雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
236 / 592
最終章:二人の終末の二日間

最終話:終末は救いの天気雨

しおりを挟む
 消滅していく中、二人はあることを思っていた。
 今まで決して言うことが出来なかった、人間だからこその弱さ故か、もしくは、二人は既に本当に人間などどうでも良いのか。
 偶然にも、それは全く同じ内容だった。いいや、考えても見れば、必然だったのだ。
 何度言おうと思ったか分からない。
 しかし、言ってしまえば全てが終わってしまう。
 そんな内容のひとつの隠し事。

 それは問題点を見抜くアルカナウィンド宰相ロベルトだけは気づいていて、決して口外しなかった一つだけの裏切り。

 ――。

 俺は一つの隠し事をお前にしている。
 お前はもうとっくに、気付いているのだろう。もしかして、気付いていないのだとしたら、この隠し事はお前に対する絶望的な裏切りだろう。
 そして、世界に対する裏切りだろう。
 それでも俺は、この隠し事を、お前に言えない。

 私は一つの隠し事を、あなたにしている。
 あなたはもうとっくに、気付いているのでしょう。もしかして気付いていないのだとしたら、この隠し事は、あなたに対する致命的な裏切りでしょう。
 そして、世界に対する裏切りでしょう。
 それでも私は、この隠し事を、あなたに言えない。

 俺は、私はもうずっと前から、呪いが解けている。

 俺は明確に魔王を超えた時、サニィを生かしたままに魔王だけを殺したあの時から、呪いが解けていた。この呪いは、魔王よりも強い存在にはかけられない呪い。
 私は魔王に乗り移られた時、魔王に全てを委ねてしまったあの時に、呪いを解かれていた。この呪いは、魔王になら解くことが出来る呪い。

 俺は何度も魔王よりも強いことが呪いを解く条件だと言っていた。
 私は何度も呪いを解く方法は分かっていると言っていた。

 だからきっと、意外と鋭いお前は、全てが見えるあなたは、呪いから解放されていることを知っていただろう。

 その上で、一緒に死のうと言ってしまった。

 俺が生きていれば、きっと次の魔王は簡単に倒せる。
 私が生きていれば、きっといつかは呪いが解ける。

 それでも世界よりも、お前の方が、あなたの方が、大切だ。
 寂しくない様に、一緒に死んであげるんだ。
 もしもこれを伝えてしまったら、きっと発狂しながらも生きて欲しいと、そう言ってしまうのだろうから。

 だから、これで、全てを終わらせよう。
 少なくとも、……。

「サニィ」
「レインさん」
「「短かったけれど、幸せな人生だった。ありがとう」」

 それが、二人の最後の言葉だった。
 二人は最後まで微笑み合い、一つ唇を重ねると、光の粒となって、世界に散らばっていく。
 それは、呪いを殺す為。
 それは、魔法を発展させる為。
 それは、もしかしたら、世界を見守る為。
 そしてそれは、二人のわがままを、通す為。

 ただ、近すぎたが故にだろうか、自分の呪いが解けてしまったせいだろうか、二人ともが気づかなかった。
 サニィが魔王戦後解呪しようとしたのは、レインの呪い。その時既に解けている呪いの解呪に出ごたえなど感じるわけがない。
 そして呪いを持っているならば、幸せだったと言って死ぬことなど、出来るわけがないと言うことに。
 あの悪意を前に二人共が幸せに死んでいくことなど、出来るわけないことに。

 世界は悪意に満ちている。
 それは、あくまでも人間側の意見だ。
 身近過ぎて見えなかった互いの想いこそが世界の狙った悪意だったとしても、人を超えた二人は、その最期の瞬間までも、確実に幸せだった。

 ――。

 宿屋『漣』で、エリー、オリヴィア、女将と談笑していたアリスが、突然泣き出した。
 その理由を、オリヴィアは直ぐに察して涙を流す。
 二人の心を読んでしまったエリーも、何が起こったのかを理解して、わんわんと泣き出してしまう。

「そっか、アリス、治ったのね。あの2人、頑張ったのね。アリス、エリー、ずっとここに居ていいからね。あなた達は家族なのだから」

 女将は三人を纏めて抱き寄せると、一筋頰を濡らした。

 地域差がかなりあるものの、60人に一人が突然泣き出す異常現象が、その日世界中で発生した。その全ての人が、十分に泣き終えた後、全く同じことを証言する。

 呪いが消えた。数字が、見えなくなった。
 これで、死ななくて済むんだ。
 ずっと、ずっと言えなかったけれど、自分は呪いに罹っていた。
 理由は分からないけれど、きっと、誰かが……。 

 中には当然、その日がタイムリミットの者も、明日が、という者も居ただろう。
 彼らは特に、深く涙を流した。

 その日は、世界的に天気雨が降り注いだ。
 晴天の日に、雲一つない空からしとしとと雨が降り注ぐ。
 そして、世界人口の2%近くの者達が、喜びに咽び泣く。
 その様子は、神がもたらした奇跡の様。
 晴れの日に降り注いだ雨は多くの虹を作り、その幻想風景も相まった、神の気まぐれの様な。
 そんな、一日だった。

 極西では、どうしようもなく理解してしまった、一匹の狐が泣いている。
 南では、一人でドラゴンを倒した英雄が、泣いている。

 そして、世界から呪いが消えた日から、聖女と鬼神は、姿を消した。

 彼等はたったの四年半、この世界に姿を現した幻の様な存在。
 しかし確かに彼等が生きた痕跡は残っている。
 世界に広がる一本の青い花の咲き乱れる川のような道。聖女の足跡と呼ばれるそれは、聖女と呼ばれる彼女にしか作り得ない奇跡だ。
 彼女は霊峰マナスルの頂上に、超巨大な一本の大樹をも生やしている。質量のない、映像だけのガラスの大樹。
 それも確かに、聖女の残した軌跡である。

 竜殺しの鬼神レインは、確かに存在していた。
 常に聖女のそばに控えたそれは、確かにあの日ドラゴンを一人で倒したし、彼等が居なくなる前の年からしばらく、ただの一頭もドラゴンの目撃情報が上がっていない。
 そして、グレーズ王国とアルカナウィンドの騎士達が学ぶ剣術の名前に、共に時雨流という名前が加わったことも、確実に鬼神の影響とされている。

 二人は、確かにグレーズ王国で竜殺しを行ってから四年半、存在していた。

 ……。

 二人は、魔王の呪いに罹っていた。

 罹れば1825日の後、確実に死ぬ。
 罹れば5年間は、確実に幸せになる。
 罹れば、不死となる代わりに、死への恐怖が増幅する。
 そのせいで、殆ど全ての者は最後の数日、幸せだった日々を思い出し、発狂しながら死んでいく。

 そんな呪いに。

【二人は、そんな呪いに罹って尚、命を犠牲に呪いを解いた英雄だ。それがどれほどの恐怖だっただろうか、身近に死んでしまった者が居るものは知っているだろう。罹っていた者達は、知っているだろう。彼らは正しく英雄だった】

 世界から呪いが消えてから1ヶ月、グレーズ王国、アルカナウィンド、ウアカリの三国から、その様な声明が発表された。

 そうして、世界から呪いが無くなったことが完全に認知されると、彼等の生まれ故郷、グレーズ王国領、サニィの生まれ育った町、花の町フィオーレ跡地に、一つの石碑が建てられた。

 ――――――――――――

  人間歴452年7月28日 
  世界を救った二人の英雄

  Rain Evilhurt
  Sunny Prismheart

 魔王の呪いを消し去り眠る

 ――――――――――――

 世界を救った英雄は確かに存在していた。
 僅か二人で魔王の呪いを世界から消し去った幻の様な存在だ。


 しかしながら二人は最後に確かに、世界を救うことを口実にして、自分達の為に、心中したのだ。
 二人は確かに、人間だった。最後まで自分達の幸せを望む人間で、……。




 ……世界の意思は、こうして無事にイレギュラーを世界から排除することに成功した。
 サニィという魔王コマを利用して。
 彼女はいつも、マナに語りかけられていた。
 必死に抗っても、気づかない部分まで。


 世界は奇跡に救われる。

 今日は誰かが、何処かでそんなことを呟いた。


                  つづく。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

エクセプション

黒蓮
ファンタジー
 血筋と才能に縛られた世界で【速度】という、それ単体では役に立たないと言われている〈その他〉に分類される才能を授かったダリア。その才能を伯爵位の貴族である両親は恥ずべき事とし、ダリアの弟が才能を授かったと同時に彼を捨てた。それはダリアが11歳の事だった。  雨の中打ちひしがれて佇んでいたダリアはある師に拾われる。自分を拾った師の最初の言葉は『生きたいか、死にたいか選べ』という言葉だった。それまでの人生を振り返ったダリアの選択肢は生きて復讐したいということだった。彼の選択を受け入れた師は彼にあらゆることを教えていく。  やがて師の元を離れる際にダリアはある紙を受け取り、それと同時に再度の選択肢を投げ掛けられる。彼が選ぶ復讐とは・・・彼が世界に及ぼす影響とは・・・

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...