雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第五章:最古の宝剣

第百四十六話:ウアカリの真逆

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「英雄の皆さんからの依頼ということでしたら喜んでお受けします」



 翌日の朝、イリスから事情を説明されたクラウスは、その様に二つ返事で依頼を引き受けた。

 その返答には一切の逡巡も見られず、むしろ嬉々とした様子が見受けられる。

 そんな返答の瞬間僅かに、依頼主であるイリスと隣に居たサラが苦い顔をしたことにも気づかない様で、「120mか。想像もつかない大きさだな……」と相手との戦いを想像し始めている。



『やっぱり、……クラウスはそうなんですね』



 心の中でそう言葉を飛ばしたのは、サラだった。

 そんな念話の送り主は目の前の英雄イリス。



『うん……。私も今更ながら驚いたよ。ごめんね。こっちの都合にサラちゃんまで巻き込んで』

『んーん。クラウスと一緒にいると決めた時からいつかは何かがあるって覚悟はしてましたし。それにそっちの都合どころか、イリスさん達は世界のことを考えて行動してるわけですし』

『いやー、それも本来は私達で解決出来れば良かったんだけどね、面目ない』



 表面的には表情を変えないままではあるけれど、イリスは念話で頻りにそう謝った。



『それに大丈夫です。色々なことを一気に聞いてちょっと混乱はしてますけど、クラウスにはんじゃないかって思ってたのは、今日気づいたことでもないですから。むしろ私に魅力が無いんじゃないかって方が不安だったくらいなんです』



『それは大丈夫だと思うよ。実は昨日の夕方、クラウス君はサラちゃんのことを熱心に話してたからね』



 一聴すると繋がりがないサラの言葉にも、言葉の本質までをも汲み取れるイリスには全てが伝わる様で、ほんの少しだけ口角を上げる様に微笑む。

 そして少しだけ逡巡をしてから、こう、呟く様に言った。



『……クラウス君は、ウアカリの真逆だね』



 サラにとってその言葉は、非常に難しい言葉だった。

『ウアカリの真逆』

 たったそれだけの言葉に、詰め込まれている意味は途轍もなく多い。



 だから、サラは苦笑いを浮かべながら、



『あはは、浮気の心配は無いですね』



 そう、返すのだった。



 ――。



 ウアカリという国は、淫乱な女達の国だという解釈がしばしばなされている。

 訪れる男とは片っ端から肉体的な関わりを持ち、その為と言われる程の美貌を全ての国民が持っている。

 男の為の楽園。賢者アレスがそう記した様に、彼女達は文字通り男が好きだった。



 そんな中、そんなウアカリの性質を呪いと呼んだ一人のウアカリ戦士が居た。



「ウアカリっていうのは種の繁栄の本能に逆らえない下等な人類なんですよ。自らの意志など殆ど関係なく、殆どの戦士達は男を見れば発情してしまう。

 それを見て馬鹿らしいと思っていた私も例外ではなく、狂ってしまった。

 20年以上経った今でもどうしようもなく心の中に残っていて、にあの強さを求めてしまう。



 ウアカリは優秀な戦士なんて言いますけど、本当は、子孫を守る為に戦える人間が女しかいないだけの話。

 ただ、全員が勇者だっていうだけの話。



 戦場に死を求めるのは、それを美談にしなければ戦えないというだけ。



 殆どの子は自覚すらしていないだろうけれど、ウアカリに生まれるっていうのはそんな呪いを受けるってことなんですよ」



 ウアカリの英雄ナディアは、ある日そんなことを英雄達の前で語っていた。

 一人だけ異常に強い力を持ち、多くの男には惑わされることが無いながらも、たった一人の英雄にその性質から翻弄され続けてしまったウアカリの英雄。

 英雄達が魔王から人々を守った中核だと賞賛しながらも、その悲運には同情せざるを得ない人物がナディアだった。



「ウアカリという国を、私は敢えてセイの象徴と表現しますよ。性欲の方ではなく、生きる方という意味で。

 私が今生きている理由を、それで正当化させてください」



 サンダルのプロポーズに対してそうナディアが答えたことは、英雄達だけが知っている事実。



 ウアカリの周囲は魔物の出現率が非常に高く、実は魔物による死者の数は、他国に対する魔物襲撃を含めたとしても、毎年ウアカリが上位にいるということも、英雄達を除けば一部の人しか知らない事実だった。

 彼女達が皆明るく繁殖意欲旺盛な理由が恐らくその辺りにあるのだということを知っている者も、また同じくらいの人数なもの。



 ウアカリという国に住む女性達の多くは、チャンスを逃さず繁殖しては、頻発する戦いの中で短い生を終えていく。

 それを呪いと言わずしてなんと言うのか、生の象徴と表現せずになんと正当化するのか。

 英雄達にも、難しいことだった。



 ――。



 クラウスがどういう存在なのかを理解するには、サラにとっては『ウアカリの真逆』という言葉だけで十分なのだった。
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