雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十三章:帰還した世界で

第百八十二話:最上級の一振り【不壊の月光】

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 その宝剣は、いつか生まれる狛の村の勇者に渡す様伝えられていた。
 それは、ただ壊れないというだけの剣。切れ味は他の宝剣に劣り、通常の業物と変わらない。
 しかし何をしようと刃こぼれ一つ無く、刃以外も決して壊れることがない。手垢すら、付くことが無い。そんな剣。

 それがレインの持つ宝剣【月光】

 深い闇の様な漆黒に金色のダマスカス文様を浮かべるその刀身は、その銘が示す通り夜の海に反射する月の光の様。
 その剣は元々銘等無く、【不壊ふえの直剣】と呼ばれ、予言に従って狛の村の村長に預けられていた。
 元々、この世界で武器に名前を付けるということは、ほんの1年前までは習慣化されていなかった。
 グレーズ王女オリヴィアが宝剣である、かつては【秤のレイピア】と呼ばれていた【ささみ3号】を、周囲に言うようになってから、そして北のベラトゥーラで少しばかり名前を付けるのがが流行りだしてから、少しずつ浸透していったものであった。
 それ以来武器の扱いは以前より慎重なものとなり寿命は伸びた。それによって鍛冶師は少し大変になり、その分品質を向上させることで値段も上がったのだが、それは置いておこう。

 予言によると、こうなっている。

『いつか生まれる拒魔の勇者は、彼の黒剣で全てを取り戻すだろう』

 それはつまり、レインが魔王を滅ぼすという事だ。
 それは不壊の力によってレインの全力を引き出し、全ての魔を滅するということ。
 少しだけ違う点は、レインが呪いに罹ってしまったということと、100年以上前に、魔王が滅び去ったと思われていたこと。
 予言も完璧ではない。外れることはある。
 だからこそきっと、男は弟子達を育てているのだ。

 ところで、その宝剣は、それを調べる能力を持った研究機関によって、遥か昔に宝剣として認定されている。
 そのランクは最上位極宝剣。
 月光を除けば、他に二つしか確認されていない最上級の宝剣である。
 一つはベルナールが使ったとされる【破魔のショートソード】
 魔王であっても、三度の斬撃を当てることが出来れば滅せる剣。もう一つは、認定後どこに行ったのかも分かっていない、盗まれた双剣。
 ベルナールの剣は魔王討伐と共にその役目を終え消失してしまったとされている為に、現存が確認されている最上の剣は月光のみ。

「と言うのが、この剣だ」
「絶対に壊れないとは言っても、レインさん以外が使えば大したことない剣ですし、それだけで最上位極級認定されるものですかね?」

 村に伝わる月光の説明をすると、ルークはそんな反応をする。

「すまんが俺には全く分からんな。俺にしか使いこなせないと言っても、不壊の特性はそれなりに有用だしな。気にしたこともなかった」
「明日から、もう少しじっくりあの斬撃を見学させて貰って良いですか?」

 考え始めたルークは研究者だ。
 自分の興味に向かって突き進む。それによって重力魔法を開発するに至った。
 そもそもレインの目的は弟子達を強くすること。それを否定することなど有り得ない。

「ちなみにオリヴィアさんの、あ、オリヴィア様の宝剣も聞いて良いですか?」

 修行中は必死でどう呼んでいた覚えていないものの、オリヴィアが王女だと思い出す。

「気軽に呼んで貰えれば良いですわ。戦友ですもの。それにわたくしを様付けしてレイン様をさんで呼ぶのは許しませんわ」
「あ、はい」

その瞳は真剣だ。先程までの戦闘よりも更に。

「わたくしの宝剣【ささみ3号】は、元々【秤のレイピア】と呼ばれていました。つまり、心の清い者が持てば羽の軽さになるレイピアというわけですわね。因みに心の汚い者に効果抜群ですので、魔物退治は得意という訳なのです」

 心の清い者? そんな疑問を、この場のオリヴィア以外全ての者が持ったのだろう。
 一瞬の間が出来る。

「そ、そうですか。ところでなんでささみ3号なんですか?」
「可愛いからですけれど」

 しれっとそう答える。
 その言葉に呆然となったのは、サニィ以外だ。
 今まで、それが本気だったことを、レインすらも知らない。

「あ、英雄ヘルメス様が使ってた短剣ね、重さの無い短剣。【ささみ1号】って言うらしいよ!」

 次いで出たサニィの発言に、唖然とするオリヴィア以外。
 このタイミングでそれを言うかとレインも何も言えない。
流石に最高の魔法使いだ。空気など読まず、自分の世界を展開していると、妙な感心すら抱き始める生徒二人。
 そして割とドン引きなエリー。

「可愛いですが、お姉様の付けて下さったささみ3号の方が上ですわね」
「……」
「そうだよね。33315(ささみ1号)より33335(ささみ3号)の方が気持ち良いもんね」
「ですわね!」
「……」

 空気に耐え兼ねたのだろう。
 エレナが口を開く。決して言ってはいけない一言を。

「え、と、魔人様の剣って誰が名付けたんですか? 月光って良い名前ですよね」

 そう。ヤツが増長する一言を。

「それも私だよ! やっぱり私のネーミングセンスをエレナちゃんも分かってくれるんだね!?」
「え? えええええぇぇ?」
「レインさんはね、私のネーミングセンスを全然分かってくれないんだよ。こんなに良いのに。ね、オリヴィア、エレナちゃん」
「酷いですわレイン様っ!」
「えっ、ちょっ、ちがっ……」

 エレナはそのまま、サニィに抱えられ、オリヴィアの部屋へと連れて行かれた。
 それは最早、拉致だった。
 逃げ出そうと自分の姿を幻視させる魔法を使うが、そんなものがサニィに効く訳もない。
 瞬時に確保されると、レイン以外だれも抵抗出来ないだろうと言うほどにがっちりと捕まえられ、運ばれて行った。

「すまないな、エレナ」
「えっ、ちょっと、レインさん!? エレナを助けて下さいよ」
「ああなったサニィは面倒く、いや、とても手強い。精神面が特に重要なエレナには必要な修行だろう」

 やはりレインは敵だ。
 ルークは、そう思う。
 しかしオリヴィアの部屋の前まで行った瞬間、本気のサニィに捕らえられると、エレナと同じく地獄の修行を受けさせられることとなったのだった。
 見捨てれば良かった。
 感性を破壊されかけたルークは、心の中でレインが動かない理由を、これでもかと理解した。

 一方エリーだけは、剣の感想を聞きながらレインにしがみ付つくと、幸せそうに眠り始めたのだが、ま あ、それはもう、ルークとエレナにとってはどうでも良いだろう。

 そうして、厳しい修行がひと段落ついたはずの夜は更けて行く。
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