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第四章:三人の旅
第百三十四話:男の強さが見える
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いつもはたった一人の男の訪問でも国全体が浮き足立つウアカリも、この日はまるで様子が違っていた。
ウアカリに生まれた人々は全員が女性勇者で、全員が同じ力を持っている。
その力は『男の強さを見抜くこと』
力の強弱は様々なれど、ウアカリに生まれた者達は皆、その力の影響で強く男に惹かれるという、呪いにも似た性質を持っている。
とは言え、一度戦場へと発てば彼女達は皆一様に優れた勇者として活躍していた。
英雄と呼ばれる極々一部のずば抜けた力を持つ者達を除いた場合、現在最も武力を持っている国家は彼女達ウアカリであると言って差し支えない。
なんと言っても、国民全員が勇者である国など、ウアカリを除き他にはない。
その上で個人の強さも、最低でもオーガを倒せるレベル。
一流であると言われるデーモンを倒せる者も、ごろごろと居るという水準だ。
かつてグレーズ王国内に存在した拒魔の村に比べれば流石に劣ってしまうものの、基本的には温和で男好きなだけの勇者達の国は、ずっと豊かに暮らしていた。
この日、一人の男がウアカリを訪れた。
英雄である現首長イリスは、事前に訪れる人物がどんな存在であるか、どんな血族であるか、そしてどんな対応をすれば良いのかを国民達に教えていた。
当然ながらその男の中身を知っても尚、「私が一番乗りだ」だとか、「話に聞くあの方の……」だとか、ポジティブな妄想をウアカリ達は抑えることが出来なかった。
それがどんな人物であれ、『強い男』というだけで、ウアカリ達はどうしても惹かれてしまう。
25年程前に転移魔法が開かれてこの国を訪れる者が増えて以来、女戦士達はそれを深く自覚していた。
だから今回も、かつてレインが訪れた時の様に国中が狂乱に呑み込まれるのだと、殆どのウアカリ達は疑いはしなかった。
――。
建物の影から感じる視線を、クラウスはなるべく気にしない様に歩いていた。
その視線は、簡単に言えば純粋な恐怖。
今までどの国でも感じたことの無い、純度の高い恐怖の視線だった。
勇者に怖がられることは慣れている。
慣れているけれど、一度話せばそれは軽減され、次第に打ち解けていくのがいつものパターンだった。
マナを連れる様になってからは尚更、打ち解けるのが早かった様に感じていた。
しかし今回は様子が随分と違う。
「どうやら、僕は皆を怖がらせてしまってるみたいだね」
ウアカリ達の殆どが、クラウスを見て興奮するどころか、さっと視線を逸らす。
中には膝が震え、その場から動けなくなっている者もいる程。
流石に、そこまで怯えられることを、クラウスは経験したことが無かった。
「い、いえ。素敵過ぎて困ってるんですよ?」
クラウスの右腕に絡みつく案内人が、視線を逸らしながら言う。
その体もまた、組みついて来た当初からずっと震えていた。
それがなんだか気の毒で、離れて良いと声を掛けようとした所、サラが強い口調で言い放った。
「私のクラウスなんだから、その場所変わって貰える? ほら、反対側はマナが繋いで」
絡みつく案内人を押し退け、サラが割り込んでくる。
その意図は分からなかったが、どうにも案内人はありがとうと礼をした様に、クラウスは見えたのだった。
「ねえターニャ、アレがレイン様の子どもで、エリー姐さんの弟子で、時雨流三代目なんだよね……」
物陰で、そんなことを呟いた少女が居た。
「そうだね。イリスさんの言ってた通りだったね」
ターニャと呼ばれた少女が、同じく物陰に隠れながら答える。
二人にとって、物陰に隠れるという行為は初めてだった。
ウアカリは優れた勇者で、勇敢な戦士で、戦いの中に死を求める根っからの戦闘民族。
ただひたすらに男好きなことを除けば、ウアカリは生まれつき恐怖を感じにくい民族であると言える。
例えドラゴンを目の前にしたとしても、彼女達は役割を放棄しない。
戦いの中で命を落とすことは栄誉で、それこそ恐怖を感じる呪いにでもかからなければ、四肢がもげても尚噛み付こうとする。
ふとターニャが振り返ると、物陰には何人ものウアカリが隠れていた。
その余りに異質な光景を見て、思わずこんな言葉を漏らしてしまう。
「アレは、男じゃなくて、死そのものだもんね。戦いすら成立しない、そんな気がするよ」
その男の強さが、殆どのウアカリには見えなかった。
その代わりに見えるのは、ただの死という感覚。
男の形をした死が、この日、ウアカリの中に入り込んでいた。
首長イリスから聞いていたその男への対応は、いつも通りにすること。
別にいつもの様に誘っても良いし、誘われたら付いていっても良い。普通にしている限りは、大丈夫。
そんな風に言われていた。
「イリスさんが言ってたことを守るの、難しいね。
それが男なら皆で求めるし、それが敵なら死んでも倒す。
それがいつも通り。
でも、アレは男かも知れないけど、魅力的じゃない。それに、敵でもない。
ただただ怖い……」
男の強さが見えるが故に、その男に惹かれることがあり得ないことだと少女は言う。
それに、周囲のウアカリ達は皆同じく頷いた。
――。
「ところで、あの子達ウアカリに行って大丈夫なんでしょうか」
「どういうことだい、ナディアさん?」
「いえ、クラウスはウアカリから見れば死の概念そのものみたいなものですから、パニックになるのではと、ふと思いまして」
「……それは大丈夫じゃないんじゃないか?」
「まあ、ウアカリは勇敢な戦士です。死なんて日常にありますから、大丈夫だと思いますけど」
その頃スーサリアでは、ナディアが紅茶を飲みながら、そんなことを呟いていた。
「あの冷たさが、魔王になってしまったレインさんに殺されかけた時に少し似てて、私は心地いい位でしたし」
こちらでは絶句したのは、男の方だったけれど。
ウアカリに生まれた人々は全員が女性勇者で、全員が同じ力を持っている。
その力は『男の強さを見抜くこと』
力の強弱は様々なれど、ウアカリに生まれた者達は皆、その力の影響で強く男に惹かれるという、呪いにも似た性質を持っている。
とは言え、一度戦場へと発てば彼女達は皆一様に優れた勇者として活躍していた。
英雄と呼ばれる極々一部のずば抜けた力を持つ者達を除いた場合、現在最も武力を持っている国家は彼女達ウアカリであると言って差し支えない。
なんと言っても、国民全員が勇者である国など、ウアカリを除き他にはない。
その上で個人の強さも、最低でもオーガを倒せるレベル。
一流であると言われるデーモンを倒せる者も、ごろごろと居るという水準だ。
かつてグレーズ王国内に存在した拒魔の村に比べれば流石に劣ってしまうものの、基本的には温和で男好きなだけの勇者達の国は、ずっと豊かに暮らしていた。
この日、一人の男がウアカリを訪れた。
英雄である現首長イリスは、事前に訪れる人物がどんな存在であるか、どんな血族であるか、そしてどんな対応をすれば良いのかを国民達に教えていた。
当然ながらその男の中身を知っても尚、「私が一番乗りだ」だとか、「話に聞くあの方の……」だとか、ポジティブな妄想をウアカリ達は抑えることが出来なかった。
それがどんな人物であれ、『強い男』というだけで、ウアカリ達はどうしても惹かれてしまう。
25年程前に転移魔法が開かれてこの国を訪れる者が増えて以来、女戦士達はそれを深く自覚していた。
だから今回も、かつてレインが訪れた時の様に国中が狂乱に呑み込まれるのだと、殆どのウアカリ達は疑いはしなかった。
――。
建物の影から感じる視線を、クラウスはなるべく気にしない様に歩いていた。
その視線は、簡単に言えば純粋な恐怖。
今までどの国でも感じたことの無い、純度の高い恐怖の視線だった。
勇者に怖がられることは慣れている。
慣れているけれど、一度話せばそれは軽減され、次第に打ち解けていくのがいつものパターンだった。
マナを連れる様になってからは尚更、打ち解けるのが早かった様に感じていた。
しかし今回は様子が随分と違う。
「どうやら、僕は皆を怖がらせてしまってるみたいだね」
ウアカリ達の殆どが、クラウスを見て興奮するどころか、さっと視線を逸らす。
中には膝が震え、その場から動けなくなっている者もいる程。
流石に、そこまで怯えられることを、クラウスは経験したことが無かった。
「い、いえ。素敵過ぎて困ってるんですよ?」
クラウスの右腕に絡みつく案内人が、視線を逸らしながら言う。
その体もまた、組みついて来た当初からずっと震えていた。
それがなんだか気の毒で、離れて良いと声を掛けようとした所、サラが強い口調で言い放った。
「私のクラウスなんだから、その場所変わって貰える? ほら、反対側はマナが繋いで」
絡みつく案内人を押し退け、サラが割り込んでくる。
その意図は分からなかったが、どうにも案内人はありがとうと礼をした様に、クラウスは見えたのだった。
「ねえターニャ、アレがレイン様の子どもで、エリー姐さんの弟子で、時雨流三代目なんだよね……」
物陰で、そんなことを呟いた少女が居た。
「そうだね。イリスさんの言ってた通りだったね」
ターニャと呼ばれた少女が、同じく物陰に隠れながら答える。
二人にとって、物陰に隠れるという行為は初めてだった。
ウアカリは優れた勇者で、勇敢な戦士で、戦いの中に死を求める根っからの戦闘民族。
ただひたすらに男好きなことを除けば、ウアカリは生まれつき恐怖を感じにくい民族であると言える。
例えドラゴンを目の前にしたとしても、彼女達は役割を放棄しない。
戦いの中で命を落とすことは栄誉で、それこそ恐怖を感じる呪いにでもかからなければ、四肢がもげても尚噛み付こうとする。
ふとターニャが振り返ると、物陰には何人ものウアカリが隠れていた。
その余りに異質な光景を見て、思わずこんな言葉を漏らしてしまう。
「アレは、男じゃなくて、死そのものだもんね。戦いすら成立しない、そんな気がするよ」
その男の強さが、殆どのウアカリには見えなかった。
その代わりに見えるのは、ただの死という感覚。
男の形をした死が、この日、ウアカリの中に入り込んでいた。
首長イリスから聞いていたその男への対応は、いつも通りにすること。
別にいつもの様に誘っても良いし、誘われたら付いていっても良い。普通にしている限りは、大丈夫。
そんな風に言われていた。
「イリスさんが言ってたことを守るの、難しいね。
それが男なら皆で求めるし、それが敵なら死んでも倒す。
それがいつも通り。
でも、アレは男かも知れないけど、魅力的じゃない。それに、敵でもない。
ただただ怖い……」
男の強さが見えるが故に、その男に惹かれることがあり得ないことだと少女は言う。
それに、周囲のウアカリ達は皆同じく頷いた。
――。
「ところで、あの子達ウアカリに行って大丈夫なんでしょうか」
「どういうことだい、ナディアさん?」
「いえ、クラウスはウアカリから見れば死の概念そのものみたいなものですから、パニックになるのではと、ふと思いまして」
「……それは大丈夫じゃないんじゃないか?」
「まあ、ウアカリは勇敢な戦士です。死なんて日常にありますから、大丈夫だと思いますけど」
その頃スーサリアでは、ナディアが紅茶を飲みながら、そんなことを呟いていた。
「あの冷たさが、魔王になってしまったレインさんに殺されかけた時に少し似てて、私は心地いい位でしたし」
こちらでは絶句したのは、男の方だったけれど。
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