4 / 6
第4話
しおりを挟む私は毎日欠かさず病院に通った。
大学が始まるまでのあと2週間。もしくは章一くんの記憶が戻るまで。
できることは全部しないと。もっと仲良くならないと。
彼が、私のことを好きになるように。
……そう、思っていたのだけれど。
「え、マジかよ! ”オレメロ”ってまだ続いてたの!?」
もう10分間も、私のことなんかそっちのけでカルチャー系のニュースをスマホで読み漁っていた章一くんが、急に興奮した声を上げた。
事故で壊れたスマホの代わりに、最近やっと新しいのを用意してもらったらしい。病院生活は退屈だろうから、スマホに夢中になるのは別にいい。私だってそうなるだろうし。
けれど、一緒にいる私のことを放ってまでスマホを見てるなんて信じられない。
前の章一くんなら、絶対そんなことしなかった。
しかもなんだ、よくわからないそのオタクっぽいタイトルは。
辟易としながら、私は作り笑いで尋ねた。
「おれめろって?」
「え、知らない? 今……じゃなくて12年前に超流行ってたラノベなんだけど。『オレにメロメロな幼馴染なんてこの世に存在するわけがない!』、通称オレメロ」
「知らない……」
「そっかぁ……って、マジかよアニメも第3期まで出てるって! これ全部一気見できるとは……神様、俺の記憶を消してくれてありがとう」
仰々しく天を仰ぐ章一くん。
……私には目もくれない。
「ってことはもしかしなくても、12年分の作品が丸ごと見放題……? まさかそんなことが」
「章一くん、楽しそうだね」
私はツンと口をとがらせた。
章一くんにラノベやアニメの趣味があったなんて知らなかった。別にオタクに偏見とかないけど……でもまさか、可愛い女の子がたくさん出てくるようなアニメに夢中だったとは。ちょっとがっかりだ。
「そりゃめっちゃアガるよ! リアタイで追ってた作品がもう最終回まで一気見できるなんてさ。よく『名作は記憶を消してもう一度見たい』なんて言うけど、俺はきっとそれを世界で初めて実現した人間に……って、嘘だろこの作者さんこんなに新作出してんの!?」
「…………」
私はそっぽをむいて息を吐いた。
すると、アニメだかなんだかでずっと1人で盛り上がっていた章一くんもようやく気づいたらしい。気まずそうに、スマホをベンチに置いた。
「ごめん、つい夢中になっちゃって。もしかして七海ちゃん、アニメの話とか嫌いだった……?」
違う。謝るのはそこじゃない。
見当違いな章一くんに、私は益々イライラしてしまう。これ以上幻滅したくないのに。
前の章一くんだったら、私が不機嫌な理由にすぐ気づいてくれた。
というか、そもそも私の機嫌を損なうようなことなんてしなかったのに。
「別に嫌いじゃないよ。私も面白そうなやつは見るし」
「そっか、良かった。いやー、ラノベ系好きだって言うと引く人も結構いるからさ。でも12年も経つと変わるもんだね。キャラやストーリーが秀逸なゲームもたくさん出てるし、超良い時代」
あまりにも鈍くて能天気な章一くんに、私はもう声が出なかった。
私、まだ不機嫌だよ。何で気づかないの? それに人に引かれたこともある話題をどうして私にしたの? 私はそういう対象じゃないから、どう思われてもいいってこと?
前の章一くんだったら、私のことを一番に気にかけてくれたのに。自分の話ばっかりで盛り上がったりしないのに。私の話を楽しそうに、じっくり聞いてくれたのに。
それからも、章一くんにがっかりさせられることは続いた。
お菓子をあげたら、「うわ甘すぎ、これ美味しいの?」なんてテンション下がるようなこと言ったり。
友達とちょっとケンカになった話をしたら、「それは七海ちゃんも良くなかったでしょ」って真正面から正論でぶった切ったり。
ピンク系の可愛いメイクをしてきた日には、開口一番「なんか殴られたみたいに見えるよ」と真顔でデリカシーのないこと言ってきたり。
私が全然興味のないソシャゲの話を長々と語ったり。
ちょっとしたことで拗ねたり。察しが悪かったり。ガキっぽいネタで笑ったり。
前の章一くんだったら、絶対にしなかったことばかり。
―― “こんなの、私の好きな章一くんじゃない”。
そんな風に、思いたくなかったのに。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
婚約者が見知らぬ女性と部屋に入るのを見てしまいました。
Kouei
恋愛
婚約者が私以外の女性と、とあるアパートメントに入って行った。
彼とは婚約を交わして数週間。
浮気ならいくら何でも早すぎませんか?
けれど婚約者は恋人らしき女性を私に会わせようとしていた。
それはどういうつもりなのだろうか?
結婚しても彼女と関係を続けるという事――――?
※この作品は、他サイトにも公開中です。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる