雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
175 / 592
第十三章:帰還した世界で

第百七十五話:女王と侍女と

しおりを挟む
 女王アリエル・エリーゼが魔王討伐に向けて、侍女と共に必死に訓練をしている。
 彼女は立場としては戦闘員ではなく指揮官ではあるが、軟弱である為に迷惑をかけたくない。そんな思いから、日々女王としての仕事の合間を縫って鍛えている。
 そんな健気な姿を見て、アルカナウィンド騎士団の士気は、既に最高に近い程に高まっていた。

 もちろん、母親が死んだばかりで悲しいだろうにという同情の思いもある。しかし、それでも、同盟国の王女の強さを憧れにし、必死に努力する姿は、大の男達の心をとらえて離さなかった。

 ここ、世界最大の王国アルカナウィンドは、初代英雄エリーゼが元々は魔王に滅ぼされた故郷の復興を願って起こした国。代々女王はエリーゼの名を受け継ぎ、民を思う良き王として民衆からの支持も厚い。何より、初代エリーゼの武勇伝を信奉する民が非常に多い。初代エリーゼは国の母であり、代々の女王はその恩を返す為の偶像としての役割も果たしている。

 そんな国で、幼き女王は人一倍の努力をしている。
 それを見て、訓練をサボろうなどという者は一人としていなかった。
 更に、彼らは皆オリヴィアの生死を懸けた訓練を見ている。女王があの王女に憧れを抱いているのを知っている。
 そんな状況下で、努力しない理由の方が見当たらなかった。

 いや、一つだけある。
 女王付の護衛兼侍女ライラ、薄緑の長髪を纏めた見目麗しい、騎士達にとってはもしかしたら手が届くかもしれないと思わせる様なアイドルが、レインに惚れているということだろうか。

「ぬおおおおおおおレインさまあああああぁああん!!」
「なあライラ、何度も言うが可能性はないからな?」

 そんな風に、彼女がある意味では女王以上に必死に訓練している様子が、なんともやる気を殺いでしまうという部分だけが騎士達の不満点であっただろう。
 とはいえ、可能性はない。そんな女王の言葉が再び騎士達を救う。
 実際の所ライラと結ばれる可能性などはほぼないのだが、夢を見ることは出来る。

 さて、そんな風に訓練を続けていたアリエルは、程々に強くなっていた。
 元々勇者としての資質が身体能力よりも能力の側に寄っているせいもあって、どれだけ努力しようとも最終的な強さはそこまでにはならない。精々オーガ50体を倒せるかどうかという所までだろう。

 その為彼女には騎士とは別に数人の護衛を兼ねた侍女が存在している。その中の一人が若き侍女勇者ライラである。
 彼女の能力は非常に特殊。近くにいる人物のダメージを肩代わりすることが出来ると言うのがその能力だ。
 彼女は元々、アリエルが致死量の攻撃を受けた際にそれを引受け、代わりに死ぬのがその役目。
 ライラが居る以上はアリエルは一度死ねる。

 そんな役割を与えられているために、ライラは本来恋愛することそのものが許されてはいない。
 その唯一の例外が、呪いに罹っている者だった。
 理由は簡単だ。呪いに罹っている者は5年間、必ず幸せになる。つまり、そんな者と恋愛すれば、その人物が生きている間は侍女が死ぬことはない。それは言い換えれば、女王の安全も保証されると言うこと。

「という事で、私はレイン様を押し倒す力を得ます!」
「ま、まあ、好きにすれば良いが」
「お子様のアリエル様には分からなくても良いんです」
「お子様じゃないし!」
「それに、レイン様に想いが伝わらなくても良いんです」
「聞いてよ! って良いの?」
「はい。結局の所、アリエルちゃんの命のストックということだけじゃあんまりやる気出ませんでしたから」
「ちゃんって言わないで! と言うか、妾女王なんだけど。やる気出ないって」
「まあ良いじゃないですか。私がいる限りはアリエルは安全なんですから」

 見た目は清楚ながら、案外毒を吐くのは昔から変わらない。
 能力に呪われていると以前からあまりやる気のなかったライラが、やる気を出している現状は確かに喜ばしいことではある。
 そして、伝わらなくても良いと言うことは、自分の役割も忘れてはいないということ。

「今回ばかりは妾の能力も正しい道を示してはくれないし」
「示されたら示されたで凄く嫌ですけどね。私は来る時の為に、自分の人生を謳歌出来る時にはするのみです。レイン様に対して想いを寄せることを許されてるなら、それに全力になるのみ」

 いまいち分からないといった顔をする幼き女王に、ライラはふんっ、お子ちゃまめと喧嘩を売ると、再び鍛錬に戻る。
 彼女は、強い。
 元々騎士団のメンバーが相手でも上位に位置する強さを持っていたが、アリエルの訓練に付き会い始めてからはその力をぐんぐんと伸ばしている。

「もー、ほんとにライラは女王に対する敬意ってものがない!」

 まあ、能力の関係上仕方ないし、結局は助けてくれるんだろうけれど。
 そんな風に思いながら、ライラと共に訓練を再開する。

「ふ、恋を知らない以上は私には勝てませんよ!」
「うるさい! 私だってレイン兄好きだし!」
「それはただのお子様の勘違いですぅー。本気だったら私みたいになりますぅー」
「何をぉ!?」

 アルカナウィンド王城では、そんな二人と騎士団達の訓練が、城内の人々を元気づける日課となっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...