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第2章 おそらく天下無類の探偵。
第9話 「何を望みますか?」
しおりを挟む「梨沙子さんも、同じバイト先の先輩です。もう高3なんですけど、大学じゃなくて専門学校に行くからってバイトは続けてて」
顔をしかめる萌咲。これまでの悩ましげな様子からは打って変わり、嫌悪感を吐き出すように喋り始める。
「もしかしたら梨沙子さんが、悟くんに言い寄ったりしてるのかも。あの人、男子と女子とですごく態度違ってて、男の人にはすぐ色目使うんですよ。それにお喋りでちょっと無神経なところもあるから、悟くんに私のこと悪く言っててもおかしくないです。なんでか元々、私のことあんまり好きじゃないみたいだし…」
…なるほど。萌咲の言うことが全て事実なら、梨沙子さんという人は確かに怪しい。
しかし萌咲自身、良くも悪くも素直で少し思いこみやすい子なのかもしれないと瑞帆は感じた。彼氏の話の時でもそうだったが、漠然とした不安や些細な印象をどんどん膨らませてしまう癖があるようだ。今も話せば話すほどに、萌咲の梨沙子への疑いはほとんど確信に変わっているように見える。
一方の紅亜は何を考えているのだろう。ちらりと彼女に目を向けても、穏やかな表情からは全く何も読み取れない。興味深そうに、萌咲の語りに耳を傾けている。
「なるほど。その梨沙子さんという人が、悟さんと萌咲さんの邪魔をしているのかもしれないと…そう思われたんですね」
「はい、でもたぶん当たってると思います。たとえ悪気がなくても、無意識にそういうことしちゃう人だと思うし。やだなあ…梨沙子さん、メイクとか派手だけど美人だから。男の人に好かれる方法もいろいろ知ってそう」
「心配なんですね。では梨沙子さんのことは、また後でじっくり考えることにしましょう。
ところで萌咲さん。悟さんの態度が変わったことについて、悟さんに直接理由を訊いたり、話をしてみたことはありますか?」
「え?そんなこと訊けるわけないじゃないですか。うざいとか、面倒な女だって思われちゃうかもしれないし」
話の流れを遮った紅亜の質問に、萌咲が「ありえない」とでも言いたげな表情で答えた。
その様子に、何か感じるものがあったのか。紅亜はひと際優しい笑顔を萌咲に返した。
「わかりました、ありがとうございます。概ね状況は把握できました。
簡単に話をまとめると…前は優しかった彼氏の悟さんが、最近急に萌咲さんに冷たい素振りを見せるようになった。けれど、萌咲さんには全く思い当たる節がない。萌咲さん自身に何か原因があるのではと気がかりな一方で、梨沙子さんという先輩が悟さんをそそのかしているのでは、とも思われる…」
「はい、そうです」
萌咲が大きく頷いた。
それを見た紅亜は、「では」と萌咲に射貫くような視線を向ける。口元は微笑んだままだ。
「最後に一番重要な質問をしますね。萌咲さん。あなたは、何を望んでここに来ましたか?」
突然雰囲気の変わった紅亜に、場の緊張感が高まる。
萌咲は「え…」と声を漏らし固まってしまった。
傍から見ているだけの瑞帆も、思わず息を飲む。
紅亜はそのまま話し続けた。
「私たちは依頼者様の希望を叶えるため、常に全力で努めさせていただいています。ですが他者との関係性を、人の気持ちを変化させるということは…決して簡単なことではありません。依頼者様ご本人にも、相応の覚悟と努力が必要です。ゆえに、決して中途半端な気持ちではないことを、ちゃんと言葉にしてもらいたいんです。
萌咲さん。あなたは悟さんに、そして悟さんとの関係のために…何を望みますか?」
見惚れてしまうほどに、完璧で優美な微笑み。それがかえって、目の前の相手に決心を迫るような凄みを感じさせている。
萌咲もそんな紅亜に気後れしたのか、肩をすくませて俯いてしまった。
しかし、幾秒かの沈黙の後――
萌咲は目線を下に向けたまま、独り言のように喋り始めた。
「…不安なんです。悟くんが私のことをどう思ってるかわからないから。別れるのだけは絶対に嫌。悟くんとはもっと一緒にいたい。でもできることなら悟くんにも、私が悟くんを好きなのと同じくらい私のことを好きになってほしい。私ばっかり悟くんのことが好きなのはやっぱり苦しいから。……あと、」
吐き出すように喋っていた萌咲が、不意に言葉を止めた。
そして、膝の上で両手をぐっと握りしめ――
「私と悟くんのことを邪魔する人には…消えて欲しい、です」
低い呟き声で、最後にそう付け加えた。
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