転生王子の奮闘記

銀雪

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第2章  魔法と領地巡りの儀式

『76、親代わりだった執事(ジューン視点)』

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「残念ながら、あなたのお母様とお父様は魔物に襲われて・・・亡くなりました」

騎士団長という赤髪の女の人の言葉を聞いた途端、この世界は暗闇に包まれた。
何日か前までは普通に話してたのに、笑い合っていたのに。
今はもう、それをすることすら叶わない。
死んだ人は表情を動かすことは無いと、お祖母ちゃんが死んだときに分かった。

「それで、次の領主はディッセさんにお願いしたいと・・・」
「いいんじゃない。僕は知らないよ。まだ領主って仕事が何なのかすら分かってないし」

そんな状態で口出ししたところで碌な結果にならないだろう。
目の前の騎士団長もそう言うことが分かっていたのか、特に何も言ってこなかった。
こうして僕は一人ぼっちになった――と思っていたのだが。

「ジューン様、民衆たちはあなたに領主に立ってもらいたいと本気で思っているようです」
「無理だね。僕は何も分からない。民衆たちはむしろ混乱してほしいのか?」

やや食い気味に答える。
僕はまだ8歳だし、政治のせの字も分からないことくらい理解していそうなものだ。
それなのに領主になってほしいだなんて意味が分からない。

「それだけあなたのお母様とお父様が素晴らしい領主だったということでは?」
「だから?少なくとも僕はお母さんとお父さんを良いと思った事なんてない」

自分でも驚くほどの冷たい声が出た。
いつも口を開けばみんなのためにみんなのために。
家族で旅行したこともなければ遊んだ記憶だって数えるほどしかない。

僕と遊ぶ時間を政治の時間に回していたのだから、さぞかし良い領主だったのだろう。
少なくとも見かけ上は。

「そうですか・・・。あなたが変えてみてはどうでしょうか?」
「お前は何を言っているんだ?僕が変える?こんなちっぽけな僕が何を変えられるのさ」

恐らくは僕が不満に思っていることを繰り返さないようにしな、ということなのだろう。
だけど僕に出来るとは微塵も思わなかった。

「いえ、あなたなら出来ますって。私が精一杯サポートしますから」
「だから無理だって。じゃあ聞くが、あなたは領主の仕事が全て頭に入っているか?」

問いかけると、目の前の男は押し黙った。
ほら見ろ。偉そうなことを言っておきながら、結局はこんなもんだ。
僕のことなんて、なにも分かっちゃいない。

「言ったよね。僕は政治なんて知らない。学ぶにしてもあなたが知らなきゃいけない」

教師役が知りませんでは話にならない。
これで僕を領主にするというふざけた話が消えてくれればいいのだが。

「よく分かりました。それでは私も勉強しますから一緒に勉強していきませんか?」
「くっ・・・お父さんと同じようなことを・・・」

お父さんは、僕が質問したことに答えられないと、必ずこう言ったのだ。

『じゃあ、お父さんと一緒に調べてみようか。そうしたら2人とも学べることになる』

そのことを思い出して気持ちがブルーになっていく。
もうあの言葉を聞くことは無いと思っていたのに、あっさりと目の前に現れてしまった。
もしかしたらお父さんのお土産だろうか。

「あなたのお父さんは素晴らしい人みたいですね。考え方は、ですか?」
「そうかもね。普段は僕と遊んでもくれなかった」

悪戯っ子のような笑顔を浮かべるものだから、気持ちが和んでつい喋ってしまった。
不思議とパワーが出て来るのを感じる。
今なら領主にでも何にでもなれてしまいそうな、そんなパワーが。

「どうですか?私と一緒に勉強するのは嫌ですかな?」
「そ、そんなことは無いし。分かったよ。そこまで言うなら領主になってあげるよ」

恥ずかしさから、素直じゃない発言をしてしまう。
こういうところも変えていかなきゃな、と心の中でため息をついた。

「そうですか。私の名前はディッセといいます。よろしくお願いしますね」
「この街の領主だっけ?になったジューンです。これから僕にいろいろ教えてね」

あー・・・恥ずかしいことこの上ない。
赤の他人であるディッセだから言えるのであって、他の人に対してはまだ無理だな。
僕はそのように思う。

そこから2年間、僕たちは幾度となくピンチに直面しながらも、何とか乗り越えられた。
ほとんどがディッセのおかげだと思うと何か悔しいが、まあいい。
これからも2人で頑張っていけると思っていたが、その思いは粉々に砕け散る。

前から不正を強要してきていた隣の領主、メイザの手先にディッセが刺されたのだ。
しかもあろうことか、腕に奴隷紋まで彫られてしまった。
我を忘れて襲い掛かってしまったリレンとかいう王子には申し訳ないと思う。

自分を取り戻した時には、既に王子はいなかった。
我を忘れていた時の俺は何をして、何を言ったのだろうか。
後で教えてもらった話では、復讐のためにダリマ郡に攻め込むと言っていたらしい。

「ディッセ・・・君はこんなことを望んでいないことなんて分かっているよ」

リレンという王子が去った後の執務室で俺は呟く。
以前、ディッセにこう質問したことがある。

「万が一、ディッセが俺より先に死んだらどうしてほしい?」と。
答えは「殺した人を恨まないで欲しいです。私は主を守れた名誉の死ですから」だ。
俺は守れていないなと自嘲めいた笑みが浮かぶ。
やっぱり目の前で死なれたら殺した人物に恨みも抱くというものだ。

それでも、王子にとったあの態度は今でも後悔している。
怒りに任せて、彼の大事な執事を魔法で攻撃しようとしてしまった。
もし逆の立場だったら俺も激怒していただろう。
むしろ大事にしている執事が攻撃されそうになって怒らない方が異常である。

しかもついつい反乱を起こそうとしてしまった。
どこまでもダメなクソ領主だなと自分を責めてしまう。
彼が守っていた領民を俺は危険にさらそうとしているのだと思うと、罪悪感が湧いてくる。
今更、命令の撤回も出来ないので進軍はしようと思う。

しかし、攻撃するつもりは無い。
自分なんかよりも立派な志を持った小さな王子が何とかしてくれる。
会って1日も経っていないが、妙な確信があった。

「今日は夜も遅いため、明日出発しようと思う。皆は明日に備えて休息を取れ」

そう伝えて窓を閉めると、ディッセの遺体に向き合う。
彼は笑顔で死んでいた。
まるで後悔なんて1つも無いような、清々しい笑顔で。
名誉の死だと思っているのだろうか。

「王子がメイザを倒してくれればこの国には平穏が訪れる。あなたが望んでいた・・・」

冷たくなってしまった頬を撫で、涙を零す。
まるで雨のように流れる涙を泊める術を、俺は知らない。

「あの、もうお休みになった方がいいのでは?」

ひとしきり泣いた後、1人の執事が恐る恐ると言った感じで提案してきた。
こんなんじゃいけない。優しく、勇気のある執事を怖がらせてどうするんだ。
俺は笑顔を浮かべながら執事の手を握る。

「ありがとう。そうだね、俺はもう寝るわ。ディッセは明日の出発前に火葬する」
「分かりました。準備を進めておきます」

あの執事はちゃんと寝るのだろうかと思ったが、もういなくなっている。
これからは、配下の体を気遣うのも自分の仕事になるのだ。
明日の火葬は涙が止まらないだろうから、ハンカチを用意した方がいいかな?
そんな他愛もないことを考えながら俺はベッドに入る。

翌日、火葬場でディッセのお別れ式が行われた。
領民も自分たちに優しくしてくれたディッセの死を嘆き悲しんでいるようだ。
大きなかまどから立ち上る煙を見つめながら、俺は泣いた。

「頑張るから。もう攻撃なんてするつもりも無いから。ディッセ・・・今までありがとう」

呟いた言葉は誰にも届かない。
涙を拭いた俺は体を反転させて領民の方を向き、右手を掲げた。

「出陣だっ!ダリマ郡に目にもの見せてあげようぞ!」

俺の声に応える鬨の声を聞きながら、ここにいない王子のことを脳裏に浮かべる。
今頃、上手くやっているのだろうか。

ヂーク郡の領主、ジューンは最愛の人の死を乗り越え、いっそう強くなったのであった。
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