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第2章 おそらく天下無類の探偵。
第14話 変身のお時間です
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瑞帆が放り込まれた部屋には、大量の洋服やバッグがかけられたハンガーラックが、所狭しと並べられていた。天井まである大きな棚には、アクセサリーやウィッグ等の小物が飾るように置かれている。
さらには、丸い電球がいくつもついた豪華なメイク台まで。
「すご…」
自然とそう呟いていた。さながら、有名女優やモデルの衣裳部屋のようだ。
「間抜けな顔して突っ立ってないで、そこに座って。今すぐ」
萌咲がいないせいか口調の荒い紅亜に、強く背中を押される。室内の物の多さに圧倒されていた瑞帆は体勢を崩し、半ば転ぶようにメイク台の前にあった椅子についた。
「全く…女の子のクローゼットをそんな風にじろじろ見るなんて最悪よ。先が思いやられること」
「すみません。変わった物が多くてつい…って、クローゼット!?」
「何でそんなに驚くの」
「だって僕の部屋と同じくらい広いのに」
「あなたの部屋事情なんてどうでもいいけど、私には正直これでも狭いくらい。いろいろと要りようなのよ。仕事としても、女の子としても…ね」
瑞帆の正面に立ち、意味深に口元を緩ませる紅亜。
瑞帆はごくりと息を飲んだ。
「さて、それじゃあ本題。一度しか言わないからよく聞いて。まず、今から私が『よし』と言うまでは、絶対に動かないこと。一言も喋らないこと。質問や意見は当然禁止、悲鳴なんてもっての外。痛い思いをしたくなければね。わかった?」
「それはどういう…」
「質問は禁止。理解できたなら頷いて」
そうだった。最初から、「yes」しか選択肢にはないのだ。
瑞帆は黙って首を縦に振った。
「よくできました。そしたら、早速とりかからないとね」
そう言って、紅亜はメイク台の引き出しから銀色のハサミを取り出した。
「久しぶりだから、ちょっとドキドキしちゃうかも」
芝居がかったあどけない口調。瑞帆とハサミを交互に見る顔の、楽しそうなこと。
『さて、いまからこれをどう料理してやろうかしら』。そんな台詞をつけたくなる。
なるほど、綺麗な人には刃物すら似合うのか。
ハサミを顔の前にゆっくり近づけられ、瑞帆はぎゅっと目を閉じた。
――そして、きっかり20分後。
「お待たせしました」
紅亜が先に、1人でクローゼットから出ていく。
なゆたと萌咲はソファで談笑して時間を潰していたらしい。
「さすが師匠、時間ぴったりですね!で…あいつは?」
紅亜が戻ってきた途端笑みをこぼしたかと思えば、すぐに拗ねたように口をとがらせるなゆた。
「なあになゆた、気になって待ちくたびれちゃった?」
「べっ…つにそういうわけじゃないです!けど、オレにはあいつがどうなったか厳しく見させてもらう権利がありますから。オレはいつも仕事のことを第一に考えているんで」
「それなら、きっとなゆたも大満足ね。……というわけで、ほら。早く出てきて?」
紅亜に呼ばれている。すぐに行かなくては。
そう思うのに、瑞帆の体は壁にはりついたまま動かない。何度も見た鏡に、また目を向ける。
……やっぱり、とても自分には見えない。
これで人前に出るなんてハードルが高すぎる。
「ちょっと、いつまでもったいぶってるつもり?」
だがとうとう痺れを切らした紅亜が顔をのぞかせて、瑞帆の左腕を抱き寄せるように掴んだ。
あ、っと思ったのも束の間。
グイっと強く引っ張られ、萌咲となゆたの前に引きずり出されてしまった。
どんな目で見られるか、なんて言われるか。2人の顔なんてとても見れない。
しかし――
「え…すごい!さっきまでと全然違って…かっこいいです!」
萌咲がソファから立ち上がり、瑞帆の前に駆け寄ってきた。
「短時間でこんなに変わるなんて!まるで別人みたいですね」
目を輝かせている萌咲。その向こうでは、なゆたが口をあんぐりと開いて固まっている。
紅亜が瑞帆を変身させた20分間は、それはもう凄まじかった。
伸ばしっぱなしで無頓着だった髪は切られ、無造作に巻かれてセットされたうえに、グレーのカラースプレーで即席のメッシュまで入っている。両耳には、存在感のある銀色のイヤーカフスがいくつも。耳用のアクセサリーを出された時には、ピアスを開けられるんじゃないかと正直ヒヤヒヤしたが、さすがにそこまでされなくてよかった。
ちなみに服は制服のままだが、ブレザーをとられてネクタイは気だるげに緩められている。
そのおかげで――
「かっこいい。かっこいいけど…なんか、すっごい遊んでそうですね。もしかして、普段はこっちなんですか?」
「いや、はは…」
興奮している萌咲にどう応えて良いかわからず、瑞帆は紅亜に助けを求めるように視線を送った。
しかし…
「すごいでしょう?実は彼こう見えてかなりストイックで、この姿も彼の“素”ではないんですよ。でも一つ言えることは…彼は仕事のために、普段は極限まで冴えなくて地味で、誰の目にも止まらないような姿で過ごしているんです」
「なるほど…すごい、すごいです!」
きゃあきゃあと盛り上がる萌咲と紅亜。
「どうでしょう。悟さんは、こういった雰囲気の男性は…」
「間違いなく嫌いだと思います。私がこんな人と仲良くしてたら、悟くんどういう反応するのかなあ…。すっごく楽しみです!」
頬を赤くし、はにかむ萌咲。
…今更彼女の期待を裏切るなんて、できるわけもない。
そうしている間に、外はすっかり日が落ちていた。
事務所に来た時とは打って変わり、萌咲は上機嫌で帰っていった。
「次にお会いする時が楽しみです!」と声をかけられた時には、瑞帆は乾いた笑顔を返すことしかできなかった。
なゆたも家が遠いらしく、萌咲に続くように事務所を出ていった。
ずっと不機嫌そうな顔をしていたが、最後には「まあ、オレは師匠の一番弟子ですから」と拗ねた言葉を残して。
ゆえに、今。
事務所には、瑞帆と紅亜の2人きり。
さらには、丸い電球がいくつもついた豪華なメイク台まで。
「すご…」
自然とそう呟いていた。さながら、有名女優やモデルの衣裳部屋のようだ。
「間抜けな顔して突っ立ってないで、そこに座って。今すぐ」
萌咲がいないせいか口調の荒い紅亜に、強く背中を押される。室内の物の多さに圧倒されていた瑞帆は体勢を崩し、半ば転ぶようにメイク台の前にあった椅子についた。
「全く…女の子のクローゼットをそんな風にじろじろ見るなんて最悪よ。先が思いやられること」
「すみません。変わった物が多くてつい…って、クローゼット!?」
「何でそんなに驚くの」
「だって僕の部屋と同じくらい広いのに」
「あなたの部屋事情なんてどうでもいいけど、私には正直これでも狭いくらい。いろいろと要りようなのよ。仕事としても、女の子としても…ね」
瑞帆の正面に立ち、意味深に口元を緩ませる紅亜。
瑞帆はごくりと息を飲んだ。
「さて、それじゃあ本題。一度しか言わないからよく聞いて。まず、今から私が『よし』と言うまでは、絶対に動かないこと。一言も喋らないこと。質問や意見は当然禁止、悲鳴なんてもっての外。痛い思いをしたくなければね。わかった?」
「それはどういう…」
「質問は禁止。理解できたなら頷いて」
そうだった。最初から、「yes」しか選択肢にはないのだ。
瑞帆は黙って首を縦に振った。
「よくできました。そしたら、早速とりかからないとね」
そう言って、紅亜はメイク台の引き出しから銀色のハサミを取り出した。
「久しぶりだから、ちょっとドキドキしちゃうかも」
芝居がかったあどけない口調。瑞帆とハサミを交互に見る顔の、楽しそうなこと。
『さて、いまからこれをどう料理してやろうかしら』。そんな台詞をつけたくなる。
なるほど、綺麗な人には刃物すら似合うのか。
ハサミを顔の前にゆっくり近づけられ、瑞帆はぎゅっと目を閉じた。
――そして、きっかり20分後。
「お待たせしました」
紅亜が先に、1人でクローゼットから出ていく。
なゆたと萌咲はソファで談笑して時間を潰していたらしい。
「さすが師匠、時間ぴったりですね!で…あいつは?」
紅亜が戻ってきた途端笑みをこぼしたかと思えば、すぐに拗ねたように口をとがらせるなゆた。
「なあになゆた、気になって待ちくたびれちゃった?」
「べっ…つにそういうわけじゃないです!けど、オレにはあいつがどうなったか厳しく見させてもらう権利がありますから。オレはいつも仕事のことを第一に考えているんで」
「それなら、きっとなゆたも大満足ね。……というわけで、ほら。早く出てきて?」
紅亜に呼ばれている。すぐに行かなくては。
そう思うのに、瑞帆の体は壁にはりついたまま動かない。何度も見た鏡に、また目を向ける。
……やっぱり、とても自分には見えない。
これで人前に出るなんてハードルが高すぎる。
「ちょっと、いつまでもったいぶってるつもり?」
だがとうとう痺れを切らした紅亜が顔をのぞかせて、瑞帆の左腕を抱き寄せるように掴んだ。
あ、っと思ったのも束の間。
グイっと強く引っ張られ、萌咲となゆたの前に引きずり出されてしまった。
どんな目で見られるか、なんて言われるか。2人の顔なんてとても見れない。
しかし――
「え…すごい!さっきまでと全然違って…かっこいいです!」
萌咲がソファから立ち上がり、瑞帆の前に駆け寄ってきた。
「短時間でこんなに変わるなんて!まるで別人みたいですね」
目を輝かせている萌咲。その向こうでは、なゆたが口をあんぐりと開いて固まっている。
紅亜が瑞帆を変身させた20分間は、それはもう凄まじかった。
伸ばしっぱなしで無頓着だった髪は切られ、無造作に巻かれてセットされたうえに、グレーのカラースプレーで即席のメッシュまで入っている。両耳には、存在感のある銀色のイヤーカフスがいくつも。耳用のアクセサリーを出された時には、ピアスを開けられるんじゃないかと正直ヒヤヒヤしたが、さすがにそこまでされなくてよかった。
ちなみに服は制服のままだが、ブレザーをとられてネクタイは気だるげに緩められている。
そのおかげで――
「かっこいい。かっこいいけど…なんか、すっごい遊んでそうですね。もしかして、普段はこっちなんですか?」
「いや、はは…」
興奮している萌咲にどう応えて良いかわからず、瑞帆は紅亜に助けを求めるように視線を送った。
しかし…
「すごいでしょう?実は彼こう見えてかなりストイックで、この姿も彼の“素”ではないんですよ。でも一つ言えることは…彼は仕事のために、普段は極限まで冴えなくて地味で、誰の目にも止まらないような姿で過ごしているんです」
「なるほど…すごい、すごいです!」
きゃあきゃあと盛り上がる萌咲と紅亜。
「どうでしょう。悟さんは、こういった雰囲気の男性は…」
「間違いなく嫌いだと思います。私がこんな人と仲良くしてたら、悟くんどういう反応するのかなあ…。すっごく楽しみです!」
頬を赤くし、はにかむ萌咲。
…今更彼女の期待を裏切るなんて、できるわけもない。
そうしている間に、外はすっかり日が落ちていた。
事務所に来た時とは打って変わり、萌咲は上機嫌で帰っていった。
「次にお会いする時が楽しみです!」と声をかけられた時には、瑞帆は乾いた笑顔を返すことしかできなかった。
なゆたも家が遠いらしく、萌咲に続くように事務所を出ていった。
ずっと不機嫌そうな顔をしていたが、最後には「まあ、オレは師匠の一番弟子ですから」と拗ねた言葉を残して。
ゆえに、今。
事務所には、瑞帆と紅亜の2人きり。
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