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第五章:最古の宝剣
第百五十六話:感情を持った剣
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「そうやって、あの剣は世界の意思なんて偽りながら師匠を殺す計画を立て始めたんだよ」
「……そういうことですか」
始まりの剣の物語。
それは世界の意思と同一で、人類の敵で、マナの本体で、そしてクラウスの中に眠るものの物語。
深くまでを初めて聞いたサラは、なんと声を出していいのかも分からずに、思わず納得した様に返してしまう。
英雄達が成そうとしていることの大きさに、クラウスが抱えているものの大きさに、思わず座り込んでしまいたくなる。
そんなサラを見て、エリーは微笑んだ。
彼女にしては珍しい、優しく悟す様な表情。
いつもオリヴィアがクラウスに見せるそれによく似ている、安心感を感じる表情だった。
「サラには私の顔、そう見えるのね。
心は折れそうになっても、やっぱり降りるつもりは無いんだね」
今まで何度問われたか分からない質問。
――クラウスのことは忘れて、普通に生きることも出来る。でも、クラウスを支えると決めたら辛い一生が待っている。それでも一緒にいるのか。
一気に説明することは出来ないから小出しにはなってしまうけれど、必ず辛くなる時は来る。とも言われた。
サラはそれに何度でも、すぐに頷いてみせた。
そしてそれは今回も。
「はい」
エリーの背後には両親もいる。
何度目か分からない、娘を誇る様に笑顔を見せる母と、苦々しい表情の父。いつも対照的ながら、二人ともサラの決断には何も言わなかった。
それもまた、今回も同じだった。
「……うん、じゃ、続けるね」
三人の意思を確認して、エリーは再び語り始める。
「アレは人間の為に人間の為にって張り切った結果、面倒くさいことに感情を持ったんだ。自分の中で何が正しいのかとか、何が間違ってるのかとか、そう言うことじゃなくてさ。内から湧き出る感情にどうしようもなくなって、師匠を殺す為にめちゃくちゃなことをし始めた」
人の身に宿り、人と同じ人生を生きて死ぬ。
最後に成そうとしていたことが、たった一本の気まぐれによって阻止された始まりの剣。
その一本の気まぐれは自身の過去を以ってその過ちを糾弾し、また責任を取る為に消えることすら許さない。
全能に近しい力を持つはずの始まりの剣にも、限界はいくらでもあるのだということをとことんまで叩き込む様に、その黒剣は何も言わずにただ存在したのだ。
始まりの欠点の特に大きな弱点は、自身が始めたことを簡単には撤回出来ない能力の融通の利かなさだということを、その時程実感したことは無いのだと、エリーは言った。
だから、戻れないのならば進むしかない。
そう考えて始まりの剣が取った行動は、人類にとってそれこそ、最悪のものだった。
「黒の魔王と、魔王の呪いですか……?」
かつては最後の魔王と呼ばれた130年前の、世界に最も影響を与えた魔王とその残滓。
黒の魔王は死の間際、世界中にある呪いを振り撒いた。
もしかかれば五年の後に必ず死ぬ。
それは裏返せば五年間は何をしても決して死なず、刻一刻と減って行く命にただ恐怖しながら死んでいく。
魔王が居なくなった世界を百年に渡って恐怖で支配した、史上最悪の呪い。
これがあるせいで、凡ゆる人々は未だに魔王を恐れている。
それこそ英雄レインが、魔王になったからという理由で英雄の座から引きずり降ろされる程度には。
「あれは、師匠を殺す為だけの布石だったんだってさ」
エリーは苛立ちを隠さずに言う。
彼女もまた、母親が呪いにかかっていた時期がある。母を守る為に強くなったにも関わらず、あと少しでその母を亡くすところだったのだ。
「……英雄レインを殺す為だけに、100年も?」
英雄レインがどれだけ強くても、人間ではないのか、という疑問が浮かぶ。
魔物と英雄のどちらの特徴も持っているとはいえ、回避を主軸とした戦いで、クラウスの様に正面から平然と受けられるわけではないのだと聞いたことがある。
それならば方法はありそうなものだと思ったところで、エリーは少しだけ頰を緩めた。
「うん。呪われた世界を創り出すことが、師匠を殺す唯一の方法だった」
英雄レインは無敵だ。
両親を含め、全ての英雄がそう口を揃える。
多分、本当はレインは呪いには罹っていなかった。もしくは、いつかのタイミングで打ち勝っていた。
だから、本当は死なない筈だったのだ。
エリーを始め、皆がそんな風に、まるで疑わずに言う。
サラはまだ、それがどういうことなのか知らない。
だから、こう尋ねてしまう。
「それは、どういうことですか?」
サラはレインを知らない。魔王も知らない。
今まで見た中で最強の勇者は目の前のエリーで、最強の魔物は先程消滅したドラゴン。
だから、それ以上だと言われても、いまいち実感が出来なかった。
「師匠の力は前に教えた通り、相対した者に打ち勝つ力だって考えられてる。そんでそれはさ、陰陽のマナが合わさった、始まりの剣の本来の性能なんだよ。つまり、普通には殺せないんだ。始まりの剣にはさ」
一瞬だけ、どういうことだろうと考える。
そして、レインが死んだ時の状況を思い出す。
レインは確か、サニィによってその身を分解して呪いを消す力に変換して、消滅した。
死後聖女の魔法書の原本にのみ現れた、呪いの解き方。
「……もしかして、聖女サニィの力って…………」
マナと語り、支配する力。
それは魔法の上位にして、イリスの上位の力。
時に世界の意思に振れ、内から湧く凶暴性に苦しんでいたとも聞いている。
「そ。アレにとっては運良く、その時代にそんな人が生まれることが分かってた。つまりさ、師匠を殺すには、愛するサニィの手で、死を条件に、勝利させれば良い。
彼女が師匠に好かれることを、ちょうど同時期に生まれるナディアさんの造形で、アレは知ってたんだよ。ナディアさんの力は本来、世界最強の男に好かれる為の力、だからね」
「もし過去に戻れるならまだ呪いに掛かる前のあの女を殺しておけば、愛されるのは私だったということですね」
カラカラという車椅子の音と共にやってきたナディアがそう茶化す。
先ほどまでクラウスの様子を見ていた彼女がそんなことを言うのだから、クラウスに大事はないのだろう。
「つまり、世界を100年も苦しめた呪いを解く為に、呪いに勝つ為に、レインさんに自ら命を落させる選択をさせたんですよ」
「いくら師匠とはいえ、他人の呪いを解くことなんか出来ない。あくまで一個人でしかない師匠の善意に付け込んだ、最悪の作戦だよ」
負けたから死ぬのではなく、勝つ為に死ぬ。
それならばレインは殺せる。
それを他ならぬ最愛の人が側に居て共に逝くのだから。
きっとそれで呪いが解けないのなら、レインは死ななかったのだろう。
しかしそれは裏を返せば、元々そうすれば必ず呪いが解ける様に仕組まれていたということ。
確かに、めちゃくちゃだった。
人を殺したくなくなったのではなかったのか。
サラ自身そう問い詰めたくもなるところだったけれど、思えば、気づけば真逆のことをしていることは人間でもよくあること。
それが感情を持つが故なのだとしたら、それに対するのもまた、感情だ。
「世界の意思の過去を知っても正面から大嫌いって言えるのは、それが理由なんですね……」
今まで聞いた始まりの剣の物語に登場する存在に、哀れではない者は一人としていない。
誰も彼もが何かを失敗して、何かを乗り越えられずに折れ、死んでいく。
目の前のエリーもまた、英雄でありながらもその一人だったのだろう。
それはまた、剣自身も。
「実の父よりも大切な人を殺されて、恨まない娘は存在しないよ。私は、人間だからね」
「人間だから、……ですか」
「そう。アレが大好きな、人間だから」
ところが、エリーの解釈は少し、サラとは違っている様だった。
「それと、私がアレを嫌ってる理由はもう一つ。
卑怯なんだよね。お姉ちゃん、……聖女サニィを半ば騙す様にして、二人の子どもをオリ姉に産ませるなんてさ。元の師匠と同じ条件を、人工的に作り出すなんてさ。月光が師匠専用の剣だって知った途端、そんなことを平然とやるなんてさ。
オリ姉は二人が大好きなんだから、受けちゃうに決まってるじゃん。全部がお姉ちゃんの意思なら良いんだけどさ、アレは自分が語りかけたって言ったんだよ。
……結局アレは、人間とは違う存在なんだよ。
だから、新しい人格のマナに、全てを預けたんだろうけどね。クラウスに、全てを任せたんだろうけどね」
どうやら始まりの剣の物語には、もう少し続きがあるらしい。
「……そういうことですか」
始まりの剣の物語。
それは世界の意思と同一で、人類の敵で、マナの本体で、そしてクラウスの中に眠るものの物語。
深くまでを初めて聞いたサラは、なんと声を出していいのかも分からずに、思わず納得した様に返してしまう。
英雄達が成そうとしていることの大きさに、クラウスが抱えているものの大きさに、思わず座り込んでしまいたくなる。
そんなサラを見て、エリーは微笑んだ。
彼女にしては珍しい、優しく悟す様な表情。
いつもオリヴィアがクラウスに見せるそれによく似ている、安心感を感じる表情だった。
「サラには私の顔、そう見えるのね。
心は折れそうになっても、やっぱり降りるつもりは無いんだね」
今まで何度問われたか分からない質問。
――クラウスのことは忘れて、普通に生きることも出来る。でも、クラウスを支えると決めたら辛い一生が待っている。それでも一緒にいるのか。
一気に説明することは出来ないから小出しにはなってしまうけれど、必ず辛くなる時は来る。とも言われた。
サラはそれに何度でも、すぐに頷いてみせた。
そしてそれは今回も。
「はい」
エリーの背後には両親もいる。
何度目か分からない、娘を誇る様に笑顔を見せる母と、苦々しい表情の父。いつも対照的ながら、二人ともサラの決断には何も言わなかった。
それもまた、今回も同じだった。
「……うん、じゃ、続けるね」
三人の意思を確認して、エリーは再び語り始める。
「アレは人間の為に人間の為にって張り切った結果、面倒くさいことに感情を持ったんだ。自分の中で何が正しいのかとか、何が間違ってるのかとか、そう言うことじゃなくてさ。内から湧き出る感情にどうしようもなくなって、師匠を殺す為にめちゃくちゃなことをし始めた」
人の身に宿り、人と同じ人生を生きて死ぬ。
最後に成そうとしていたことが、たった一本の気まぐれによって阻止された始まりの剣。
その一本の気まぐれは自身の過去を以ってその過ちを糾弾し、また責任を取る為に消えることすら許さない。
全能に近しい力を持つはずの始まりの剣にも、限界はいくらでもあるのだということをとことんまで叩き込む様に、その黒剣は何も言わずにただ存在したのだ。
始まりの欠点の特に大きな弱点は、自身が始めたことを簡単には撤回出来ない能力の融通の利かなさだということを、その時程実感したことは無いのだと、エリーは言った。
だから、戻れないのならば進むしかない。
そう考えて始まりの剣が取った行動は、人類にとってそれこそ、最悪のものだった。
「黒の魔王と、魔王の呪いですか……?」
かつては最後の魔王と呼ばれた130年前の、世界に最も影響を与えた魔王とその残滓。
黒の魔王は死の間際、世界中にある呪いを振り撒いた。
もしかかれば五年の後に必ず死ぬ。
それは裏返せば五年間は何をしても決して死なず、刻一刻と減って行く命にただ恐怖しながら死んでいく。
魔王が居なくなった世界を百年に渡って恐怖で支配した、史上最悪の呪い。
これがあるせいで、凡ゆる人々は未だに魔王を恐れている。
それこそ英雄レインが、魔王になったからという理由で英雄の座から引きずり降ろされる程度には。
「あれは、師匠を殺す為だけの布石だったんだってさ」
エリーは苛立ちを隠さずに言う。
彼女もまた、母親が呪いにかかっていた時期がある。母を守る為に強くなったにも関わらず、あと少しでその母を亡くすところだったのだ。
「……英雄レインを殺す為だけに、100年も?」
英雄レインがどれだけ強くても、人間ではないのか、という疑問が浮かぶ。
魔物と英雄のどちらの特徴も持っているとはいえ、回避を主軸とした戦いで、クラウスの様に正面から平然と受けられるわけではないのだと聞いたことがある。
それならば方法はありそうなものだと思ったところで、エリーは少しだけ頰を緩めた。
「うん。呪われた世界を創り出すことが、師匠を殺す唯一の方法だった」
英雄レインは無敵だ。
両親を含め、全ての英雄がそう口を揃える。
多分、本当はレインは呪いには罹っていなかった。もしくは、いつかのタイミングで打ち勝っていた。
だから、本当は死なない筈だったのだ。
エリーを始め、皆がそんな風に、まるで疑わずに言う。
サラはまだ、それがどういうことなのか知らない。
だから、こう尋ねてしまう。
「それは、どういうことですか?」
サラはレインを知らない。魔王も知らない。
今まで見た中で最強の勇者は目の前のエリーで、最強の魔物は先程消滅したドラゴン。
だから、それ以上だと言われても、いまいち実感が出来なかった。
「師匠の力は前に教えた通り、相対した者に打ち勝つ力だって考えられてる。そんでそれはさ、陰陽のマナが合わさった、始まりの剣の本来の性能なんだよ。つまり、普通には殺せないんだ。始まりの剣にはさ」
一瞬だけ、どういうことだろうと考える。
そして、レインが死んだ時の状況を思い出す。
レインは確か、サニィによってその身を分解して呪いを消す力に変換して、消滅した。
死後聖女の魔法書の原本にのみ現れた、呪いの解き方。
「……もしかして、聖女サニィの力って…………」
マナと語り、支配する力。
それは魔法の上位にして、イリスの上位の力。
時に世界の意思に振れ、内から湧く凶暴性に苦しんでいたとも聞いている。
「そ。アレにとっては運良く、その時代にそんな人が生まれることが分かってた。つまりさ、師匠を殺すには、愛するサニィの手で、死を条件に、勝利させれば良い。
彼女が師匠に好かれることを、ちょうど同時期に生まれるナディアさんの造形で、アレは知ってたんだよ。ナディアさんの力は本来、世界最強の男に好かれる為の力、だからね」
「もし過去に戻れるならまだ呪いに掛かる前のあの女を殺しておけば、愛されるのは私だったということですね」
カラカラという車椅子の音と共にやってきたナディアがそう茶化す。
先ほどまでクラウスの様子を見ていた彼女がそんなことを言うのだから、クラウスに大事はないのだろう。
「つまり、世界を100年も苦しめた呪いを解く為に、呪いに勝つ為に、レインさんに自ら命を落させる選択をさせたんですよ」
「いくら師匠とはいえ、他人の呪いを解くことなんか出来ない。あくまで一個人でしかない師匠の善意に付け込んだ、最悪の作戦だよ」
負けたから死ぬのではなく、勝つ為に死ぬ。
それならばレインは殺せる。
それを他ならぬ最愛の人が側に居て共に逝くのだから。
きっとそれで呪いが解けないのなら、レインは死ななかったのだろう。
しかしそれは裏を返せば、元々そうすれば必ず呪いが解ける様に仕組まれていたということ。
確かに、めちゃくちゃだった。
人を殺したくなくなったのではなかったのか。
サラ自身そう問い詰めたくもなるところだったけれど、思えば、気づけば真逆のことをしていることは人間でもよくあること。
それが感情を持つが故なのだとしたら、それに対するのもまた、感情だ。
「世界の意思の過去を知っても正面から大嫌いって言えるのは、それが理由なんですね……」
今まで聞いた始まりの剣の物語に登場する存在に、哀れではない者は一人としていない。
誰も彼もが何かを失敗して、何かを乗り越えられずに折れ、死んでいく。
目の前のエリーもまた、英雄でありながらもその一人だったのだろう。
それはまた、剣自身も。
「実の父よりも大切な人を殺されて、恨まない娘は存在しないよ。私は、人間だからね」
「人間だから、……ですか」
「そう。アレが大好きな、人間だから」
ところが、エリーの解釈は少し、サラとは違っている様だった。
「それと、私がアレを嫌ってる理由はもう一つ。
卑怯なんだよね。お姉ちゃん、……聖女サニィを半ば騙す様にして、二人の子どもをオリ姉に産ませるなんてさ。元の師匠と同じ条件を、人工的に作り出すなんてさ。月光が師匠専用の剣だって知った途端、そんなことを平然とやるなんてさ。
オリ姉は二人が大好きなんだから、受けちゃうに決まってるじゃん。全部がお姉ちゃんの意思なら良いんだけどさ、アレは自分が語りかけたって言ったんだよ。
……結局アレは、人間とは違う存在なんだよ。
だから、新しい人格のマナに、全てを預けたんだろうけどね。クラウスに、全てを任せたんだろうけどね」
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