃を防ぐことしか出来てなかったけれど、きっと、あのまま一人で戦ってても最後には勝ってたはず」
「何を見て、そう思った?」
「彼女に盾を教わったの」
エリーの防御は攻撃を兼ねている。エリーの攻撃は、防御を兼ねている。それは、最早真似しようにも出来ないレベルで異質なもの。
ただ盾の技術を教わっただけなのに、いや、シンプルにそれだけを教わったからだろうか。イリスはそう確信していた。
結論からして、その技術を教わることに意味があったのかどうか、全く分からなかった。
エリーは受けた盾が弾かれた様子を見せると、あらかじめ足元に落としていた長剣を蹴り上げた。
エリーは盾を構えて突撃すると、その盾をその場に残して回り込んで来た。
エリーは至近距離の戦いが続くと、盾を相手の方に放り、その中心を蹴り無理矢理距離を取ろうとした。
初日は、教わりたかったのは盾を中心とした戦い方の技術なのに放ってばっかり、と困惑した。
そんな隙だらけの方法を取って、まともに戦えるわけがないと思っていた。
しかし、数日手を合わせて行くと分かる。
隙だらけに見えて、その行動は的確そのもの。エリーが盾を放ろうが、イリスの手数は全く増えない。
それどころか、最後には途中で放った筈の盾でその手を封じられていた。
「つまり、エリーちゃんはエリーちゃんで、盾を使った最高の手を出してるだけ。そして結局何を教わったのか分からないまま最後の日の朝にやっと、こう言ったの」
イリス姉は、その盾の倍くらいのサイズが向いてるかもね。
イリスが手に持っている小型の丸盾を指して、エリーは最終日にそう言った。すぐに兵舎に行って倍程の盾、カイトシールドを借りてくると、何故だか視界が開けた。
「色々な盾を試した結果バックラーを選んだはずだったんだけど、思えば呪文を使える様になってからは試してなかった。私にはバックラーが向いてると思い込んでたみたい」
「それで、あの木の棒か」
「そう。盾が変わったのなら剣も変える必要があるかもと思って」
「なるほどな」
久しぶりに手を合わせたイリスは、クーリアの知っている彼女と随分と変わっていた。
まず、イリスは元々バックラーとロングソードを持って、体を開き気味で構えるのが元々のスタイルだった。如何にも正々堂々と戦うぞといった雰囲気の、完全な正統派戦士スタイル。
素直で真面目で清楚なイリスには、とても似合っているスタイル。それに呪文を混ぜ込んで戦うことで、どんな距離でも対応出来るという戦い方だった。
しかし先程のイリスは半身に構え、大きめの盾を持った左腕を予め前に出し、棍棒の様な木の棒を右肩に乗せて構えていた。
いかにも突撃した上で、その大きめの盾に手こずっていれば、肩に乗せた威圧感のある棍棒が今にもその脳天を打ち抜くぞといった威圧感を感じるスタイルだ。
もちろん、クーリアもそれを警戒してしかけた。
それが、罠だった。
その本命は棍棒ではなく、呪文。半身の構えは突撃よりも、後退を有利にするスタイル。
ほんの僅かだけ後ろにかけている重心に気付けばそれが見抜けたかもしれないが、いかんせん盾で隠され見えづらい。
「まさかアタシがあそこまで何も出来ずに一本取られる日が来るとはな。寂しい様な、でも、嬉しいことは間違いない」
「あはは、自分の中の戦士と戦うのが大変だったよ」
「ナディアすら戦士として認められたんだ。お前の戦い方は立派だよ」
そう言って笑い合うウアカリ最強の姉妹を、マルスは静かに見守っていた。
そして、後にマルスが名前を変えて執筆する『世界の英雄達』という本に書かれたことは、この会話のことだけではない。
「一番面白かったのは、エリーちゃんはそんな風に戦いを見せる様に暴れまくって、本当に教えてる気満々だったことかな。私も復習出来た、ありがとって言われたよ」
――。
「んくしゅ」
「エリーさん、こうですか!?」
「全然違う! こう! そしてこう! あー、またくしゃみ出そう」
「分かりました! ふん!」
「力み過ぎっふしゅ、あー、なんか凄い噂されてるかも」
たまたまアーツに対するエリーの稽古を見たディエゴは思っていた。
「彼女は殿下の才能が無いと楽しそうにしていたが、あれはエリー君の教える才能の方がない様に見えるがな……。それにしても……よくあれで伝わってるな。レインは理論派だったが、一番弟子はまた別だな」
足元には何種類もの剣や盾が転がっている。
それが気になったクーリアは、思わず声をかける。
イリスの目的はいつも分かりやすく、今回の様に不思議に思うこと自体が少ない。その為、非常に興味をそそられた。
「お、何やってるんだ、イリス?」
「おかえりお姉ちゃん。ちょっとスタイルを変更するから、鍛錬。オリヴィアさんもエリーちゃんも流石だね」
「何やら面白そうだな、付き合おう」
イリスが面白そうなことをやり始めた背景には、例の二人が関わっていると言う。
初めて出会った時から、既に百戦錬磨でウアカリ最強だったクーリアよりも強かったオリヴィアと、今やクーリアどころかそれよりも強くなったイリスすら軽々と抜いてしまったエリー。
聞けば、エリーはたった一度、それも二人ともが偶然を認める戦いだったものの、オリヴィアを破ったらしい。
この4年間、ただの一度として敗北を知らなかったオリヴィアに、本来なら偶然の余地が存在しないと言ってもいい程の達人であるオリヴィアに、僅か14歳の少女が勝つ。
それはいくら才能があった所で、本来あり得ないこと。
イリスはそんな二人と、そして魔物となってしまったリシンに、狛の村の事件で強く影響を受けたと言う。
一通りの鍛錬を終えるとお茶を淹れ、リビングでその時のことを話し始める。
マルスはいつも通り、静かに聞き入る体勢で。
「オリヴィアさんは、ただ出来ることをすると言ってた。私はあの時、本来出来ることすら出来てはなかった」
「リシンか。確かに強かったが、お前を殺せる程か」
「うん。オリヴィアさんが居なければやられてた。実力自体はきっと、魔物となったあの時でも私の方が上だった。それでも負ける理由は、きっと覚悟の差。リシンさんの覚悟は、凄まじかった」
「オリヴィアが強い理由もまた、覚悟というわけか」
「思わず、納得しちゃった。ああ、この人は本当に最強の凡人なんだ、って。そんな訳はないのに。誰にでも出来ること、なんて言っても、それを突き詰めすぎた人間が、凡人であるはずなんかあるわけがないのに。……それはもちろん、ディエゴさんも同じ」
「……目の前に明確な才能が居れば、そう思うのも無理からぬこと、か」
「そう。レインさんに比べれば、確かにみんながそう勘違いしてもおかしくない。でも、エリーちゃんは違う。彼女は戦いの天才。リシンさんの時は攻撃を防ぐことしか出来てなかったけれど、きっと、あのまま一人で戦ってても最後には勝ってたはず」
「何を見て、そう思った?」
「彼女に盾を教わったの」
エリーの防御は攻撃を兼ねている。エリーの攻撃は、防御を兼ねている。それは、最早真似しようにも出来ないレベルで異質なもの。
ただ盾の技術を教わっただけなのに、いや、シンプルにそれだけを教わったからだろうか。イリスはそう確信していた。
結論からして、その技術を教わることに意味があったのかどうか、全く分からなかった。
エリーは受けた盾が弾かれた様子を見せると、あらかじめ足元に落としていた長剣を蹴り上げた。
エリーは盾を構えて突撃すると、その盾をその場に残して回り込んで来た。
エリーは至近距離の戦いが続くと、盾を相手の方に放り、その中心を蹴り無理矢理距離を取ろうとした。
初日は、教わりたかったのは盾を中心とした戦い方の技術なのに放ってばっかり、と困惑した。
そんな隙だらけの方法を取って、まともに戦えるわけがないと思っていた。
しかし、数日手を合わせて行くと分かる。
隙だらけに見えて、その行動は的確そのもの。エリーが盾を放ろうが、イリスの手数は全く増えない。
それどころか、最後には途中で放った筈の盾でその手を封じられていた。
「つまり、エリーちゃんはエリーちゃんで、盾を使った最高の手を出してるだけ。そして結局何を教わったのか分からないまま最後の日の朝にやっと、こう言ったの」
イリス姉は、その盾の倍くらいのサイズが向いてるかもね。
イリスが手に持っている小型の丸盾を指して、エリーは最終日にそう言った。すぐに兵舎に行って倍程の盾、カイトシールドを借りてくると、何故だか視界が開けた。
「色々な盾を試した結果バックラーを選んだはずだったんだけど、思えば呪文を使える様になってからは試してなかった。私にはバックラーが向いてると思い込んでたみたい」
「それで、あの木の棒か」
「そう。盾が変わったのなら剣も変える必要があるかもと思って」
「なるほどな」
久しぶりに手を合わせたイリスは、クーリアの知っている彼女と随分と変わっていた。
まず、イリスは元々バックラーとロングソードを持って、体を開き気味で構えるのが元々のスタイルだった。如何にも正々堂々と戦うぞといった雰囲気の、完全な正統派戦士スタイル。
素直で真面目で清楚なイリスには、とても似合っているスタイル。それに呪文を混ぜ込んで戦うことで、どんな距離でも対応出来るという戦い方だった。
しかし先程のイリスは半身に構え、大きめの盾を持った左腕を予め前に出し、棍棒の様な木の棒を右肩に乗せて構えていた。
いかにも突撃した上で、その大きめの盾に手こずっていれば、肩に乗せた威圧感のある棍棒が今にもその脳天を打ち抜くぞといった威圧感を感じるスタイルだ。
もちろん、クーリアもそれを警戒してしかけた。
それが、罠だった。
その本命は棍棒ではなく、呪文。半身の構えは突撃よりも、後退を有利にするスタイル。
ほんの僅かだけ後ろにかけている重心に気付けばそれが見抜けたかもしれないが、いかんせん盾で隠され見えづらい。
「まさかアタシがあそこまで何も出来ずに一本取られる日が来るとはな。寂しい様な、でも、嬉しいことは間違いない」
「あはは、自分の中の戦士と戦うのが大変だったよ」
「ナディアすら戦士として認められたんだ。お前の戦い方は立派だよ」
そう言って笑い合うウアカリ最強の姉妹を、マルスは静かに見守っていた。
そして、後にマルスが名前を変えて執筆する『世界の英雄達』という本に書かれたことは、この会話のことだけではない。
「一番面白かったのは、エリーちゃんはそんな風に戦いを見せる様に暴れまくって、本当に教えてる気満々だったことかな。私も復習出来た、ありがとって言われたよ」
――。
「んくしゅ」
「エリーさん、こうですか!?」
「全然違う! こう! そしてこう! あー、またくしゃみ出そう」
「分かりました! ふん!」
「力み過ぎっふしゅ、あー、なんか凄い噂されてるかも」
たまたまアーツに対するエリーの稽古を見たディエゴは思っていた。
「彼女は殿下の才能が無いと楽しそうにしていたが、あれはエリー君の教える才能の方がない様に見えるがな……。それにしても……よくあれで伝わってるな。レインは理論派だったが、一番弟子はまた別だな」
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