雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
515 / 592
第四章:三人の旅

第百十五話:頑張る子

しおりを挟む
「ねえくらうすー」

 いつもの様に元気がある時には歩きたがるマナは、今日に限っては甘える様にクラウスの袖を掴むと呼びかけて来た。
 サラと合流してからは基本的にサラに甘えることが多かった為に珍しい行動だ。
 ママを探していたという言葉通り、母親役を買って出たサラに懐くのは嬉しいけれど、少しばかりの寂しさを感じていた所での言葉にどうにも言えない喜びが込み上げて来る。

「ん、どうした?」

 そんな感動を悟られない様に答えると、マナは更にくいくいと袖を引っ張りながら言った。

「まなもけんをおしえてほしいの」

 今までも勇者になりたいとか魔法使いになりたいと言ったことはあったものの、具体的に剣を教えて欲しいと言ってきたことは初めてだ。
 最近はよく五歳から剣の修行を続けていた英雄エリーの話をしていたからだろうか、子どもは影響されやすく色々なことに興味を持つんだという実感が湧いて来る。
 それは何処となく、クラウスの父性と英雄レインへの憧れを刺激した。

 サラの方を見てみると、「良いんじゃない?」とでも言いたげに少し首を捻る。
 それは確認しただけで、クラウスの答えはもう決まっている。

「もちろん良いよ。剣を持てる様になるのは一人前になってからだけど良いかい?」

 剣というものはあくまで武器だ。
 魔物を相手にするには必須のものであっても、人に向ければ簡単に傷付け殺してしまうし、逆に殺されてしまうかもしれない。
 レインがエリーに一つのものを守れる様になれと言った様に、武力を持つにはそれ相応の覚悟が必要となる。
 ましてやまだ見た目には四歳の子ども。
 舌足らずな言動も含めて、まずは精神修行から入らなければならないことは明白。
 しかしそんなクラウスの言葉に、マナは嬉しそうに頷いた。

「うん。だいじょーぶ。まな、ちゃんとわかってるよ。まずはさらをまもれるようになるの!」

 そう意気込めば、マナは一瞬で宙に浮く。
 背後から飛びついたサラが、マナを素早く抱き上げたのだった。

「おおー、可愛い我が娘ー! 私を守ってくれるのね!」

 英雄エリーの話をした影響だろうか、そんな風に元気に言われてしまえば、サラの方がマナの味方についてしまうのも当然かもしれない。
 何にせよ、理由はともあれ覚悟は既に出来ているらしい。
 自分も同じ様な話を聞きながら剣の修行に身を入れたのだから、流石にそう言われれば納得せざるを得なかった。

「良い覚悟だ。でもサラはエリーのママと違ってめちゃくちゃ強いから守るのは大変だぞ?」

 サラに抱かれ、足をぶらんぶらんとさせながら頬擦りされて揉みくちゃにされているマナの頭に手を置きながら言えば、答えは再び笑顔で返ってきた。

「それはくらうすとまもるからだいじょーぶ!」

 その言葉はつまり、父がいるのだから母は父娘で守りたいということ。
 英雄エリーの様に唯一の肉親に必死になるわけではなく、普通に幸せな家庭の形だ。

 そんな元気な返事に、思わず吹き出してしまうクラウスとサラは、幼い娘に一本取られたと笑い合う。

 英雄エリーに憧れるマナは、レインに憧れるクラウスを立てながら自分のしたいことまで果たそうとしているのだ。
 それが考えて言った言葉なのか違うのかすら分からないけれど、マナは最早立派な『クラウスとサラの子ども』なのかもしれない。
 そんな風に、クラウスはサラと顔を見合わせて微笑み合った。

 ――。

 マナに剣の才能があるかどうかは、まだこの幼さでは全く分からない。
 身長は大体100cm。体力的にも体格的にも筋力的にも、マナは人間の力を持たない一般的な四歳児と大差が無い。
 少なくとも、まだまだ1kg程ある剣の半分の重さの木剣ですら少し重そうに持っている。
 どちらにせよ、いくら才能があったとしても、そんな一般人と変わらない状況のマナが剣で魔物を倒すのは不可能だろう。
 クラウスの見立てでは、そうだった。

 しかしそれはサラにとっては少しだけ違う様だった。

「ふんふん、頑張って私を守れる様になるんだよ、マナ」

 スーサリアに行く道中、修行を開始してからサラはいつもそんな風に嬉しそうな顔をしながらマナを見守っている。
 それはどうにも母性が目覚めたというだけでは無くて、別の意味がある様にクラウスには思えてならなかった。

「サラ、君の見立てだとマナは勇者なのか?」

 そんなサラから返って来た言葉は少し予想外で、クラウスにとっては身が引き締まる意外なものだった。

「あの子、私の魔法を見て真似してみようと思ったけど無理だったって落ち込んでたからね。魔法が使える気さえしないってさ。
 だから例え強くなれなくても、なんか頑張ってるのを見てるだけで応援したくなっちゃうの」

 その視線の先には、不恰好ながらマナ用に作ってあげた木剣を頑張って型通りに振れる様に頑張っているマナの姿があった。



 ブリジット姫と共に、スーサリアのタラリアとマナが歳の離れた生涯の友人になるのは、この時には既に決まっていたのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...