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第四章
30 三年分
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やはりロイは門に送り届けるまで見つかってはならないな。悪徳店主や力の強い店主に見つかってしまったらどうなるか分からない。
考えていると、「俺も……」とロイが語り出す。
「なぜここまでやってきたのか分からないんです。けれど魔狼の姿の俺なら、ピテオからメルスまで駆けるのも難しくはありません」
彼としても混乱しているのだ。俯きがちな、弱気な姿を見せる。
不安になるのも仕方ない。俺はニコッと「ロイ」と、名を呼んだ。
「ピテオってのはどういう街なんだ?」
「……昔から魔族の末裔が集まってるんですよ。統治しているのは我々オークランス家です」
「ほー」
なるほど。やはり高貴な家の出らしい。
「何か美味しいものとかあるのか?」
「特産物は多いですよ。ファルン王国でもとても栄えた街です。特に、果物が美味しいんです」
「そうか。ピテオというのは良いところなんだな」
「はい。とても優しい街です」
目を細めて、「いつかリネも来れたら良いのに」と微笑む。ロイは笑うと、とても可愛い表情をする男で、その笑顔は、こちらの胸に煌めきを与えてくれる。
一度故郷の話をし始めると、ロイは饒舌になった。花畑がそこら中に広がっているだとか、魔族の末裔と純粋な人間が共存する街だとか。
その柔らかな語り口が、ロイが故郷を愛していることを如実に表現している。
行ったこともない街だが、ロイの言葉を通して、俺まで好きになってしまった。
「ロイはピテオが大好きなんだな」
「はい、愛してます」
とても大人びた顔をする綺麗な青年だが、そう言って頷いた時の微笑みは年相応で可愛らしい。
だが、そこでロイがふっと微笑みを解いた。
不穏な気配を滲ませるので、心配になって「どうした?」と訊ねると、ロイは言いにくそうに、
「ただ、トゥーヤとの国境に近い街なので……」
と呟いた。
——トゥーヤ……。
俺は目を見開き、息を止める。
ロイは沈んだ口調で続ける。
「トゥーヤには、岩渓軍という暴力的な集団がいます。彼らがたびたびピテオに入り込んで、人質を攫っているんです」
俺は静かに、こっそりと、呼吸を再開させる。
ロイがこちらに目を向けるので、すぐさま、動揺が悟られないよう同情の表情を意識して告げた。
「それは悲惨だな」
「リネ? どうしたんですか?」
「……え?」
ロイは怪訝に眉を顰めている。
「すごく怯えたようだったので……」
俺は次の言葉をすぐには続けられなかった。
……表情を作ることには長けている自負がある。
どれだけ気分が悪くても、痛くても……恐怖したとして、俺はいつだって笑顔を保っていられる。
それなのにロイは俺の少しの変化を読み取った。
内心では酷く驚いたが、それを表に出すのを堪える。だがロイはそれすら見破ったように目を細めてくる。
なぜ、分かるんだ……。
俺は、動揺をこれ以上気取られないように呟いた。
「それはさ、怯えるだろう。ロイの故郷が脅かされているんだから」
「……そうですね。聞いてくれてありがとうございます」
「うん。平和が訪れることを祈ってる」
釈然としない顔をしていたが、ロイはひとまず頷いてくれた。
俺はにっこりと微笑みを返しながらも、心の中では強く狼狽えていた。表情の奥に隠したものを、まだ十七歳の男に探られるなど初めてだ。……魔狼の血が関係している? いや、そんなはずはない。
どうしてロイは気付くことができたのだろう。
分からないが、俺が『トゥーヤ』に反応したことをこれ以上追求されてはならない。
パッと塞がれた窓の方へ目を向ける。立ち上がって、窓を覆う板を少しだけ外し、外を確認する。
空が徐々に透明さを増しているの気付いた。壁の向こうの東空はきっと橙色に滲んでいる。夜の騒々しさも消え失せていた。
俺は振り返って、一等明るく笑いかけた。
「ほら、もう朝だ。メルスが眠るよ」
ロイがじっと俺を見上げている。
その琥珀色の瞳は、夜明けのように美しい。
「夜通し話しちゃったなぁ。こんなに話が弾んだのは久しぶりで、俺も調子に乗っちまった。数十分でも眠るか? 完全に夜が明けたら、俺が門の近くまで送ってやる」
「リネ」
ロイが立ち上がる。とても真剣な目をして、一度も俺から目を離さずに近づいて来る。
俺はただその場に立ち止まっているだけだ。あっという間に目の前に立ったロイは、こうしてみると、とても背が高く見上げる形になる。
「俺はまた此処へ来てもいいですか」
俺は唇を薄く開き、小さく息を吸った。
吐息と共に囁く。
「十七と言ったな」
ロイはじっと俺を見下ろし、頷いた。
気付くと背後は壁で、追い詰められる形となっている。逃げられないような……でも、最初からそうなのだ。
「確かにここは十六から遊女たちを買える。俺も例に漏れず、だけど……」
俺が行ける場所なんかどこにもない。
「俺を買うのは安くないから、まぁ、もう少し大人になってから来るんだな」
出来る限り優しく笑いかけたつもりだが、それでもロイは顔を顰めた。
怒った様子はなく、苦しげな顔だった。こうして夜を二人で話して随分打ち解けてしまったから、もう一度会いたい気持ちは俺だって同じだ。
けれど金の流通だけで成り立つこの街では、純粋な友好関係など築けない。
「またいつか会おう」俺はもう長年働いてしまったから、俺を買うのはかなりの金が要る。娼館の敷地外に出られる機会などそう易々と得られないし、ロイと会うのはこれが最後だろう。
十七歳の男の子は腑に落ちない顔をしていた。それでも頷いてくれたのは、俺の仕事を理解しているからだ。
それから二時間程度、ロイは眠ることなく、俺に外の話を聞かせてくれた。王都のことや、ファルンを超えた他の国のこと……。
すっかり陽が昇った頃、俺はロイを門の近くまで送り届けた。
「いいか。堂々と門番に話しかけて、すぐに紋章を見せるんだ」
「わかりました」
「初めにオークランスを名乗った方がいい。あ、俺の名は口に出すなよ」
「うん」
ロイがしっかりと首を上下する。俺は彼の肩に触れて、遂に送り出した。
「じゃあな、ロイ」
「……さよなら」
ロイは微笑み、そして歩き出した。
まっすぐと門番へと向かったロイは、俺の言う通りに行動したのだろう。門番がサッと姿勢を改めて、丁重にロイを警備小屋へと案内する。
きっとこれで大丈夫だ。俺は安堵で胸を撫で下ろし、踵を返した。
振り返らずにその場を立ち去る。門の近くまで来たのは久しぶりだ。銃をもった警備兵の目を掻い潜り、娼館の敷地内へと潜り込み、ようやっと深い息を吐いた。
……結局逃げることはできなかった。この街を抜けるのは、ロイのような名前のある者だけだ。
きっとこの夜だけが、俺の人生で唯一自由を掴めた瞬間なのかもしれない。
——でも、いい。
「兄様っ、一体何処へ行ってたんですか?」
「リネ! もう! とても心配したのよ」
「あっ、リネ! びっくりしたわ。誰かに攫われたのかと」
忍足で大部屋へやってくると、オーラや姉様方が一斉に駆け寄ってくる。
本気で心配してくれていたのだろう。いつもならとっくに眠っているはずなのに、皆はまだ起きていてくれた。
俺は心からの謝罪を彼らへ告げた。
「うっかり庭の端っこで寝てたみたい。心配かけて、ごめんなさい」
皆は眉を下げて、そっくりな表情で微笑んだ。口々に「あぁ良かった」「ほんとに」と言い出すのを聴きながら、心に思う。
……うん、いいんだ。逃げられなくても。
俺を想って待っていてくれたこの館の仲間たちを前にして、改めて確信した。逃げられなくても、良かったのだと。
俺はここで生きて、そう遠くない未来に死んでいく。でも、オーラや皆に別れを告げられないまま去るくらいなら、その人生でいい。
逃げられなくて良かった。そのおかげで皆の元へ帰ってこれた。
逃げられなくて良かった。そのおかげで……ロイと友達みたいなひと時を過ごせたのだから。
ロイと過ごした一夜は、胸の中でキラキラと輝いている。あの黄金の瞳の残光がまだ心に残っている。
この光の思い出があれば、外の世界に想いを馳せつつ、これからもこの小さな街で生きていけると思った。
——のだが。
「——あっ、リネ! やっと来たか」
「……その資金源はなんなんだ?」
ロイは、その残光が消えぬうちにまた姿を現した。
指定された部屋を訪れると、ロイがソファに腰掛けて、オセロの準備を始めている。
——そう。ロイはあれから間を置かずにたった三日後、俺の娼館を訪れた。
館様から「お相手は魔狼の血族だ。挿入はされるなよ」と言われた時は心臓がドッと音を立てた。まさか、まさか……と部屋を伺うと、本当にロイが待ち構えているのだから卒倒しかける。
それからロイは、週に一度、あるいは二度程度で俺を買い続けている。
自分で言うのもなんだが、俺を買うのはかなり金が要る。
なのにロイはこの半年、絶えず俺に会いに来ている。
今日など、今週で三回目だ。信じられない。三回目?
最後に会ったのは、一昨日。それも性行為に十分な二時間程度ではなく、ロイは性行為もしないのに一晩を買うので、あまりの財力に、目眩がする。
「資金源? 俺はオークランスだからな」
呑気に笑うのだから、呆れることすらできない。
「……なんなんだよ、オークランスって」
「金ばかり在る家」
「もう一度聞くが、ご両親はこの散財を把握しているんだよな?」
「それ二十回くらい聞かれている気がする。ああ、分かってるよ」
「……」
「リネ、今日はオセロをしよう。テラスのある部屋を借りたから、三日月でも見ながらどう?」
鉱山で働く労働者の一年分の給与が俺の一晩に必要な額だ。つまり今週で三年分を使っているロイは、俺とただ『お話』をするためだけに此処へ来ている。
この半年ですっかりフランクな口調になって、ついでに更に背も高くなり、体格もグッと増したロイ。俺は今日も今日とて啞然としながら、ロイの前の席に腰を下ろす。
考えていると、「俺も……」とロイが語り出す。
「なぜここまでやってきたのか分からないんです。けれど魔狼の姿の俺なら、ピテオからメルスまで駆けるのも難しくはありません」
彼としても混乱しているのだ。俯きがちな、弱気な姿を見せる。
不安になるのも仕方ない。俺はニコッと「ロイ」と、名を呼んだ。
「ピテオってのはどういう街なんだ?」
「……昔から魔族の末裔が集まってるんですよ。統治しているのは我々オークランス家です」
「ほー」
なるほど。やはり高貴な家の出らしい。
「何か美味しいものとかあるのか?」
「特産物は多いですよ。ファルン王国でもとても栄えた街です。特に、果物が美味しいんです」
「そうか。ピテオというのは良いところなんだな」
「はい。とても優しい街です」
目を細めて、「いつかリネも来れたら良いのに」と微笑む。ロイは笑うと、とても可愛い表情をする男で、その笑顔は、こちらの胸に煌めきを与えてくれる。
一度故郷の話をし始めると、ロイは饒舌になった。花畑がそこら中に広がっているだとか、魔族の末裔と純粋な人間が共存する街だとか。
その柔らかな語り口が、ロイが故郷を愛していることを如実に表現している。
行ったこともない街だが、ロイの言葉を通して、俺まで好きになってしまった。
「ロイはピテオが大好きなんだな」
「はい、愛してます」
とても大人びた顔をする綺麗な青年だが、そう言って頷いた時の微笑みは年相応で可愛らしい。
だが、そこでロイがふっと微笑みを解いた。
不穏な気配を滲ませるので、心配になって「どうした?」と訊ねると、ロイは言いにくそうに、
「ただ、トゥーヤとの国境に近い街なので……」
と呟いた。
——トゥーヤ……。
俺は目を見開き、息を止める。
ロイは沈んだ口調で続ける。
「トゥーヤには、岩渓軍という暴力的な集団がいます。彼らがたびたびピテオに入り込んで、人質を攫っているんです」
俺は静かに、こっそりと、呼吸を再開させる。
ロイがこちらに目を向けるので、すぐさま、動揺が悟られないよう同情の表情を意識して告げた。
「それは悲惨だな」
「リネ? どうしたんですか?」
「……え?」
ロイは怪訝に眉を顰めている。
「すごく怯えたようだったので……」
俺は次の言葉をすぐには続けられなかった。
……表情を作ることには長けている自負がある。
どれだけ気分が悪くても、痛くても……恐怖したとして、俺はいつだって笑顔を保っていられる。
それなのにロイは俺の少しの変化を読み取った。
内心では酷く驚いたが、それを表に出すのを堪える。だがロイはそれすら見破ったように目を細めてくる。
なぜ、分かるんだ……。
俺は、動揺をこれ以上気取られないように呟いた。
「それはさ、怯えるだろう。ロイの故郷が脅かされているんだから」
「……そうですね。聞いてくれてありがとうございます」
「うん。平和が訪れることを祈ってる」
釈然としない顔をしていたが、ロイはひとまず頷いてくれた。
俺はにっこりと微笑みを返しながらも、心の中では強く狼狽えていた。表情の奥に隠したものを、まだ十七歳の男に探られるなど初めてだ。……魔狼の血が関係している? いや、そんなはずはない。
どうしてロイは気付くことができたのだろう。
分からないが、俺が『トゥーヤ』に反応したことをこれ以上追求されてはならない。
パッと塞がれた窓の方へ目を向ける。立ち上がって、窓を覆う板を少しだけ外し、外を確認する。
空が徐々に透明さを増しているの気付いた。壁の向こうの東空はきっと橙色に滲んでいる。夜の騒々しさも消え失せていた。
俺は振り返って、一等明るく笑いかけた。
「ほら、もう朝だ。メルスが眠るよ」
ロイがじっと俺を見上げている。
その琥珀色の瞳は、夜明けのように美しい。
「夜通し話しちゃったなぁ。こんなに話が弾んだのは久しぶりで、俺も調子に乗っちまった。数十分でも眠るか? 完全に夜が明けたら、俺が門の近くまで送ってやる」
「リネ」
ロイが立ち上がる。とても真剣な目をして、一度も俺から目を離さずに近づいて来る。
俺はただその場に立ち止まっているだけだ。あっという間に目の前に立ったロイは、こうしてみると、とても背が高く見上げる形になる。
「俺はまた此処へ来てもいいですか」
俺は唇を薄く開き、小さく息を吸った。
吐息と共に囁く。
「十七と言ったな」
ロイはじっと俺を見下ろし、頷いた。
気付くと背後は壁で、追い詰められる形となっている。逃げられないような……でも、最初からそうなのだ。
「確かにここは十六から遊女たちを買える。俺も例に漏れず、だけど……」
俺が行ける場所なんかどこにもない。
「俺を買うのは安くないから、まぁ、もう少し大人になってから来るんだな」
出来る限り優しく笑いかけたつもりだが、それでもロイは顔を顰めた。
怒った様子はなく、苦しげな顔だった。こうして夜を二人で話して随分打ち解けてしまったから、もう一度会いたい気持ちは俺だって同じだ。
けれど金の流通だけで成り立つこの街では、純粋な友好関係など築けない。
「またいつか会おう」俺はもう長年働いてしまったから、俺を買うのはかなりの金が要る。娼館の敷地外に出られる機会などそう易々と得られないし、ロイと会うのはこれが最後だろう。
十七歳の男の子は腑に落ちない顔をしていた。それでも頷いてくれたのは、俺の仕事を理解しているからだ。
それから二時間程度、ロイは眠ることなく、俺に外の話を聞かせてくれた。王都のことや、ファルンを超えた他の国のこと……。
すっかり陽が昇った頃、俺はロイを門の近くまで送り届けた。
「いいか。堂々と門番に話しかけて、すぐに紋章を見せるんだ」
「わかりました」
「初めにオークランスを名乗った方がいい。あ、俺の名は口に出すなよ」
「うん」
ロイがしっかりと首を上下する。俺は彼の肩に触れて、遂に送り出した。
「じゃあな、ロイ」
「……さよなら」
ロイは微笑み、そして歩き出した。
まっすぐと門番へと向かったロイは、俺の言う通りに行動したのだろう。門番がサッと姿勢を改めて、丁重にロイを警備小屋へと案内する。
きっとこれで大丈夫だ。俺は安堵で胸を撫で下ろし、踵を返した。
振り返らずにその場を立ち去る。門の近くまで来たのは久しぶりだ。銃をもった警備兵の目を掻い潜り、娼館の敷地内へと潜り込み、ようやっと深い息を吐いた。
……結局逃げることはできなかった。この街を抜けるのは、ロイのような名前のある者だけだ。
きっとこの夜だけが、俺の人生で唯一自由を掴めた瞬間なのかもしれない。
——でも、いい。
「兄様っ、一体何処へ行ってたんですか?」
「リネ! もう! とても心配したのよ」
「あっ、リネ! びっくりしたわ。誰かに攫われたのかと」
忍足で大部屋へやってくると、オーラや姉様方が一斉に駆け寄ってくる。
本気で心配してくれていたのだろう。いつもならとっくに眠っているはずなのに、皆はまだ起きていてくれた。
俺は心からの謝罪を彼らへ告げた。
「うっかり庭の端っこで寝てたみたい。心配かけて、ごめんなさい」
皆は眉を下げて、そっくりな表情で微笑んだ。口々に「あぁ良かった」「ほんとに」と言い出すのを聴きながら、心に思う。
……うん、いいんだ。逃げられなくても。
俺を想って待っていてくれたこの館の仲間たちを前にして、改めて確信した。逃げられなくても、良かったのだと。
俺はここで生きて、そう遠くない未来に死んでいく。でも、オーラや皆に別れを告げられないまま去るくらいなら、その人生でいい。
逃げられなくて良かった。そのおかげで皆の元へ帰ってこれた。
逃げられなくて良かった。そのおかげで……ロイと友達みたいなひと時を過ごせたのだから。
ロイと過ごした一夜は、胸の中でキラキラと輝いている。あの黄金の瞳の残光がまだ心に残っている。
この光の思い出があれば、外の世界に想いを馳せつつ、これからもこの小さな街で生きていけると思った。
——のだが。
「——あっ、リネ! やっと来たか」
「……その資金源はなんなんだ?」
ロイは、その残光が消えぬうちにまた姿を現した。
指定された部屋を訪れると、ロイがソファに腰掛けて、オセロの準備を始めている。
——そう。ロイはあれから間を置かずにたった三日後、俺の娼館を訪れた。
館様から「お相手は魔狼の血族だ。挿入はされるなよ」と言われた時は心臓がドッと音を立てた。まさか、まさか……と部屋を伺うと、本当にロイが待ち構えているのだから卒倒しかける。
それからロイは、週に一度、あるいは二度程度で俺を買い続けている。
自分で言うのもなんだが、俺を買うのはかなり金が要る。
なのにロイはこの半年、絶えず俺に会いに来ている。
今日など、今週で三回目だ。信じられない。三回目?
最後に会ったのは、一昨日。それも性行為に十分な二時間程度ではなく、ロイは性行為もしないのに一晩を買うので、あまりの財力に、目眩がする。
「資金源? 俺はオークランスだからな」
呑気に笑うのだから、呆れることすらできない。
「……なんなんだよ、オークランスって」
「金ばかり在る家」
「もう一度聞くが、ご両親はこの散財を把握しているんだよな?」
「それ二十回くらい聞かれている気がする。ああ、分かってるよ」
「……」
「リネ、今日はオセロをしよう。テラスのある部屋を借りたから、三日月でも見ながらどう?」
鉱山で働く労働者の一年分の給与が俺の一晩に必要な額だ。つまり今週で三年分を使っているロイは、俺とただ『お話』をするためだけに此処へ来ている。
この半年ですっかりフランクな口調になって、ついでに更に背も高くなり、体格もグッと増したロイ。俺は今日も今日とて啞然としながら、ロイの前の席に腰を下ろす。
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