雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
498 / 592
第四章:三人の旅

第九十九話:女勇者

しおりを挟む
 英雄レインの子。
 そんな質問はクラウスにとって、予想外どころか、あり得ない質問だった。
 英雄レインはクラウスが生まれる6年も前に亡くなっているし、そもそもの話、レインの伴侶は聖女サニィだ。
 クラウスを産んだ親は正真正銘血染めの鬼姫と呼ばれたオリヴィア。
 大切そうに保管されているへその緒が、それを物語っていた。

「ははは、それはありませんよ。そもそも計算が合わない」

 そう苦笑いしながら答えたところで、ふと違和感に気付く。
 この女勇者の言葉は、どこか引っかかる部分があった。
 それを考えていると、答えはあちらからやって来た。

「クラウス様は、私が英雄レイン・・・・・と言っても、怒らないんですね」

 言われてはっきりとした違和感は、それだった。
 この国では英雄の宿『漣』があるブロンセンの町民を除いて、誰しもがレインを最悪の魔王だと思い込んでいる。
 まだ若いこの女勇者もブロンセンで見たことがない以上、そんな教育を受けて来たはずなのに。
 そう考えて、少し意地悪なことを聞いてみることにした。

「逆に問いますけど、なんでレインを英雄だと呼べば僕が怒ると?」

 そう問われて、女勇者は顎に手を当てて思考を始めた。

「なんででしょう? ……英雄達の多くを殺したのはレインだから?」

 クラウスが英雄の子だと知っている今、レインは最悪の魔王だから、なんて答えは意味を成さない。
 英雄達は、最短の者でも一年以上はレインと関わっていたことが知られている。
 そこで感情に任せてレインは魔王だから悪いと無条件に言ってしまえば、それは英雄達も聖女も、レインが魔王だと見抜けなかった間抜けと言っているにも等しい。

 なるほど、それならとクラウスも得心がいった。
 少なくともそこまでを考えた上でレインを英雄と呼んだのなら、この女勇者はそれなりの眼を持っているのかも知れない。

 レインをあえて英雄と呼ぶことで、クラウスから感じた恐怖心がどういうものなのかを試したかったのだろう。

「レインは一時、確かに英雄でした」

 しかしそう答えた直後、女勇者のうっとりとした表情が、それまでのことが単なるクラウスの考えすぎだったことを示していた。

「私、聖女の魔法書に登場するレインがとても好きなんです」

 そんな一言から、演説は始まった。

「私にとってレインっていう人は、この世界で一番の英雄なんです。
 死後、魔王となって二人の弟子に倒されるまで生涯只の一度も負けは無し。それがまず凄いですよね。お前は必ず俺が守るって言って、本当に守る力を持ってる。
 しかも王都ドラゴン襲撃の時なんか、あえて手を出さずに聖女様の誇りを守ったとか……。
 そして最後は聖女様と共に命懸けで呪いを解いた。
 みんなは本当は死んでいなくて、英雄を倒す機会を伺っていた、なんて言ってますけど、それって英雄に対する冒涜だと思うんです」

 みんなを起こさないよう小声ながら、熱のこもった眼で続ける。

「聖女様は確かに呪いを解きました。私がまだ生まれる前の話ですけど、私の父は呪いにかかっていたそうです。
 父は呪いが解かれた日には世界的に天気雨が降ったと言っていました。
 雨は英雄レインの象徴です。時雨流、っていう剣術があるくらいですもんね。
 つまり、その日世界を覆った天気雨は聖女様が英雄レインに感謝した証。
 私は、そう考えています。
 それを生き延びていた、なんて悪い意味で言うのは、本当に……聖女様にもレインにも酷いのではないかと……」

 そう、涙を流しながら語る。
 少し情が入り過ぎな感じもするものの、それは母から聞いていた話と殆ど同じ。
 確かに、世界的には真実では無いとされている真実を知ってしまっているのなら、この国は生きにくいのかも知れない。
 冒険者は自由だ。
 魔物を倒して証拠さえ提示すれば脅威を減らしたとして滞在している国から報酬が支払われるし、嫌なら別の国に行けば良い。
 のたれ死んでも本人の責任だし、聖女が転移の魔法を解禁してからは危険地帯を避けて通ることも難しく無い。

 ところがそう考えていたクラウスの予想は、再び外れることになる。

「そんな風に英雄レインが好きな私は、同じく聖女様が大好きなあの子、ソシエと一緒に旅をすることにしたんです。
 二人が歩いた軌跡である花の川を辿れば、二人が何を感じて、何を思って、どんな想いで呪いを解いたのか、もっと分かるんじゃないかと思って」

 妙に生き生きとそう語る女勇者は、今は眠っている魔法使いを指差してそう語った。
 その様子はそこはかとなく関わりにくいものがあった。
 まるで聞いてもいない初恋の話を無理やりされる様な、同じものに興味はあるはずなのに、引いてしまう様な。

 ――もしかして、英雄を語る僕ってこんな感じなのか……?
 いや、母さんも似た様なものだしな。
 会ってすぐにこんなに語られたから引いているだけか……。

 自分に言い訳をしつつ、クラウスは思う。
 夢は結構だけれど、流石に無謀だ、と。

「あー、と、ですね。凄く熱意は伝わったんですけど、流石にこれ以上の旅はやめた方が良い。
 あのドニとかいう男に勝てない様では、超えられない難所が沢山ある。
 今回はたまたま僕達が通りかかったから良かったものの、次はありません」

 そんなクラウスの言葉に、しゅんと俯く女勇者。
 生きにくくて旅をしているのでは無いのなら、ただ夢を見ているだけなのなら、まずは生きていなくては始まらない。
 デーモンよりも強いとは言っても、盗賊に捕まってしまう程度の腕なのなら、灼熱の砂漠も永久凍土も超えられない。
 もしもデーモンよりも遥かに強い魔物が出たのなら、万に一つも逃れる術は無い。

 一流の基準とされているデーモン単独討伐ではあるが、それはつまりそれより上に対抗するには軍事力が必要となるということ。

 デーモンを素手で捻る男が手も足も出ない様な化け物が、この世界にはいつ現れるか分からない。
 もちろんそれは都市で暮らしていても変わらないものの、二人きりとは生き延びる可能性は天と地ほどの差がある。

 少し落ち込んで見せた後、先程まで捕まっていたことを思い出したのだろう、頰を掻きながら言う。

「えへへ、そうですよね。一応、ソシエと二人でならデーモンも倒せるから大丈夫、とか思ってたんですけど、傲慢でした」

 思っていたよりは、腕はあるらしい。
 しかしそれでも、勇者が減少傾向にある現在、世界は相対的に危険度が増している。

「取り敢えず、今はまだ大変な目にあったばかりなんで少し落ち着くまで、ミラの村の再興を手伝ってくれると僕としては助かりますけどね。あそこは、戦闘が全く出来ない村みたいなので」

 ミラの村はかつてレインとサニィが救った村。

「ちょうど行こうと思ってた時に捕まったんです。
 ……うん、ソシエと話してみますけど、そうしてみようかな」

 何を納得したのかクラウスには分からなかったが、一先ずは落ち着いてきたらしい。
 本当はもう少し好きな話を聞いてみた方が良かったのかも知れないとも思ったものの、先程からずっとチラチラとこちらを見ているサラのことを考えると、この辺りが潮時だろう。

 ただこの女勇者、マヤは、それだけでは終わらなかった。

「それで、本当にクラウス様って英雄レインの息子さんではないんですか? 遺伝ってよく分かりませんけど瑠璃色の瞳だってちょうど聖女様と英雄レインの中間ですし、他に青い瞳の英雄なんていましたっけ……? 何より、聖女様の魔法ならなんでもアリな気がするんですけど、本当に違うんでふ――」

 そこでサラが強制的に眠らせたことで、何とか女勇者の追求は一時保留となるのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...