雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三章:少女の夢の第一歩

第二十一話:些細なことと重要なこと

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「お前の魔法は、そんなものだ」

 その言葉は普段、他人を見下す為に言う言葉だろう。
 勝者が敗者に向かって、自分の方が上だと告げるための言葉だろう。
 しかし、今は状況が違う。
 サニィは正直なところ、落ち込めば良いのか喜べば良いのか、全く分からなかった。
 レインと修行して、確かに大幅なパワーアップはしていた。しかし、オーガ100匹と相打ちとか有り得ない。そんな化け物になった記憶などない。
 何より、いくらパワーアップした所で、レインに比べたらミジンコの様なものであることは全く変わってはいなかった。
 だから、そこまで強くはなっていない。そんな風に思っていた。
 しかも、まだレインと出会ってから1週間ほど。
 今まで18年間、そこそこの努力はしてきた。温室育ちとは言え、両親を抜かないようにしていたとは言え、そこそこ頑張ってきたつもりだった。
 それがたったの一週間で。

「複雑な気分です」

 その言葉に全てが集約されていた。
 頑張ると決めてから直ぐに、本当に一瞬にしてというレベルだ。
 そんな短期間で両親を抜くどころか、入学拒否をされるレベルまでに魔法の力が上がっている。
 これは素直に喜べることではない。
 もちろん、その一週間の修行は今までで一番大変だったけれど……。
 しかし、ルーカス魔法学校は憧れの学校だった。父親が魔法教師としてその学校の教師と同レベルであったおかげで、行く予定こそなかったものの、それが憧れない理由にはならない。

「ま、お前は天才だよ。お前の目標を目指す為、俺がお前の器を抑えていたものを取り払ってやった。その結果がこれなわけだが、不満だったか?」
「そういうわけじゃありませんけどー。感謝はしてますけどー。でもぉ」
「お前は世界を変える魔法使いになるんだろ? ……よし、明日はさっそく紙とペンを買いに行こう。いくらでも買ってやるから」
「はぁい。ありがとうございますぅ」

 頭では分かっていても、心でそれを理解することは難しい。
 18歳。この世界では大人の仲間入りをしたばかりのサニィには、まだまだそれを簡単に割り切れるほどの強さは無かった。
 その後も不機嫌なふりをしたまま、大通りから一つ逸れたところにある食堂に入る。

「いらっしゃい」
「二人だ」
「好きなところに座りな」

 割腹の良い女性店主だ。威勢の良いおばちゃんと言った感じ。
 それにレインが応答して、二人してカウンターに腰掛ける。
 すると、そのおばちゃんはサニィを眺めて、ニヤリとする。

「あら? アンタ、リーゼの娘かい? アイツと目元がそっくりだ」
「は、はい。サニィと言います」

 突然そんなことを尋ねられ、サニィはびくりとしながら返事をする。
 どうやらサニィの母親はこの街では有名人らしい。

「私はアイツのルームメイトだったのさ。よく一緒にいたずらをしたもんだ。赤ちゃんの時にアンタと会ったこともあるよ。しかし、リーゼの娘にしては大人しいね。性格は父親似かい?」
「あ、あはは。そんな風に言われます」
「はっはっは。そうかいそうかい。今日は彼氏連れでデートかい? よーし、おばちゃんが奢ってあげよう!」
「か、彼氏じゃないです。この人は……し、師匠です。今はこの人に魔法を教えてもらいながら旅してるんです!」

 豪快なおばちゃんにサニィは完全に押されている。
 そして、二人のやりとりにレインはニヤリとする。それに気づいたサニィはしまったとあわあわし始める。師等だと言ってしまったのは完全な失言だ。

「こいつの師のレインだ。『狛の村』を出ている。しかし、俺が剣士だからか、こいつはさっきルーカス魔法学校に入学拒否をされてな。少し慰めてやってくれないか」
「はっはっは。あのリーゼの娘が入学拒否かい。世の中分からんものだね」
「え、え、ええ。ちょっと色々ありまして……」
「どうやら俺が強すぎてな、自分のレベルが分からなかったらしい」
「そうかい。『狛の村』の化け物なんか相手にしてたらな。仕方ないさ。ほら、今が旬のマルタガニだよ。食べな!」

 サニィが戸惑っている間に、次々と会話は進んでいく。
 「俺が剣士だからか」の一言は明らかに余計なものだ。それさえなければ全て正しい会話なのに……。
 そんなことを思ったときには、既に巨大なカニの肉が盛り付けられていた。
 マルタガニ。ジャングルに生息する名前の通りマルタの様な足を持つカニだ。
 それを一切の遠慮無く、レインは食べながら会話の続きをする。

「【我が校に教えられることなし】だ。会場を水浸しにしちまってな。遂には教頭もぶっ倒れる始末さ」
「はっはっは。あのマリー先輩がぶっ倒れるとは、そんなこともあるもんなんだねぇ。アンタ、魔法はリーゼ譲りのお転婆かい」
「は、……ははは」

 サニィは空笑いするしかない。
 もちろん、おばちゃんはサニィが能力不足で落ちたのではないと気づいている。
 ただ、レインに乗っかって騒ぎ立てているだけだ。
 しかし、それは少なくとも、サニィの悩みを解決する為には効果を発揮した。
 そんな会話を続けているうち、次第にそんな悩みはどうでもいいやという感覚が出てきていた。
 何せ、二人は最早隠してすらいない。

「俺がオーガ100匹分って言ってんのにこいつは全然信じなくてな。わざわざ侵入者として敷地内に放り込んだんだが、攻撃を全て軽々防いでも分かってなくてな」
「はっはっは。オーガ100匹分の強さを持つ魔法使いなんて、そりゃあの学校でも受け入れられないね。自分達より遥かに優秀な相手にご高説をたれようなんざ、流石に出来はしないのさ。
 むしろ……『狛の村』出身の化け物なんて師が見つかって良かったもんだよ。そっちが大事なことなのさ。しかも色男じゃないか! もう夜は一緒したのかい? ねえサニィ!」
「あ、あはははは」

 その後も二人は深夜まで酒の一滴も飲まず盛り上がり続け、サニィはひたすらに空笑いを続けていた。
 いつしかサニィにとって、ルーカス魔法学校に入れなかったことは、些細な問題となっていた。

 残り【1813→1812日】
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