雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第二部第一章:鬼神を継ぐ二人

第十一話:隣の芝は青く見えるもの

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 あの日、師匠とお姉ちゃんが居なくなったあの日、私は全てを知った。

 みんなが知っていたのに、私にだけ隠されていた事実。
 それが優しさからだと、愛ゆえにだと、分かってはいたけれど、幼い私は認められなかった事実だ。

 あの後の私の行動を思い返せば、やはり師匠達が隠していたというのは、そのまま正解だったのだろう。
 もしも言われていれば、きっと大好きな二人を、自分を責めなければいけないほどに困らせてしまっていた。

 私は4年前、それ程に幼かった。

 私はそれまで、何一つ知らなかった。

 ――。

「え、エリー、オリヴィアちゃん、女将さん、私、わ、わたし、の、呪いが……」

 4年前のある日エリーが夕方目を覚ましてのんびりとしていると、突然母親がそんなことを言いながら泣き出した。

 エリーは朝を少し過ぎた頃から、オリヴィアを始めレインやサニィ、母親、みんなの寂しいような優しい様な何とも言えぬ感情に包まれ、それに影響されて泣き疲れて眠っていたのだった。
 心が読めてしまうが故、抑えても漏れ出てしまうそれらの不思議な感情がエリーに与える影響はとてつもなく大きかった。
 目を覚ますとレインとサニィの二人は第二の家とも言える『漣』という名前の宿屋を発っていたけれど、二人が旅をするのはいつものことだ。
 だから、それほどの心配はしていなかった。

 幼かったが故だろうか。
 泣き喚いて抱きついた時の師匠の暖かさが、何とも心地よくて安心してしまったのが原因か。
 ともかく、目が覚めたエリーは驚く程に何一つ、警戒をすることを忘れていた。

「アリスさん、呪い、治ったのですわね……? レイン様とお姉様は、……やったんで、す、わ……わ、わあああぁぁぁぁあん」

 母に次いで、オリヴィアがそんなことを言って泣き出す。
 そんなエリーに伝わったことは、とても簡単な一つの結果だった。

【レイン様とお姉様が、死んでしまった】

 え?

 エリーは思う。
 有り得ない。
 呪いが何かは分からないけれど、あの二人が死んでしまうことなんて、有り得ない。
 真っ先に、そう思った。

 しかし、同時にエリーはどうしようもなく理解する。

 母もオリヴィアも、そして女将も大将すらも、二人が死んだと確信している。
 否定したいけれど、その確信が悲しさだけでなく、賞賛からも来ていることを感じ取っている。
 皆が認めたくない程に真実であると、その【呪い】とやらが本当に消えたのだと、宿の外、町中からも聞こえてくる。

「し、師匠とお姉ちゃんが……、え、ふぇ……?」

 皆から溢れ出る感情に支配されて、再び涙が溢れ出す。
 どうしようもなく、どうしようもなく、それは溢れてきて、切ない感情が止まらない。

「あ、ああぁぁぁあああぁ……」

 そのまま、再び訳も分からず泣き始めた。

「そっか、アリス、治ったのね。あの2人、頑張ったのね。アリス、エリー、ずっとここに居ていいからね。あなた達は家族なのだから」

 そんな風にエリー、オリヴィア、母親を抱きしめる女将さんからも、悲しさと覚悟と、そして二人への感謝とを感じ取って、その日は結局泣くだけの一日で終わってしまった。

 ――。

「ねえ、今は嫌な予感しないから、決闘終わったらさ、少し二人のお参りに行かない?」
「ええ、もちろんですわ」

 エリーは暇を見つけてはオリヴィアと一緒に二人の墓参りに行くことにしている。
【あの時】オリヴィアに助けられて以来、敢えて何も分からない様に隠し続けた二人の優しさを、これでもかと理解していた。

「ねえ、オリ姉は私の力、どう思ってる?」
「それはもちろん、羨ましいですわ」
【それさえあればレイン様もお姉様も手に入れられましたもの】

 本当に裏表の無い残念な王女だ。
 まあ、それがあなたの良いところだよ、オリ姉。
 もちろん言うことなんかないけれど、本当に助かっている。

「そっか、オリ姉の力も私は少し羨ましいけどね。シンプルで」
「隣の芝は青く見えるもの、それでは負ける準備はよろしいかしら?」
「それはこっちのセリフ。それじゃ、あの葉っぱが落ちたらね」

 エリーが指したのは、今まさに落ちているサニィの作った森の、一枚の葉っぱ。
 オアシスの郊外、砂漠の中、鬼神の後継者二人の戦いが始まる。

 ……。

「はあ、はあ、くそぉ、こんなん運だよぉ!」
「はぁ、前回はわたくしが同じことを言いましたわ、はぁ、でも、今回はわたくしの勝ちですわね」

 一本の木に引っかかったエリーが、その根本に倒もたれかかったオリヴィアに不満をもらす。
 砂漠の砂に足を取られたオリヴィアを、エリーが隙を突いたとばかりに反撃しようとした所、大きく見開いたその目の中に砂が入った。
 命のやり取りでそんな状況になれば死んでしまうのは納得しているけれど、それでオリヴィアに負けるのは、なんだか納得がいかない。
 実力が拮抗しているからこそ、この2時間にも及んだ戦いがそんな些細なことが原因で勝敗が付いてしまうことに、納得したくなかった。

「……はい、げっこー。来月からはずっと私のものだから。今月が最後だと思っときなさいよね!」
「はいはい、いつでも覚悟は出来てますわ。それじゃ、行きますわよ」

 15分ほどのんびりと休憩をした後、エリーは悔しそうにしながらも丁寧に剣を受け渡す。
 どれだけ悔しくても、この剣は戦闘中以外は決して投げないと決めている。
 例えこの剣には傷一つ付かなくても、埃すら付かなくとも、この剣は自分達の誇りそのものだ。その誇りを傷付けるようなことは決してできない。

「言っとくけど私はまだ上手く扱えないんだからね! 早く渡して練習させなさいよ!」
「わたくしに勝てばエリーさんのものですわ。そうすれば存分に練習できますわよ?」
「くぅっ、本気で思ってるのが悔しい!」

 エリーとオリヴィアの戦い方は正反対だ。
 どちらもレインの正統後継者で、どちらもレインの特徴を受け継いでいる。
 正攻法で圧倒するオリヴィアに、相手の意識の外を突こうとするエリー。
 そのどちらもが、レインが得意だった戦法。そのどちらをも極めていたからこそ圧倒的だった師匠。
 そんな真逆の性質をもつ二人の剣が、運次第で決まる勝敗を持っていたとしても何も不思議ではなかった。
 もちろん、納得できるかは別として。

 今回は勝ち誇るオリヴィアと、悔しがるエリー。

 本当に信頼し合っている弟子同士だからこそ、二人はこうして思いっきり感情をぶつけ合えるのだった。
 もちろん、それは二人共が理解している。

 そんな二人は一通りの言い合いを済ませると、何事もなかったかの様に師匠の元へと歩き出した。
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