雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三章:少女の夢の第一歩

第二十四話:最初の一歩を踏みしめる

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「皆さん初めまして。私は『狛の村』出身の勇者、レインが弟子、サニィと申します。今日は特別講師として、皆さんの魔法の弱点を、我が師と共に見ていきたいと思います。よろしくお願いします」

 サニィは緊張のせいだろう、拡声の魔法を使いながらも非常に堅苦しい挨拶をする。
 ここはルーカス魔法学校のグラウンド。現在そこに全学生、全教授が集まり、サニィの言葉に耳を傾けていた。
 昨日のうちに今日のことは全校に伝えられており、勝手にサニィの子分となった4人は、その凄まじさを学園中の人間に言いふらしていた。
 敢えて言おう。広めていたのでなく、言いふらしていたのだと。

「マジで姉御は凄えから」「姉御に教われば超強くなれるから」「1週間であんなに強くなったらしいぜ」

 しかし、彼らは仮にも優秀な能力を持った学生達。その言いふらしは、とても効果的に働いた。

 母親が過去に会った最高の出力を持つ魔法使いは単なる勇者の能力。しかし、サニィはそうではない。新しい考え方によって魔法を強化しようと言うのだ。
 その様なことが実際にあるのならば、それは聞いてみたい。そして無いのならば、なんだ勇者か。で終わりである。
 ついでにサインでも貰って、それで終わりで良い。
 そんな感覚で、全学生、全教授はグラウンドに集まっていた。

 次いで、レインが壇上に上がる。
 実際の所、サニィの魔法を鍛えているのはレインだ。そして、彼の力が無ければ今日1日の短期講義は成功させられまい。その挨拶にいくらかの不安は付きまとうものの、サニィはそれを頼まざるを得なかった。
 そこで、いつでもそれを止められる様に、拡声の魔法はサニィが引き受けた。

「えー、諸君。俺は『狛の村』の剣士レインだ。今日は俺が諸君らの魔法に於ける弱点を見ていく。それを弟子が修正する為の案を出す。強くなりたければ素直に受け止めることだ。反発する奴はしら――」

 サニィは拡声の魔法を止める。
 このままだとレインは何を言い出すか分からない。すぐに相手を挑発する男だ。危なくなる前に止める。これが大事。
 今回はセーフだった。
 そう思い、ほっと胸をなで下ろす。

「先ずは俺たちの力を見せてやる」

 非常に良く通る声がする。
 拡声の魔法は止めた筈なのに、それと変わらないくらい、とても耳に心地よい通る声だ。
 やっぱり良い声だなあ。この男は。
 そう思った所で、サニィはハッと気が付いた。
 良く通る声?
 力を見せてやる?
 ヤバいっ……。

「蔦の牢!!!」

 その瞬間、レインの周囲に凄まじい勢いで蔦が生え、巻きつき、男を縛り上げる。
 それは見る見るうちに男の姿を覆い隠し、更に縛り、更に生え、太さを増し、男を絞め殺そうとする。そして、……グラウンドからは「おおおお!!!」と言う歓声が上がる。

 あ、やっちゃった。
 そう思った時には、既に遅かった。
 既に蔦の塊は直径3mを超えており、その硬度も植物のレベルを超えていた。
 ギチギチでは無く、ガシャガシャとすら聞こえる音がしている。金属音に近い。
 一部の学生の心情は、既に驚きを通り越して恐怖と、中の男に対する心配に変わり始めている。

「これが俺の弟子の魔法だ。そして俺はこんなものだ」

 再び良く通る、低めの、そんな良い声が聞こえたかと思うと、レインはいつもの様に何事もなかったかの様に出てきた。
 相変わらずただの化け物だ。
 しかし、まんまとレインの策に乗せられてしまった。まあ、どっちしろ魔法は見せるつもりだったからいっか。この男を止める方法なんて、結局は無いんだし。
 サニィは半ば諦めのままにそんなことを思うと、早速と準備を開始した。

 ……。

「魔法はイメージと言いますが、実際にどの様な事象が現実として起こるのかを知ることで、知らないことを補う為に使われるマナのロスを減らすことが出来ます」

 サニィは壇上で熱心に弁を振るう。

「例えば、テストに使われる水を出現させる魔法です。皆さんは何もない所から水を発生させるかと思いますが、それは間違いです。
 水は雲の様にいつも空気中に漂っていますから、それを利用します。雨を降らせるイメージをして下さい。そして、その雨を、増幅させるんです。
 同時にその2つをイメージすることによって、最初は時間がかかるかもしれませんが、一度に出せる水の量は大幅に増えると思います。
 頭の中だけでイメージするのではなく、現実に起こることをそこに追加していくんです」

 サニィの言葉の通りに、彼らはイメージをする。
 一部それによって水の量が減少する学生も居たが、概ね増量が見込めた。しかし、逆に時間がかかってしまうと言う学生は多かった。

「それは例えば、水を増やす魔法を訓練したり、雨を降らす魔法を訓練したりして下さい。両方が自然と出来る様になれば、その2つを合わせるのも簡単です。ただ、水を出現させるだけの魔法にそこまでかけて良いのかはみんな次第ですけど。あはは」

 あえて分割することによってマナのロスを無くす。ただし、速度を上げるには鍛錬が必要。
 急がば回れと言えば聞こえは良いが、今まで使えていたものが遅くなると言う感覚は、一部の学生には少しばかり不満だった様だ。
 実戦では速度も重要。一瞬の判断で何も出来ないままに殺されることも、決して珍しくはない。
それを一番よく知っているのは誰よりもサニィ自身だった。

「だから、私は常に想定してます。何か1つだけは、絶対に焦ってても使える魔法を防御魔法として覚えておくんです。私の場合はさっきの蔦の牢。人によって得意なものは違うと思いますから、それで良いです」
「それの鍛錬だけは毎日欠かすな。現実と想像の複合で強度を増した魔法を1つだけは、一瞬で使える鍛錬をしろ。ここの学生はそれが足りない。
 現実として、【優秀】だと言う4人組も、少し揺するだけで魔法が使えなかったぞ」

 二人はそう言って優秀な4人組とやらを見つめる。すると4人はでへへと笑い、「お恥ずかしいけど了解っす親分!」と威勢良く返事する。

 魔法のレパートリーが増えることは、魔法使いとして優秀な証。今までの考え方はそうだった。
 優秀な魔法使いは、蛇口が広く、マナタンクが大きく、想像力豊かなこと。
 それが今まで、一般常識だった。たった1つの魔法を何度もやったところで、蛇口が広がるわけでもない。それならば、より良い魔法を開発したい。
 そう、考えられていた。

 しかし、実際に目にしたサニィの蔦の牢。なんの変哲も無い、誰にでも出来る魔法だ。
 ずっとやり続けてきた開花から繋がるそれは、現実と合わせた想像によって、誰しもが驚愕する程の強度に達していた。
 そして、そんな人達が言う様に、意識を変えてみたら、出力が上がった。
 しかも、やればやるほどに練度は増し、出力は上がっていく。
 確かに今はまだ時間がかかるかもしれない。
 今までなら、その時点で駄目だと判断していたことも、そんな人達は鍛錬でなんとかなると言う。
 それならば、信じても良いのかもしれない。
 殆どの学生が、最終的にはそんな結論に至っていた。
 とは言え、教授達の中にはそれを素直に受け取れない者も多くいた。
 魔法のイメージは師の魔法を見て、それをイメージすることで習得する。
 それがこれまでの通例。最も効率的な方法だったからだ。

 その後もサニィは理論を織り交ぜたイメージを語り、レインは斬撃の魔法を得意としている者達に剣術からなる魔法イメージを教えた。
 この日から少しずつではあるが、サウザンソーサリスの魔法使い達は、大きく飛躍し始める。
 サニィやレインがその結果を見ることは叶わぬが、彼らはこれから確実に時間をかけて、壁を破っていく。魔法は100%才能。そのイメージは、少しずつ変わっていく。
 この日二人に出来たことは、少しばかり意識を変えることだけ。
 それでもサニィの、魔法で人の役に立ちたかったという願いは、確実に第一歩を踏み出していた。

 残り【1811→1810日】
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