雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
28 / 592
第四章:生の楽園を突き進む

第二十八話:衝撃で芽生え始める

しおりを挟む
 ジャングルに入って二日目。二人は順調に旅をしていた。
 出てくる魔物はサニィ一人でも何の問題もなく対処できるし、レインがいる限り迷うこともない。
 相変わらず修行も順調に進んでいるし、蛇口も徐々に広くなっている。
 未だマナタンクの底は見えないものの、魔法を使い続けられることにデメリットなどあるわけがない。
 ただ一点を除いて、まったくもって順調な旅だった。

「ねえレインさん、ドラゴンは、ドラゴン来てませんか?」
「安心しろ。飛ぶのがギリギリ程度の傷を追わせてある。流石にすぐには来ないだろう」
「でも、ドラゴン魔法使えますよ? 治癒の魔法とか出来るはずですよ?」
「魔法がまともに使えなくなるまで引かなかったからな。そんなすぐには来ないだろう」
「でも、ドラゴンですよ? 人知の外ですよ?」

 サニィがとにかくドラゴンを怖がっていると言う一点を除いて、だ。
 ドラゴンはレインがかすり傷で倒せる相手だと、何度言っても怖がり続けている。
 確かにドラゴンは強い。ただ、隣にいる青年はもっと強い。
 それにも関わらず、だ。

「なんでお前はそんなにドラゴンを怖がるんだ?」
「だって、マ、お母さんが早く寝ないとドラゴンが攻めてくるぞって……。悪いことしたらドラゴンに食べられちゃうぞって、ドラゴンのママが、ド、ドラゴンが、ママが」
「お前の母親はドラゴンだったのか」

 何やら原因は母親が幼少期にドラゴンネタで躾をした為らしい。
 純粋なサニィのことだ。当時は思いっきり間に受けていたのだろう。
 その記憶が未だに彼女の恐怖心を煽っているようだ。

「い、いや、違いますけどでも、お母さんでも勝てないから知らないぞって」
「落ち着け。俺なら勝てる」
「で、でも、私も巻き込まれるじゃないですか! 怖いです!」
「大丈夫だ。お前も確実に強くなってる。余波では死なん」
「うそ! うそ! だって、騎士団長さんより遥かに強いって!」

 これはどうしたものか。
 レインは悩む。根本的な解決方法は実際にドラゴンに会って、意外と大丈夫だと思わせるしかないだろう。しかし、実際のところ、今のサニィでは近くにいれば余波でもギリギリなのは確かだ。
 その為にはやはり彼女を強くするしかないが、一先ずの安心方法として、自分の本気を見せておくしかないとの結論に達した。未だ彼女相手に青年は一切の本気を見せていない。
 騎士団長は少なくとも、レインの今まで見せた行動より少しだけ弱いレベルだったと言うのがサニィに中でのイメージだった。レインは地面を30m切り裂いたが、騎士団長もほぼ同等だったと記憶している。そしてそれよりも遥かに強いのがドラゴンだと言うのだ。
 ならば、それよりも圧倒的に強いことを見せてやればいい。
 しかし、それで今度は自分に対する恐怖心を持たれないかは心配だ。それがレインの唯一の心配事だった。

「じゃあ、俺がお前を守れると言う事を見せてやろう。本気を見せてやる」

 レインはそう言うと、久しくサニィの前では抜いていなかった黒い刀身に金のダマスカス文様の剣を抜く。
 決して壊れない。ただそれだけの剣。『狛の村』の勇者が全力を振るえる唯一の剣。
 それを無造作に構えると、次の瞬間、その刀身は消え去った。いや、既に振り抜かれていた。
 通り抜けるのは爽やかなそよ風。
 我流の剣術ではあるが、騎士団長に匹敵する技術。そして、それを遥かに上回る身体能力。
 そんなレインから繰り出される一撃は、ジャングルの中に一本の道を作り出した。
 茶色の地面が露出し、木々は消失し、平に均された、歩きやすそうな一本道。ちょうどその幅はいつもサニィが咲かせている花の道と同じ位で、先は見えないところまで続いている。
 延々続くその歩きやすそうな道に生えていた障害物等は、恐らく消失したことすら気づいていないだろう。なんの衝撃すらもサニィには伝わらず、それは開けていた。

「え……えーと。幻?」

 サニィが受け入れられないのも無理はない。
 勇者だったはずの魔法使いの斬撃が20m、騎士団長が30m地面を切り裂ける。
 その魔法使いの得意な魔法は斬撃ではなかったことを考えても、これは無理だ。
 それなら幻覚を見せられているという方が余程納得がいく。
 何せ、衝撃の一つもなかったのだ。優しいそよ風が吹いただけ。刀身がワープしたかと思えば道は出来ていた。
 これならば確かに、騎士団長よりも遥かに上、いや、比べること自体が間違っている。

「これが俺の全力だ。このジャングルの向こうまで道は出来ているはずだ」
「え? おかしいでしょそれ! おかしいでしょそれ!!」
「おかしくなどないだろう。魔王は全世界に呪いを撒き散らす程の力を持っているんだ。ならばそれを倒す為に修行してきた勇者の俺はこの位は出来る」

 言われてみれば確かに。
 サニィは最早そう納得するしかなかった。
 普通は魔王の討伐も、勇者一人で倒すんじゃなく、勇者のパーティで倒すはずだ。
 魔王がまだ居た時代は今よりも勇者は多かったらしいけれど、今の勇者よりも質は上だったらしいけれど、少なくともどの魔王も5人~8人の勇者が集まって倒したと伝説には書いてある。
 ただ、確かに今まで『狛の村』出身の勇者が居たという記録はないけれど。
 結局のところ、それを見たサニィの結論は簡単だった。

「なんか、あの、全然分かりません」
「ん?」
「レインさんの凄さも、ドラゴンの強さも、全然分かりません」
「恐怖感は?」
「無力感に変わりました」

 それは良いのか悪いのか。
 ともかく、新しくできた道に再び花を咲かせ始めるサニィを見る限り、完全にダメというわけでもなさそうだ。ただ、「はは、はははは」と死んだ目で笑っているのが不安ではあるものの……。
 しかしながらこの衝撃によって、サニィの中で不可能のレベルがぐんと上がったことは事実だった。
 出来ないことなどもしかしたらないのかもしれない。そんな風に、心の片隅で思い始めるきっかけとなったのがこのレインの無茶苦茶な能力を見たことだったことは、後にサニィも認めるところであった。

 ……この少女は将来世界を変えることになるのだが、今の段階ではそれを一番信じられないのはほかならぬ少女自身だっただろうけれど。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...