592 / 592
第六章:魔物と勇者と、魔法使い
幕間:もう手が届く位置に
しおりを挟む
ふう、と息を吐いて青年はティーカップをテーブルに置く。
ただそれだけの動作にも関わらず、青年の動作は流れるように隙がない。
それは吐息以外一切の音が出ないことからも明らかで、テーブルに置かれたばかりの紅茶が微かにも揺れていないことからもまた、明らかだった。
少しでも剣術を嗜んでいれば、それだけで青年は驚異的な技術を持っていることが理解出来るだろう。
青年は頰を軽く押さえると、一言。
「あぁ、いてえ」
そう呟いた。
見たところ、青年の頰は全く異常が無い。
それは事実で、あの時に負った怪我は10分後には魔法によって完治している。
それでも、鮮烈に記憶に刻まれたあの拳の痛みは今でもはっきりと覚えていた。
青年は過去を振り返る。
当時既に国内では敵無しで、外交があった南の大陸の強者との試合も経験していた。
大会でベスト8に残ったこともある実力者を相手に一度は敗北を喫したものの、二度目は完勝。
そのまま国内に生まれたデーモンロードクラスの亜竜であるワームにも一度の敗北後単独勝利を収め、国内では大会でのダークホースとなるだろうと期待されたのは当然のことだろう。
デーモンロードクラスと言えば、ほんの20年前までは単独勝利など不可能とされていた化け物の中の化け物。それは未だに英雄以外には破ることの出来ない記録として残っていて、同時に大会でベスト4に残ることはほとんど不可能に近いことを示していたからだ。
つまり青年は、英雄と同等の力を持って初めて大会に参加したことになる。
いや、なった、はずだった。
国内の誰もが青年のベスト4入りを期待していたし、青年自身もまたベスト4に残る自信があったのだ。
当然の様に一回戦では準英雄クラスと名高いグレーズ王妃エリスを圧倒したし、次ぐ二回戦は更に余裕を持って望むことが出来た。
そして問題だったのが、迎えた三回戦。
最強の勇者にして魔王を容認する最悪の国家の守護神であるエリザベート・ストームハートとの闘いだった。
対峙して、一目で分かる。
強いことは当然としても、明らかに自分を格下に見ていると言う事実。
負ける訳がないという慢心と、腰に装着した剣の留め金を外す素ぶりすら見せない余裕。
いや、今まで全ての試合を素手で行なって来たことは理解していた。だから剣はただの飾りで、ストームハートの本領は拳にあるのだと誰しもが思っていただろう。しかしそれもまた、実際に対峙する直前までのことだったことを、青年ははっきりと覚えている。
いざ対峙してみると、どうしようも無く理解してしまったのだ。
ストームハートの本気は剣で、拳は明らかに手を抜く為の方法なのだと。
今まで命懸けで訓練をしてきた自分に対してこの不遜な女は、手加減して相手をしてやろう、などと考えていることを。
しかしその怒りは長くは持たなかった。
開始の合図とほぼ同時、頰から今まで感じたことも無いほどの衝撃が頭の反対まで突き抜けたのを感じた時には、既に青年の体は地面に横たわっていた。
瞬間移動が出来るエリスにも対応してみせた瞬発力を持つ青年が全く対応出来ない異常な格闘術。
それだけで、ストームハートの強さがワームなど足元にすら及ばないものだと理解する。
咄嗟に立ち上がるも、目の前には再び避けられるわけも無い拳。吸い寄せられるかの様に、その拳は再び青年の顔面へとめり込むのだった。
「本当に、英雄って連中は化け物だ」
青年は呟く。
あの時はたまたま最強のストームハートと当たったものの、他の誰に当たっても似た様な結果になっていたことは、その後の大会を見届けてすぐに理解出来た。
「しかしストームハートに当たったのは僥倖だったな」
当たったのが他の英雄だったなら、もっと手順を踏まなければならなかった。
忌々しいが、いきなり最強に当たったのはむしろ運が良いと考えるべきだろう。
青年はそう考え直すことにする。
最強の座はすぐそこに見えていた。
「次はあの女の化けの皮を剥いでやる。フッ、検討は付いてるがな」
青年は、クラウスと変わらない年齢で玉座に座るアランは、そう不敵に微笑むのだった。
ただそれだけの動作にも関わらず、青年の動作は流れるように隙がない。
それは吐息以外一切の音が出ないことからも明らかで、テーブルに置かれたばかりの紅茶が微かにも揺れていないことからもまた、明らかだった。
少しでも剣術を嗜んでいれば、それだけで青年は驚異的な技術を持っていることが理解出来るだろう。
青年は頰を軽く押さえると、一言。
「あぁ、いてえ」
そう呟いた。
見たところ、青年の頰は全く異常が無い。
それは事実で、あの時に負った怪我は10分後には魔法によって完治している。
それでも、鮮烈に記憶に刻まれたあの拳の痛みは今でもはっきりと覚えていた。
青年は過去を振り返る。
当時既に国内では敵無しで、外交があった南の大陸の強者との試合も経験していた。
大会でベスト8に残ったこともある実力者を相手に一度は敗北を喫したものの、二度目は完勝。
そのまま国内に生まれたデーモンロードクラスの亜竜であるワームにも一度の敗北後単独勝利を収め、国内では大会でのダークホースとなるだろうと期待されたのは当然のことだろう。
デーモンロードクラスと言えば、ほんの20年前までは単独勝利など不可能とされていた化け物の中の化け物。それは未だに英雄以外には破ることの出来ない記録として残っていて、同時に大会でベスト4に残ることはほとんど不可能に近いことを示していたからだ。
つまり青年は、英雄と同等の力を持って初めて大会に参加したことになる。
いや、なった、はずだった。
国内の誰もが青年のベスト4入りを期待していたし、青年自身もまたベスト4に残る自信があったのだ。
当然の様に一回戦では準英雄クラスと名高いグレーズ王妃エリスを圧倒したし、次ぐ二回戦は更に余裕を持って望むことが出来た。
そして問題だったのが、迎えた三回戦。
最強の勇者にして魔王を容認する最悪の国家の守護神であるエリザベート・ストームハートとの闘いだった。
対峙して、一目で分かる。
強いことは当然としても、明らかに自分を格下に見ていると言う事実。
負ける訳がないという慢心と、腰に装着した剣の留め金を外す素ぶりすら見せない余裕。
いや、今まで全ての試合を素手で行なって来たことは理解していた。だから剣はただの飾りで、ストームハートの本領は拳にあるのだと誰しもが思っていただろう。しかしそれもまた、実際に対峙する直前までのことだったことを、青年ははっきりと覚えている。
いざ対峙してみると、どうしようも無く理解してしまったのだ。
ストームハートの本気は剣で、拳は明らかに手を抜く為の方法なのだと。
今まで命懸けで訓練をしてきた自分に対してこの不遜な女は、手加減して相手をしてやろう、などと考えていることを。
しかしその怒りは長くは持たなかった。
開始の合図とほぼ同時、頰から今まで感じたことも無いほどの衝撃が頭の反対まで突き抜けたのを感じた時には、既に青年の体は地面に横たわっていた。
瞬間移動が出来るエリスにも対応してみせた瞬発力を持つ青年が全く対応出来ない異常な格闘術。
それだけで、ストームハートの強さがワームなど足元にすら及ばないものだと理解する。
咄嗟に立ち上がるも、目の前には再び避けられるわけも無い拳。吸い寄せられるかの様に、その拳は再び青年の顔面へとめり込むのだった。
「本当に、英雄って連中は化け物だ」
青年は呟く。
あの時はたまたま最強のストームハートと当たったものの、他の誰に当たっても似た様な結果になっていたことは、その後の大会を見届けてすぐに理解出来た。
「しかしストームハートに当たったのは僥倖だったな」
当たったのが他の英雄だったなら、もっと手順を踏まなければならなかった。
忌々しいが、いきなり最強に当たったのはむしろ運が良いと考えるべきだろう。
青年はそう考え直すことにする。
最強の座はすぐそこに見えていた。
「次はあの女の化けの皮を剥いでやる。フッ、検討は付いてるがな」
青年は、クラウスと変わらない年齢で玉座に座るアランは、そう不敵に微笑むのだった。
0
お気に入りに追加
401
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(9件)
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します
カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。
そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。
それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。
これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。
更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。
ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。
しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い……
これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
かなりの間更新されてないのですが、気に入っている作品なので出来れば続きを読んでみたいです。
もちろん僕も小説は書いたことがあるので、書けないなど苦労も理解してる上で無茶なことを言っています。
もし一年後でも書けそうだと思ったら更新していただけたら本当に嬉しいです。
第2部お疲れ様でした&有難うございました!!
ネタバレしないよう、深くは触れませんが、楽しい話を有難うございました。
近況報告内のアレをアレする話…気になります笑
第3部もとても楽しみに待っていますので、よろしくお願いします!!
もちろん無理はなさらないように、お身体に気をつけて下さいね。
更新お待ちしてます!
感想ありがとうございます!
二部は結構重い話もありましたが楽しんでいただけたようで幸いです。
実は【月光】の能力って適当に決めたのですが、それがたまたま二部をつくるきっかけになったんです。
こんなこともあるので適当に能力を決めるのはやめられません(笑)
三部は新主人公ヒロインに加え一部以来のあの人なんかも登場しますのでお楽しみに!
なろうもカクヨムもよく読んでるのにこんなに面白い作品を見つけられなかった自分を叱りたいorz
80話現在、これほど魅力的な作品は本当に少ないので楽しみです。
コメントありがとうございます!
一部二部三部共にエンディングに向けて書いてますのでお楽しみください!