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第十二章:仲間を探して
第百六十三話:戦士の国の邪道戦士
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結論だけ言えば、イリスは魔法戦士になった。
正確にはサニィと同じ勇者だが、常人と殆ど変わらない、スタミナだけが高いサニィとは違い、身体能力に寄っている。
他のウアカリの戦士とは違い華奢な体格も低い身長も、魔法で小技を決めるのにはまあ、イメージとして向いている。イメージとして向いていると言うことは、魔法を扱うことにおいて適正があるということ。
とは言え元々ウアカリの訓練を受け、戦士としての適正も示した体、サニィとは逆に魔法の能力は中途半端だった。言葉に起こした現象しか引き起こすことは出来ないし、その出力も大したことはない。
森を丸ごと一瞬で灰塵に帰すことがに出来るサニィに比べて、イリスは木を数本焼ける程度。
まあしかし、彼女にはそれで十分だった。
今後の魔法使いになら誰にでも出来る、なんでもないことが出来るだけのその力は、戦士としての力を著しく引き上げた。
膂力だけで戦うウアカリ純戦士としては当然の様に凄まじく邪道だ。
しかし、剣先が遅く見える魔法を使えば相手は防御も出来ずに剣の侵入を受け入れるし、突然耳元で破裂音がすれば一瞬だけでも体は硬直する。そんなほんの僅かな隙を攻め立てる技術を、イリスは既に戦士として学んでいた。
もちろん、オリヴィアやレインの様に、そんな呪文を口に出す暇もなく制圧させられる相手には通用しない。なのでそういう相手には、レインの持てる技術を詰め込んで、対応することにした。
とは言え、魔法、聖女に倣えば、正確には奇跡と呼ぶべきそれによって、イリスは万能になった。
悪く言えば器用貧乏ではある。しかし、なんでも出来る。
それは、穴を埋めるのに最適な役割を果たす。彼女の才能によって、部隊の穴は存在しなくなるだろう。
ところで、呪文の開発はイリスとの出会いによって、大幅な発展を見せた。
例えば「怒れる焔」
この一言で、イリスは木を一本燃やすことが出来る。
もちろん、もっと長く複雑にする程に、その威力は増していく。しかし、戦士の戦闘中にそんな長い詠唱をする余裕などは無い。
ごく短い言葉にマナを乗せ、それを奇跡、魔法に変換する技術は、彼女の力によって確立されることとなった。
そして何よりも重要なこと。
彼女は人の心を癒す術を持っている。
他者の真名に語りかけ、その存在を正す。
それはサニィにも出来ないイリスだけの特殊な能力だった。
彼女はその特異な能力によって、その役目を複雑なものにする。
戦士であり、魔法使いであり、精神治療師でもある。
最前線で戦うのではなく中衛。あくまで空いた部分を素早くカバーする万能兵。それがイリスの本質。
「まあ、妹だからね。妹は最前線になんか立っちゃダメ」
とはそんなイリスを育て上げたサニィの言である。
オリヴィアは盃まで交わした本当の妹ではないのかと突っ込みたくなるのを抑えて、レインはぞんざいに扱われる二番目の弟子を憂いた。
今度帰る時には、少しばかり優しくしてやろう。
もちろん、エリーの方がより愛する弟子なわけだが。
そんなよく分からないツンデレの様なものを胸に抱きながら、オリヴィアを憂う。
――。
それらはともかく、イリスはクーリアと殆ど変わらない程度にまで、追いついた。
「聖お姉ちゃん、れ、レインさん、ありがとうございました」
未だ、イリスのレインへの警戒は抜けない。
ウアカリに置いて、強い男はそれだけで魅力的に映る。それは彼女のウアカリとしては超特殊な能力の関係もあるのだろうし、それは置いておいたとしても、レインに対してここまで警戒を続けた人物は、初めてだった。
あの日、レインの本名を聞いて何を知ったのか、それは本人とクーリアしか知らない。
レインの名前、苗字は、そんなに特殊なものではない。狛の村の全員が同じ苗字である為、普段はそれを名乗ることがない。
そしてその意味は、拒魔こまだと聞いている。狛の村の語源、魔物が拒む者、魔を滅する者。少なくとも、村にはそう伝えられている。
それだけのこと。
で、あるならこれほどの警戒は、レインという名前の方だろうか。
これは、かつて母親が海を渡っている時に飲み物が手に入らず、喉が渇いて死にかけた時に、偶然都合良く雨が降って助かった経験から付けられた名前だと言われている。
基本的にいつでも、物事の優先決定権は母親にあったと聞く。
もし、母親が海で死にかけていなければ……。
「……フグじゃなくて良かったな」
「何を言ってるんですか?」
「なんでもない」
「気になりますー」
ふと、呟いてしまったその言葉に、サニィがしつこく反応する。フグは好物のはずだ。それをそうじゃなくて良かったなんて頭を打ったのじゃないか。
何故かそんな心配をされる。
「あー、名前のことだ。俺の名前、母親が雨に命を救われてなければ、俺の名前はフグになって――」
ぶっふぅ!!
「おい」
「いえいえ、名前を笑うなんてすみませんでしたフグさん、ぶっ」
「フグさんとか言うんじゃない」
「怒る時はこう、頰を膨らませて、ぷくーっとぶふっ、げほっ、えほっ」
「お前な……」
呆れながらも、思う。
サニィの中に燻っていた負の物は、本当に解消されているのだな、と。
彼女はこれまで、陰のマナを纏ってしまう癖が出来ていた。アリエル・エリーゼに解決方法を聞いて解決しても、一度魔王となった身。それを再び纏うことそのものに、抵抗がなくなっていた。
それを知っていて、サニィ自身も少なからず悩んでいたことを、解決出来なかった。
それがようやく、元の快活な彼女に戻っている。
それが、嬉しかった。
「まあ、もし俺を怒らせたらフグになってやろう」
つい、そんなことを言ってしまった。
「あははははは。レインさんがフグって! あっははははは、ごほっへほっ」
まあ、こんなにも笑っているのならばそのうちやってやっても良いだろう……。
馬鹿みたいに咽るサニィを見て、そう、思った。
――。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なんだ?」
「お姉ちゃんは、レインさんのこと、どう思ってる?」
「そりゃ、今すぐにでも無茶苦茶に襲われたいと思ってる。それはもう、力任せに、獣の様に。嫌だって言っても止めないで欲しい」
「……そこまで聞いてないけど…………、ね、私のあの話、聞いても?」
「ああ、それは変わらない。まあでも、イリスみたいな立場も必要じゃないか?」
英雄が、誰にとっても英雄だとは限らない。
イリスは穴を埋める戦士として成長した。
それならば、それもきっと、イリスの役割だ。
うん、じゃあ、私だけは、レインさんのこと、好きにならない。
あんな、躊躇なく人を殺せる人。
笑い合うレインとサニィを見て、戦士の姉妹は、そんな話をしていた。
残り[813日→755日]
正確にはサニィと同じ勇者だが、常人と殆ど変わらない、スタミナだけが高いサニィとは違い、身体能力に寄っている。
他のウアカリの戦士とは違い華奢な体格も低い身長も、魔法で小技を決めるのにはまあ、イメージとして向いている。イメージとして向いていると言うことは、魔法を扱うことにおいて適正があるということ。
とは言え元々ウアカリの訓練を受け、戦士としての適正も示した体、サニィとは逆に魔法の能力は中途半端だった。言葉に起こした現象しか引き起こすことは出来ないし、その出力も大したことはない。
森を丸ごと一瞬で灰塵に帰すことがに出来るサニィに比べて、イリスは木を数本焼ける程度。
まあしかし、彼女にはそれで十分だった。
今後の魔法使いになら誰にでも出来る、なんでもないことが出来るだけのその力は、戦士としての力を著しく引き上げた。
膂力だけで戦うウアカリ純戦士としては当然の様に凄まじく邪道だ。
しかし、剣先が遅く見える魔法を使えば相手は防御も出来ずに剣の侵入を受け入れるし、突然耳元で破裂音がすれば一瞬だけでも体は硬直する。そんなほんの僅かな隙を攻め立てる技術を、イリスは既に戦士として学んでいた。
もちろん、オリヴィアやレインの様に、そんな呪文を口に出す暇もなく制圧させられる相手には通用しない。なのでそういう相手には、レインの持てる技術を詰め込んで、対応することにした。
とは言え、魔法、聖女に倣えば、正確には奇跡と呼ぶべきそれによって、イリスは万能になった。
悪く言えば器用貧乏ではある。しかし、なんでも出来る。
それは、穴を埋めるのに最適な役割を果たす。彼女の才能によって、部隊の穴は存在しなくなるだろう。
ところで、呪文の開発はイリスとの出会いによって、大幅な発展を見せた。
例えば「怒れる焔」
この一言で、イリスは木を一本燃やすことが出来る。
もちろん、もっと長く複雑にする程に、その威力は増していく。しかし、戦士の戦闘中にそんな長い詠唱をする余裕などは無い。
ごく短い言葉にマナを乗せ、それを奇跡、魔法に変換する技術は、彼女の力によって確立されることとなった。
そして何よりも重要なこと。
彼女は人の心を癒す術を持っている。
他者の真名に語りかけ、その存在を正す。
それはサニィにも出来ないイリスだけの特殊な能力だった。
彼女はその特異な能力によって、その役目を複雑なものにする。
戦士であり、魔法使いであり、精神治療師でもある。
最前線で戦うのではなく中衛。あくまで空いた部分を素早くカバーする万能兵。それがイリスの本質。
「まあ、妹だからね。妹は最前線になんか立っちゃダメ」
とはそんなイリスを育て上げたサニィの言である。
オリヴィアは盃まで交わした本当の妹ではないのかと突っ込みたくなるのを抑えて、レインはぞんざいに扱われる二番目の弟子を憂いた。
今度帰る時には、少しばかり優しくしてやろう。
もちろん、エリーの方がより愛する弟子なわけだが。
そんなよく分からないツンデレの様なものを胸に抱きながら、オリヴィアを憂う。
――。
それらはともかく、イリスはクーリアと殆ど変わらない程度にまで、追いついた。
「聖お姉ちゃん、れ、レインさん、ありがとうございました」
未だ、イリスのレインへの警戒は抜けない。
ウアカリに置いて、強い男はそれだけで魅力的に映る。それは彼女のウアカリとしては超特殊な能力の関係もあるのだろうし、それは置いておいたとしても、レインに対してここまで警戒を続けた人物は、初めてだった。
あの日、レインの本名を聞いて何を知ったのか、それは本人とクーリアしか知らない。
レインの名前、苗字は、そんなに特殊なものではない。狛の村の全員が同じ苗字である為、普段はそれを名乗ることがない。
そしてその意味は、拒魔こまだと聞いている。狛の村の語源、魔物が拒む者、魔を滅する者。少なくとも、村にはそう伝えられている。
それだけのこと。
で、あるならこれほどの警戒は、レインという名前の方だろうか。
これは、かつて母親が海を渡っている時に飲み物が手に入らず、喉が渇いて死にかけた時に、偶然都合良く雨が降って助かった経験から付けられた名前だと言われている。
基本的にいつでも、物事の優先決定権は母親にあったと聞く。
もし、母親が海で死にかけていなければ……。
「……フグじゃなくて良かったな」
「何を言ってるんですか?」
「なんでもない」
「気になりますー」
ふと、呟いてしまったその言葉に、サニィがしつこく反応する。フグは好物のはずだ。それをそうじゃなくて良かったなんて頭を打ったのじゃないか。
何故かそんな心配をされる。
「あー、名前のことだ。俺の名前、母親が雨に命を救われてなければ、俺の名前はフグになって――」
ぶっふぅ!!
「おい」
「いえいえ、名前を笑うなんてすみませんでしたフグさん、ぶっ」
「フグさんとか言うんじゃない」
「怒る時はこう、頰を膨らませて、ぷくーっとぶふっ、げほっ、えほっ」
「お前な……」
呆れながらも、思う。
サニィの中に燻っていた負の物は、本当に解消されているのだな、と。
彼女はこれまで、陰のマナを纏ってしまう癖が出来ていた。アリエル・エリーゼに解決方法を聞いて解決しても、一度魔王となった身。それを再び纏うことそのものに、抵抗がなくなっていた。
それを知っていて、サニィ自身も少なからず悩んでいたことを、解決出来なかった。
それがようやく、元の快活な彼女に戻っている。
それが、嬉しかった。
「まあ、もし俺を怒らせたらフグになってやろう」
つい、そんなことを言ってしまった。
「あははははは。レインさんがフグって! あっははははは、ごほっへほっ」
まあ、こんなにも笑っているのならばそのうちやってやっても良いだろう……。
馬鹿みたいに咽るサニィを見て、そう、思った。
――。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なんだ?」
「お姉ちゃんは、レインさんのこと、どう思ってる?」
「そりゃ、今すぐにでも無茶苦茶に襲われたいと思ってる。それはもう、力任せに、獣の様に。嫌だって言っても止めないで欲しい」
「……そこまで聞いてないけど…………、ね、私のあの話、聞いても?」
「ああ、それは変わらない。まあでも、イリスみたいな立場も必要じゃないか?」
英雄が、誰にとっても英雄だとは限らない。
イリスは穴を埋める戦士として成長した。
それならば、それもきっと、イリスの役割だ。
うん、じゃあ、私だけは、レインさんのこと、好きにならない。
あんな、躊躇なく人を殺せる人。
笑い合うレインとサニィを見て、戦士の姉妹は、そんな話をしていた。
残り[813日→755日]
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