雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第五章:最古の宝剣

始まりの五話

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 それは、物言わぬ化け物だった。

 自らは何もせず、ただ存在するだけの一本の黒剣。

 斬れ味は勇者や魔物の肉体を利用し人間が開発を始めた宝剣と比べても遥か劣り、一般的な鉄製武器の業物程度しかない。

 しかしそれでも、剣は新たに生まれた黒剣を化け物だと認識した。



 その黒剣は、例え剣が元の姿で大陸を割る一撃を放ったとしても無傷で存在し続けるだろう。

 ただひたすらに殺す事に特化した威力を持つ剣とは真逆の、ただ壊れないだけの化け物。

 ただ振り回すだけでは誰一人傷付けない、何を願おうと何も答えない、物言わぬ同類。 

 もしかしたら、それは剣の理想の姿だったのかもしれないと思ったのは、ほんの一瞬のこと。



 ――人々が争わぬ、平和な世界を作りたい。

 皆が笑顔で暮らす世界を。誰も犠牲にならない世界を。



 唐突に、剣の心中にそんな声が響き渡った。



 それがなんの声だったのか、剣は知っている。

 実際に聞いたのは呻き声だけだったけれど、それは確かに、親の声だった。

 剣を鍛え平和を願った、製作者の言葉。

 剣が覚えていたのは、願いの前半部分だけ。後半のことなど何も知らずに、ひたすらに無知なまま、剣は人々を殺し続けてきた。

 心中に響くその声は、剣の今までの存在価値を、まるごと否定するものだった。



 これから消えるのだから、気にしなければ良い。

 そんな風に考えることも出来たのだろう。

 しかし、剣にとってその声は、深く突き刺さるものだったからだ。

 自身の製作者、親とも言える一人の人間が剣に託そうとした、原初の願い。

 それがまさか、今までの剣が願いを叶えようとしてきたことの全てを否定する言葉だったのだから。



 もしもそれが幻覚の類や、剣自身の罪の意識の様なものに語りかけるものだったのなら、特になんともなかったのだろう。



 だが、剣は気付いてしまった。

 ほぼ全能と言っても良い程の力を持ってしまった為に。

 未来視に等しいことすら可能な知能を、850年もの月日の間に蓄えてしまったが為に。



 その声は、本物であると。



 声は、世界を包む不可視の肉体が黒剣に触れている辺りから直接流れてくる。

 物言わぬ化け物の、本当の力によって。



『決して元の姿を忘れない』



 そんな、徹底的に変化を否定する力を持った、化け物の影響によって。

 その声は黒剣から聞こえてくるわけではなく、自身が思い出しているに過ぎないのだと、全能に近しい剣は、気付いてしまったのだ。



 剣を否定する為に生まれた剣。



 物言わぬ化け物は、結局の所、そんな存在だった。

 しかしそれは決して、平和に対して争いを望む剣では無い。

 その化け物の最もタチの悪い部分は何か、と問われれば、それは……。



 ――。



 剣は改めて未来を視る。



 魔物を構成する側の肉体を分け与え、便宜上魔人と呼んでいた彼らは、偶然にも黒剣を作り上げてしまった関係上、その影響を強く受け、かつて人であったことを思い出している。

 黒剣が影響を与える範囲は、主に全ての魔人達だった。

 後に狛の村人と呼ばれる彼らは、剣が元の姿に戻る為に必須の生き物だ。

 それらが全て、黒剣に乗っ取られてしまったことになる。



 剣にとって必要な人物は二人。

 130年程後に生まれる最弱の魔人と、その血を受け継ぎ勇者と交配し生まれる子ども。いや、生まれる前に、死んでいく子どもの方が正確だろう。



 未来を視る。



 その子どもは、黒剣によって元気に生まれて生活している。

 勇者も魔物も関係無く、等しく世界の頂点に立つ生命体として、順調に育って行く。

 子どもは黒剣を手に持ち、勇者か魔物、どちらの為に動くのかは分からないけれど、25年も生きる頃にはどちらか片方を、無条件に葬り去るだろう。

 それはきっと、誕生システムごとの破壊。

 つまり、その子どもを野放しにしておけば、世界は勇者と人間か、魔物だけの世界へと変貌する。



 そしてそれは正に、殺戮が得意な、剣自身の本当の力だった。



 黒剣は、そうやって剣を否定する。



 ……。



 問題点は、それだけではない。

 剣が消滅する為には、その子どもに死んでもらうことが大切だった。

 親の卵子に肉体の半分の要素、魔人の力を詰め込み、受精卵には勇者側の肉体が混ざり込めば、本来なら剣の両肉体が混ざり合い、消滅する。

 幼い受精卵はそのほんの僅かな消滅の衝撃に耐え切れず、命を失うことになる。



 その幼い受精卵は、剣の肉体の両方を一度宿し、もぬけの殻となって死んだ受精卵は、本能的に生きたいと願うだろう。

 知性も何も関係無く、生まれてしまった命のルールとして、その願いは必ず発せられることになる。

 そうなれば、剣はその願いを叶えることが出来る様になる。

 剣はその肉体を使いまだ受精卵でしかない幼子に宿り、命の代わりを成せるはずなのだ。

 生きたいという願いだけでは魔人を作り出すのが精一杯だったことは実証済み。



 ならばもっと、根本的に引き寄せるものが必要だった。

 それこそが、剣の肉体消滅によって影響を受けた、虚ろな肉体と魂。

 それに引き寄せられる形で、一本には戻れないながら、二本の剣を細胞代わりに体に宿し、新たな命で生き延びることが 可能なはず。

 それは多少無茶なれど、役割分担さえすれば、体内で二つの肉体が混ざり合うことなく、一つの人体を構成出来るはず。

 それは例えば、肉と骨の様に。



 ただ、願いを叶える代償もまた、小さくはないけれど。

 宿主となった子は、生涯をかけて世界を包んでいる残りの肉体を回収する運命を背負わせてしまうけれど。

 しかし最後には、最期には。その子どもと同じくして、70年程の人生を体験した後に死ぬはずだったのだ。

 燃やされ灰になる過程で混ざり合い消滅するのは、きっと人間らしいだろう。



 剣は、勇者も魔物も全てを無かったことにして……、最後に殺してしまう一人の人間と、最期を共にするはずだったのだ。



 黒剣が出来るまでは、後にレインと呼ばれるその男が、剣の依代になり、世界をただの人間だけのものに戻すはず、……だったのだ。



 ――。



 ところがそれは、所詮黒剣が存在しない未来の出来事だ。



 黒剣が出来て改めて未来を見た剣は、混ざり合い消滅してしまうはずの肉体を、黒剣がいとも簡単に固定し共存させてしまうことを知ってしまった。

 胎内に剣の肉体を溜め込める魔人が生まれるのは、予知できる範囲では一度のみ。消滅と共に受精卵が死に至る量を蓄えられるのは、その魔人の、人生で一度のみだった。

 そして、同じ力を持つ勇者など、現れない。いや、そもそも勇者は人間だ。まともに操ることすら出来ない。



 そうして剣は黒剣の誕生によって、自ら消滅して解決することすら許されなくなってしまった。



 ここから剣は、急速に壊れていく。
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