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第六章:魔物と勇者と、魔法使い
幕間:エイミー
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聖太子様が南の大陸へ来たと聞いて、直ぐに会いに行こうと考えた。
聖女様と鬼神の一人息子にして、彼女達と同じく世界の運命を背負った救世主。
彼女達の死後、一国の王女様だった英雄が代理で産むことになった、何も知らされない可哀想な王子様。
出来れば自分が産みたかったところだったけれど、聖女様があの王女様を選んだのだから仕方がなかった。
流石に一信者と聖女様の義妹とでは格が違いすぎる。だからそれは諦めていたのだけれど、結局それからもずっと、会うことさえ叶わなかったのだ。
世界には、問題が多過ぎた。
その典型的な事例が、魔人の誕生。
かつて狛の村と呼ばれた村で子どもを作ることで魔物の特性を受け継ぎ、強靭な肉体を持つ子どもが生まれる。
狛の村の人々が皆快活な人々だったことから、それはまるで問題のないことだと思われていた。
狛の村の人々は純粋な人でなくアンデッドに近い存在なのだということを、誰一人として知らなかったのだ。
だからきっちりと聖女様の魔法書には、その危険性が明記されていた。それにも関わらず、人々はこぞって狛の村で子どもを作ったのだった。
問題は直ぐに表面化した。
彼らは生まれて数年も経つと、すぐに凶暴性に目覚めてしまった。
『不壊の月光』という宝剣によってかつて祖先達が人間だということを思い出していた狛の村の人々と違い、魔人として生まれた子ども達は、文字通り魔人として生まれることを願われていた。
つまり彼らに、月光の力は届かなかったのだ。
それを知ったのは、魔王となった鬼神を討伐してから、少し経った頃だった。
――。
その晩も聖女様の魔法書の鬼神に対する文章を消す様な落書きをしている馬鹿者に制裁を加えていると、少し離れた場所から悲鳴が聞こえた。
悲鳴というよりは断末魔に近いそれはとても弱々しく、魔法で聴覚を強化している為にようやく聞こえた程度のもの。
視界を飛ばしてそちらを見てみると、胸に包丁が刺さった女性が倒れ、その側で男が子どもの首を絞めながら喚いている場面だった。
たまにある犯罪だ。
きっと男が妻を殺し、息子をも手にかけようとしているのだろう。
ならばその男を捕まえれば、今ならばなんとか子どもだけは間に合うだろう。
そう思って走り出したところ、近所の人々が既に家の中に入り込んで行くのが見えた。
男の暴力はもしかしたら日常的なものだったのかもしれない。
いずれにせよ、これで少し時間が出来た。
そんな風に、楽観的に考えていた。
被害者だと思っていた子どもが、引き離された父親の胸に母から引き抜いた包丁を突き入れて逃走を始めるまでは。
子どもの年齢は五歳程度。
何をどう考えても、自分の親を殺すことなどあり得ない。
それなら彼は夫婦の子どもではないのかとも考えてみたけれど、「両親を殺すなんて……」と呟く大人達の声が聞こえてきて、状況が分からなくなった。
何が起こっているのかも把握出来ないままに、取り敢えずその子どもを追い掛けることにした。
両親はどうやっても助けられないことは明白だったから仕方なく置いておいて。
何が理由があるのなら、それを聞けば何かしらの妥協案くらいは思い付くのかもしれない。
切迫しながらもどこかそんな楽観的な考えがその時の脳裏には浮かんでいたことを後悔したのは、子どもの様子をその目でしっかりと確認した時のことだった。
真っ暗な路地裏に、その子どもは膝を抱えて蹲っていた。
血に濡れた包丁は反対の石壁に突き刺さっていて、子どもがただの五歳児ではないことが直ぐに理解出来る。
何より、子どもは大粒の涙を流しながらこう呟いていた。
「殺しちゃった……。殺しちゃった……。お母さん、どうやれば死ぬのかちゃんと分かった。お父さんも、確実に心臓を貫いた。……我慢できなかった。ずっと我慢出来てたのに。お母さんは大丈夫だよって言ってたのに……。ふふふ」
一見すれば、精神に異常がある様に見える。
しかし多くの悪人を裁いて来た身からすれば、その子どもの様子は、単純に異常を持った犯罪者とは少し違う様子だった。
明らかに悲しんでいる。明らかに後悔している。
やりたくなかったことをどうしてもやってしまって、どうしたら良いのか分からなくて悩んでいる。
何よりも、いつかそうなることが分かっていたかの様に、こう呟いたのだ。
「ぐすっ、まちを出ないと。勇者に見つかったらまた殺しちゃう」
そんな子どもの様子を見て直ぐに声をかけられなかったことが、エイミーの最大の後悔だった。
――。
それから二十年程が過ぎて、少し前。
クラウスがドラゴンと戦うという知らせを受けて、エイミーは直ぐさま英雄達に相談をした。
魔人の子達を救いたいから、クラウスに会いたいという願い。
今までは村の子達に殆ど付きっ切りで、日帰りで悪人を捌くことしか出来なかった。
おかげで神出鬼没で捕まえられない魔法使いなどと言われてきたけれど、旅を続けるクラウスを追いかけるとなると簡単には見つけられない。
数日間村を空けるとなると、エレナクラスの精神魔法で彼らの殺意をなだめることが必要だった。
だからこそ、場所が分かっている今回はチャンスだと考えたのだった。
英雄達はエイミーの相談に、珍しくも快く対応してくれた。
ただし、直接会うのはクラウスが危ないからダメだという条件付きで。
予定通りマナが覚醒してドラゴンを倒すと、エイミーは当初の目的通りクラウスに囁いた。
大陸の南東に行くと良い、と。
何も無い土地と言われているけれど、面白いものがある。
そんな風に。
もちろん英雄達の予測は当たっていて、思わず飛び出そうとしたところをエリーに止められたし、エレナに精神魔法をかけられた。しかも容赦ない彼女には100m以内に近づくと死ぬ呪いだと脅されて。
結果的に目的は達成したものの、異常なフラストレーションが溜まってしまった。
そうしてエレナに誘われたのが、村はなんとかするからと言われて勧められたストレス発散の場、某大会だった。
我が教え子ながら自由過ぎるとは思ったものの、エイミーはその提案を受けることになる。
結局その大会で今度は欲望を抑える魔法をかけられるのは分かっていたけれど、教え子のエレナは悪いことはしないことも分かっていた。
エイミーにとって今は友人で、かつて教え子だった精神魔法のスペシャリスト。誰よりも愛に貪欲が故に、エイミーの願いに最も共感してくれる英雄がエレナなのだから。
こうして聖太子様クラウスと欲望を抑えられたエイミーはようやく対面することになった。
エイミーの様々な感情は揺れに揺れながら、それでも、彼女は誰よりも平和を願っている一人であることは確かだった。
何故ならかつて聖女を救えなかった後悔、魔王戦に参加出来なかった後悔、何百人と生まれた魔人の子どもの内、たった32人しか救えなかった後悔を持っているから。
そして、今でも呪いに悩まされ、聖女とその子どもに縋ろうとしている情けない自分に、心底嫌気がさしていたから。
だから彼女は覚悟を決めて、こう呟いた。
「あの子達と聖太子様が幸せに暮らせる世の中が出来るのなら命は要らない」
死を想像して冷や汗をだらだらと流しながら、今日も殉狂者と呼ばれた魔法使いは、真なる聖女への信仰を目指してその身を捧げようとしている。
聖女様と鬼神の一人息子にして、彼女達と同じく世界の運命を背負った救世主。
彼女達の死後、一国の王女様だった英雄が代理で産むことになった、何も知らされない可哀想な王子様。
出来れば自分が産みたかったところだったけれど、聖女様があの王女様を選んだのだから仕方がなかった。
流石に一信者と聖女様の義妹とでは格が違いすぎる。だからそれは諦めていたのだけれど、結局それからもずっと、会うことさえ叶わなかったのだ。
世界には、問題が多過ぎた。
その典型的な事例が、魔人の誕生。
かつて狛の村と呼ばれた村で子どもを作ることで魔物の特性を受け継ぎ、強靭な肉体を持つ子どもが生まれる。
狛の村の人々が皆快活な人々だったことから、それはまるで問題のないことだと思われていた。
狛の村の人々は純粋な人でなくアンデッドに近い存在なのだということを、誰一人として知らなかったのだ。
だからきっちりと聖女様の魔法書には、その危険性が明記されていた。それにも関わらず、人々はこぞって狛の村で子どもを作ったのだった。
問題は直ぐに表面化した。
彼らは生まれて数年も経つと、すぐに凶暴性に目覚めてしまった。
『不壊の月光』という宝剣によってかつて祖先達が人間だということを思い出していた狛の村の人々と違い、魔人として生まれた子ども達は、文字通り魔人として生まれることを願われていた。
つまり彼らに、月光の力は届かなかったのだ。
それを知ったのは、魔王となった鬼神を討伐してから、少し経った頃だった。
――。
その晩も聖女様の魔法書の鬼神に対する文章を消す様な落書きをしている馬鹿者に制裁を加えていると、少し離れた場所から悲鳴が聞こえた。
悲鳴というよりは断末魔に近いそれはとても弱々しく、魔法で聴覚を強化している為にようやく聞こえた程度のもの。
視界を飛ばしてそちらを見てみると、胸に包丁が刺さった女性が倒れ、その側で男が子どもの首を絞めながら喚いている場面だった。
たまにある犯罪だ。
きっと男が妻を殺し、息子をも手にかけようとしているのだろう。
ならばその男を捕まえれば、今ならばなんとか子どもだけは間に合うだろう。
そう思って走り出したところ、近所の人々が既に家の中に入り込んで行くのが見えた。
男の暴力はもしかしたら日常的なものだったのかもしれない。
いずれにせよ、これで少し時間が出来た。
そんな風に、楽観的に考えていた。
被害者だと思っていた子どもが、引き離された父親の胸に母から引き抜いた包丁を突き入れて逃走を始めるまでは。
子どもの年齢は五歳程度。
何をどう考えても、自分の親を殺すことなどあり得ない。
それなら彼は夫婦の子どもではないのかとも考えてみたけれど、「両親を殺すなんて……」と呟く大人達の声が聞こえてきて、状況が分からなくなった。
何が起こっているのかも把握出来ないままに、取り敢えずその子どもを追い掛けることにした。
両親はどうやっても助けられないことは明白だったから仕方なく置いておいて。
何が理由があるのなら、それを聞けば何かしらの妥協案くらいは思い付くのかもしれない。
切迫しながらもどこかそんな楽観的な考えがその時の脳裏には浮かんでいたことを後悔したのは、子どもの様子をその目でしっかりと確認した時のことだった。
真っ暗な路地裏に、その子どもは膝を抱えて蹲っていた。
血に濡れた包丁は反対の石壁に突き刺さっていて、子どもがただの五歳児ではないことが直ぐに理解出来る。
何より、子どもは大粒の涙を流しながらこう呟いていた。
「殺しちゃった……。殺しちゃった……。お母さん、どうやれば死ぬのかちゃんと分かった。お父さんも、確実に心臓を貫いた。……我慢できなかった。ずっと我慢出来てたのに。お母さんは大丈夫だよって言ってたのに……。ふふふ」
一見すれば、精神に異常がある様に見える。
しかし多くの悪人を裁いて来た身からすれば、その子どもの様子は、単純に異常を持った犯罪者とは少し違う様子だった。
明らかに悲しんでいる。明らかに後悔している。
やりたくなかったことをどうしてもやってしまって、どうしたら良いのか分からなくて悩んでいる。
何よりも、いつかそうなることが分かっていたかの様に、こう呟いたのだ。
「ぐすっ、まちを出ないと。勇者に見つかったらまた殺しちゃう」
そんな子どもの様子を見て直ぐに声をかけられなかったことが、エイミーの最大の後悔だった。
――。
それから二十年程が過ぎて、少し前。
クラウスがドラゴンと戦うという知らせを受けて、エイミーは直ぐさま英雄達に相談をした。
魔人の子達を救いたいから、クラウスに会いたいという願い。
今までは村の子達に殆ど付きっ切りで、日帰りで悪人を捌くことしか出来なかった。
おかげで神出鬼没で捕まえられない魔法使いなどと言われてきたけれど、旅を続けるクラウスを追いかけるとなると簡単には見つけられない。
数日間村を空けるとなると、エレナクラスの精神魔法で彼らの殺意をなだめることが必要だった。
だからこそ、場所が分かっている今回はチャンスだと考えたのだった。
英雄達はエイミーの相談に、珍しくも快く対応してくれた。
ただし、直接会うのはクラウスが危ないからダメだという条件付きで。
予定通りマナが覚醒してドラゴンを倒すと、エイミーは当初の目的通りクラウスに囁いた。
大陸の南東に行くと良い、と。
何も無い土地と言われているけれど、面白いものがある。
そんな風に。
もちろん英雄達の予測は当たっていて、思わず飛び出そうとしたところをエリーに止められたし、エレナに精神魔法をかけられた。しかも容赦ない彼女には100m以内に近づくと死ぬ呪いだと脅されて。
結果的に目的は達成したものの、異常なフラストレーションが溜まってしまった。
そうしてエレナに誘われたのが、村はなんとかするからと言われて勧められたストレス発散の場、某大会だった。
我が教え子ながら自由過ぎるとは思ったものの、エイミーはその提案を受けることになる。
結局その大会で今度は欲望を抑える魔法をかけられるのは分かっていたけれど、教え子のエレナは悪いことはしないことも分かっていた。
エイミーにとって今は友人で、かつて教え子だった精神魔法のスペシャリスト。誰よりも愛に貪欲が故に、エイミーの願いに最も共感してくれる英雄がエレナなのだから。
こうして聖太子様クラウスと欲望を抑えられたエイミーはようやく対面することになった。
エイミーの様々な感情は揺れに揺れながら、それでも、彼女は誰よりも平和を願っている一人であることは確かだった。
何故ならかつて聖女を救えなかった後悔、魔王戦に参加出来なかった後悔、何百人と生まれた魔人の子どもの内、たった32人しか救えなかった後悔を持っているから。
そして、今でも呪いに悩まされ、聖女とその子どもに縋ろうとしている情けない自分に、心底嫌気がさしていたから。
だから彼女は覚悟を決めて、こう呟いた。
「あの子達と聖太子様が幸せに暮らせる世の中が出来るのなら命は要らない」
死を想像して冷や汗をだらだらと流しながら、今日も殉狂者と呼ばれた魔法使いは、真なる聖女への信仰を目指してその身を捧げようとしている。
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