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「じゃあ、また来年」
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Side:M
大学生になると、高校時代どんなに仲の良かった友達でも、会う回数なんて年に数回程度。
大学を卒業して社会人になったら、年に1回会えるかどうか。
社会人になって3年も経てば、特に親しかった子以外とは疎遠になる。異性の友達なら尚更。
……だから。
“会える機会”が少しでもあるのなら、逃しちゃいけない。
面倒になったり、会いたくない時もあるかもしれない。でも、できるだけ無くさないようにした方がいい。
相手が、あなたにとって大切な人なら特に。
……違う。“あなたにとっては”大切な人なら、特に。
どんなに惰性的でもいい。だって無くなったなら最後、関係なんてあっという間に切れてしまうだろうから。
例えば私と、私の隣にいる彼のように。
「…なるほどね、去年から付き合ってた男とはもう別れたと。一応聞くけど、理由は?」
「またいつものやつですよ。『なんかお前つまんない』、だって。信じられないと思わない?『茶髪の女の子の方が可愛いよね』とか、『家事が完璧で家庭的な子が好き』とか散々言っといてさ!?どう考えても今の私はお前の理想の女子だろうが!って感じ」
「そうやって毎回相手の言葉に踊らされて、挙句浮気されて振られて…ってのを性懲りもなく繰り返してるんだからなあ」
寂れた小さな公園の隅にある、色褪せた木のベンチ…この場所は、ずっと昔から変わらない。
右から聞こえてくる露骨に呆れた声をわざと無視して、私は少しぬるくなったビールを喉に流し込んだ。
3月14日。世の中はホワイトデー。
好きな人から愛のお返しをもらえる、なんとも素晴らしい日。
でも私たちにとっては、「高校の卒業式当日に、好きだった人から振られた記念日」だ。
片や幼馴染に告白して見事に玉砕し、片や彼氏を後輩に奪い取られた。
それまで、私たちは特別仲が良かったわけじゃない。けれどあの日、たまたまお互いに訪れた不幸を知ったことで、“ただのクラスメイト”から“高校最後の日に失恋した同士”になった。
クラスの打ち上げを2人でドタキャンして、飲み物やお菓子を買い込んで、人気のない公園のベンチを陣取って。
好きだった相手の嫌なところ、ひどいところ…吐くほど甘くて苦い愚痴を、ただただお互いに浴びせあって。
そうしてすっかり日が暮れた頃。私たちは、「また来年ここで」と約束した。
「あんな奴ら見返してやればいい」「次に会うときは、お互い耳塞ぎたくなるくらいの惚気話持ってこよう」なんて、2人して変なテンションで盛り上がって。
それなのに、話すことは毎年全く同じなまま。変わったのは、飲み物がジュースから缶ビールになったことくらいで。
「っていうか毎年言うけど、お前はなんで男に振り回されるのがそんなに好きなの?」
「別に好きじゃないし。でも仕方ないじゃん、『こういう子が好きなんだよね』、なんて言われたらさ…合わせなきゃって思っちゃうんだよ。それにみんな、最初はすごく喜んでくれるんだよ?『かわいい、めっちゃ似合う』『俺のためにありがとう』って」
「でもその全員が、最終的に浮気相手を本命にするのはなんでだろうな」
「それは、男という生き物はみんな同じ、最低のクズ野郎しかいないからでは?」
「違うね。お前が数多くの男の中からわざわざクズ野郎を選んでいる上に、自ら進んでクズ野郎の都合の良い女になってるからだな」
「ひっど!いくら付き合い長いからってそこまで言う!?なんか会うたびに性格悪くなってるんじゃない」
「毎回同じような話聞かされる俺の身にもなれよ」
吐き捨てた低い声。
隣に座る彼は、缶の底にわずかに残ったビールを飲み干して、コンビニの袋から2本目の缶を取りだした。すぐに、プシュっという気持ちの良い音が聞こえる。
「でもまあ、別れてよかったんじゃねーの?その男ほんと趣味悪すぎ。頭弱そうなくるっくるの茶髪に、花柄の膝丈ワンピースとか超笑える。全然お前に似合ってないし」
「ほんっとに失礼な奴。でも言うほど悪くなくない?この服だって結構いいブランドのやつなんだから」
「でもお前らしくないじゃん」
「へえ…そう。じゃあ、どーゆーのが良いわけ」
彼が何げなく呟いた言葉に、私は胸の鼓動を抑え込んだ。
上手く緊張は隠せただろうか。
――『あなたには、私のことがどう見えてるの?』
教えて欲しい。そしてそれがどうか、私の望む言葉でありますようにと願ってしまう。
無駄だと知りつつ期待してしまう。
「あー」と、間延びした声が耳を通り抜けた。
「そりゃあもちろん、サラサラな長い黒髪を上品に束ねて、服はベーシックなきれいめ系で統一。靴は当然スタイルを活かしたハイヒールかな。ちなみにメイクは顔の素材を生かしつつ茶系をベースに整えて、休日の過ごし方は…」
「ちょっと待って。それ全部あんたの好みじゃん。最っ低!気持ち悪っ!」
「気持ち悪い!?おいお前、俺の思い描く“完璧な女性”の素晴らしさが一体どうして…」
「あーはいはい、もうその話100万回は聞いたから。そういえばそっちはどうなの。去年は、『合コンで良い感じの子がいたー』とか言ってたじゃん」
…焦って話題を逸らしてしまった。わざとらしくなかっただろうか。
やっぱり、期待しただけバカだった。私は両手で持っていたビール缶を握りしめる。
彼はつまらなそうに肩をすくめた。
「ああ、その子はあれから1か月後に付き合い始めて、その2か月後には別れたかな。さっぱりした性格は良いとして、笑い方が下品だから直した方がいいって俺が何度言っても全然聞きやしない。メイクも変なこだわりがあって薄くしないし、香水の趣味は最悪だったな。でも一番の理由は、何回言ってもメッセージの返事を時々スタンプだけで済まそうとしてたから」
「うわぁ気色悪い…ぞわぞわしてきた。つまり、またいつも通りのことをして逃げられたってわけね。はいはいお気の毒様、あんたも彼女も」
自分が勝手に期待して勝手に傷ついたくせに、それを紛らわすために、彼につい冷たい言い方をしてしまう。
けれどまあ、多少は許されるだろう。彼は…隣にいるこの男は、恋愛においては少々…いやかなり偏執的なところがあるのだ。
友達として付き合う分には普通なのに、恋愛では本人が思い描く「完璧な女性像」へのこだわりが異常すぎる。そのうえ相当な束縛屋だ。顔は悪くないから寄ってくる女の子も多いけれど、大抵気持ち悪がられてすぐ振られている。
「…お前も人のこと言えねーくらいひでぇこと言うじゃん」
「もはやお互い様でしょ」
「違うね。俺は、付き合う子に“完璧な女性”になってほしいだけ。よく考えてもみろよ、相手の子にだって得しかない」
「相手の子がそれを望んでるならその理屈もわからなくはないけど、あんたのは一方的な押し付けでしょ」
「だから、『ああ、この子は違うんだな』って思った子とは毎回すぐに別れてるだろ、お互いの時間を無駄にしないために。それに俺はお前が今まで付き合ってきた男たちと違って、浮気なんて真似は絶対しない。毎回、目の前の1人を一生大事に育てるつもりで付き合ってる」
さらっと口にした、「育てる」という表現が気持ち悪い。当の本人はそれを全く変なことだと思っていないのだからぞっとする。
けれど。確かにこいつが、いつも“目の前の1人”のことだけを真剣に考えていることは、紛れもない事実なわけで。いつの間にか私は…
――その“一途”が、どうしても欲しくなっていた。
『私じゃダメなの?』。
初めてそう思ったのはいつだろう。
『私なら、きっと完璧に――』
今まで何度そう思ったことだろう。
でも、あなたは私のことを、よく知っているから。
そのくせ私の気持ちには、全く気付いてくれないから。
だから私は私から、彼の求める理想に合わせない。合わせられない。
けれどもし、あなたが私の欲しい言葉をくれたなら。
その時私は、あなたに私の全てをあげるのに。
――『そうしたら、私もあなたも、一番欲しいものが手に入るんじゃない?』
けれどそんな自分勝手な欲求は、口にできるわけもなく。
今日も私はビールと一緒に、浅はかな気持ちを飲み込んだ。
*
Side:Y
「うわぁ気色悪い…ぞわぞわしてきた。つまり、またいつも通りのことをして逃げられたってわけね。はいはいお気の毒様、あんたも彼女も」
隣に座る君が、嫌悪感をたっぷり含ませた視線を俺に向ける。
けれど、君はいつも甘すぎる。その表情、わざと作っているのがバレバレだ。
『へえ…そう。じゃあ、どーゆーのが良いわけ』
さっき、期待を隠しながら君がそう言った時。
『いつも相手のことを真剣に想っているところ。喜ぶ顔が見たいと一生懸命なところ。健気で頑張り屋さんなところ。…けれど、男の言うことに全部合わせる必要なんてないよ。そのままでいいと思う。何も飾らない、取り繕わないそのままのお前が、俺は一番いいと思う』
そう言葉を返したら、どうなっただろうか。
きっと…いや確実に、それが君の求めている言葉だろう?
けれど、残念。申し訳ないけれど、俺がそれを言うことは一生ない。
――だってその言葉は俺が、全く望んでいないことだから。
君と出会ってから、本当に予想外なことばかりだ。
高校の卒業式。愚痴の言い合いから始まった関係が、まさかここまで続くなんて。
クラスでは気にも留めない存在だった君が、まさかこんなにも俺の理想に近かったなんて。
君のことが喉から手が出るほど欲しくなった今でも、俺がこうして君を泳がせているなんて。
君は本当に、本当に素晴らしいと思うよ。
君のその、相手に好かれたくて何でもするところ。
自分を見失うまで、どこまでも相手に尽くせるところ。
何度裏切られてもなお、その美徳を失わないところ。
その全てが、狂おしいほど愛おしいのに。
それなのに。どうして君は、そんな君の素晴らしさを俺に否定してもらいたがるのか。
まだ、だめだ。君は俺のことを全然分かっていない。
君が俺に望んでいることは、俺が君に望んでいないこと。
だから、俺は君の手を引けない。
だから。
早く堕ちてこい。俺の望むところまで。
そうしたら。
そうしたら、君は俺の手で“完璧”になれるのに。
大学生になると、高校時代どんなに仲の良かった友達でも、会う回数なんて年に数回程度。
大学を卒業して社会人になったら、年に1回会えるかどうか。
社会人になって3年も経てば、特に親しかった子以外とは疎遠になる。異性の友達なら尚更。
……だから。
“会える機会”が少しでもあるのなら、逃しちゃいけない。
面倒になったり、会いたくない時もあるかもしれない。でも、できるだけ無くさないようにした方がいい。
相手が、あなたにとって大切な人なら特に。
……違う。“あなたにとっては”大切な人なら、特に。
どんなに惰性的でもいい。だって無くなったなら最後、関係なんてあっという間に切れてしまうだろうから。
例えば私と、私の隣にいる彼のように。
「…なるほどね、去年から付き合ってた男とはもう別れたと。一応聞くけど、理由は?」
「またいつものやつですよ。『なんかお前つまんない』、だって。信じられないと思わない?『茶髪の女の子の方が可愛いよね』とか、『家事が完璧で家庭的な子が好き』とか散々言っといてさ!?どう考えても今の私はお前の理想の女子だろうが!って感じ」
「そうやって毎回相手の言葉に踊らされて、挙句浮気されて振られて…ってのを性懲りもなく繰り返してるんだからなあ」
寂れた小さな公園の隅にある、色褪せた木のベンチ…この場所は、ずっと昔から変わらない。
右から聞こえてくる露骨に呆れた声をわざと無視して、私は少しぬるくなったビールを喉に流し込んだ。
3月14日。世の中はホワイトデー。
好きな人から愛のお返しをもらえる、なんとも素晴らしい日。
でも私たちにとっては、「高校の卒業式当日に、好きだった人から振られた記念日」だ。
片や幼馴染に告白して見事に玉砕し、片や彼氏を後輩に奪い取られた。
それまで、私たちは特別仲が良かったわけじゃない。けれどあの日、たまたまお互いに訪れた不幸を知ったことで、“ただのクラスメイト”から“高校最後の日に失恋した同士”になった。
クラスの打ち上げを2人でドタキャンして、飲み物やお菓子を買い込んで、人気のない公園のベンチを陣取って。
好きだった相手の嫌なところ、ひどいところ…吐くほど甘くて苦い愚痴を、ただただお互いに浴びせあって。
そうしてすっかり日が暮れた頃。私たちは、「また来年ここで」と約束した。
「あんな奴ら見返してやればいい」「次に会うときは、お互い耳塞ぎたくなるくらいの惚気話持ってこよう」なんて、2人して変なテンションで盛り上がって。
それなのに、話すことは毎年全く同じなまま。変わったのは、飲み物がジュースから缶ビールになったことくらいで。
「っていうか毎年言うけど、お前はなんで男に振り回されるのがそんなに好きなの?」
「別に好きじゃないし。でも仕方ないじゃん、『こういう子が好きなんだよね』、なんて言われたらさ…合わせなきゃって思っちゃうんだよ。それにみんな、最初はすごく喜んでくれるんだよ?『かわいい、めっちゃ似合う』『俺のためにありがとう』って」
「でもその全員が、最終的に浮気相手を本命にするのはなんでだろうな」
「それは、男という生き物はみんな同じ、最低のクズ野郎しかいないからでは?」
「違うね。お前が数多くの男の中からわざわざクズ野郎を選んでいる上に、自ら進んでクズ野郎の都合の良い女になってるからだな」
「ひっど!いくら付き合い長いからってそこまで言う!?なんか会うたびに性格悪くなってるんじゃない」
「毎回同じような話聞かされる俺の身にもなれよ」
吐き捨てた低い声。
隣に座る彼は、缶の底にわずかに残ったビールを飲み干して、コンビニの袋から2本目の缶を取りだした。すぐに、プシュっという気持ちの良い音が聞こえる。
「でもまあ、別れてよかったんじゃねーの?その男ほんと趣味悪すぎ。頭弱そうなくるっくるの茶髪に、花柄の膝丈ワンピースとか超笑える。全然お前に似合ってないし」
「ほんっとに失礼な奴。でも言うほど悪くなくない?この服だって結構いいブランドのやつなんだから」
「でもお前らしくないじゃん」
「へえ…そう。じゃあ、どーゆーのが良いわけ」
彼が何げなく呟いた言葉に、私は胸の鼓動を抑え込んだ。
上手く緊張は隠せただろうか。
――『あなたには、私のことがどう見えてるの?』
教えて欲しい。そしてそれがどうか、私の望む言葉でありますようにと願ってしまう。
無駄だと知りつつ期待してしまう。
「あー」と、間延びした声が耳を通り抜けた。
「そりゃあもちろん、サラサラな長い黒髪を上品に束ねて、服はベーシックなきれいめ系で統一。靴は当然スタイルを活かしたハイヒールかな。ちなみにメイクは顔の素材を生かしつつ茶系をベースに整えて、休日の過ごし方は…」
「ちょっと待って。それ全部あんたの好みじゃん。最っ低!気持ち悪っ!」
「気持ち悪い!?おいお前、俺の思い描く“完璧な女性”の素晴らしさが一体どうして…」
「あーはいはい、もうその話100万回は聞いたから。そういえばそっちはどうなの。去年は、『合コンで良い感じの子がいたー』とか言ってたじゃん」
…焦って話題を逸らしてしまった。わざとらしくなかっただろうか。
やっぱり、期待しただけバカだった。私は両手で持っていたビール缶を握りしめる。
彼はつまらなそうに肩をすくめた。
「ああ、その子はあれから1か月後に付き合い始めて、その2か月後には別れたかな。さっぱりした性格は良いとして、笑い方が下品だから直した方がいいって俺が何度言っても全然聞きやしない。メイクも変なこだわりがあって薄くしないし、香水の趣味は最悪だったな。でも一番の理由は、何回言ってもメッセージの返事を時々スタンプだけで済まそうとしてたから」
「うわぁ気色悪い…ぞわぞわしてきた。つまり、またいつも通りのことをして逃げられたってわけね。はいはいお気の毒様、あんたも彼女も」
自分が勝手に期待して勝手に傷ついたくせに、それを紛らわすために、彼につい冷たい言い方をしてしまう。
けれどまあ、多少は許されるだろう。彼は…隣にいるこの男は、恋愛においては少々…いやかなり偏執的なところがあるのだ。
友達として付き合う分には普通なのに、恋愛では本人が思い描く「完璧な女性像」へのこだわりが異常すぎる。そのうえ相当な束縛屋だ。顔は悪くないから寄ってくる女の子も多いけれど、大抵気持ち悪がられてすぐ振られている。
「…お前も人のこと言えねーくらいひでぇこと言うじゃん」
「もはやお互い様でしょ」
「違うね。俺は、付き合う子に“完璧な女性”になってほしいだけ。よく考えてもみろよ、相手の子にだって得しかない」
「相手の子がそれを望んでるならその理屈もわからなくはないけど、あんたのは一方的な押し付けでしょ」
「だから、『ああ、この子は違うんだな』って思った子とは毎回すぐに別れてるだろ、お互いの時間を無駄にしないために。それに俺はお前が今まで付き合ってきた男たちと違って、浮気なんて真似は絶対しない。毎回、目の前の1人を一生大事に育てるつもりで付き合ってる」
さらっと口にした、「育てる」という表現が気持ち悪い。当の本人はそれを全く変なことだと思っていないのだからぞっとする。
けれど。確かにこいつが、いつも“目の前の1人”のことだけを真剣に考えていることは、紛れもない事実なわけで。いつの間にか私は…
――その“一途”が、どうしても欲しくなっていた。
『私じゃダメなの?』。
初めてそう思ったのはいつだろう。
『私なら、きっと完璧に――』
今まで何度そう思ったことだろう。
でも、あなたは私のことを、よく知っているから。
そのくせ私の気持ちには、全く気付いてくれないから。
だから私は私から、彼の求める理想に合わせない。合わせられない。
けれどもし、あなたが私の欲しい言葉をくれたなら。
その時私は、あなたに私の全てをあげるのに。
――『そうしたら、私もあなたも、一番欲しいものが手に入るんじゃない?』
けれどそんな自分勝手な欲求は、口にできるわけもなく。
今日も私はビールと一緒に、浅はかな気持ちを飲み込んだ。
*
Side:Y
「うわぁ気色悪い…ぞわぞわしてきた。つまり、またいつも通りのことをして逃げられたってわけね。はいはいお気の毒様、あんたも彼女も」
隣に座る君が、嫌悪感をたっぷり含ませた視線を俺に向ける。
けれど、君はいつも甘すぎる。その表情、わざと作っているのがバレバレだ。
『へえ…そう。じゃあ、どーゆーのが良いわけ』
さっき、期待を隠しながら君がそう言った時。
『いつも相手のことを真剣に想っているところ。喜ぶ顔が見たいと一生懸命なところ。健気で頑張り屋さんなところ。…けれど、男の言うことに全部合わせる必要なんてないよ。そのままでいいと思う。何も飾らない、取り繕わないそのままのお前が、俺は一番いいと思う』
そう言葉を返したら、どうなっただろうか。
きっと…いや確実に、それが君の求めている言葉だろう?
けれど、残念。申し訳ないけれど、俺がそれを言うことは一生ない。
――だってその言葉は俺が、全く望んでいないことだから。
君と出会ってから、本当に予想外なことばかりだ。
高校の卒業式。愚痴の言い合いから始まった関係が、まさかここまで続くなんて。
クラスでは気にも留めない存在だった君が、まさかこんなにも俺の理想に近かったなんて。
君のことが喉から手が出るほど欲しくなった今でも、俺がこうして君を泳がせているなんて。
君は本当に、本当に素晴らしいと思うよ。
君のその、相手に好かれたくて何でもするところ。
自分を見失うまで、どこまでも相手に尽くせるところ。
何度裏切られてもなお、その美徳を失わないところ。
その全てが、狂おしいほど愛おしいのに。
それなのに。どうして君は、そんな君の素晴らしさを俺に否定してもらいたがるのか。
まだ、だめだ。君は俺のことを全然分かっていない。
君が俺に望んでいることは、俺が君に望んでいないこと。
だから、俺は君の手を引けない。
だから。
早く堕ちてこい。俺の望むところまで。
そうしたら。
そうしたら、君は俺の手で“完璧”になれるのに。
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