雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第六章:魔物と勇者と、魔法使い

第百七十三話:呪われた魔法使い

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「つまり僕達は、この地の魔物を根絶させれば良いわけですね」

「その通り。話が早くて助かるわ」



 結論は話を聞き終わる頃には既に出ていた。

 この地がどういう地なのか考えれば、エイミーがマナの正体を知っているのならば、村の説明をする理由は一つだけ。

 何もない土地には、魔物が湧かない場所が存在しない。

 安全のカケラもない土地でしか生きられない彼らに平穏を与える方法は、せめてその場所だけでも魔物が生まれない土地へと変えることだった。

 マナが魔物を食べることでその地の循環は停止する。これから生まれる全ての魔物を食い尽くすことで、世界から魔物は居なくなる。



 それならば手始めにここから始めてみるのも良いだろうと、そう考えるのは必然のことだった。



「この地から魔物が居なくなれば、私が幻術で入ってくる人達を近付けないだけで、彼らは平穏に暮らせる。この地の代表として、お願いします」



 深く頭を下げるエイミーを見て、クラウスは二つ返事で了承するのだった。



 ――。



 三人はすぐに集落を少し離れることにした。

 マナが村人を見て美味しそうだと感じてしまうことは問題だし、村人もまたマナに対して恐怖心を覚えていることが一目瞭然だったからだ。

 何より、クラウスは勇者だった。少なくとも、クラウス自身にとっては。

 村人達の視線がマナに集中していたからこそ気付いていないものの、いつ殺意を思い出してもおかしくはない。そう考えていたからというのが一番大きな要因だった。



 集落から約300m、巨岩を一枚挟んだ位置にクラウスはテントを張りながら言った。



「監禁だなんだと聞いてたから怖かったけど、凄く優しい人じゃないか」

「いやー、それはどうかな。確かに感動したけど、私はあの人の狂ってるところも知ってるから……」



 それを手伝いながら、サラは呆れた様に答える。

 事実として、エイミーは今までクラウスへの接触を禁じられていた。

 その理由は単純に、クラウスを聖君子として崇拝しようとしていたから。

 今回接触を許可されたということは、英雄達からキツく言われいるのだと容易に想像出来る程に、エイミーは壊れている。



 だからこそ、今回の問題はサラにとっては心底意外だったし、余程の問題なのだろうと想像出来ていた。

 そんなこともあって、サラは一つの魔法を使うことにした。

 かつての誘拐事件をきっかけに父に教えて貰った、本来自己防衛の為の魔法。



 そんなことも知らず、クラウスはのほほんと言う。



「それにしても、凄く若く見えるな。エイミーさんって随分な歳なんだろう?」



 エイミーの見た目の年齢は三十代。実年齢は確か……、両親が聖女と鬼神に会った時に三十くらいだったと聞いている。



 世の中にはそういう勇者もいる。

 宿屋『漣』のアリスは英雄エリーの母親ながら、未だに十代の見た目をしている。戦闘能力のまるでない、ただそんな力を持ってしまっただけの勇者がアリスだった。

 同じく若い見た目のまま、そろそろ200歳を迎えるマルスという不老不死の英雄もいる。



 何よりクラウスの母親であるオリーブは、四十も後半にさしかかって尚、十代の騎士連中から理想だと言われる程の美貌を持っている。



 だからこそ、クラウスはのほほんとなんてことも無いように聞いてしまったのだ。



 しかし、エイミーはまるで違う。

 それの質問に対してサラはのほほんとも、呆れながらとも、どちらの感情でも答えることは出来なかった。



 どうしても、暗くなってしまう。



「先生ね、いつまでも聖女様に仕えられる様にって、魔法で肉体を改造しようとしたんだって」



 それは、魔法使いにとってどうやら禁忌だったらしい。

 誰よりも知識がある故にそれは発動してしまって。



「その結果、自分に呪いをかけちゃったんだよ、あの人」



 エイミーという魔法使いは呪われている。

 そのせいで以前の魔王討伐には参加出来なかった。それは有名な話。

 しかし自分ではなく、ヴァンパイアから受けた呪いだったはず。



「どういうことだ?」



 現役トップクラスの魔法使いから発せられるその言葉の重みは、クラウスにとっても簡単に理解で出来るもの。



「人は例え目の前に不老不死の人物が居たとしても、自分が永遠に生きることをイメージ出来ない」



 人は死ぬ。

 極一部の、今のところは歴史上で唯一マルスという例外を除いて、それは絶対のルールだった。

 それは今の英雄達をして絶対に勝てないと言われるレインですら、万能と言われた聖女ですら、変えられなかったルール。



「……不老不死の魔法を、試したのか」



 それを試したという例は、何度か聞いたことがある。しかしその成功は、年月を過ごす以外では死んでみなければ分からない。

 結果として成功者は一人も居ない。

 だからこそ、不老不死の魔法は存在しない。

 それは聖女が不可能だと言った死者蘇生と同じなのだというのが、既に常識だった。



「そう」



 サラは短く頷く。



「でも、見た目の年齢はどう見ても若いけど」



「見た目はね。でも体そのものは違う。才能があったからいけなかった。あのパパとママの先生なんだから、その実力は当然トップの一人。だから、妙な成功をしちゃった」



 早口でまくし立てる。

 妙な成功。

 それが若い姿の理由なのだと。



「既に無理なイメージが体を壊し始めてる」



 サラは村の方向とは少し違う、30度ほどズレた位置にある岩陰の方を向いて言った。



「あの人、ここ十年で何度も癌になってるんだよ。それを自分で取り除くんだけど、自分でやるには不完全だからまた再発する。一度パパがちゃんと治療をしたんだけど、それでもまたなったんだよ」



 無限に増殖する細胞。

 不老不死を目指した結果にそれが生まれたのなら、確かにある種の成功ではあるのかもしれない。

 しかしそれは、発動者を殺す成功だった。

 若ければ進行が早いと言われているそれは、ちょうど若い姿を保ってしまっているそれと合わせて、やはり呪いでしかない。



「魔法を止める訳にはいかないのか?」



 苦し紛れにクラウスは尋ねた。サラの答えが分かっていても、その魔法を使い続ける理由が分かっていても。



「老いは死への準備だから。あの人にかかってる呪い、知ってるでしょ?」



 それはかつてエイミーが、一匹のヴァンパイアにかけられた一つの呪いだ。

 かつて人々を苦しめた魔王の呪いの出来損ない。

 単純に、死に対する恐怖が増大する呪い。



 つまり、聖女様の為と銘打って、異常な死への恐怖が生み出してしまった呪いの連鎖。



「……死に対する恐怖が死を近付けてる、ってわけか」



 クラウスの言葉が真実だった。

 そこからサラは一気に言い切った。

 近くでマナが見つめていることも忘れて。



「そういうこと。

 死にたくないと願うことは、そのまま自分が死ぬということを知っているってこと。それはほんの少し間違うだけで、死にたいって意味にもなり得るんだよ。人は何故死ぬか。本能では死にたいから、ってね。

 だから才能ある魔法使いが不老不死を願うと、無限に増えながらも人を殺す細胞が生まれてしまう。それは先生が発見した新しい魔法のルール」

「……」

「それでもある程度は自分で治療出来るしパパも居るんだから、今のところはちゃんと若いままを維持できてる。でももしも少しでも体の限界を認めてしまえば、治らなくなる日は突然来るかもしれない。もちろん来ないかもしれないけど」



 クラウスは何も言えない。

 そもそも魔法使いどころか、自分にどんな力があるのかすら分かっていない未熟な勇者なのだ。

 そんな自分が何を言ったところで、どこまでも陳腐な言葉でしかない。

 それを分かっていた。



 同じ様に、マナもただ無言のまま眺めている。



「問題は……いや、なんでもない」



 何かを言いかけて、サラはクラウスの方を振り向く。そして、自分自身に言っているかの様に悲壮に言う。



「ともかくさ、魔法使いはなんでも出来るように見えてその実、何も知らなくても奇跡を起こせる勇者に比べれば、何も出来ないに等しいんだよ」



 はあ、はあ、と荒く息を吐いて、呼吸を整える。

 別にそれは勇者に対して妬みを持っているから出た言葉では無かった。

 ただ、自分が魔法使いであることが悔しい様な、そんな言葉。



 その理由は、クラウスにはまだ分からなかった。



 ――。



「ということで、流石に今回私一人で頑張るのは無理っぽいし、久しぶりに勝負しない?」



 荒かった息を整えると、サラは唐突に提案した。

 テントの設営をようやく再開しながらマナをちらりと見ると、ちょうど木剣を取り出そうとしているところ。

 大事な話をしている時には静かにしていてくれる娘が、今は素直に有り難かった。

 それを確認して、再びクラウスの方を向き直る。



「勝負?」



 クラウスは意外そうな顔をしていた。

 その理由が分からず、サラは続ける。



「うん、どっちが多くの魔物を狩ってこられるか。この地に陰のマナがどの程度残ってるのかは分からないけど、減らせるだけ減らさないとでしょ?」



「僕も戦って良いのか?」



 それは逆にサラにとって意外な質問だった。

 自分で依頼を受けておいて、戦わないつもりだったらしい。

 ただ、それは仕方ないことだった。サラも自分の頑固さくらいは理解している。

 クラウスが積極的に戦ったら説教の一つでもしたのは当然なのだから。

 だから、敢えて悔しげに言ってやる。

 それでいて、ちゃんと説教にはなる様に。



「仕方ないもん。あんな話を聞いたら、彼らに平穏を与えてあげるのは親の義務でしょ?」



 きょとんとするクラウス。

 そして、マナを見て。



「親……ね。確かに。それじゃ、遠慮なく勝たせて貰うよ」



 全ての事件の元凶は、娘だった。

 何も知らなかった始まりの剣が、何もかもを間違えた結果だ。

 彼女を娘とするのなら、やらなければならないことがある。



 そうしてサラは笑顔で答えた。



「うん。私だって負けないから」



 ――。



 そうして、集落から30度ほどズレた岩陰、サラは今度こそ呆れた様に言った。



「ということで先生。マナをよろしく頼むね」
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