雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十四章:取り敢えずで世界を救う

第百九十六話:ウアカリの宿命

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 半分、9頭ものドラゴンを倒し終えた。
 これだけの数のドラゴン戦を見られる者はまずいない。
 大抵は1戦目で死んでしまうか、戦意を喪失してしまう。
 それでも、追い返した後に再びドラゴンがやってくることが少ない為に、追い返した者達はそれだけで讃えられ、なんとか気力を取り戻す。
 そんな者が基本だ。
 だからこそ、人生で二度以上のドラゴン戦を経験どころか、見ることすら叶わない者が殆ど。

 今、9頭ものドラゴン戦を目の当たりにした十人は、皆歴戦の勇士だ。一人、アリエルは置いておいたとしても、彼ら十人はその9戦を見ていて、ドラゴンの弱点や、種族的な癖などを随分と把握してきていた。

 そんな彼等の中に、狛の村ではまだ思っていなかった気持ちが芽生え始めていた。

『ドラゴンと戦いたい』

 残る半分のドラゴンは、サニィ曰く皆70mレベルはあると言う。
 以前、グレーズ王都防衛戦でサニィと相討ちになったものと、同レベル。
 一歩間違えれば、簡単に殺されてしまうだろう強敵だ。
 それでも、彼等の闘志は最早抑えが効かない程に膨れ上がっていた。

 特にウズウズしているのが分かるのがクーリアだ。死ぬのは嫌だが戦士としては死んでも戦いたい。それ程に思っていることが心を読めないエリー以外にも簡単に分かる程に伝わってくる。
 次いで、同じウアカリのナディア。彼女達の雄を追い求める本能と、闘争本能は本質的に似た様なものらしい。
 能力が別のイリアだけはそんなでは無かったが、クーリアとナディアの猛烈な思念に中てられたエリーも、同じく瞳をギンギンと輝かせている。

 ある日の朝、サニィはクーリアに相談があると呼び出された。本気の顔で。生死を掛けた戦いたいに赴く戦士の如く、この様に告げる。

「サニィ、アタシはもう限界だ。次のドラゴン戦ではもう我慢出来ない」

 サニィはそろそろか、と覚悟を決める。
 流石に歴戦の勇者達を、魔物を本能的に敵視してしまう勇者達を前に、いつまでもお預け状態ではストレスが溜まってしまう。
 ドラゴン戦はまだ早いだろうが、他の強敵を探さないといけないか、と。

「はい。ド――」
 真剣な顔で答えようとした。
「……だから、レインを一晩だけ貸して欲しい」
「ふぇ?」
「ドラゴン戦を見ていて、レインの余りの強さに、もう我慢が出来ない。一晩だけ貸してくれれば、もう死んでも良い」
「……え? ドラゴンと戦いたいんじゃなくて?」
「戦いたい。しかしそれよりも、レインにめちゃくちゃにされたい。ナディアもそろそろ限界だろう。あいつも今晩辺り、きっとレインに夜這いをかける」
「えー……と」
「ウアカリの本能が、レインに抱かれろと言って聞かない。苦しいんだ」

 その表情は、本気の悲痛に歪んでいる。

「え、ええぇと、マルス様では……」
「ドラゴンを屠るあの力で屠られたい」
「あー、うーん、エリーちゃんが最近ギンギンしてたのって……」
「確実にアタシとナディアの妄想のせいだろう」
「……」
「教育に良くないのも、レインがお前のものなのも分かってはいるが……どうしようもない。無理だと言うのなら、殺されるのを覚悟してでもアタシはいくことになる……」
「…………少し、考えてみます」
「取り敢えず、アタシとナディアは縛っておいた方が良い」
「それは取り敢えず、置いておきます。連れてきたのは私ですし……」

 ――。

 午後、どう言うべきか悩んだ末、サニィは覚悟を決めてレインに告げた。

「レインさん、最近のクーリアさんとナディアさん、少しおかしいの分かってますよね?」
「ああ、何やら戦いたいたそうだな」
「それが、ちょっと違ってですね……」

 どう伝えようか、いや、何を言うべきなのか決めたはずなのに、言いだしづらい。
「どうしたんだ?」と心配した様に聞いてくるレインに対して、他の人を抱けなどと、自分が言って良いものか。

「あの、あのお二人はですね、ウアカリじゃないですか」
「そうだな」
「レインさんの戦いを見ててですね」
「あ、あーー、そういうことか」
「察しが良くて助かります」

 こう言う時に、この人の察しの良さは本当に助かる。常に大局を見ている。
 人の心の機微にも聡い。それを敢えて無視することは多くても、傷付けることはしない。

「つまり、俺が相手してやれば良いんだな」
「はい。そういうこ、え?」
「ん?」

 あれ? あっさりと了承しちゃうの?
 何故だか、自分から頼もうとしていたのに、愕然とするのに気付く。

「あ、あの、レインさんは良いんですか?お二人の相手をするの」
「そりゃ、英雄候補だからな。要望には応えてやった方が良かろう」
「え、あの……」

 自分から頼もうとしていたのに、こんなにもあっさりと受け入れられると、……違う。
 でも、それでもレインさんの決めたことならば、仕方ない、のかな。

「……お願い、します」

 そう言った途端、レインは怪訝な顔をする。

「どうにも、噛み合ってない気がするな」

 そして、サニィの両肩を掴むと、数センチの所まで顔を近付ける。
 その双眸は、サニィの瞳を捕らえて離さない。

「へ、あの、ちょっと?」
「俺は、二人の本気の戦闘相手になろうとしてたが、お前の頼みは違った」
「ふぇ? え? せんとう? おふろ?」
「何を言ってるんだお前は?」

 混乱すると、サニィは奇怪な行動をとり始める。
 それが分かっているレインは、一先ず落ち着かせるためにベッドにサニィを座らせる。
「あ、あの、今から、ですか?」
 しかし、混乱に陥っているサニィにそれは逆効果だった様だ。
 両腕で抱えると、ソファへと移し替える。
「こ、ここで?」

 全く、何を言っているのか分からない。
 混乱が止まるどころか、増している。

「あー、と、落ち着け。俺はお前に何もしない」

 すると、何もしないんですかとしゅんとする。
 どうしたんだこいつは。何かの魔法でも受けて頭がおかしくなっているのだろうか。
 そうは思うものの、一先ず、落ち着かせることに全力を注ぐ。
 10分ほど混乱が続いた後だろうか。改めて、尋ねる。

「それで、お前は何を俺に頼もうとしたんだ?」
「え、と、今晩、クーリアさんとナディアさんのお相手を……」

 気まずそうに、瞳の端に少しの涙をためながら答える。

「今晩?」
「あの、ウアカリなので、レインさんの強さを見て、興奮したって……」
「……」
「だから、命懸けで襲っちゃうからって……」

 この女は何を考えているんだ。
 本当に、なんとも言えない。
 自分は世界よりもお前の方が大切だと言っているだろうに。

 だから、レインは最適解をその口から紡ぐ。
 この女の暴走は、今に始まったことではない。
 この位、簡単なことだ。

「エレナだ」
「え?」
「エレナの淫魔をも上回る幻術で、好きな妄想を実現させてやれば良い」
「えーと、それは……キョウイクジョウ……」
「俺が相手をするのとどっちが良い?」
「今すぐ言ってきますね」

 その日の晩、クーリアとナディアの部屋からはとてつもない嬌声が聞こえたので、サニィが即座に遮音したことは、言うまでも無い。もちろん、レインとサニィは心おきなく眠った。

 翌日、昼過ぎても部屋から出てこない二人を心配したイリスが見に行くと、そこは惨状だったという。
 最初は、死んでいるのかと思って、次に幸せそうな顔と血色から生きているのを察した。そして、……。
 結論として、あのまま死んでいた方が幸せだったのかもしれないと思っていたことを、エリーだけが知っていた。
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