恋愛探偵は堕とされない。

文字の大きさ
上 下
2 / 24
第1章 きっと純情可憐な彼女。

第2話 たった数秒で一生分

しおりを挟む

 毎日代り映えのしない放課後。部活をしていない高校生で物騒がしい、学校の最寄り駅。
瑞帆はイヤホンの音量を2段階大きくして、下り方面へ向かう電車を待っていた。
適当にスマホをいじって、次から次へとオススメされる動画をぼんやり眺める。そうやって耳と目を塞いでしまえば、周りがどんなにうるさかろうと、ほとんど気にならない。まるで自分以外、誰も存在しないみたいに。

しかし、この日は周囲の様子がいつもと少し違っていた。

「なあ、向こうにいるあの子ヤバくない?」
「えー…うわマジだ超美人」

動画が切り替わる合間、ちょうど音が途切れたタイミングで、近くにいる男子高生たちの盛り上がる声が瑞帆の耳に入ってきた。
「美人」という言葉に反応したと思われるのは少し…いや、だいぶ恥ずかしいが、そんな騒ぐほどの美人がいるなんて聞こえたら、誰だって気になってしまうだろう。せっかくなら一目見てみたい。
そう思った瑞帆は、できるだけ目立たないようにゆっくりと視線を上にあげた。線路を挟んで反対側のホームに目をやれば、話題の美人はすぐに分かった。

(…うわ。確かに、すごく綺麗な子だな)

ピンと伸びた背筋に、まっすぐ前を見据えている大きな瞳。遠目からでもわかる、均整の取れた顔立ち。そしてその整った顔をさらに引き立てている、ふわふわした栗色の長い髪。上品なグレーのブレザーと茶色いチェックのスカートは、高偏差値・高学費で有名な女子高の制服だ。
そんな彼女が凛とした佇まいで電車を待っているその姿は、それだけで恐ろしいほど絵になっていた。あまりにも完璧で、現実味がないほどに。
……そのせいだろうか。

(ああいう子と僕とじゃ、まるで住む世界が違うんだろうな)

美人だとは思う。けれど、良くも悪くもそれだけだ。もし同じクラスだったとしても、好きになったりすることはないだろう。気が引けてしまって目を合わすことすらなさそうだ。

(…近くで盛り上がっている彼らはきっと、そんなことないのだろうけど)

自分とは違って。そんなことを思いながら、瑞帆はまた視線をスマホの画面に戻した。


それから数分後。向かいのホームに電車が到着した時には、瑞帆の頭から彼女の存在はすっかり抜け落ちていた。
だから、不意を突かれてしまったのかもしれない。
『こっちの電車ももうすぐ来るだろう』と顔を上げた時、真っ先に瑞帆の目に入ったのは、向かいの電車の中…線路側のドアの前に立っていた、彼女の姿だった。

そこからの数秒は、きっと一生、目に焼き付いて離れないだろう。

――差し込んだ夕陽の光が、彼女を刺すように照らした。
強く鋭い光に襲われて、彼女は咄嗟に顔を背けた。大きな瞳に翳りが差して、辛そうに歪む。
痛みや迷い、哀しみや諦め…そういったものが、抑えきれなくなって零れ出た。そう思わずにはいられないほど、切なく苦しそうな表情に、瑞帆は思わず息を吞んだ。
…にもかかわらず、彼女はすぐに顔を上げた。光に向かって無理やり目を開いて、力強い視線をまた窓の外に向けて。
そんな彼女の姿はまるで、どんなに苦しくとも、陽の光から決して目を背けることを許されていないかのように見えて――


・・・・・・・・・・


「あーあ、行っちゃった。また明日もいるかなあ」

どれほどぼんやりとしていたのか。耳に入ってきた声が、真っ白になっていた瑞帆の心を一気に現実に引き戻した。
向かいのホームの電車はもう遠くに行ってしまっていて、そこで初めて瑞帆は自分が呆けたまま棒立ちになっていたことに気づいた。
それと同時に、自分の心臓が騒がしく脈打っていることにも気づく。

……ぞくっとしてしまった。彼女の、あの一瞬の表情に。

見てはいけないものを見てしまったような、罪悪感と背徳感。
けれど、それを遥かに凌ぐほどの陶酔感と高揚感。

何が彼女にあんな表情をさせたのか、なんて考えてしまう。もちろん、ただ夕陽が眩しかっただけかもしれない。普通に考えたらそうだろう。何も深い理由なんてなくて、ただ偶然が重なって、意味深な表情に見えただけ。
けれど、もしかしたら違うかもしれない。だとしたらどうだろう。彼女のことが知りたい。彼女に近づきたい。彼女が零した苦しさの、ほんのひと欠片でもいい。それに触れることができたなら……

『やめろ、気持ち悪いことを考えるな。今の自分は普通じゃない』

微かに残った理性の欠片が、瑞帆の頭の中で最後の抵抗とばかりにそう呟いた。確かに、初めての胸の高鳴りに少し浮ついているかもしれない。

(けど、もう――)

自分は戻れないだろう。彼女の存在を、知る前には。


イヤホンから流れていた動画の音は、とっくに止まっていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

凶器は透明な優しさ

恋愛
入社5年目の岩倉紗希は、新卒の女の子である姫野香代の教育担当に選ばれる。 初めての後輩に戸惑いつつも、姫野さんとは良好な先輩後輩の関係を築いていけている ・・・そう思っていたのは岩倉紗希だけであった。 姫野の思いは岩倉の思いとは全く異なり 2人の思いの違いが徐々に大きくなり・・・ そして心を殺された

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

頭良すぎてバカになる

さとう たなか
BL
田舎の高校1年生、後呂美空(うしろ みう)は小学校からの幼馴染(男)にファーストキスを奪れた。 そのせいで男子との距離感がわからなくなり同じクラスの友人、仲村風馬(なかむら かずま)以外とは上手く接する事が出来なくなってしまった。そんな中、美空は顔は良いが間抜けな先輩、前川睦(まえかわ むつ)に出会う。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一輪の廃墟好き 第一部

流川おるたな
ミステリー
 僕の名前は荒木咲一輪(あらきざきいちりん)。    単に好きなのか因縁か、僕には廃墟探索という変わった趣味がある。  年齢25歳と社会的には完全な若造であるけれど、希少な探偵家業を生業としている歴とした個人事業者だ。  こんな風変わりな僕が廃墟を探索したり事件を追ったりするわけだが、何を隠そう犯人の特定率は今のところ百発百中100%なのである。  年齢からして担当した事件の数こそ少ないものの、特定率100%という素晴らしい実績を残せた秘密は僕の持つ特別な能力にあった...

優しい手に守られたい

水守真子
恋愛
相馬可南子二十五歳。大学時代の彼氏に理不尽に叩かれ、男を避けるようになる。全てに蓋をして仕事に没頭する日々。ある日、会社の先輩の結婚式で会った、志波亮一に酒酔いの介抱をされる。その流れ一晩を共に過ごしてしまった。 逞しい亮一の優しさと強引さに戸惑い、トラウマに邪魔をされながも、恋心を思い出していく。 ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...