雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
588 / 592
第六章:魔物と勇者と、魔法使い

幕間:オリーブ

しおりを挟む
 ふう、と大きく息を吐いて剣を鞘に納める。

 宝剣『ささみ3号』は勇者ではなくなった今でも素直に従ってくれる。

 どうやら勇者の力ではなく、わたくし自身に従ってくれているらしい。



 目の前の魔物の山を見る。

 重さが無い剣のおかげで正確に急所を打ち抜けたオークレギオンの群れ約百匹が、その身を血に染めながら横たわっていた。



「オリーブ様、あまり前に出られるのは……」



 後から追いついて来たグレーズ軍の髭を蓄えた男が、渋い表情で話しかけて来た。



「ごめんなさいね。私のわがままで」



 皆が敵の最前線のオーク達を抑えている間、わたくしはその中心を押し通り、主力であるレギオンに単身突撃していった。

 一人で処理出来たから良いものの、もしもわたくしに怪我でもさせたらどうしようかと、彼はハラハラしたのかもしれない。

 理由は簡単だった。

 彼はわたくしの正体を知る軍の重役だ。

 かつてはこの国の王女で最強の勇者。しかし今は勇者ですらないただの人で、特別軍事顧問。

 そんなわたくしがもしも怪我でもしようものなら、彼は首が飛ぶとでも思ったのだろう。



 それでも無理を言って、わたくしはその作戦を遂行させてもらった。

 何故ならそれが一番効率的に敵を処理出来る方法だったのだから。



 オーク達はジェネラルの指示の下、軍を築くことがある。その配下にあるレギオンは強力に強化され、更にその影響下にあるオーク達は非常に高い統率力を得る。

 その為真正面から戦うだけでは無駄な体力と時間の浪費が多くなり、レギオンに辿り着く頃には一対一では軽く蹴散らせる勇者達であっても苦戦してしまうことが多々あるのだった。

 だからこそジェネラルから倒せればそれが理想なのだけれど、そうはいかない。

 オーク達の中には魔法使いも混ざっており、遠隔攻撃も器用に撃ち落とされることがあるし、中心を押し通ろうとすれば、最前線以外の全てのオーク達の敵意がそちらに向くことになる。

 何故なら魔物達は習性として真っ先に勇者を狙うのだから。



 そんな時、わたくしは一般人だった。

 彼ら魔物にとっては殆ど気配のない、ただの人。

 だからこそ中心を無理に通り抜けたところで気付く者はその付近にいた者だけで、統率されているとしても全体にその敵意が広がることはない。

 つまり、一人でレギオン達を倒せる戦力を持った一般人がいれば、その人を突撃させることによって大幅に戦力を削ぐことが出来るのだった。



 もちろんそんなことが可能な一般人など、普通は存在しないのだけれど。



「……あまり無茶をされると困ります。私も五人の子どもがいますので」



 責任は自分が取ることになる、と暗に男は言った。

 それでも、わたくしは止まる気は無かった。



「大丈夫よ。私が死んでも誰もあなたを責めないわ。国王に言ってあるもの」



 現国王はわたくしの可愛い弟だ。今の年齢で可愛いと言ったら怒られるのかもしれないけれど、血を分けた弟なのだから仕方ない。

 そんな弟にお願いをしてあるのだから、わたくしがどれだけ無茶をしたとして、それを止められなかった彼が責められることはあり得ない。

 それでも、彼は心配な様子だった。



「貴女は、何故戦うのですか?」



 もう十分過ぎるほどに役目を果たしたはずなのに。

 そんな意味を込めた様に、彼は尋ねて来た。

 だからわたくしはこう答える。



「それはきっと、私が馬鹿だからでしょうね」



 言いながら、死体の先を見る。

 オークジェネラルが、遠くからこちらを見ていた。

 今のわたくしでは、一対一では決して勝てない化け物。

 それを見て、髭の彼は溜め息を吐く。



「息子の為、師の為、妹分の為、世界の為、色々あるとは思いますが、もう貴女の出番は終わりですよ」



 わたくしを押し退けて、ジェネラルに対峙した。

 勇者の中でも一流を超えるとその膂力は一般人では逆らいようもなく、後ろに数歩ふらふらと下がってしまう。

 その背中を柔らかく受け止める感触があった。

 振り返ると、軍で何度も稽古を付けてあげた女の子がわたくしを支えていた。

 どうやら後ろのオーク達は全て処理して追いついて来たらしく、人が壁の様に並んでいた。

 最前線は作戦通りの配置のまま、誰一人怪我をした様子もない。

 わたくしを受け止めた女の子は言った。



「オリーブ様のお陰で誰一人怪我をせずにここまでやって来れました。後はお任せください」



 それを聞いて緊張が解けてしまったのだろうか、急に脚に力が入らなくなって座り込んでしまう。

 勇者ではなくなってから随分と軟弱になったものだと思いながら、彼女達の戦いを見守るのだった。



 ――。



 ジェネラルを仕留めたのは、先程わたくしを受け止めてくれた女の子だった。

 まだ若いのに、かなりの才能がある。

 その戦いは堅実で、まるでかつてのわたくしを見ているかの様だった。

 とても素直で、基本に忠実な剣。

 基本の大切さをとてもよく理解していて、努力を怠らない可愛い勇者。



 そんな彼女を自分に重ねていると、どうしても思い出すことがある。



 クラウスの、最愛の息子の剣のこと。

 どんな勇者とも違う、傷付くことを恐れない剣のこと。

 クラウスの剣は、彼らと同じだった。

 今は魔人と呼ばれる、狛の村の人達。

 体内にあるマナは真逆のはずなのに、その剣の残虐さは全くと言って良いほど変わらない。

 彼らが振るうのは、本質的に人を殺す為の剣。



 そう、クラウスは狛の村の人々ととてもよく似ている。

 それこそクラウスを育てる為にエイミーさんが立ち上げた新たな狛の村の子達を参考にした程に。

 彼らの経験を元に、クラウスを立派に育て上げることが出来たと自称できるくらいには、クラウスは狛の村の人々と近しい本能を持っていた。



 彼ら新しい狛の村の子達が苦しい経験をしてくれたお陰でクラウスは良い子に育ってくれたのだから、彼らには感謝している。



 だから、息子一人の為に多くの傷付いた人々を良しとするのだから、わたくしはその罪を償う為にもやっぱり最前線で戦わないといけない。

 それで少しでも傷付く人を減らす為、なんていう矛盾を感じながらも。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...