雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:三人の旅

第百二十四話:爆弾

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 余りにも強い。

 サンダルがクラウスの鍛錬を最後まで感想は、それだった。



 形の基本はエリーがレインから学んだというそれを、クラウス自身の体格に合わせて最適化したもの。

 それに加えてグレーズ王宮の流れを受け継ぐオリヴィアの剣を理想とした思想が見える、美しい剣。



 自称才能が無い英雄であるオリヴィアはとにかく基本の鍛錬に終始余念が無く、世界で最も美しい剣と言えばオリヴィアを抜いて他に居ないだろう。



 クラウスの剣は、そんなオリヴィアの剣を才能がある者が継いだらどうなるのか、を純粋に示している様だった。



 流れる様な剣捌きに切っ先の乱れは無く、剣速はオリヴィアを優に上回る。

 ほんの僅かの硬さがオリヴィアよりも下回っている点かも知れないが、その硬さも前後一手の速度を微かに変化させることで見事にカバーしている。

 その僅かなタイミングのズレは見切るに難く、エリーの自由さを思わせる。



 つまり、それは正真正銘オリヴィアとエリーのハイブリッドの剣であると言えるだろう。

 というのが、サンダルの第一印象。



 これなら二人の剣を知っている自分ならばまだ対応出来ると思っていたのも束の間、魔物出現の報告を聞き、クラウスを連れて出かけた所で、その認識はまるで甘いものだったことに気付かされた。



「クラウス君、英雄への一歩だ。私の前であの群れを倒してみてはくれないか」



 そんな、その場で考えたばかりの台詞で魔物の討伐をさせてみると、クラウスの剣の表情は一変した。

 美しいはずの形は、敵を絶命させる為の残虐な手段に成り代わったと言っても過言ではないだろう。



 サンダルがその異常さに気付いたのは、クラウスの形には一つだけ、決定的に欠けているものがあることに気付くのと、ほぼ同時だった。



 クラウスの剣は、簡単な言葉で表すのならば、決して引かない剣だ。

 ただ、それは勇敢に相手を打ち倒す英雄の剣とはまるでかけ離れたもの。



 クラウスの完成された形から繰り広げられる剣線は的確に相手の急所を捉え、前へと踏み込む。

 すると当然敵の最中に入り込むわけで、周囲を敵に囲まれる。



 サンダル自身なら、そんな状況になった時には二つの選択肢がある。それでも止まり全ての攻撃を回避するか、一度距離を取って足の速い者から倒して行くことの二択。

 オリヴィアなら、そもそも囲まれる前に手の届く敵は全て処理を終えているだろう。

 エリーなら、きっと盾を使うだろう。



 しかしクラウスは、そのどれも選ばなかった。

 それまでと同じく剣を近くの敵へと振るうと反転。そのままその魔物を背にしてより深くへと踏み込んでいく。

 自身の体を魔物に隠し、更に囲まれたところで、背にしていた魔物の凶悪な上顎を掴み取り、来た道を塞ぎ始めた魔物へと向かって背負い投げの様に叩きつけた。

 その威力が、異常だった。



 ぶつかった二体の魔物は、それぞれデーモンよりも少し弱い程度。

 英雄レベルであればどれだけ居ようが倒すことは出来るとは言え、なるべく近付かないが鉄則の敵だ。

 肉体の強度は当然ながら殆どの勇者を超え、油断して被弾した場合、当たりどころが悪ければ英雄ですら死ぬこともあるだろう。

 英雄レベルで無ければ、安全の為にも一体を倒すのに、一流の勇者が一人は欲しい。

 そんなレベルの化け物。



 それが二匹、一切の力を使わず素手で掴みぶつけられただけで、宝剣の様な武器すら使わずに、爆ぜてミンチの様に飛び散っていった。



 それは、かつて世界二位、最高の怪力を誇っていた怪物ライラですら、難しいこと。

 彼女の勇者の力の一部である反射は、相手が強ければ強い程にダメージを上げられる力で、今クラウスが相手にしている魔物よりも遥かに強いタイタンを一撃で仕留めたことがある。

 しかしそれは怪力に合わせ、勇者の力を最大限に活かす為の鍛錬をひたすらに重ねて来た結果だ。

 ライラは決して、力を使わずデーモンクラス二匹をぶつけただけでミンチに変えてしまう様な、そこまで馬鹿げた怪力を持ってはいなかった。

 もちろん、ライラがその怪力で二匹をぶつければ絶命させることなら出来るだろう。

 ぶつけた両方の首の骨を折るくらいなら、出来るだろう。

 脳天に背中からぶつければ、貫通させることくらいなら出来るかもしれない。



 ただクラウスの様な投げた魔物の上顎を除いて粉々の、地面にクレーターを作る程の怪力は、流石にそういう力を持っていなければあり得ない。

 現状、純粋な怪力でデーモンを上回る様な勇者はライラや一部のウアカリ戦士を除けば殆ど確認されていないことを考えれば、その異常さは十分に分かるというもの。



 そんな化物が、英雄に比肩しうる様な技術を持っている。



 時にはオリヴィアを理想にした剣技を、時にはエリーから学んだ妙技を、そして時には、膂力に任せた暴力を。



 クラウスとは、そういう戦いをする怪物だった。



「なるほど、あいつの息子と言えば確かにそれらしい……」



 そう呟いて、サンダルはかつての親友を思い出す。

 勝つイメージなど全く湧かず、ひたすらにその後ろを追いかけてみたものの、遂にはその背中を見ることすら叶わず死んでいった親友。

 そんな親友とその息子は、確かに親子と言うに相応しい圧倒的な力で似通っている。



「ただ、絶対的な違いもある」



 レインは、一歩間違えば即死の戦いをしていた。

 常に敵の攻撃を避け続け、相手の隙とも言えない隙を突いて勝ちを奪うスタイル。

 それでいて生涯無敗だというのだから化け物ではあるのだが、勝ちこそ見えようがないのだが、それでも斬れば殺せる人間だった。

 呪いによって不死の体になっていても、紫の魔王に三度の致命傷を負った、人間だった。



 それに比べて、クラウスは殺せるイメージが湧かない。

 魔物の中心にあえて飛び込んで行くのは、クラウスの場合に限っては、もしもどれだけの失敗をしたとしても、油断をしたとしても、相手の攻撃によって敗北することが無いから、という様子に見える。

 デーモンを下回る程度の魔物では全ての攻撃を防いでしまう為その真価こそ分からないが、魔物の攻撃の一部を素手で防いでいることからも説得力は高く感じてしまう。



 それらのことを踏まえて、サンダルはこう結論付けた。



「なるほど。レインは確かに世界最強の人間だったが……、最上級の殺傷兵器が人間になると、こうなるのか」



 ――。



「どうでした?」



 サンダルが帰宅すると、寝室で本を読んでいたナディアはそう尋ねた。

 事前にナディアが見たクラウスの強さと、実際にサンダルが見た強さの違いが気になるのだろう。



「君は本当に、クラウス君と私が互角だと言えるのか?」



 最初に抱いた感想は、それだった。

 ここまで旅をしてきたクラウスは、既に90mクラスのドラゴンと同レベルだと言う。

 それはナディアと二人で挑んでも怪我は免れない強敵で、一人で挑んでも勝つ確率は限りなく低い。

 ナディアはそれに対して、一切の顔色を変えず答える。



「いいえ、クラウスの方が強いでしょう」

「だが、君は私なら相打ちにはなると言ったな」

「そうですね」



 それはつまり、あるルールが適用されているらしい。



「順位ってやつか」

「ええ。私が見たところ、クラウスには順位が付いていません。だから、あなたよりも1.4倍強いクラウスとあなたが戦えば、きっと相打ちですね」



 平然と、魔女は告げる。

 男の強さを正確に見抜くその力は、そろそろ順位の補正を把握し始めていた。

 勝てないはずの相手にも勝てるその力の恩恵を、サンダルもまた受けている。

 ただ、それはオリヴィアの様に絶対不可能を可能にする程のものではなく、火事場の馬鹿力に近いもの。



「はあ、私は君よりも順位が低いというのがなんだか腑に落ちないが、それならばこの大陸でそうなった時には、命をかけて君たちを守ることを誓うよ」



 クラウスの中には、爆弾が眠っている。

 今はまだクラウスに抑えられているそれも、いつしか必ず爆発する時が来る。

 それは今日かも知れないし、明日かも知れない。

 旅に出ることにしたその日を境に、いつ来てもおかしくはないその日に備えて、英雄達は準備を進めて来ていた。

 最初は旭丸に仕込んだ通信魔法で把握していた動向も、現在はサラが付いて直接五感で把握出来ている。



 ただ生きているだけでどんどん強くなる化け物であるクラウスがもしもここで爆発した時に、対抗出来る英雄は自分だ、とサンダルは宣言した。



 それは、自分の妻が魔女であることを、一時的に忘れての覚悟だった。



 だから、魔女は期待には答えない。



「ふふ、大丈夫。あなたが死んでも私がタラリアを守りますから。存分に命を投げ出して下さい」



 そんな気が抜ける返事に、英雄は苦笑いして、応えた。



「君に嫌がらせする為にも、生き延びないとな」



 そんな英雄の言葉に、魔女は投げナイフで答えたのもまた、この二人の特異なスキンシップの一つだということを、家族以外は知る由も無い。



 ――。



 そして。



「でも、クラウスはまだ大丈夫ですね。私が思うに、マナが先ですよ」



 片割れもまた、一つの爆弾を抱えている。

 それは見方によっては、人類にとっては救世主となる爆弾だけれど。
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