551 / 592
第五章:最古の宝剣
第百五十話:ふたりの師匠
しおりを挟む
……。……。
時は少し遡り、ミラの村の復興も随分と進んだある日のこと、時間を見つけては村に顔を出していたグレーズ王妃エリスは、同じくエリーの元へと弟子入りしたマヤと共に剣を振るっていた。
マヤは新たに贈られた汎用型の宝剣である旭丸を手に、エリスは義父である前王と、かつての騎士団長の遺産を手にして、木剣を振るうエリーに何度も叩きのめされる。
真剣を手にしているにも関わらず木剣の相手に二人掛かりでもまるで敵わないことに悔しさを感じながらも、エリスはあることが気になっていた。
「ところでお師匠様は、実戦や大会では何故ガントレットで戦うのですか? 確かに英雄エリー様と言えば凡ゆる武器に精通してると聞き及んでいますが……」
自分達なら力不足が原因で剣を抜いてはもらえないということならば、簡単に納得が出来る。
しかしエリーの、エリザベート・ストームハートの伝説と言えば、全てが腰の剣を抜くこと無い勝利だった。
二本の剣を腰鎧に固定し、左手に装備した籠手と素の右手、両脚のみで全ての大会を優勝し、アリエルを守り、凡ゆる魔物を倒してきたのがストームハートだ。
圧倒的に強いのだから、相手を舐めていても倒せる。以前はそんな風に見えていたのだけれど、弟子入りして観察を続ける内、どうやらそうでは無い様だという結論に至った。
エリスが真剣に問うと、エリーは優しげに微笑む。
「前も言ったけど、お師匠様なんて呼び方しなくても良いんだよ。エリスはオリ姉の義妹なんだから私の妹みたいなものでもあるんだし。しかも昔の私に似てるし?」
まるでオリ姉が師匠を呼ぶ様で少し恥ずかしい、と以前言っていたのをエリスは思い出す。
しかし以前は強くなるため、自分自身に対する覚悟の意味も籠めてそう呼んでいた。
どうしたものかと考えていると、エリーは本題を思い出して言う。
「っと、それはまあ良いか。
私がガントレット、と言うかほぼ素手で戦う理由、エリスは何でだと思う?」
何故それを聞いたのか分かっているだろうに、エリーは敢えてそう問うた。
エリス自身、理由は何度も考えてみた。
何度も考えても、結論は見えなかった。
英雄エリーと言えば凡ゆる武器を得手不得手無しに使いこなし、無手格闘戦でも英雄ライラを負かしたことがある達人。
しかしそうではあっても、やはり最も多く使っていた武器は師匠の名前を冠した長剣【レイン】だったと聞いている。
きっと腰に付けた片方はその【レイン】なのだろう。
それは予測出来るものの、やはりエリスはそれを抜いた場面など一度として見たことはなく、またどんな魔物と戦った時にもその腰の剣を抜いたことは無いと聞いている。
だから、エリスはそれをエリーに聞こえる様に思考した後、はっきりと口にした。
「想像も付きません。
二本の剣を腰に固定して、敢えて素手で戦う理由など。どれだけ考えても、射程も短く攻撃能力も落ちてしまいます。不利なだけとしか思えません。
それに、お師匠が素手で戦うことで、なめられてるって感じてる方も多い様です」
それだった。
大会でのエリザベート・ストームハートに対するブーイングの酷さと言えば、ますますアルカナウィンドへの反感を強くしているのではと思える程のもので、「剣を抜けよ!」「舐めてんのか!」そんな野次が飛び交うのがいつものこと。
そんな中でも、圧倒的な強さでただの一度も膝を付くことなく優勝してしまうのだから、最後には野次を飛ばしていた者達すら全て諦めてしまう。
腰に付けている二本の剣はあの二本だから抜けないことは分かっているエリスだけれど、それを使わずとも木剣でも英雄クラスと呼ばれる自分を手玉に取れるのだから、せめて汎用品の剣くらい持ってこれば良いのでは、そんな風に思っていたこともまた事実だった。
それでもあえて素手で戦うのだから、それなりの理由があるはずだ。
「様を消す方向なんだ……。ま、いいや。そうだね、舐めているわけではないけれど、確かに不利だね。マヤはどう思う?」
答えを聞いたエリーは苦笑いをしながら、隣でぜーはーと肩で息をしている新たに育てることに決めた勇者のマヤに視線を向けた。
「ふう、ふう……。
え、えーと、私はー、んー、素手といえばライラ様というイメージです。ドラゴンと並ぶ化け物のタイタンを、ライラ様は一瞬で消しとばしたと聞いていますから。
あ、でもそれはライラ様の力が……」
疲れていたのか、頓珍漢なことを言い出すマヤにエリスは首を傾げる。
ストームハートが何故素手なのかという質問に英雄ライラを持ち出すことに意味はない。
ライラの力はダメージの移動。
本来自分へ向かうはずだったダメージを相手に押し付けることで、藍の魔王殺しの英雄達の中でもトップの攻撃能力を誇っていたライラは、直接身体が接触することをその力の条件としていた。
だからこそ英雄ライラは素手でしか戦う方法が無かっただけ。
エリーの心に関する力とは、余りにもかけ離れている。
しかしエリーはマヤの話を聞くと、何故か唐突に笑い始めた。
「あっはっは、やっぱり面白いねマヤは。エリス、そういうことだよ」
「そういうこと、と申しますと?」
何故かマヤの発言が繋がっているらしい師匠の言葉に反対側に首を傾げながらついつい尋ねてしまう。
そしてつい出てしまった質問に対する師の答えは、エリスの想定を軽々と超えるものだった。
「私がライラ」
「え?」
何故か右手の親指を立ててよく分からないことを言い始める師に、思わず間抜けな声を出してしまう。
その顔と混乱した心の中が面白かったのか、自分のことをライラだと言った師は、笑いながら言った。
「ははは。私はエリザベート・ストームハートで、エリーでしょ? それでいてアリエル・エリーゼの侍女兼護衛、ライラでもあるのよ」
「え? ん??」
一瞬、アルカナウィンドの侍女権護衛のことをライラと呼ぶ慣習でもあるのかという考えが過ぎったものの、ライラとは確かに個人を指す名前だということを思い出す。
そしてライラは20年前の藍の魔王討伐作戦で逆転の要になるものの、確かに命を落としている。
且つ、英雄達は死者を冒涜する様な馬鹿なことを口にすることを、最も嫌っている。
本当は、魔王となったレインのことを魔王と呼ぶことすら嫌がっていることを、流石にもう、知っている。
整理しきれない頭の中を察したのだろう、師はこれまでの大笑いとは違う、優しげな微笑を湛えて語り始めた。
「私はライラさんみたいに全てを反射することは不可能だけど、この右手はある程度のダメージを相手に跳ね返せる。私は右利きだし、左手には力が無いからガントレットを装備して補ってるけどね」
師は生のままの右拳と、篭手を装備した左手を交互に眺めると、近くの木へと軽く拳を放った。
バキッという音と同時、その木は明らかに動作以上のダメージを受けているのが、その凹み具合からしても手に取る様に分かる。
しかし、それがどういうことなのかは分からない。
勇者の力は基本的に膂力と一つの超常的な力のみ。本来のものとは違う使い方をしていた場合には力が増えた様に感じるけれど、元を辿ればそれは一つの力によって成されるもの。
全く性質の違う二つの力を持つことなど勇者が生まれて千年以上、ただの一度として無かったはずだった。
それは、あのレインやサニィとて、同じこと。
「えーと、どういうことかいまいち……。お師匠さ、英雄エリーの力って、心を読みある程度介入すること、ですよね?」
相手の手の内を読み、精神に働きかけることで相手を弱体化させ、そして天性の戦闘センスとレインから学んだ技術で圧倒的な強さを誇る正真正銘の天才。
それが、かつて義姉となったオリヴィアから聞いたエリーだった。
そこにダメージの転移などという戦法は存在せず、聞いたことすらない情報。
しかし目の前の木を見れば、かかっている力は明らかにかけた力の三割程は増している様だった。
この話になってから何度目か分からない混乱に頭を悩ませていると、これまでの会話の最中に息を整えたであろうマヤが、元気よく手を挙げた。
「あ、分かりました! エリー様はライラ様の力を、なんとかしてかんとか受け継ぐことが出来たんですね!?」
「え、それは不可能なのでは?」
いつもなら、何を言っているのだろうと感じてしまう荒唐無稽な結論。
しかし流石に、エリー達に聞いていたマヤの力の予測を、これまでの経験からもそろそろ信じる気にもなってくる。
しかし思わず出てしまった疑問はあるけれど、勇者の力は子どもにも遺伝することなく、生まれた時の環境と運のみだ。
それと似た様なことが出来るのは、今のところ全ての勇者の大元である一人の存在だけなのだから、それと同じ力を持つことを許される訳が無い。
普通に考えれば、そう思ってしまうのも無理からぬことだった。
元気になったマヤと、更に悩み始めたエリスを見て、師は苦笑いをする。
「あはは、マヤ正解。私はライラさんの力を、ほんの少しだけ受け継いだんだ」
「まさかお師匠さまの本当の力は、クラウス君と同じ……!?」
勇者の力を奪うことが出来る唯一の存在が、今のところはその大元であるクラウスだ。
オリヴィアの力を奪い取ったクラウスの力が、必中ではなく限りなく正確な剣になっていることから、完全には奪い取れない様子ではある様なのだけれど。
驚き一瞬の恐怖感に目を見開いたエリス。
彼女を見て、エリーは思わず吹き出した。
「ぶふっ、それは無いよエリス。私は紛れもなくただの勇者なんだから。
でも今思えば、あの時なんの迷いもなくアリエルちゃんの所に向かう決断が出来たのは、ライラさんのおかげかもしれないね。後10秒くらい遅れてたら、アリエルちゃん死んじゃう所だったし」
「えーと、それは藍の魔王討伐直後、のことでしょうか?」
「そそ。あの時の決断の早さは、私がライラさんだったからってことだと思うんだよね」
アルカナウィンド女王アリエル・エリーゼが藍の魔王を擁護する発言をしてすぐのこと、それを聞いて失望した過激なエリーゼ信徒の一部が暴走。
命を狙われた所にストームハートと名乗る竜の仮面の人物が突然現れ、エリーゼ女王を助け瞬く間に場を鎮圧したという話は有名だ。
その時から素手だった様子から、エリーとエリザベート・ストームハートを同一視する人物は少なかったとも聞いている。
しかし、だからと言ってエリーがライラでもあるという理由にはなっていない。
「んん? ますます意味が……」
本日何度目か、首を捻って悩み始めるエリスの頭をぽんぽんと撫でると、エリーは真剣な表情になった。
今までの修行の中でも見たことがない、自身が無さげな、真剣な表情へ。
「……そうだな、そろそろ、この世界の行く末を、あなた達にもちゃんと知っておいてもらった方が良いのかも知れない。
もしも私が失敗すれば全てが終わりの計画を。
自分の弱さに甘えて弟子に心情を吐露するのは、情けない様な気もしちゃうけれど……」
それは親しい友人が、自分に悩みを打ち明けたあの時に似ている様だと、エリスは思った。
その空気の重さに、口の軽いマヤすら、息を呑む。
きっと二人は師を信頼しているのだろう。
いつの間にか姿勢を正して、本気で聞き入るつもりになっていた。
それを確認して、英雄エリーは語りだす。
「ま、簡単に言うとね、私の力って――」
……。
「つまり、やっぱり月光は、師匠の為の剣、なんだよね」
「……その剣の力は、元の姿を忘れない。でもお師匠は……なるほど、そういうことですか」
「え? どう繋がるのか私には全然分かりませんよ? エリー様? エリス様?」
いつも無条件に真実に辿り着くマヤは、どうやら考えなければ分からないことを理解することは、苦手な様だった。
時は少し遡り、ミラの村の復興も随分と進んだある日のこと、時間を見つけては村に顔を出していたグレーズ王妃エリスは、同じくエリーの元へと弟子入りしたマヤと共に剣を振るっていた。
マヤは新たに贈られた汎用型の宝剣である旭丸を手に、エリスは義父である前王と、かつての騎士団長の遺産を手にして、木剣を振るうエリーに何度も叩きのめされる。
真剣を手にしているにも関わらず木剣の相手に二人掛かりでもまるで敵わないことに悔しさを感じながらも、エリスはあることが気になっていた。
「ところでお師匠様は、実戦や大会では何故ガントレットで戦うのですか? 確かに英雄エリー様と言えば凡ゆる武器に精通してると聞き及んでいますが……」
自分達なら力不足が原因で剣を抜いてはもらえないということならば、簡単に納得が出来る。
しかしエリーの、エリザベート・ストームハートの伝説と言えば、全てが腰の剣を抜くこと無い勝利だった。
二本の剣を腰鎧に固定し、左手に装備した籠手と素の右手、両脚のみで全ての大会を優勝し、アリエルを守り、凡ゆる魔物を倒してきたのがストームハートだ。
圧倒的に強いのだから、相手を舐めていても倒せる。以前はそんな風に見えていたのだけれど、弟子入りして観察を続ける内、どうやらそうでは無い様だという結論に至った。
エリスが真剣に問うと、エリーは優しげに微笑む。
「前も言ったけど、お師匠様なんて呼び方しなくても良いんだよ。エリスはオリ姉の義妹なんだから私の妹みたいなものでもあるんだし。しかも昔の私に似てるし?」
まるでオリ姉が師匠を呼ぶ様で少し恥ずかしい、と以前言っていたのをエリスは思い出す。
しかし以前は強くなるため、自分自身に対する覚悟の意味も籠めてそう呼んでいた。
どうしたものかと考えていると、エリーは本題を思い出して言う。
「っと、それはまあ良いか。
私がガントレット、と言うかほぼ素手で戦う理由、エリスは何でだと思う?」
何故それを聞いたのか分かっているだろうに、エリーは敢えてそう問うた。
エリス自身、理由は何度も考えてみた。
何度も考えても、結論は見えなかった。
英雄エリーと言えば凡ゆる武器を得手不得手無しに使いこなし、無手格闘戦でも英雄ライラを負かしたことがある達人。
しかしそうではあっても、やはり最も多く使っていた武器は師匠の名前を冠した長剣【レイン】だったと聞いている。
きっと腰に付けた片方はその【レイン】なのだろう。
それは予測出来るものの、やはりエリスはそれを抜いた場面など一度として見たことはなく、またどんな魔物と戦った時にもその腰の剣を抜いたことは無いと聞いている。
だから、エリスはそれをエリーに聞こえる様に思考した後、はっきりと口にした。
「想像も付きません。
二本の剣を腰に固定して、敢えて素手で戦う理由など。どれだけ考えても、射程も短く攻撃能力も落ちてしまいます。不利なだけとしか思えません。
それに、お師匠が素手で戦うことで、なめられてるって感じてる方も多い様です」
それだった。
大会でのエリザベート・ストームハートに対するブーイングの酷さと言えば、ますますアルカナウィンドへの反感を強くしているのではと思える程のもので、「剣を抜けよ!」「舐めてんのか!」そんな野次が飛び交うのがいつものこと。
そんな中でも、圧倒的な強さでただの一度も膝を付くことなく優勝してしまうのだから、最後には野次を飛ばしていた者達すら全て諦めてしまう。
腰に付けている二本の剣はあの二本だから抜けないことは分かっているエリスだけれど、それを使わずとも木剣でも英雄クラスと呼ばれる自分を手玉に取れるのだから、せめて汎用品の剣くらい持ってこれば良いのでは、そんな風に思っていたこともまた事実だった。
それでもあえて素手で戦うのだから、それなりの理由があるはずだ。
「様を消す方向なんだ……。ま、いいや。そうだね、舐めているわけではないけれど、確かに不利だね。マヤはどう思う?」
答えを聞いたエリーは苦笑いをしながら、隣でぜーはーと肩で息をしている新たに育てることに決めた勇者のマヤに視線を向けた。
「ふう、ふう……。
え、えーと、私はー、んー、素手といえばライラ様というイメージです。ドラゴンと並ぶ化け物のタイタンを、ライラ様は一瞬で消しとばしたと聞いていますから。
あ、でもそれはライラ様の力が……」
疲れていたのか、頓珍漢なことを言い出すマヤにエリスは首を傾げる。
ストームハートが何故素手なのかという質問に英雄ライラを持ち出すことに意味はない。
ライラの力はダメージの移動。
本来自分へ向かうはずだったダメージを相手に押し付けることで、藍の魔王殺しの英雄達の中でもトップの攻撃能力を誇っていたライラは、直接身体が接触することをその力の条件としていた。
だからこそ英雄ライラは素手でしか戦う方法が無かっただけ。
エリーの心に関する力とは、余りにもかけ離れている。
しかしエリーはマヤの話を聞くと、何故か唐突に笑い始めた。
「あっはっは、やっぱり面白いねマヤは。エリス、そういうことだよ」
「そういうこと、と申しますと?」
何故かマヤの発言が繋がっているらしい師匠の言葉に反対側に首を傾げながらついつい尋ねてしまう。
そしてつい出てしまった質問に対する師の答えは、エリスの想定を軽々と超えるものだった。
「私がライラ」
「え?」
何故か右手の親指を立ててよく分からないことを言い始める師に、思わず間抜けな声を出してしまう。
その顔と混乱した心の中が面白かったのか、自分のことをライラだと言った師は、笑いながら言った。
「ははは。私はエリザベート・ストームハートで、エリーでしょ? それでいてアリエル・エリーゼの侍女兼護衛、ライラでもあるのよ」
「え? ん??」
一瞬、アルカナウィンドの侍女権護衛のことをライラと呼ぶ慣習でもあるのかという考えが過ぎったものの、ライラとは確かに個人を指す名前だということを思い出す。
そしてライラは20年前の藍の魔王討伐作戦で逆転の要になるものの、確かに命を落としている。
且つ、英雄達は死者を冒涜する様な馬鹿なことを口にすることを、最も嫌っている。
本当は、魔王となったレインのことを魔王と呼ぶことすら嫌がっていることを、流石にもう、知っている。
整理しきれない頭の中を察したのだろう、師はこれまでの大笑いとは違う、優しげな微笑を湛えて語り始めた。
「私はライラさんみたいに全てを反射することは不可能だけど、この右手はある程度のダメージを相手に跳ね返せる。私は右利きだし、左手には力が無いからガントレットを装備して補ってるけどね」
師は生のままの右拳と、篭手を装備した左手を交互に眺めると、近くの木へと軽く拳を放った。
バキッという音と同時、その木は明らかに動作以上のダメージを受けているのが、その凹み具合からしても手に取る様に分かる。
しかし、それがどういうことなのかは分からない。
勇者の力は基本的に膂力と一つの超常的な力のみ。本来のものとは違う使い方をしていた場合には力が増えた様に感じるけれど、元を辿ればそれは一つの力によって成されるもの。
全く性質の違う二つの力を持つことなど勇者が生まれて千年以上、ただの一度として無かったはずだった。
それは、あのレインやサニィとて、同じこと。
「えーと、どういうことかいまいち……。お師匠さ、英雄エリーの力って、心を読みある程度介入すること、ですよね?」
相手の手の内を読み、精神に働きかけることで相手を弱体化させ、そして天性の戦闘センスとレインから学んだ技術で圧倒的な強さを誇る正真正銘の天才。
それが、かつて義姉となったオリヴィアから聞いたエリーだった。
そこにダメージの転移などという戦法は存在せず、聞いたことすらない情報。
しかし目の前の木を見れば、かかっている力は明らかにかけた力の三割程は増している様だった。
この話になってから何度目か分からない混乱に頭を悩ませていると、これまでの会話の最中に息を整えたであろうマヤが、元気よく手を挙げた。
「あ、分かりました! エリー様はライラ様の力を、なんとかしてかんとか受け継ぐことが出来たんですね!?」
「え、それは不可能なのでは?」
いつもなら、何を言っているのだろうと感じてしまう荒唐無稽な結論。
しかし流石に、エリー達に聞いていたマヤの力の予測を、これまでの経験からもそろそろ信じる気にもなってくる。
しかし思わず出てしまった疑問はあるけれど、勇者の力は子どもにも遺伝することなく、生まれた時の環境と運のみだ。
それと似た様なことが出来るのは、今のところ全ての勇者の大元である一人の存在だけなのだから、それと同じ力を持つことを許される訳が無い。
普通に考えれば、そう思ってしまうのも無理からぬことだった。
元気になったマヤと、更に悩み始めたエリスを見て、師は苦笑いをする。
「あはは、マヤ正解。私はライラさんの力を、ほんの少しだけ受け継いだんだ」
「まさかお師匠さまの本当の力は、クラウス君と同じ……!?」
勇者の力を奪うことが出来る唯一の存在が、今のところはその大元であるクラウスだ。
オリヴィアの力を奪い取ったクラウスの力が、必中ではなく限りなく正確な剣になっていることから、完全には奪い取れない様子ではある様なのだけれど。
驚き一瞬の恐怖感に目を見開いたエリス。
彼女を見て、エリーは思わず吹き出した。
「ぶふっ、それは無いよエリス。私は紛れもなくただの勇者なんだから。
でも今思えば、あの時なんの迷いもなくアリエルちゃんの所に向かう決断が出来たのは、ライラさんのおかげかもしれないね。後10秒くらい遅れてたら、アリエルちゃん死んじゃう所だったし」
「えーと、それは藍の魔王討伐直後、のことでしょうか?」
「そそ。あの時の決断の早さは、私がライラさんだったからってことだと思うんだよね」
アルカナウィンド女王アリエル・エリーゼが藍の魔王を擁護する発言をしてすぐのこと、それを聞いて失望した過激なエリーゼ信徒の一部が暴走。
命を狙われた所にストームハートと名乗る竜の仮面の人物が突然現れ、エリーゼ女王を助け瞬く間に場を鎮圧したという話は有名だ。
その時から素手だった様子から、エリーとエリザベート・ストームハートを同一視する人物は少なかったとも聞いている。
しかし、だからと言ってエリーがライラでもあるという理由にはなっていない。
「んん? ますます意味が……」
本日何度目か、首を捻って悩み始めるエリスの頭をぽんぽんと撫でると、エリーは真剣な表情になった。
今までの修行の中でも見たことがない、自身が無さげな、真剣な表情へ。
「……そうだな、そろそろ、この世界の行く末を、あなた達にもちゃんと知っておいてもらった方が良いのかも知れない。
もしも私が失敗すれば全てが終わりの計画を。
自分の弱さに甘えて弟子に心情を吐露するのは、情けない様な気もしちゃうけれど……」
それは親しい友人が、自分に悩みを打ち明けたあの時に似ている様だと、エリスは思った。
その空気の重さに、口の軽いマヤすら、息を呑む。
きっと二人は師を信頼しているのだろう。
いつの間にか姿勢を正して、本気で聞き入るつもりになっていた。
それを確認して、英雄エリーは語りだす。
「ま、簡単に言うとね、私の力って――」
……。
「つまり、やっぱり月光は、師匠の為の剣、なんだよね」
「……その剣の力は、元の姿を忘れない。でもお師匠は……なるほど、そういうことですか」
「え? どう繋がるのか私には全然分かりませんよ? エリー様? エリス様?」
いつも無条件に真実に辿り着くマヤは、どうやら考えなければ分からないことを理解することは、苦手な様だった。
0
お気に入りに追加
401
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる