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1.美声の少年との出会い

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 道久 麗夜【ミチク レイヤ】のまばゆい

 ばかりに輝きに満ちた音楽の才能

 は他の群を抜いて、突出していた。

 音楽教師の理戸 望 【リド ノゾミ】

 はいつも、才能ある子供を探すために、

 学内のあらゆる生徒に目を光らせていた。

 だが、育てがいのある生徒を探していたため、

 麗夜には特に何もアプローチはしていなかった。


 12月初旬、ある曇り空の昼下がりのこと。

 麗夜はいつものように、人気の少ない裏庭で、

 歌を歌っていた。

 その時、理戸 望もたまたま、生徒を探す為、

 裏庭に来ていた。

 はぁ、あの子達どこにいったのかしら…

 汗だくにながら、疲れはてた彼女が諦めて、

 教室に戻ろうとした時だった。

 遠くから天使のような歌声が聞こえてきた。

 綺麗な歌声には聞き慣れていた彼女だったが、

 それとは違った透き通るような美しい歌声。

 天から恵みの水を一気にかけられたような、

 別世界の感覚に襲われた。

 この歌声は一体なんなのだろう。

 こんな感覚は初めてだ。

 震えが止まらなくなり、

 心臓がドキドキする。

 落ちぶれた教師の自分

 にもまだこんな感覚が残っていたなんて、

 心の中から何か抑えられない感情が

 あふれだしそうになった。

 声の主を探し、歩き回っていると、

 裏庭の大きい木々が聳え立つ

 日陰のところに、ひっそり、

 歌っている少年を見つけた。


 明るい茶髪のどちらかといえばハーフ顔の

 制服姿の少年。まだ、成長期前のような

 背の低い少年が気持ち良さそうな、

 爽やかな声で、歌を歌っている。

 歌を歌い終わると、麗夜は鋭い視線を

 背後から感じ、振り返る。

 この背が小さくて、不器用な、髪がボサボサの

 メガネ姿の教師が驚いた目線で見ていたのを

 スルーして、「こんにちは、先生!」と言い、

 何も気づいていないかのように、

 理戸の横を通り過ぎろうとする。

 
 だが、理戸は震えた、甲高い声で足を止める。

「ちょっと待って、君!

 天性の声だわ! あなたは何者?

 どこかに所属してるの?

 それともデビュー前?

 感動で手が震えたわ!」

 理戸はペラペラと一方的に質問攻撃をしたが、

 麗夜は冷めた表情のまま。

 沈黙が続いた後、

 麗夜は興味なさそうに、

 過ぎ去ろうとしたが、何かが麗夜の手を

 押さえつけた。

 理戸が麗夜の細い右手を両手でつかみ、

 行く手を阻んでいる。

 彼女は真剣な目で、今しかないと

 言わんばかりの緊迫した表情で麗夜を

 呼び止める。

「待って、私はミュージカル部を結成したいの。

 きみの能力、そこで生かしてみない?

「先生、言ったでしよう?興味ないんで。

 離してください」

 麗夜は細くも強い手で、その理戸の情熱を

 一喝するようにパーっと振り払った。

 理戸はがっかりした表情でダイヤの原石を

 見つけた驚きと、拒否されたショックで、

 腰が抜け、地面に座り込んだ。

 天使の歌声なのにと1人ぶつぶつ、つぶやき、

 途方にくれ、5分間座り込んで、

 動けなくなった。

 彼女にとっての初めての突発的で、

 勇気ある行動はあっというまに終わりを

 告げた。
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