雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:三人の旅

幕間:ある日の二人

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 二十五年程昔の日の夜、いつもの様に焚火をして料理を作っていた所、サニィは突然思いついたかの様にこんなことを言い出した。

「ねえレインさん、もしも、もしもですよ? 私たちが呪いに罹ってなくて、普通に子どもが生まれたとしたら、どんな子だと思います?」
「そりゃ、確率的には一般人だ」

 何も考えることなく即答するレイン。
 今まで子どもに関しての話題はあえて避けてきた所に勇気を出して踏み込んでみたところでそんな反応を返されれば、流石にサニィも面白くない。

「なにそれぇ……。私たちの子どもなんですから、それこそ皆を導く慈愛溢れる救世主かも知れないじゃないですか。ほんと、レインさんは夢が無いですね」

 露骨に頬を膨らませながら、サニィはそんな『夢』を語る。
 決して叶う事のない夢だからこそ、それは一言で言って素敵なものが良いと考えるのがサニィだ。

「お前はそろそろ聖女って呼ばれるのも慣れて来たのか、言うことが壮大になってきたな……」

 しかしそんなことには気づきもせず、レインはサニィの変化の方に目を向けた。
 叶わない夢よりも、目の前の幸せを求めるのがレインなのかもしれない。

「まあ、なっちゃったものはなっちゃったで良いかな、なんて最近は思う様になってます。なんたって史上最強の勇者の隣に並ぶんですから。だから、子どもだってきっと凄い子になると思うんですよ」

 しかしサニィは今回はそんな夢の話を止めるつもりは無いらしい。
 残り短い死までの時間。
 確かに話したいことはなんでも話しておかなければ後悔した時にはもう遅い。
 そんなことを考えたか否か、レインも付き合うことに決めた。

「そうか。確かにそうだと良いかもな。鬼神とか呼ばれる男と聖女の子か。ただ生きていくだけでも大変だ」
「そういうことです。パパとママは凄いのに自分は……なんてならないよう、私はレインさんと敵対してでも子どもの味方であることを誓います」

 サニィは右手を挙げてそう宣言する。
 対してレインはそれを見て微笑んだ。

「母親としての心構えとしては正しいだろうな。子どもの痛みを真に理解出来るのは、きっと腹を痛めた母親だけだ。
 まあ、それ以前に何があってもお前も子どもも俺が守ってみせるが」

 そう言い切ったレインに、サニィは思わず目を見開いてからため息を漏らした。
 レインがそういう男なのは知っていた。
 知っていたけれど、少し位俺の味方でも居てくれ、なんてツッコミを待っていたところでそれで良いなんて答えが返ってくるとは思っていなかった。
 それはちょうど、サニィが望んでいた以上の答えだったのかもしれない。
 つい浮かれてしまった所で、現実は厳しい。

「はあ、突然格好いいこと言うのやめて下さいよ。本当に子ども欲しくなっちゃう」

 思わずそう返してしまって、レインも真面目な顔に変わる。

「そうだな。俺達は最期まで二人だ。それが決まっている以上、とりあえずは二人で幸せを歩める道を探していこうか。パッと産んでパッとオリヴィア達に預けるなんて無責任なことは出来ないしな」

 この言葉で、サニィには少しだけ魔が差していたことをレインが知るのは、二人が最後の旅に出た日のことだった。

「……そうですね。全く、聖女様は大変です」

 少しだけですから、とサニィはそのままレインに寄りかかった。


 ――。


 魔王戦から半年程経ったある日のこと、殆ど無い暇を見つけては漣へとやって来るエリーは、今日もオリヴィアの様子を見にやって来ていた。

「ねえオリ姉、私勉強苦手だから分からないんだけど、その子って結局誰の子になるの?」

 エリーは何故だか唐突にそんなことを聞き始めたかと思うと、無遠慮にオリヴィアの腹部に手を伸ばす。
 随分と大きくなったお腹には、最近正体が分かったばかりの新しい命が息づいているのか分かる。

「それはもちろん、レイン様とお姉様と、そしてわたくしの子どもですわ」
「三人の血が混ざってるってこと?」

 今まで受精卵の意味が分かっていなかったのだろうか、エリーは首を傾げながらそんなことを尋ねた。

「いいえ、遺伝子的にはレイン様とお姉様で、わたくしはこの子に栄養をあげて育てている、という形になりますわね」

「え、ってことはオリ姉が産むけどオリ姉の子どもじゃないの!?」

 本当に初めて知ったらしいエリーの反応は面白かった。
 いつも人の心が読めてしまうが故に、殆ど驚くことが無いエリーが、まさかこんな所で純粋だったとはオリヴィアも想定外だった。

「わたくしの子どもですわよ?」

 ついそれが面白くて、からかう様に答える。

「は?」

 すると返って来たのは、何言ってるんだこいつ、とでも言わんばかりの表情だった。

「その呆れた様な表情やめてくださらないかしら……。うーん、遺伝子的には確かにわたくしの子どもでは無いかも知れませんが、わたくしが産むのですからわたくしの子どもでもある、って言えば分かり易いでしょう?」

「ものは言いようだね」

 呆れた様に言うエリーに、オリヴィアもまた呆れた様に返す。

「全く、これだからエリーさんは愛を知らないお子様なのですわ。わたくしはレイン様を愛していますけれど、同じくらいお姉様のことも愛しています。そんなお二人が叶えられなかった願いをわたくしが叶えて差し上げる。これ以上の愛なんてあり得ませんわ」

 鼻息荒く力説するオリヴィアを見て、エリーは両手を挙げて降参のポーズを取る。
 確かにオリヴィアと愛について語り合って勝てる気は全くしない。

「なるほど。全然分からないけど、その熱意には納得したよ」

「……まあ良いですわ。この子にはわたくしの子どもでもあるっていう何よりの証拠もありますし」

 大きくなったお腹を愛しそうにさすりながら、オリヴィアは言う。
 それにエリーも遂に納得した様で、うんうんと頷いた。

「あぁ、そうだね。血は繋がって無くても、確かにオリ姉は入ってるわけだ」

「わたくしが言う前に心を読むのはやめてくださいな。そう、この子にはわたくしのマナの全てが入っています。だから、この子は代理母という形を取っていたとしても、確実にわたくしの子ども。わたくし達三人の子どもなのですわ」

 今回エリーがここを訪れたのも、お腹の子の経過を見る為だった。
 まだ、エリーにも子どもの心は読めないものの、順調に育っているのが分かる。
 そしてオリヴィアもまた、母としての準備を着実に進めていることが見て取れたのだから、今回はこれですべきことも終わりだ。

「そっか。それは確かにね。……良い子に育てないとね。世界の命運は、その子を良い子に出来るかどうか、私達にかかってるわけだから」

 そう覚悟を敢えて口に出して、エリーは再びオリヴィアのお腹をさすってみせる。

「ええ。レイン様とお姉様の血筋が、悪い子なわけがないですけれど」
「はいはい。親ばか親ばか」

 母になる準備をしながらも、勇者では無くなりながらも、その正体が知れてからはむしろ、まるで以前と変わらないオリヴィアの言葉に適当に返事をしつつ踵を返すと、オリヴィアはその背中を見てぽつりと呟いた。

「あれ、エリーさん。背、伸びましたわね」

 魔王を倒して以来、エリーの身長は着実に伸び始めていた。
 不変の剣である月光が力を失ったのか、もしくは魔王に自分だと分かって貰う為に身長が伸びなかったのか理由は不明なれど、魔王と互角に渡り合った英雄もまた、着実に成長を始めていた。
 オリヴィアのそんな呟きは少しだけ、嬉しそうだった。

「オリ姉は言葉遣い、直らないねえ」

 それに対して返された呟きは逆に呆れを含んでいたのもまた、いつものことだったけれど。


 ――。


 そして現在、ミラの村の復興は少しずつ行われている。
 癒えない心の傷を時間をかけて皆で慰め合いながら、ゆっくりと前に進もうとしている人々の手伝いを、クラウスもサラも、そしてマナも行っていた。
 最年少のマナはただ居るだけで癒されるということで、人見知りながらも元気に村中を走り回って元気を振りまいている。
 そんなある日の、休憩中。

「ねえクラウス」
「なんだいサラ?」
「英雄の子どもとして生まれたのって、どう思う?」

 サラは唐突にそんなことを問うた。
 幼馴染が故に、普段はクラウスにあまり質問をしないサラにしては真面目で珍しい質問だ。

「突然だね。僕は英雄を夢見てるけど、別にそれは英雄の子どもに生まれたからじゃない。母さんが英雄だって知ったのは最近だしね。
 でも、改めてそう聞かれるとそうだな……。
 僕は英雄オリヴィアの子どもで良かったと心から思うよ」

 真面目な質問だったからこそ、クラウスもまた本心で返す。
 もちろん母親が例え英雄では無かったとしてもこの答えは変わらないけれど、というのは今は置いておいて。

「へえ、それはなんで?」

 真面目な答えに、サラは興味深々と言った様子で身を乗り出してくる。

「それは、母さんが英雄オリヴィアについてはあまり語らなかったからさ」

 だから、クラウスは幼少期英雄オリヴィアのことだけをあまり知らなかった。
 一緒に居たエリーは凄いんだということをいつも聞いていたけれど、オリヴィアはどんな人だったのかを知ったのは、ここ数年のこと。
 それまでは悲劇の姫君としての物語が流れてきたりはしていたけれど、母がそのオリヴィアだと知ればその印象はがらりと変わる。

「どういうこと?」
「英雄の話をとても幸せそうにする英雄オリヴィアは、レインやサニィやエリー、もちろんルークさんにエレナさん、そして他の英雄達のことを誰よりも大切にしてたって分かるからね」

 英雄オリヴィアが最後に魔王の元に行けたのは、魔王も含めた英雄達みんなのおかげなんだと、母は何度も言っていた。
 それが実体験だと知った時の衝撃と言ったら、上手く言葉にするのは難しい程。

「なるほど、クラウスが英雄を夢見たのは英雄が好きだからってよりも、英雄が好きなお母さんが大好きだからってことね。ほんとマザコン」

 少しだけ嬉しそうにサラはそう罵る。

「……話聞いてたか?」

 もちろん思っていた感想が得られなかったクラウスは面白くない。
 しかしサラはサラで、その答えは求めていたものの一つだったらしい。

「ま、英雄の子を意識してないってことは分かったよ。私もオリーブさんの子どもって良いなーってちょくちょく思ってたもん」
「結局何が言いたいんだ?」
「んー。私はほら、生まれた時から英雄の子どもだったからそれなりに大変だったよ。誘拐されたり好奇の目に晒されたりさ」

 サラ誘拐事件のことは、当時非常に大きなニュースになったらしい。
 それはサラも覚えているらしく、使用人達の死を間近に見たのはとても怖かったけれど、両親は必ず助けに来てくれると信じていたから大丈夫だったんだ、と。
 そしてその事件以来、英雄の格の違いは世界に大きく知られることとなった。
 魔王という、極々一部しかその真の実力を知らないものではなく、当時世界最大勢力の悪党だった組織がその事件の少し後、たった一人の魔法使い相手に一切何も出来ずに全滅したのだから。

「そうか。確かに僕はそういうのは全く無かったな。逆に避けられてはいたけど……」

 犬にも猫にも逃げられ、一部の勇者には何故か怖がられる。
 それが結構寂しいんだということを、サラはいつも聞いて知っていた。

「それはそれで辛そうだけど、まあ、今は私もマナもいるから我慢しなさいよ」
「ははは、そうだな。それ以上を望むのは贅沢ってものか」

 サラの言葉にすんなりと頷くクラウス。
 それはサラにとって、少しだけ予想外の反応だった。

「そういうもの。と言うよりすんなりとそんなこと言う様になったんだね」

 てっきりまだ恋人としては殆ど見られていないと思っていた所にそんな反応を返されれば、流石に気になってしまう。
 するとクラウスはぽりぽりと首筋を掻きながら旅を始めてからの心境を話始めた。

「ん? ああ、旅に出て色々あって、僕にもそれなりに心境の変化というか、サラにも正面からぶつかってこられたら今まで見えてなかったものが見える様になったというか、ね」
「へえ、それは興味あるな。ねえねえ、私の何が見える様になったの?」

 少しだけ恥ずかし気に言うクラウスにサラはいつかの様に背後からわざとらしく抱きついて見せる。

「ちょっと離れてくれ」

 それをあえて嫌そうにしながらも無理に離したりせずに言うと、「良いじゃん。聞かせてよ」と食い下がってくる。
 クラウスはやはり、父の血を継いでいた。

「そうだな、……この間の帰り道、疲れを押し殺して皆を先導するサラは、なんというか村人達のすぐ側に立つ希望の象徴の様に見えて、とても美しく思えたよ」

 盗賊村を討伐する時、誰よりも率先して動いていたサラは、クラウスにとって理想の英雄に近しいものだった。
 かつての英雄達よりも力は落ちるかもしれないけれど、その志は紛れもない英雄だったと感じている。
 そんな本音を聞いたサラは、恥ずかしそうにクラウスを突き飛ばす勢いで離れると、そっぽを向く。
 後ろに居るので分からないけれど、きっと少し位は赤くなっているのだろう。

「……突然恥ずかしいこと言うのやめてよね」
「言えって言ったのはサラなんだけど……」
「そんなこと言うとは思ってないじゃない。ほら、マナが待ってるから行くよ! 休憩終わり!」

 見えもしないマナを指指して、サラはあっという間に転移で何処かへ消えていった。
 自分で造った森の中、この村はすっかりサラの庭だ。

「はいはい。疲れもすっかり取れたようで良かったよ」

 最後にそう呟いて、クラウスは一人村の中へと戻るのだった。
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