雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:三人の旅

第百九話:船の聖女

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 凄まじい突き上げがあった船内では、乗組員の魔法使いがサラに必死の酔い止めをしていた。
 今まで受けたこともない衝撃の中、役割を与えられたのは彼にとって喜ばしいこと。なんとか英雄の娘の役に立つことこそが心の拠り所となっている様子で平静を保ちながら皆に言う。

「皆さん大丈夫です! 現在サラ様とそのお付きの方が魔物を退治しています。サラ様が船の保護をなさっていますので、決して沈むことはありません。怪我の無いようしっかりと船体に捕まり、安心してお待ち下さい!」

 本人も船体にしがみ付きながら言う言葉にそれ程の説得力は無かったが、乗組員の視線の先にいる人物に目を向ければ、その言葉が正しいことなのだとすぐ気付くことになる。

 サラは、何処にも掴まらずに両目を閉じ、腰のタンバリンをリズム良く叩きながらステップを踏んでいる。
 木製の床の、その足元には小さな花が咲き始め荒れる船の中とは思えない華やかな光景が広がり始めている。

「クラウス、右からサメみたいなの六匹。皆、また衝撃来るから備えてね」

 タンバリンに残った聖女の力をフルに使いながら、サラはクラウスのサポートをしていた。
 夜の海は全く視界が存在しないと言っても過言ではない。
 そんな中でクラウスが下手に暴れれば、船体を傷付けてしまう可能性が高い。いくらサラの防御があったにしても、クラウスが本気で振るった剣は簡単には防げない。
 ましてや船酔いの酷いサラのこと、船を傷付けてしまったら後で恨み言を言われるのは目に見えていた。
 最初の船体が飛び上がる様な一撃、クラウスは魔物を船から引き離そうと、船を傷付けない様に水中に潜って一回転薙ぎ払ったに過ぎなかった。
 それでも飛び上がる様な衝撃なのだから、船内は大慌てだったことをクラウスは知らないのだけれど。

 しかし何にせよ、今となってはサラは快調だった。

 船に慣れている乗組員の酔い止めは非常に効果的で、気持ち悪さから解き放たれたサラはいつもよりも体が軽く感じる程の回復に、思わず気分が高揚してしまった。
 ついつい目を瞑りながらステップを踏む、なんていうことまでしてみせてしまって、皆が注目をしていることなどすっかりと忘れていた。

「私の探知視界の譲渡をするね。ちょっと反応は遅いかもだけどなんとかなるよね? おっけー」

 水中のクラウスと念話を通した会話をしながら、いつのまにか静かになっている船内に気付く。
 しかし視界を探知に移してそれをクラウスと共有するという高度な魔法を展開している関係上、船の中を見る様な余裕は存在しない。

「4秒後接敵。掴まって」

 言い終わり、皆が各々腕や足腰に力入れた直後、再び激しい衝撃が船内を襲う。
 上に吹き飛ぶ様だった一度目と違い、斜めに捻る様な衝撃。しかしそんな衝撃の中でも、転んだりぶつけたりして怪我をする者は居なかった。
 何故か皆体が軽く、今の自分の体重程度ならどれだけ振り回されようが手を離すことは無い。
 そんな安心感が船の中を包み込んでいた。

「ひゅー、さっすがクラウス。後はおっきいの二匹だね。今は真下に一と左下前方に一。どっちからやる? おっけ、視界を移すね」

 船の中に響くのはいつのまにか、サラのそんな軽快な言葉だけ。
 様子を見ても、言葉を聞いても、サラはもう先程まで酔って青い顔をしていた人物では無かった。
 それはまるで、当然のように勝つことが決まっているかの様な余裕だ。
 下で繰り広げられているのは生死をかけた戦いであるはずなのに。

 サラの言葉には、如何な緊張も存在してはいなかった。

「ふう、終わったね。お疲れクラウス」

 更に二度のどうともない衝撃の後、サラは全て終わったとクラウスに労いの言葉をかける。

「皆もお疲れ。重力軽減とか使ってみたけど大丈夫だった?」

 そして、ゆっくりと目を開くと人々が全員、静かにサラに注目していることに気が付いた。
 その表現は様々で、ぼうっと見つめている人から涙を流している人、驚いた表情のまま固まっている人まで。
 共通点があるとすれば、皆の感情は一様に、驚きと感動に振れていたことだろうか。

「ん? どしたの?」

 しかし、サラは特になんでも無いように尋ねる。
 それが、きっかけだった。

「あなたが聖女様の再臨というのは、本当だったのですね?」

 誰かがそんなことを言い始めれば、皆がそれに頷く。
 実際に戦ったのはクラウスなのに、皆がサラの多重魔法展開に驚き讃え始める。

 聖遺物であるたまらんタマリンに頼れば自然と足元に花が咲く。
 その為そうなるのは正直分かってはいたけれど、こういう風に持ち上げられるのは英雄の娘として生まれた時点で慣れてきたはずなのだけれど、サラはどうにもそれが釈然としなかった。

 調子を上げられたのは、乗組員の酔い止めが素晴らしかったからだ。
 必ず酔うサラよりも、酔わない乗組員の方が優秀な酔い止め魔法を発動出来るのは当然だ。
 別に指示を出さなくても、クラウスは船を無傷で守った上で魔物を簡単に全滅させられただろう。

 言ってしまえばサラは、船内の人々が怪我をしないように重力を軽減して、船の外殻を少し硬くした程度。
 正直、行った役割としては、聖女の魔法書を読み込んだ魔法使いなら誰でも出来る程度のこと。

 それでも、ただ花が咲いたというだけで、ただ余裕の表情だったと言うだけで、ただ聖遺物に頼りながら魔法の多重展開をしたというだけで、サラは唐突に讃えられ始めた。

「あ、あはは、これからも何かあったらクラウスが守ってくれるから」

 それは色々な意味で、サラに少しだけ重くのしかかる。

 ――。

 どうあがいても、自分では両親にも、ましてや聖女に勝つことは不可能だ。
 どう頑張っても、クラウスが讃えられることは無いのだろうか。
 そしていつかは失ってしまう力に、一体どれほどの価値があるのだろうか。

 それでもサラは、今は精一杯それらしく振る舞うのだった。
 本物の隣にいるために、確かに努力したものはあるのだから。
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