雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第六章:魔物と勇者と、魔法使い

第百七十話:何もない土地

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 何もない土地。

 南の大陸南東部に広がるそう呼ばれている一帯には、魔物が生まれない空間が存在しない。

 何処に魔物が生まれるかも分からない上に、資源も乏しい為に立ち入る理由そのものが無い。

 それでも好奇心旺盛な冒険者の一部はその地に立ち入ると、本当にそうなのかと何かを探し始める。

 その結果、多くの冒険者達が恐怖に晒されて引退することになった。



 何もないというのは本当に何もない訳ではなく、恐怖の食人族が住んでいる為に立ち入ってはならない、というものだった。



 そんな都市伝説的な噂が立ち始めたのは、実はここ15年程のことだった。



 噂が立ち始めたのは魔法使いの台頭と共に冒険が容易になったことが理由だと言われている。

 それ以前は立ち入る人物はすぐに何もないことを理解し帰還するか、二度と帰らないか。

 どちらにせよ、行く価値が無い場所にわざわざ命懸けで行く様な奇特な人物は非常に少なかったのだ。

 しかし魔法使いの急激な成長によって飲食料、周辺警戒が楽になると、まるでピクニックにでも行くかの様な気持ちで何もない土地に立ち入る者が増え始めた。



 その結果立ち始めた噂が、何もない土地の食人族の噂だった。

 どれほど腕に自慢があった勇者も魔法使いも誰しもが逃げ出したことから、そこに生息する食人族は一流の勇者すら凌駕する程に強い。

 最終的に五十を超える被害者が出て立ち入りを禁止されるまで、好奇心でその場に立ち入る者達は後を絶たなかったと言われている。



 ――。



 南東部の入り口には、小さな村があった。

 村の奥からは高さ5m程の巨大な塀が左右に見えなくなるまで続いており、なかなかの威圧感を放っていた。

 南東部へは北は巨大な山々、南は海に遮られ、平坦な入り口は現在ではこの村一つとなっている。

 村は魔物が生まれる極わずかなスペースに作られていて、その奥にある入り口を四人の衛兵が守っていた。



「やっぱり入り口には兵がいるのか」

「そりゃ、立ち入り禁止だからね」

「なんで立ち入り禁止なのに、入り口があるんだ?」

「そりゃ、極々一部の人は入って良いからよ」



 クラウスの問いにさらりと答えると、サラは衛兵達の元へと歩き出した。

 するとその姿を認めた衛兵達が一斉にサラへと礼をする。



「お待ちしておりましたサラ様。これより先は危険地帯ですので、これより護衛の兵を呼んで参ります」



 既に連絡が行っていた様で、一人が丁寧な物腰で言う。



「ご苦労様です。護衛は大丈夫ですよ」

「いくら強いとはいえ魔法使い一人では……」



 その自信に若干圧されながらも兵の青年は渋る姿勢を見せると、サラは視線を後ろに移しながら言う。



「大丈夫です。私にはもう強い護衛が居ますから。あそこの彼はクラウス。自称うちのパパより強い、勇者です」



 サラに釣られてその後ろを見れば、そこに立っているのは五歳位の人形の様な少女と手を繋いだ青年。



「は?」



 兵は思わずそんな疑問の声を出してしまう。

 少女と手を繋いだ青年が装備している剣はそこらに売っている量産品の様で宝剣の様にも見えない。

 青年自身は鍛えてはいる様だけれど、優れた剣士なのに何処にでもある量産品を持っているのは些か不可解だった。



 何より英雄よりも強いという青年の名前、クラウスなどという名前は聞いたことすらない。



 すると、その不思議な青年はゆっくりと門の方へと歩きながら困った様な顔を見せた。



「サラ、その言い方はやめてくれないか」

「あははは、冗談。でも、私より遥かに強いのはもちろん、グレーズのエリスさんに一手で勝った実績があるのは本当ですよ」

「は、はあ」



 サラの自信満々の様子に、もう一度兵はじっくりとクラウスを見る。

 その立ち姿から、瞳までチェックする様にゆっくりと。



「しかし…………ッ!」



 兵とクラウスの瞳が合った瞬間だった。

 兵は思わずといった様子で武器に手をかけ、半歩足を後ろに下げると、ようやく何をしようとしたのか理解したのだろう、「ふう」と息を吐きながら姿勢を正す。



「どうかしましたか?」

「い、いえ。分かりました。認めましょう。お気をつけて」

「はーい。一週間で戻りますね」



 そうして比較的あっさりと三人は門を通過して、何もない土地へと足を踏み入れるのだった。

 後に彼ら兵達の間で、サラは死神を連れていると噂されるのはまた、別の話。



 ――。



 何もない土地は、その名の通りただの荒野の様に見えた。

 見渡す限り大小様々な岩と疎らに生えた草木。



「これが何もない土地か。何というか、本当にただの荒野だね」

「まあ、資源も乏しいって話だからね。私もよく知らないけど」



 何もない土地に立ち入ってから半日。

 クラウスとサラがそんな感想を言い合いながら歩いていると、ふとマナが呟いた。



「なんか、おいしそうなにおいがするよ」



 それはいつものマナとは少しだけ違う様子で、遠くの方をじっと見つめている。



「におい?」

「うん、まもの、かなあ?」

「なるほど。でも姿は見えないな」



 自信なさげな様子にクラウスも視線をマナが向いている方に向けてみるが、何も見えない。

 それどころか、生き物の気配すらクラウスには感じ取ることが出来なかった。



「けっこうとおいとおもう。あっち。いっぱいいる」

「いっぱいか。サラ、どうだ?」

「んー、周囲には結構魔物いるよ。でもかなりの小物しか居ないかな。怯えちゃって襲いかかっても来ない。あっちには……まだ見えないかな」



 どうやらマナが指すものはサラにも感知するのは不可能な様で、困惑の様子を見せた。



「取り敢えず行ってみるか。噂の食人族かもな」

「うん。倒せる限りは私がやるからね」

「了解」

「んー、おいしそう」



 そうして三人は見える範囲の魔物を倒しながら、マナが指す方向へと向かうのだった。



 それから約一日半。

 マナが指す方向を見て、サラは言った。



「ん? あれ、魔物の群れは無いけど、集落があるね。普通に人がいるよ?」

「噂の食人族か?」

「普通に畑とかあるんだけど。マナ、においはあっちなの?」

「うんっ! おいしそう」

「つまり、どういうことだ?」



 クラウスの疑問から少し、サラは驚いた様に目を見開くと、納得した様に手を叩く。



「ああ、どういうことか分かったかも」



 サラはそのまま「はぁ」と息を吐くと、今度は少し落ち込んだ様に声のトーンを落とした。



「そういうことね、エイミー先生」
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